第101話


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「ーーっ!!」
 急激な覚醒と共に身を起こしたウインドは、身体中の痛みに顔を歪めながらも辺りを見回した。
 敵がいる。
 ウインドの命を狙う奴が。
 無意識に身体が殺気を感じ取ったから敵を探せば、見慣れない救護室の中で、共にいたのはラムタルの武人ただ一人だけで。
「起きたか。さすがに殺意には敏感だな」
 武人にそう話しかけられて、ようやく状況を察した。
 この武人がウインドに殺気を向けたのだろう。起こす為だけに。
「クソ…全身痛ぇな……あのチビどこ行った?」
 救護室には自分と武人しかいないから問えば、鼻で笑われる。
「お前は負けたんだよ。だからここにはお前しかいないんだ」
「……はぁ?」
 訳がわからず眉間に深い皺を刻む。
「試合で同時に気絶したんだ。そのせいで先に目覚めた方が勝つことになって、向こうが先に起きたんだよ」
「…………嘘だろ?」
 あんなチビに負けたなど信じられなくて、呆然としていれば。
「ほら」
「いてっ!!」
 近付いて来た武人にパシンと額を叩かれた。
 たったそれだけで、ウインドにかけられた術式が解除される。
 全身を苛んでいた重い痛みが一気に引いていき、不死の身体に戻ったことを悟る。
 ウインドに術式をかけたのはファントムだったが、武人は術式の解除方法を教えられていたのだろう。
 ニヤニヤと笑い続ける武人は、ウインドが負けたことが嬉しそうだ。
「クソ…」
 腹立たしくて所構わず当たり散らしたくなった。
「あのチビ、絶対殺してやる……」
「殺したいなら、修行が必要だろうな」
「はぁ!?」
 どこまでも煽ってくる武人に掴みかかろうとするが、逆に腕を取られてしまった。
「死ねない身体に頼りすぎたんだ。次からはもう少し頭を使って戦うことだ。とは言っても、俺ももうお前の世話はごめんだがな」
「ふざけんな!!」
 頼んでもいないというのに上から言われて、さらに腹立たしくなって。
 ウインドの怒りを受けても武人はどこ吹く風で。
「起きたならとっととロスト・ロード様の所へ戻るんだな。…やっとお前のお姫様を助けに行けるんだろ?」
 腕を離す武人が、ウインドの大切な恋人を口にする。
 いまだに捉えられている、誰よりも大切なエレッテを。
「どうせ勝っても負けても第四試合に出るつもりはなかったんだろ。ならとっとと消えちまえ」
「てめぇ…」
「次に会う時は…そうだな、呪いが解けたら会ってやるよ」
 手をひらつかせながら、どこにでも行ってしまえと笑いながら。
 ウインドに最低限のラムタル武術を教えた武人は、最後まで笑みを絶やすことをしなかった。
「……てめぇ、覚えてろよ」
「安心しろ、お前みたいな態度の悪いクソガキ絶対に忘れられないからな」
「そんな意味で言ってんじゃねぇ!!」
 今までずっとウインドに厳しく当たり続けて来たというのに、こんな時は名残惜しむのか。
 腹立たしいのに、ムカつき切れなくて。
「……クソ!!」
 八つ当たりするように、出て行く為に扉を強く蹴り開けた。
 あまりに強く開けてしまい、凄まじい音と共にバウンドした扉が激しく閉まる。
 格好悪すぎる状況に扉を睨みつけたまま固まれば、後ろからは武人の笑いを堪えるような気配が。
 さらに。
「ーー痛ってえ!!」
 突然ウインドの真上の天井が一部外れて脳天に直撃した。
「あっははは!!乱暴に扱うからだ!!この闘技場自体が城と繋がるひとつの大きな絡繰りなんだぞ!!」
 ラムタル国にとって絡繰りは、妖精が宿ったとされる神秘的な存在だ。
 その絡繰りで出来た闘技場の扉を自分勝手に攻撃した報いだと大笑いされて、強く唇を噛んでしまった。
 ラムタルに滞在している期間、確かに絡繰り関連で不思議な体験は何度もしているからだ。
 怒りを噛み殺して何とか我慢しながら、扉をゆっくり開けようと手をかけて。
「ウインド」
「なんだよ!?」
 呼びかけられて、喧嘩を買うような返事をしてしまって。
「……気をつけてな」
 あまりに優しい声に、思考が停止した。
 穏やかな眼差しは、まるで慈しむようだ。
 他者からの優しさなど到底信用できるものではない。
 なのに。
 なぜ今頃になって、優しさを与えてくるものが現れるのだ。こいつも、ソリッドも。
 本当に欲しかった幼少期には誰もくれなかったのに。
「っ…」
 返事など浮かばないまま、感情を切り離すかのように武人から顔を背けて救護室を出た。
 最後の最後まで、この国でウインドの隣に立って気楽に話しかけてくれたのは、彼だけだった。

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