第102話


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「ーー全員揃ってしまいましたね」
 侍女達の生活区画の入り口で待機していたニコル達に話しかけてきたのは、モーティシアだった。
 モーティシアとレイトル以外の護衛はニコラを連れてアリアと共にここまで来ていたが、話し合いを終えたのか二人もこちらへ来てしまった。
 ミシェルを連れて。
「こちらにガブリエルが来ていないか?」
 ミシェルは妹を探すとかで離れていたが、訊ねてきたということは見つかっていないらしい。
「兄妹喧嘩もほどほどになさってくださいよ。今あなたは我々と行動を共にしているのですから」
「話し合いしかしてないだろう」
 モーティシアの注意に不満そうなミシェルは、ガブリエルとの怒鳴り合いを喧嘩と認識していないのだろうか。
「アリア達は後どれくらいで出てきそう?」
 レイトルは兄弟喧嘩などいっさい興味もない様子でアリア達のことを聞いてくるから、ニコルは少し時間を思い返した。
「ジャスミンが部屋に寄るって言ってたから、いつもよりもうちょいかかると思うぞ」
 その間にトリッシュが寄り道があると教えてくれた。
「じゃあもう少しかかるだろうな。三十分、は言い過ぎか…でも今日はジャスミン嬢も一緒だから、普段よりは遅いかもな」
「ジャスミンもそこまで長風呂じゃないから、めちゃくちゃ遅くなることはないと思うけどな」
 ジャスミンのことなら全て理解していると再び口を開いたトリッシュに、ニコラが羨ましそうな目を向けた。
「なぜトリッシュ殿みたいなひょろい男にあんな可愛い子が…」
「浮気性か誠実かの違いじゃないでしょうかね?」
 不満を垂れられて、しかしすぐに棘付きの言葉で刺し返して。
 知らなかったとはいえジャスミンを口説こうとしたニコラをトリッシュも警戒している様子で、二人の間の火花に巻き込まれないようにセクトルとアクセルがニコルに寄ってきた。
「全員いるなら俺たち離れてもいい?ここでの待機恥ずかしくてさぁ…」
 アクセルの少し照れた不満にセクトルも何度も小刻みに頷いて、侍女達の多い場所での待機の不満を口にする。
 それに対してモーティシアが言葉もなく二人を睨みつけるものだから、二人は半笑いを浮かべて「冗談だ」と告げてきた。
 アリアを気にかけていると見せなければならない二人が離れるとは何事だ、と口にしなかった理由はミシェルとニコラがこの場にいるからだろう。
 ミシェルは侍女達の区画内を覗いてみたり辺りを見渡したりと本気で妹を探している様子で、あまりアリアを気にしているようには見えなかった。
 そしていまだにトリッシュと睨み合っているニコラの背中を小突いて。
「お前がここにいるなら、少し抜けてもいいか?昨日から本当に、どこにいるかわからないんだ…」
「…大丈夫なのか?外に出てるとかじゃ…」
「いや、あいつは城を出る時は絶対に俺に話すから、それはないはずだ」
 苛立ちと心配を混ぜた顔をするミシェルに、首を傾げたのはレイトルだった。
「そこまで気にすることですか?ガブリエル嬢もご結婚されてるのですから、夫婦でどこかに行っていたりとか」
「あいつの夫は今も藍都で静かにしている。…それに私に何の連絡もないなどあり得ない」
 歪みあっている割には、なぜそこまで居場所を掴もうとするのか。
 困惑するニコル達に説明をくれたのはニコラだった。
「上位貴族のお嬢様は、人攫いに狙われやすいんだよ。上位の侍女にだけ付き人が許されてるのもそれが理由のひとつだ。いざとなったら身代わりに、とな」
 だからガブリエルの心配をミシェルが人一倍しているのだろうか。
「上位貴族の侍女が少ないのも、それが理由とか?」
「そうだな。中位や下位のお嬢様達が狙われないってわけじゃないけど、危険度はかなり上だからな。下手すれば王家の方々より狙われやすい」
 アリアを敵視するガブリエルがどうであれ、その現実には全員がゾッとした。
 兄として妹を心配する気持ちはニコルにもわかるので、ミシェルがこの場を離れたいというなら好きにしていいのではないかと思う。だが職務に生真面目なミシェルはミモザから与えられた任務を何度も放棄するのも嫌な様子だ。
 区画内にいてくれたら安心だが。
「……あの、みなさま!!」
 そこへ、ニコル達に話しかけてくる侍女が五人現れた。
 ニコルには見覚えのない侍女達だが、トリッシュが少し嫌そうな顔をするのは視界の隅で確認する。
「ジャスミン虐めてた同室と同班」
 ボソリと教えてくれるトリッシュに、全員が少し警戒心を強くした。
 ジャスミンは部屋に寄りたいと言っていたらしいから、もしかしたらこの五人と何かあったのかと思って。
「何かご要でしょうか?」
 先頭に立ってくれるモーティシアに、リーダー格らしい侍女が怯まず近付いてくる。
 その表情は、どこか晴れ晴れしいものだった。
「あの、私たち…皆様にも謝りたくて!!」
「…………はい?」
 謝罪したいと言いながら、その表情は申し訳なさげではなく、むしろなぜか誇らしくみえるほどだ。
「……待ちなさいトリッシュ」
 突然の出来事にトリッシュが前に出ようとするから、モーティシアが腕を掴んで抑えて。
 ジャスミンが虐められていたことに一番腹を立てていたトリッシュにとって、不愉快な話題には間違い無いだろう。
「謝りたい、とはどういうことでしょうか?」
 代表して穏やかに訊ねてくれるモーティシアに、先ほど口を開いた侍女が詳しく話し始めた。
「あの…先ほどジャスミンとアリアさんが部屋に来て…アリアさんが私たちとジャスミンの間の誤解を解いてくださったのです!」
 どこか心酔するように、アリアと何があったのかを侍女は少し熱いほどの熱量で語り始めた。
 侍女達はとろくさいジャスミンに同班として被害を受けていたのに、そのジャスミンに良い縁談が訪れたことで色目を使ったのだと信じていたと思い込んでしまったと素直に話してくれた。
 しかしジャスミンが色目を使ったわけではなく誠実に働いていたからだと言われ、思い返せばジャスミンの仕事は遅くても誰よりも丁寧ではあったと納得したらしい。
 班のリーダーらしい侍女はジャスミンの仕事の良いところを引き出せなかったのは自分の責任だとして、冷たく扱ってきたことを謝ってきた。そしてまた改めてジャスミンにもう一度謝罪をしたいので、時期を見て時間を作って欲しいとモーティシアに頭を下げた。
 突然の出来事に顔を見合わせていれば、トリッシュも不満そうながら怒りの様子は落ち着かせていて。
 今ジャスミンはアリア達と行動を共にしている為に班としての時間は取れない為にこちらに願ってきたのだろう。
 説明の最中に侍女達は何度もアリアが間に入ってくれたことを強調していたが、それにも少し驚いてしまった。
 アリアなら仲介よりも一発ぶちかましそうだと誰もが考えていたからだ。
「…皆様の仰りたいことはよくわかりました。今はこちらも少し立て込んでいますので今すぐに話し合いの場は設けられないかもしれませんが、ジャスミン嬢とも話し合ってなるべく早く出来るように致します。我々への謝罪はもう結構ですよ」
 頭を下げ続ける侍女達にモーティシアはなるべく優しく接して。
「…ですが彼には、改めて先に言うべきことを伝えておきましょうか」
 後ろにいたトリッシュを、ここで改めて前に出した。
 トリッシュがジャスミンの婚約者だと五人とも理解しているのだろう。青ざめはしたが、五人ともがトリッシュに頭を下げた。
「本当にすみませんでした」
「いや、俺に言われても……」
 トリッシュはあまり受け入れたくない様子を見せるが、モーティシアに睨まれて何とか我慢をする。
「……みんなの気持ちは俺からもジャスミンに伝えるよ。…だけど謝罪の場を改めて設けるかはちょっと待って。…こっちだって気持ちの整理がある。…わかるだろ?」
 口調は優しくはなっているが、感情の整理はすぐには無理だと素直に告げる。それを侍女達は悲しみながらも素直に頷いてくれた。
 それは当事者として仕方のないところでもあるのだろう。
「場合によっては侍女長にも間に入っていただきます。それでもよろしいですね?」
 モーティシアが問えば、数秒固まりはしたが、侍女達はいっせいに頷いた。
 話しに一区切りがついたところで、今度はミシェルが五人の侍女達の前に出る。
「訊ねたいことがあるんだが」
 ミシェルが知りたいことなど、中にガブリエルがいるかどうかだろう。侍女達と話しを始めるミシェルを置いておき、ニコルはトリッシュやモーティシア達と顔を合わせた。
 この短時間で何があったのかはわからないが、アリアが何かしら動いたのだろうことは確実で。
「仲直りさせたってことなのかな?」
「仲直りでいいのか?やられてたこと、虐めだろ?」
 アクセルとセクトルが首を傾げながらトリッシュの顔色を窺うが、さすがにトリッシュも困惑したまま何も言えないとばかりに首を横に振った。
 ジャスミンがどんな扱いを受けていたかは知らないが、侍女達のせいでトリッシュとジャスミンは一度別れているのだ。
 それら全てがこの五人が原因なのかどうかはわからないが。
「とにかく、一度ジャスミン嬢とも話しをしましょう。二人が戻ってきたら、夕食がてら話せるでしょう」
 今日は一日を通して穏やかでいられると思っていたが、少しだけ立った波風に誰ともなくため息をついて。
「ーー…お、」
 ふと視界の隅を何かが横切ったのでそちらに目を向けたニコルは、小鳥が天井近くを飛びながらこちらに向かってくることに気付いた。その後ろには茜が飛んで付いてきている。
 早々にテューラからの返信を貰ってきてくれたのかと嬉しくなり、小鳥のために腕を差し出した。
 上手く到着した小鳥から手紙を預かれば、すかさず茜が小鳥に呼びかけて、二羽で飛び立ってしまった。
「あいつずっと俺よりあの小鳥と一緒にいるんだよな…やっぱ城内の鳥小屋に戻そうかな」
 嫉妬するように呟いたセクトルへと、茜は飛び離れながらもギャー、と抗議の声を忘れなかった。聞こえていたらしい。
 ニコルは周りの様子も気にせずに手紙を開けようとして。
「……楼主から?」
 手紙の表書きの文字がテューラのものでないことに眉を顰めた。
「ーーねえあなた!ガブリエル様がどこにいるか知ってる?」
 そこに少し大きな声で侍女が区画内の侍女にガブリエルの居場所を訊ねる。
 五人はガブリエルがどこにいるのか知らなかったらしいが、ミシェルの為に声を張ったのだろう。
「ガブリエル様のことは知らないけど、さっき付き人の子がアリア様達に話しかけてたわよ」
 中から別の侍女が情報を教えてくれるが、ガブリエルがいるかいないかまではわからないまま。
「ーー熱っ!?」
 突然、ニコルは胸に灼熱のような凄まじい熱さを感じて胸元を一気にはだけさせた。
 突然すぎてアクセルとセクトルが驚いた顔をするが、首元を露出させるニコルはそれどころではないほどの熱さを感じて。
 引きちぎるように取り出した首飾りの古臭い石が鮮やかなほどの真紅に染まり、熱を帯びている状況に驚いた。
「…なんだ?」
 わけがわからないまま、困惑して。
 熱すぎて石そのものに触れることすらできないほどだ。
「怪我人がいるから来てほしいって、アリア様に頼んでたわよ」
 中にいる侍女が、中で見た出来事を話す。
 同時にニコルはアリアの言葉を思い返していた。
 父がくれたこの共鳴石は、片方の危険を知らせてくれるのだ、と。
「ーーアリア!!」
 熱すぎる石を、火傷をしても構わないと握りしめて区画内に走り入る。
 侍女達の居住区画は男子禁制だと言われていたが、構わなかった。
 アリアに何かあった。それを直感した。
 楼主の文字で書かれた手紙は胸ポケットに捩じ込んで、後ろからの慌てた声も無視して。
 全力疾走で侵入したニコルに侍女達が怯えながら道を開ける。
 ニコルは手の平から感じる石の熱さを頼りに、アリアがいるだろう方向へと走り続けた。
「ニコル!!待ちなさい!!」
 モーティシア達も後を追って来ていることを背中で感じながら、足を止めることはしなかった。
 区画内など入ったことがないので廊下の道などわかるはずがないというのに、石に導かれるままに奥へ奥へと迷いなく走り続けて。
「どこに行くつもりですか!?ニコル!!」
「そこは上位貴族専用のフロアだぞ!!」
 モーティシアとミシェルの声が響いてくる。
 それすら耳に入ることはなくて。
 走り続けて、ひとつの扉を目に映す。石が“ここだ”と告げる扉。
 その扉を、ニコルは思い切り強く叩き開けた。
「ニコル!!」
 後ろから仲間達が近付く気配は感じていた。
 感じはしたが。
 目の前、扉の向こう側に広がる光景に。

 ブチリと何かが千切れた音を、脳内に直接聞いてしまった。

第102話 終

 
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