第100話


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 時間の経過とともに、勝者と敗者が決まっていく。
『ーー勝者、イリュエノッド国、クイ!!』
 三戦目の終了と共に拳を天高く突き上げたクイを見上げながら、ルードヴィッヒも己の拳を強く握りしめた。自分の番が来たのだ。
 トウヤも無事に勝利を手にしており、クイも四強を掴み取った。
「お前は強い。…勝ってこい」
 隣にいたジャックからポン、と背中を押されて、静かな返事をしてからラムタルの大会関係者に呼ばれるままに一人で戦闘場へと向かう。
 クイの降りた戦闘場は絡繰りが自動的に動いて隅々まで綺麗に清掃され、四戦目の為の準備が整っていく。
 向かい側には余裕の笑みを浮かべるウインドが。
 ふと背中に視線を感じたから振り返れば、イリュエノッドの陣営にいたジュエルとばっちり目があった。
 目があったとたんにジュエルは両手を合わせて握りしめ、目をぎゅっと閉じて祈るような仕草を見せてくる。
 ルードヴィッヒの試合をまた見ずにいる気なのかと、少しだけ笑ってしまった。
 ジュエルの両隣にはコウェルズとダニエルがいて、二人の表情は難しい色をしている。
 勝利を信じてくれてはいないのだと察した。
 なのに不満はなかった。
 昨日も感じた不思議な感情。
 妙に冷静なのだ。心が。
 まるで不要な感情を切り離したかのように心が落ち着いていた。
 大勢の観客達の声援も、大会を盛り上げる色とりどりの花火や音楽も、全てが閉じた窓の向こう側の出来事のように感じる。
 戦闘着は軽く、不安も苛立ちもない。
 そしてその感覚は、昨日よりもはっきりと自覚できた。
 戦闘を前にしているのに。
『ーー準備の方は?』
『…いつでも構いません』
 話しかけられて、頷いて。
 案内されるのは、人ひとり分の足場の絡繰り。
 まるでルードヴィッヒの為の足場であるかのように、薄い紫色になっていた。
 しかもよく見れば、紫陽花の模様が。
 トウヤやクイの時は別の色だったはずなので、戦士に合わせて色や模様も変わっているのだろうかと思った。
 色とりどりの花火と歓声に促されるように、足場が滑らかに動いて戦闘場と一体化する。
 向かいにいるウインドの足場は目の覚めるような鮮やかな青で、ルードヴィッヒの足場が繋がるのと同時に戦闘場と一体化した。
 白い戦闘場は、柔らかな薄紫と夏空のような青が交ざる不思議なマーブルに変化する。
 グラウンドにいる者たちからは見えないだろうが、観客席からは美しい戦闘場に映るはずだ。
 まるで神に捧げる祭壇のようで、そういえばラムタルはエル・フェアリアとは異なり、神の教えが深く根付いていることを思い出す。
「…逃げなくてよかったのか?チビ」
 エル・フェアリア語で話しかけてくるウインドに目を向ければ挑発的な笑みが足元の真っ青に彩られて、まるで太陽に愛されているかのようだった。
 だが彼はエル・フェアリアの敵で、ルードヴィッヒの敵で。
 闇色の髪も瞳も、この場にはそぐわないほど禍々しいものに見えた。
 ウインドの問いかけには答えない。
 審判に促されて、中央へと近付くその一歩目で、ふと胸の奥が疼いた。
 疼く、というのは適切ではないのかもしれない。だが確実に気持ちが迅るような感情がふいに現れたのだ。
 それは一歩一歩、中央へ向かう度にルードヴィッヒの心に影響を与えていった。
 戦闘欲求に似た高揚感。
 緊張ではない昂ぶり。
「……何笑ってんだよ」
 変わってウインドは怪訝そうな表情となり、そこでようやく口角が上がっているのだと気付いた。
 昨日の第二試合でも途中から感じた高揚感だ。
 身体の全ての機能が完全に自分の意志と共にある。
 思い描いた通りに動けるという確信と、戦い合える興奮と。
 肌でビリビリと感じるのは、ウインドの強さだ。
 昨日の二人とは全く違う。
 ウインドも今のルードヴィッヒと同じように自身の身体を思い通りに操れるはずだ。
 早く戦いたい。
 早く。
『ーー始め!!』
 審判の声と同時に花火が打ち上がる。
 だがその花火の音も、歓声すらも、もうルードヴィッヒの耳には入らなかった。
 審判の声だけが身体の鎖を解き放つ。
 先生攻撃を仕掛けたのは、同時だった。
 互いに同時に床を蹴る。
 いや、同時ではなかった。
 ウインドの方が僅かに速い。それは音で気付いた。
 しかし重心が生み出す拳の重みはルードヴィッヒが上だった。
 速さと重さがぶつかり合い、大気を震わせるかのような風の振動を感じるより先に後ろへ離れる。
 昨日のような戦闘着が風を打つ音は、残念ながら聞くことが出来なかった。それは恐らく、ルードヴィッヒの動きが完全には決まっていないからだ。
 ウインドは臆することなく二撃目の足技を放ってくるから、宙にあるウインドの足首を回し蹴りで上へ逸らした。
 僅かに空いた空間へと身体を滑らせて、下から顎を狙う。
 寸前で逃げられて、同時の回し蹴り、同時に跳ね飛ばされて戦闘場の縁で向かい合うように滑り止まる。
 一拍置いて、割れるような歓声が爆発のように発生した。
 ウインドが一撃目で対戦相手を倒せなかったのはこれが初めてとなる。会場の歓声の中にあるどよめきやブーイングは、ウインドが勝つことを予測していた者たちなのだろう。
 身体を自在に動かすだけでは勝てないと、ルードヴィッヒは思考を巡らせる。
 あらゆる手を考えなければ、頭を使わなければならない。それも一瞬の間に。
 心臓の鼓動が凄まじい速さで身体中を打ちつけてくる。その感覚の、やばすぎるほどの快感。
「へらへらしてんじゃねーぞ!!」
 ウインドが苛立ちながら仕掛けてくるから、自分が笑っていると自覚してしまった。
 低い姿勢から駆けて一気に間合いを詰めるように飛びかかるウインドが、身体を空中でくるりと一回転させたかと思うと突然逆方向に回転の向きを変えてきた。
 空中で体勢を変えたウインドに、無意識に顔と胸部を腕でガードする。
 ギリギリ間に合うが腕に蹴り技の痛みが走った。だが、軽い。
「ーーくっ…そウラぁっ!!」
 自分だとは思えないほど野蛮な気合いの声と共にウインドの足を腕で弾き飛ばして、姿勢を維持できないままのウインドの腕を掴み、地面に叩きつけた。
 技もへったくれもない、ただ叩きつける行為にウインドが顔面から地面に盛大にぶつかる。
「ってめえ!!」
 すぐに起き上がってくるが、鼻血が片方から溢れていた。
「……傷が…」
 思わず呟いてしまったのは、ファントムとその仲間達は不死であり、傷すらすぐに治ると知るからだ。
 パージャの傷が治る様子も以前見ている。
 ウインドも同じ身体だというなら試合に不利だと思っていたのに、傷も痛みもしっかり受けている様子がはっきりわかった。
「あん?傷?…対策してるに決まってんだろ!バカチビ!!」
 鼻血を手の甲で拭うウインドが、苛立ちを隠さないまま暴言を吐いてくる。
 対策ということは、今のウインドはダメージをしっかり受けるのだろう。
 手を振って甲についた血を寒色の美しい床に飛び散らせる。それはただの鮮やかな血に見えた。
「クッソ痛ぇ…」
 腹立たしそうに呟くウインドを前にしながら、不利ではない状況を得たことで少しだけ気分が落ち着いた。
 高揚感は振り切れるほどあるが、頭がキリっと冷静になった気がする。
 身体こそウインドの方が大きいが、ルードヴィッヒの方が技が重いのだ。素早さでは負けているが、小回りもルードヴィッヒの方が上だった。
 重心の低さからくる身体の安定感も勝っている。
 気をつけなければならないのは、
「ーー逃げてんじゃねぇぞ!!」
 ウインドの方が圧倒的に戦闘の場数が多いということだろう。
 怒りが動力源となっているかのように、先ほどよりもさらに早く技を繰り出すウインドの拳を避けながら、隙を伺う。
 技の重さがルードヴィッヒの方が上なら、攻撃し続けるより確実な一手を狙う方が勝機があるはずだ。
 体力差がどれほどかはわからないが、無駄撃ちを省けばその分体力も温存される。
 ウインドの動きは苛立てば苛立つほどスピードが増していく。しかも技の的確さも上がっていった。
 苛立ってはいるが、怒りに頭を支配されているわけではないのだ。
 ニコルと戦闘訓練をしていた時を思い出す。
 場数を踏んでいるが故の現実的な強さが目の前にあって、思わずまた。
「てめぇ!!笑ってんじゃねーぞ!!」
 怒りが加速するウインドについて行けず、とうとう腹に盛大な一発を喰らった。
 咄嗟に腹筋を締めて堪える。大丈夫、まだウインドの技は軽い。
 こんな技よりも、スカイから容赦なく受けた一撃の方が重かった。気が遠退くほど。
 だからまだ平気だ。
 まだ、戦える。
「……ぶっ潰してやるよ」
 ルードヴィッヒが気に入らないのだろう、ウインドの頬が不愉快そうにひくついた。
「…私のセリフだ!!」
 休憩の為か足を止めたウインド目掛けて突っ込んでいき、休む暇など与えない為に一気に身体を沈めて足を払った。
 寸前で飛び避けられるが、その片足を両足で絡み掴んでひねり飛ばす。
 ウインドはまた地面にぶつかりそうになったが、寸前で片腕を床に着けて堪える。その隙をついて顔面向けて拳を振り下ろせば、頬を殴った感覚が手から腕へ、そして脳へと伝わった。
 確実に入った一発。
 カウンターの気配を察して横へずれるように退けば、やはりウインドがルードヴィッヒの脇腹目掛けて蹴り込んできていた。
 ルードヴィッヒは避けた。
 ウインドは逃げきれなかった。
 冷静さを残す頭が、もうひとつの情報をルードヴィッヒに与えてくれる。
 ウインドは、避けることが苦手なのだと。
 死ぬことはなく怪我すら負わないとなれば、攻撃を避ける必要など今まで存在しなかっただろう。
 だがこの試合ではそうはいかない。
 負傷は体力を大幅に削る。
 集中力や冷静さも。
 ルードヴィッヒの予想が当たっているかのように、ウインドの瞳は怒りと苛立ちだけに染まり始めていた。
 自分は頬を殴られたのに、カウンターは失敗したのだ。苛立ちは相当なものだろう。
「…雑魚とはお前の事を指すみたいだな」
 わざとらしく鼻で笑って、生まれて初めて挑発をしてみた。
「ふざけんじゃねぇぞ!!!!」
 正々堂々としていないと敬遠していた挑発行為は、とても心地良いものだった。
 怒りのままにウインドが向かってくる。そのスピードはさらに早く鋭くなっている。
 余裕をかましていられない状況ではあるが、繰り出される攻撃をギリギリのラインで避け続けた。
 速度を増し続けるウインドの足技に視力が追いつかなくなってくる。
 何とか受け流し続けていたが、腕が痺れ始めていた。
 避ける時間など存在しない。
 攻撃の鋭さが増し続けて、反撃の機会を見つけられなくて。
「チビの分際で、イキってんじゃねーよ!!」
 とうとう避けきれずに、鳩尾に盛大に攻撃を喰らった。
「ーーっ」
 呼吸が止まる。
 身体が無意識にくの字に曲がるから、曝け出された後頭部目掛けてさらに肘が落ちてきた。
「っ、でああ!!」
 脳天をかち割られるような痛みを弾き飛ばす為に腹から気合いを込めて、タックルでウインドを床に縫い付けた。
「ぐあっ!てめ!!締めんな馬鹿力!!」
 下になったウインドが逃れようともがくが、意地でも離さないとばかりにさらに身体に力を込める。
「離せクソ!!絶対殺してやる!!」
 もがくウインドの片腕が自由になり、何度も肘で頭を打たれた。
「この野郎!!」
「貴様の負けだ!!」
「ざっけんな!お前なんかに負けるわけねーだろ!おっさんにヤラれそうになっただけでガタガタ震えてた分際でよぉ!!」
「ーーっ」
 突然記憶の蓋をこじ開けられて、一瞬腕が怯んだ。
 その隙に逃げられて、ウインドはすぐに体勢を立て直す。
「…なぜお前がそれを…」
 動揺してしまい声が僅かに震える。ウインドはそれがルードヴィッヒのトラウマであると気付いたのか、ニヤリと笑った。
「……お前の目に攻撃した時あっただろ。そん時に見てやっただけだよ。お前の記憶をな…一方的にやられかけて、バカみたいに死にかけてたな」
 ルードヴィッヒも立ち上がる。
 その間もウインドはゲラゲラと嘲笑いながら面白おかしく挑発し続けてきた。
 触れられたくない過去を。
「その後もガタガタ震えることしかできなかったくせに、調子こいてんじゃねーぞ!!」
「黙れ!!」
 同時に掴みかかり、互いに胸ぐらを掴んだまま睨み合う。
「女一人守れないで、騎士気取ってんなよクソチビ!!」
 どこまでルードヴィッヒの過去を知ったというのか。
 ミュズを守れず無様に負けた過去を引き摺り出されて、屈辱が怒りと共に腹から湧き上がって。
「女一人守れないのはお前達も同じだろう!!お前達の仲間の女性は今もこちら側にいるぞ!!」
 事実の挑発を事実の挑発で返す。
 捕らえたエレッテに、脱走したという情報はない。
「て…めぇ……」
 そして彼女の件を口にした途端、ウインドの瞳が完全に据わった。
「雑魚の分際で!!ぶっ殺してやるよ!!」
「こちらの台詞だ!!」
 掴み合っていた胸ぐらを離して殴りかかれば、髪を掴まれて一気に引きずり倒された。
 馬乗りになってくるウインドに顔面を何発も殴られるが、途中で髪を掴み返して頭突きをし、逆に馬乗りになってやった。
 何度殴り、何度殴られたかわからない。
 知られたくない過去を引きずり出されたせいで、完全に頭に血がのぼっていた。
 普段の自分なら絶対に口にしないような暴言まで吐き出しながら、防御もせずにひたすら打ち続けた。
『そこまで!!ストップ!!やめろ!!』
 何発殴られたかわからない状況で突然第三者にウインドから引き剥がされて、それでも身体はウインド目掛けて掴みかかろうとした。
『止まれ!!落ち着け!!ここは武術試合を行う場だ!!』
「うるさい邪魔をするな!!」
 ラムタル語で制止してきたのは、審判員の一人だった。
 止められたのにウインドから目は離れず、同じように審判員に止められて引き剥がされたウインドもルードヴィッヒに完全にキレた目を向けている。
「落ち着きなさい!!神聖な試合をただの喧嘩の場に使うなど許しませんよ!!」
 肩を掴んで止めてくる審判員がルードヴィッヒにわかりやすく伝わるように言語を合わせて注意をしてくるが、怒りは収まらなかった。
 ウインド側も同じように注意を受けている様子だが、互いに視線を外さなかった。
「いいですか、落ち着きなさい。喧嘩ではなく武術試合を」
「している!!」
「落ち着きなさい!!」
 落ち着けと言われても、落ち着けるわけがない。
 それに喧嘩などしていない。
 腹立たしさで頭がどうにかなってしまいそうだ。
 今すぐウインドにもう一発食らわせたいというのに。
「ルードヴィッヒ!!」
 らちがあかないと思われたのだろう。
 ここには来られないはずのジャックが審判員に呼ばれて戦闘場へと上がってきた。
 ウインドの側でも、ラムタルの武人が上がってきてウインドの胸ぐらを掴み、罵声に近い叱責を浴びせている。
「ルードヴィッヒ、落ち着くんだ」
「落ち着いています!!」
「…三回、深呼吸しろ」
「落ち着いていると言ってます!!」
「いいからやれ!!」
 ジャックは胸ぐらこそ掴んでこなかったが、両肩を強く掴んでウインドとの視界を遮ってきた。
 怒りで肩で呼吸をしているような状況だったが、命令されて仕方なく三回深呼吸をする。
「……もう三回やれ」
 終わると同時にまた命じられて、嫌々同じ事を行った。
 二度目の深呼吸は、先ほどより少し落ち着いた気がした。
「今お前がやってたことは武術試合じゃない。見るに耐えない喧嘩だったんだぞ」
「……」
「喧嘩なら後でやれ。試合が出来ないなら棄権させるぞ」
 不貞腐れて俯く。
 喧嘩も試合も、どう違うというのだ。
「…わかったな?」
「…………はい」
 強すぎるほどの力で肩を掴まれるから、不本意ながらも頷いた。
 ジャックの手はまだ離れない。
 俯き続けるルードヴィッヒには気配で察することしか出来なかったが、ジャックは審判員達と視線でやり取りをしている様子だった。
 殴られた箇所がじくじくと痛みを増していくから、苛立ちは深く燻り続けて。
「…試合をするんだぞ。わかったな」
 制止の為の手が離れて、ポン、と強めに肩を叩かれた。
 視界が開けて、再びウインドと視線で繋がる。
 向こうも少し落ち着いている様子だったが、睨み合いは終わっていない。
 こちらからはジャックが、向こうはラムタルの武人が、様子を伺ってから頷き合って離れていき、警戒しながらも戦闘場を降りた。
『改めて試合を再開します……』
 審判員はルードヴィッヒとウインドに“まだだ”と両腕を広げている。
 その腕が数秒後に交差して。
『始め』
「「糞野郎っ!!!!」」
『止めーーっ!!』
 再開と同時に互い目掛けて向かっていくが、すぐに審判から制止の掛け声が入り、再びジャックとラムタルの武人が上がってきた。
 掴み合う寸前で首根っこを掴まれて、引きずり離される。
「いい加減にしろ!」
「私は本気です!!」
「ふざけるな!!」
 なぜ止められるのか理解出来ない。
 邪魔されたことに対しても凄まじく腹が立ち、はらわたが煮えくり返り続けて。
「試合と喧嘩を一緒にするな!!本当に棄権させるぞ!!」
「私は最初からずっと試合をしています!!」
「あんなもんが試合なわけないだろう!!」
「試合です!!」
 張り上がっていく声量に、ジャックは耳が痛んだかのように強く眉を顰めた。
「だから!!試合を喧嘩と一緒にするな!!」
「どう違うと言うのですか!?勝つまで戦うことに違いなどないはずですが!?違いとは何ですか!?」
 ルールは単純で、武器と魔術の使用を禁じているだけだ。
 ルードヴィッヒは何の禁止事項も犯してはいない。
「お前なぁ…」
 呆れられてため息まで吐かれ、さらに腹立たしくなった。納得のいく説明もできないのに止めるなんて、そちらの方が禁止されるべき行為のはずだ。
「頼むから、落ち着いて試合をしてくれ…お前は十分強いから」
 今回は深呼吸はさせられなかったが、首根っこを掴まれたまま改めて試合開始の位置に着かされた。
 ウインドも全く同じ状況だ。
「次また喧嘩になったら棄権だぞ」
 念を押されるが、返事はしなかった。
 納得できないことに言葉を返す必要などないと、ただひたすらウインドを睨み付け続ける。
 審判員が様子を窺ってくる中で、ラムタルの武人は何やら諦めた様子でとっとと始めろとばかりに合図をしていて。
『…お互い冷静な試合を心がけてください。……始め!!』
 注意の後に改めて試合が再開されて。
 何度も理不尽に止められた怒りをも全身に込めて、ウインドへと掴みかかっていく。向こうも同じだ。
『あぁ…また……』
『もういい、やらせておけ』
 耳に微かに入ってきた会話の意味は、最後まで理解することが出来なかった。

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