第102話


第102話

「………………なんであいつ朝から不機嫌なんだ?」
 ミモザの応接室に皆が集まった時間帯、汚れてしまった母の教本を少しでも綺麗にしようとしていたニコルとアリアに、トリッシュはコソコソと小声で訊ねてきた。
 レイトルは他国の治癒魔術の教本を読んでおり、セクトルはジャスミンと共に書物の整理、アクセルだけが魔術兵団長ヨーシュカに話があるとかでここにはいなかった。
 机の上で書き物をしているモーティシアは、近寄りがたい不機嫌さをもろに顔に出している。
 なぜ不機嫌なのか、と訊ねられても。
「さあな。家に帰れなかったからじゃないか?」
 自宅で匿うマリオンに会えないからだろうと暗に告げれば、丸めた紙を頭に投げつけられた。
 どうやら正解らしい。
「はー…変わったなぁモーティシア。前までは女の子に逃げられるタイプだったのに」
「煩いですよ」
 今度はしみじみと呟くトリッシュに丸めた紙が投げ付けられた。
「え、モーティシアさんって今まで恋人いたことあるんですか!?」
 突然始まる恋愛話に目を輝かせるのは女性陣で、アリアは積極的に、ジャスミンはチラチラと目を向けて非常に気にする様子をモーティシアへと向けた。
「恋人なんていませんでしたよ。今も昔も。いたのは家の関係で勝手に婚約関係を結ばされた女性だけです」
「仕事優先しすぎて三回断られたんだよな」
 茶々を入れるトリッシュに二度目の紙が投げ付けられた。どうやら苛立つせいで紙を何枚か無駄にした様子だ。
「三回!?あたしでも一回なのに…」
「平民と貴族を一緒にしないでください。貴族は基本的にとっとと婚約を結ぶものなのですよ。顔も合わせず婚約だけ結んだこともありました」
 裏切られたアリアとは違って軽いものだとモーティシアは言うが、いやいや、とトリッシュはさらに笑う。
「いつの話してんだよ。今は貴族も恋愛から入るもんだぞ。な、ジャスミン!」
 話をふられて、ジャスミンが一気に顔を真っ赤にする。
「惚気たいなら他所でどうぞ。アクセルは遅くなるでしょうし、始めましょうか」
 無駄話をするなら、とモーティシアが立ち上がるから、好き勝手に仕事をしていた全員が集まってくる。
 大まかな仕事などはほとんど終わってしまったので、今日はこれといった急務は無いだろう。
「まずは昨日クルーガー団長に頼んだ件からお伝えします」
 手元に新たな資料を用意したモーティシアが話し始めたのは、治癒魔術師の候補とその護衛候補の件だった。
 最初に治癒魔術師の候補達について聞かされる。
 八人にまで絞った未来の治癒魔術師だが、即決で了承したのは二人だけだった。
 侍女のロアとケルトはすぐに了承し、家族にも自分達から話して理解してもらうと意気込んでくれた。
 残念なのはそれ以外だ。あとの六人はいずれも魔術師団員だったが、自分達の研究が優先であることと、治癒魔術師はメディウム家であるべきだという先入観から保留にすらしなかったらしい。
 最初は二、三人が了承すればいいと考えていたモーティシアだが、魔術師団員に先入観がある状況には難色を示した。
 ロアとケルトが了承してくれたのでレイトルを含めて三人は得られたが、魔術師団員からもせめて一人は欲しかった様子だ。
 最初から上手くいかないだろうとトリッシュが話しても、モーティシアは不満そうな顔のままだった。
 変わって護衛候補の件はクルーガー団長が全面的に肯定してくれたらしい。
 新たな治癒魔術師の卵達を守る為の護衛騎士として初期の王族付き候補達九名を欲しがっていたモーティシアだが、クルーガーもそろそろ候補達に実績を積ませたかった様子で双方の利害が一致したのだ。
 治癒魔術師は魔術師団の管轄ではあるが、まだ発足にすら至っていない者達の護衛についてリナトから口は挟まないと言質まで取っていた。恐らくモーティシアが言いくるめたのだろう。
 治癒魔術師について話を聞く為にビデンス・ハイドランジアを城に呼ぶ件でリナトがなぜかビビり散らしているので、その隙を突いたらしい。
 今のところは上手く事が進んでおり、コウェルズが戻るまでゆっくりできそうだ。
 それもこれも全て、モーティシアの手腕なのだろう。
 勝手にとっとと進めていってくれるのだから。
 今日一日は静かにしていても良いのではないかと話していた頃合いで、コンコンと優しく扉を叩く音が室内に響いた。
「医師団長が来られている」
 来訪者は誰なのか教えてくれるのはニコラで、害のない人物に全員がほっと安心して。
「どうぞ」
 モーティシアの言葉が終わるより先に、扉は開かれた。
 見慣れた医師団長はニコラに会釈をしてから室内に入ってくる。
「おはよう。新しい治癒魔術師の訓練候補が決まったみたいだね」
 医師団長は四十代中頃とまだ若いが、物腰の穏やかさはクルーガーやリナトより老成して見えるほどだ。
「まだ本決定ではありませんが、女性が二人、了承してくださいました。男性側は残念ながら」
「そうか」
 医師団長を呼んだのはモーティシアのようで、資料を渡しながらため息をつく。魔術師団が誰も承諾しなかったことがかなり不満なのだと改めて察せるほどだ。
「そうそう、ラムタルでの剣武大会は順調みたいだよ。ルードヴィッヒ殿は残念ながら四強止まりになったが、コウェルズ様は決勝戦に立たれると聞いたよ」
 スカイ殿が教えてくれた、と資料に目を向けながらさらりと話す医師団長に、全員が一瞬固まる。
「……え…ルードヴィッヒが四強!?」
「マジか……すげぇなあいつ」
 レイトルが驚きながらも嬉しそうな声を出し、セクトルもしみじみと感心する。
 四強入りは誇るべき成績だ。それをルードヴィッヒが。
「…最年少記録、更新したんじゃないか?」
「確実に更新しているよ!」
 ニコルも自分の知識の中の大会記録を思い出して話せば、レイトルが一番興奮している様子を見せた。
「これでみんな彼の実力を認めるだろうね。特に警備騎士止まりが悔しがるんじゃないかな」
「だな。散々なこと言ってやがったし」
 レイトルとセクトルが嬉しそうに、少し意地悪そうに笑う。
「四強だとどうなるの?」
 アリアはいまいち凄さをわかっていない様子で首を傾げてくるから、ニコルは少し首を捻り。
「まあ…無意味に見下してきた奴らが手のひら返して仲間ヅラするか目を合わせなくなるな」
 自分の経験から語るニコルに、全員が笑う。
「…お、護衛騎士の候補まで決まってるのか」
 そして資料を見続けていた医師団長が、護衛の候補達の名前に目を走らせた。
「ルードヴィッヒ殿はリーダーじゃないんだね…リーダー予定は…ああ、彼か」
 九人いる候補達の名前から、モーティシアがリーダーに仮決定した者の名前を見て誰だか知る様子を見せて。
「リーダーの予定はミゲル殿でしたよね?誰かご存知なのですか?」
 レイトルは思わず問いかけ、セクトルも頷いていた。
「どこかで聞いた名前だって思うんですが……」
「覚えてないかい?治癒魔術を怖がって、傷を膿むまで放置した新米騎士がいただろう。その子だよ」
 医師団長の説明に、レイトルとセクトルだけでなくアリアも「あ!」と一気に思い出した顔になる。
「医師団長に傷口を水でものすごく洗われてた人ですよね!?」
 アリアは思い出し笑いをするように頬がひくつかせた。
「あんな怒ってる医師団長見たの初めてでしたよ」
 セクトルもニヤニヤと笑い、医師団長は恥ずかしそうに頬を掻いて。
「やばかったのか?」
 現場を知らないニコルやモーティシアが訊ねるから、セクトルはさらに面白がるように当時を思い返して話し始める。
 膿んでパンパンに腫れ上がった若騎士の傷を見た途端に医師団長がブチ切れて、傷を放っておく事がどれほど恐ろしいかを話しながら水道を全開にし、そこでジャバジャバと傷口を強くこすって膿みを押し出して洗い流したと。
 若騎士は半泣きで痛みを叫び続け、アリアが治癒魔術を施す頃には綺麗な肉の色を取り戻していた。
 それが、王族付き候補の中でルードヴィッヒより優秀と言われるミゲルだったとは。
「あの人が護衛のリーダー…」
「俺、しばらく顔見たら笑いそうだ……」
 当時の情けない姿を知るからかアリアは少し不安気で、セクトルは頬がずっとひくついたまま。
「……まあ、クルーガー団長からもお墨付きをいただいている優秀な人物であることに間違いはありませんから」
 モーティシアはミゲルの肩を持ってやろうとしているが、その口調はそう思いたいだけのように思えてきた。
 治癒魔術を怖がって傷を膿むまで放っておくとは、痛みに強いのか弱いのかわからない。
「九人とも個性的なメンツだが、ま、護衛騎士見習いにはちょうど良さそうだ」
 資料を読み終わった医師団長が改めて最初からパラパラとめくり読みしながら、何かを書き足していく。
 覗き込んでみれば、医師団としての治癒技術や知識の座学について教える為の人員や時間などを書き込んでくれていた。
 その為にモーティシアは彼を呼んだのだろう。
 日程によっては医師団長がわざわざ座学を担当してくれる時まであるので有り難すぎる。
 短期間でよくここまで纏めたとモーティシアを褒める医師団長は、治癒魔術師育成について医師団は全面的に支援すると約束して去っていった。
 治癒魔術師が魔術師団の管轄下だとはいっても、行動は医師団と共にすることの方が多い。
 それにアリアの治癒魔術使用については、医師団がどこまで治癒を施すかの決定権を持っているのだ。
「…アリア医師団員にした方がいいんじゃないか?」
 思わず本音を呟いたニコルに、
「「絶対にダメ」です」
 モーティシアとトリッシュが同時に否定した。
 そこは魔術師団のプライドがあるらしい。
「仕事に戻りますよ。今日は急ぎの用も無いですし、ゆっくりと仕事をしましょうか。昨日までがバタバタでしたからね」
 流れを仕事に戻すモーティシアに、ゆっくりできるとの言葉にホッとしたのはトリッシュ以外全員だった。
「信じるなよ。臨機応変とかいって突然急かしてくるからな」
 モーティシアとの行動が最も長いからこそ口に出来る発言に、今度はモーティシア以外が固まった。
 モーティシアも反論しないので自覚はあるのだろう。
「ほら、とっとと働きなさい」
 ニコルはセクトルの元へ行き、ジャスミンと資料書物の最終仕分けに入る。
 レイトルはアリアと共に治癒魔術の書物を読み耽る作業に戻り、トリッシュはモーティシアと共に何やら小声で話し始めていた。
「これ全部仕分け終わっても、次は天空塔に運ぶんだろ?俺達二人だけでさせられそうだな」
「その時はニコラにも手伝わせる」
 うずたかく積まれた書物にうんざりとしながらため息を吐けば、セクトルは被害者を増やすとニヤリと笑った。
 それぞれの仕事に戻って手や頭を動かして間がない頃合いで、突然扉がバンと開かれた。
 いっせいに視線が扉に移り、アクセルが顔を引きつらせながら応接室に飛び込んでくる。
 扉を突然開けたのはニコラだったようで、共に立っていたミシェルと共に緊張した面持ちのまま強く扉を閉めてきた。
「…何かありましたか?」
 問いかけるモーティシアに、アクセルは安心したように背中を扉に預けて座り込んだ。
 そこへ扉の隙間から黒い霧が入ってきて、クラゲの形となってアクセルの周りを漂い始める。
「……ヨーシュカ団長と話してたんだけど、途中でリナト団長が割り込んできて…喧嘩始めちゃってさぁ…」
 疲れきった顔のアクセルにジャスミンがお茶を用意してやり、アクセルは受け取ってすぐに一気に飲み干した。
「ぷは、ありがとう…さっきまでリナト団長に追いかけられてたんだけど、途中でトリック殿が来てくれたしたぶんもう大丈夫だと思う」
 応接室内で見知ったメンバーに囲まれて安心しているアクセルとは対照的に、扉の向こうが騒がしい。
 どうやらリナトがニコラとミシェルに止められているようだ。もしかしたらリナトの孫のトリックもいるのかもしれない。
 外の騒がしさをしばらく全員で聞き続けて五分ほど経った頃。
「……アクセル…すまんかったから……」
 扉の向こうから、随分とか弱いリナトの声が響いてきた。
 啜り泣いていそうなほどだ。
「…もう邪魔しないでくださいね。私だって自分の目のことを調べたいので」
 散々邪魔されたのだろう。アクセルには珍しく少し棘の残る言葉に、扉の向こうでリナトがゴニョゴニョとごねていた。
 何を言っているのか聞き取れないリナトを止めるトリックの声も聞こえてきて。
「アクセル殿、祖父が本当にすまなかった。二度と邪魔はさせないと言い聞かせるよ」
「ありがとうございます、トリック殿。お願いします」
 扉ごしにトリックが祖父を引っ張って帰っていく気配を感じ、改めてアクセルが安堵したように深いため息をついた。
「リナト団長、ちょっと邪魔しすぎだよ…」
 やれやれと小言を言う様子は、祖父に毒付く孫のようだ。
「そちらも大変ですね」
「んー…」
 二杯目のお茶は自分で淹れて再び飲み干して、アクセルはモーティシアの元へと寄って行った。
 今からはこちらと合流できるということなのだろう。
 モーティシアが先ほど全員に話した内容を、アクセル個人に話し始める。
 生体魔具であるクラゲは、定位置を見つけたかのようにアクセルの首回りに留まっていた。
「あっちはあっちで大変だな」
「リナト団長、けっこうしつこいからな……」
 そのしつこさをニコルも知るから思い出してうんざりと呟けば、セクトルも「たしかに」と遠い目をした。
 魔術師団入りを請われていたセクトルも、リナトのしつこさを知る様子だ。
「俺ら脳筋は力仕事頑張るか」
 仕分け作業に戻るかとセクトルに声かければ、お前と一緒にすんな、と軽く足を蹴られた。
 それぞれが自分の仕事を始めていく。
 昨日までに比べれば比較的穏やかな作業に、ニコルは窓の向こうを眺めながら深呼吸を一度行った。

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「よし…頼んだぞ」
 露台の椅子に座りながら、膝の上に乗る小鳥の足に手紙を持たせる。
 昼過ぎまで黙々と仕分け作業を行なっていたニコルは、皆が応接室で昼食を取る中で一人だけ露台に出てきていた。
 ニコラとミシェルも応接室に入ってきて食事を共にしていたが、ニコルはどうも食欲が湧かなかったので抜いたのだ。
 初冬の冷たい風に当たりたくて外に出て、小鳥がニコルの元に飛んできたと同時に手紙を取り出した。
 テューラへの手紙だ。
 今朝からセクトルの伝達鳥である茜と城内を飛んでいたので、手紙を頼むのに時間がかかってしまった。
 小鳥はニコルとアリアの手紙配達の頼みを快く受け入れてくれるのだが、茜が妨害してくるのだ。
 その茜も今は応接室内でセクトルに捕まっているが。
 主人の言うことを聞かない茜ではあるが、なんやかんやとセクトルに構われるのは嬉しい様子が垣間見える瞬間が何度もあって微笑ましい。
 小鳥の方も茜に対する恐怖心が無くなった様子で、今は求愛行動を向けられても動じないほどだ。求愛を受け入れているのか否かはわからないが。
「テューラの所、わかるよな?」
 問い掛ければ、ピ、と誇らしげな返事が。
 どうもテューラは手紙のお礼として特別なおやつを与えているらしく、小鳥もテューラの元へ行くことに早々に喜ぶようになっていた。
「よし、じゃあ…」
「ニコル、お待ちを!」
 飛ばそうと立ち上がった矢先に、開けていた露台の扉からモーティシアが駆け寄ってきた。
 その手には小さな手紙がある。
「ああ、マリオン嬢の手紙か?」
「いえ、今回は私からテューラ嬢へのお礼の手紙です。…こちらを頼めますか?」
 モーティシアが訊ねれば、ニコルが何を言うより先に小鳥は露台の机に降りて、手紙の準備を待ってくれた。
「ありがとう。賢い子ですね」
 その様子にモーティシアも思わず微笑んでいる。
「長距離ずっと飛んでたからな。小型の割に頭はかなり良い方だろうな」
「茜より賢いのは確かですよ」
 モーティシアの悪口が聞こえたのか、室内からギャー、と茜の抗議の声が響いてきた。
「あいつずる賢いんだよな」
「主人が甘やかすからですよ」
「ーー聞こえてるぞ!!」
茜の悪口の後でセクトルの悪口を言えば、セクトルが先ほどの茜のように抗議してきて皆が笑う。
 セクトルと茜の抗議を完全に無視して、モーティシアは小鳥の足に装着された筒に手紙を入れる。
 手紙を持たされた小鳥は「わたしは賢い!」と言わんばかりに自慢げに飛び立っていった。
 テューラの元に手紙が届くのはすぐだろう。早ければ夕暮れ時には返事が来るかもしれないと期待しながら、羽ばたいていく小鳥を見守る。
「…昼食を摂らなくて大丈夫なのですか?」
「ああ…なんか、腹減ってないんだよな…」
 胸におかしなつっかえを感じたのは昨夜からだ。
 奇妙な焦燥感とでもいえばいいのかわからないが。
「医師団長が来られていた時に見てもらえばよかったのに」
「そこまでじゃないんだよな…」
 体調不良とは違う気がすると話すと、モーティシアは眉を顰めて首を軽く傾げた。
「…余裕が出来たらまた城外でゆっくりした方が良いのかもしれませんね」
「う…そこまでじゃないと思うんだけどな」
 精神面じゃないのかと言われてしまうと、自分でも何ともいえない。
「今日は本当に急ぎの仕事もありませんから、休みながら仕分けを行なってください。どうせ午後からはレイトルも仕分け作業に回ってくるでしょうから」
「聞こえてるよー!今度は私の悪口?」
 午前中ですでに頭が煮詰まったレイトルの午後の予定に、室内から不満の声と笑いが溢れた。
 治癒魔術の教本は他国の文字のものばかりなので、普通に読書をするよりも頭を使う。
 レイトルも昼食前ギリギリまで何とか頑張ってはいたが、その教本も今は応接室の隅に追いやられている。
 治癒魔術師の特別な魔力が散らばらないように己の魔力で薄く保護膜を張ることは容易らしいが、治癒魔術自体はやはり別次元の難しさだそうだ。
 そもそも人体の皮膚の内側がどうなっているかなど、わかる者の方が少ないだろう。
「十年かかってやっと少しの治癒魔術が扱えると言われるほどですからね。レイトルには存分に苦戦していただきましょう」
 どうしようもないほど難しい訓練になる、と改めて口にするモーティシアの言葉が聞こえていた様子で、レイトルが室内で頭を抱えた。
「手紙をありがとうございます。あなたはもうしばらく休んでから戻ってきてください」
「ああ。助かる」
 体調が戻るかはわからないが、今はモーティシアの優しさが有り難かった。
 戻っていくモーティシアを見送ってから、再び小鳥の飛び立った空を見上げて。
 奇妙な焦燥感など消したくて頭に思い浮かべたのは、笑顔で迎えてくれるテューラの姿だった。

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