第98話
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「…それで、どうして腕を切り落とさせたのですか?」
表情の険しい双子に睨みつけられながら訊ねられて、コウェルズは静かにため息を吐いた。
結界も張っていないのに言葉遣いが一応正されているのは、もうエテルネルとして扱う意味がないとしたからなのだろう。
大会関係者達はすでにエテルネルの正体に完全に気付いている。それはコウェルズも肌で感じ取ったことだ。
確実ではないと様子を伺っていた国々も、今日は完全にコウェルズを敬遠していたから。
そんな中で試合を行い、勝ち進みはした。
勝ち進む過程で切り落とされた左腕は、今は傷ひとつ存在せず痛みも当然ない。
あはは、と誤魔化すように笑ってみても、ジャックとダニエルは少しも表情を綻ばせようとはしなかった。
「試したいことがあっただけだよ。腕はすぐ繋げてもらえるってわかってることだしね」
観念しながら、外れない左手薬指の魔力増幅装置に触れる。
コウェルズの指に完全に食い込むその指輪が取れてくれないかと願ってみたが無意味に終わった。
イリュエノッドから譲ってもらった禁忌の指輪を外す為には身体ごと切り落とさなければならないと聞いたことがあるが、指輪を真っ二つにして完全に壊す必要があった様子だ。
魔力増幅装置は文字通り魔力の質量を増やしてくれるが、それの代償は使用者の命だ。コウェルズはファントムと対峙する為にイリュエノッドから指輪を手に入れた。
まさかサリアが対の指輪をはめるとは思わずに。
コウェルズが魔力を失っても力を使おうとすれば、サリアの命が先に削られることになる。
サリアの指輪の効果が消えてくれたら、と考えて第二試合の最中に腕を犠牲にしてみたが、何の結果も得られなかった。
それどころかあんな凄まじい痛み、二度とごめんだ。
しかも出血が酷かったせいか、いまだにふらつく。
「……腕が繋がらない可能性もあったのですよ。他国の治癒魔術は、アリア嬢のように見事な治癒魔術を扱うわけではないのですから」
「知ってるよそんなこと。でもラムタルは優秀な治癒魔術が揃ってるから大丈夫さ。それに…気になる人もいたものだからね」
今コウェルズに話しかけたのがジャックかダニエルかちょっとわからない状況で、腕を犠牲にできた理由はちゃんとあるとため息を吐いた。
「…銀の髪の女ですか?」
「ああ。恐らくジュエルが接触した女性で、ファントムの仲間のはずだよ。まさか私の試合を見に来ていたなんてね。しかも彼女は確実にメディウム家の人間だ」
彼女を見かけた時、腕を落とそうと一瞬で考えついた。
コウェルズが傷付けば、治癒魔術を絶対に使うとなぜか確信出来たから。
そして実際に彼女は傷付いたコウェルズに駆け寄り、素晴らしい力で腕を治してくれた。
その魔力は、アリアの魔力とほぼ同じものだった。
エル・フェアリア王家の魔力が他者とは何か異なるように、彼女の治癒魔術も他の治癒魔術師とは異なっていたのだ。
何とか彼女を捕まえて話しをしてみたかったが、ジュエルに阻止されてしまった。
わざとらしく彼女を逃したジュエルを咎めるつもりはないが、ジュエルの反応が見れたから彼女がファントムの仲間であると確信したとも言える。
アリア以外にもメディウム家の者は生きていた。
なら、子供の方とも接触しておきたいが。
ルクレスティードというらしい少年は、コウェルズ達がラムタルにいる間に接触しに来てくれないだろうか。
「メディウム家の人間はエル・フェアリアの者なのだから返してくれ、って言ってみても、バインド王は笑うだけで聞き入れてくれないだろうね」
「まったく…それどころではないと分からないのですか?あなたがした事は…」
「試合中の負傷なんてよくあることじゃないか。それより私とルードヴィッヒが八強入りしたことを喜んでほしいものだね」
開き直れば、二人分の盛大なため息が。
ルードヴィッヒは今頃ジュエルに簡易の治療を受けているだろうが、本来なら一日目を無事に勝った祝いをするべきところだ。
じきにルードヴィッヒの額の傷を治す為に治癒魔術が来てくれるとして、その後は少し豪華な食事を摂っても構わないはずだというのに、このままジャックとダニエルにひたすらピリつかれそうだ。
もう勝手に無茶な事はしないと言ってみても、前科が多いので信じてはもらえないだろう。
どうにかしてこの嫌な空気を変えることはできないだろうかと考えていた時、ベストなタイミングでジャックとダニエルは同時に扉へと目を向けた。少し遅れてからコウェルズも察する、人の訪れる気配。
天の助けとばかりに来訪者を待てば、扉を叩く音は非常に軽いものだった。
女性だろうか。そう思ってみれば。
『エル・フェアリアの皆様、失礼いたします。バインド陛下からの命を受けて参りました』
声は聞き慣れたイリュシーのもので、ジャックが一瞬表情を固まらせたのは、イリュシーと一夜の関係を持ったからなのだろう。
どうやらイリュシーは、その一夜の関係を割り切れていない様子を見せるから。
ジャックとダニエルが互いに目を合わせてから、ダニエルが扉へと向かう。
開ければ、立っているのはイリュシーだけだった。
チラリとダニエルを見てから、すぐに中のジャックに目を向けて少しだけ嬉しそうに瞳を輝かせる。
見分けがついたということは相当だ。
コウェルズも言葉は発さずにジャックを見れば、コウェルズが責められていた先ほどとは打って変わってジャックが明後日の方角に目を向けて逃げた。
『バインド陛下から直々にどんなご用でしょうか』
ダニエルの問いかけに、イリュシーはハッとしてから乙女の表情を切り捨てて、命を受けた侍女としての表情で改めてジャックに目を向けた。
まだまだ未熟だが、職務を全うしようとはしている。
『ジャック様、バインド陛下がお呼びでございます』
深く頭を下げながらも、暗に従えと告げて。
『…私一人に何の用事でしょうか?』
ジャックもそれだけの言葉では聞き入れることは出来ないと理由を訊ねるから、イリュシーは客室に入ることを選んだ。
ダニエルが扉を閉めるのを待ってから、小さく一礼をして。
『マガ様がジャック様と話したいとのことで、バインド様が許可を与えました』
『…マガが?』
やむなくエル・フェアリアに連れて帰ることになった厄介な少年の名前を出されて、今度は三人で顔を見合わせて。
コウェルズはマガを連れ帰ることに反対だった。ダニエルもだ。ジャックも同じだっただろうに、せめてリーンをひと目見ることを対価に連れ帰ることに合意したのだ。
マガをどう扱うつもりなのか、コウェルズは関与するつもりはない。
王城の敷地内には入れてやるが、本城には指先わずかも許さない、とはすでにジャックに伝えている。
当然だろう。アン王女に毒を盛った実行犯を、妹姫達に近づかせるわけにはいかないのだから。
マガはジャックの目の届く範囲に置くことにはなったが、細かくはコウェルズ達も聞いてはいなかった。
それはマガも同じなのだろう。
ひとりで異国に潜むことになり、不安になったか。だとしてもバインド王がわざわざ命じてまでジャックと会わせようとするとは。
『場所はこちらで用意しておりますので、ぜひお越しください』
言葉に似合わないほどの強制力。
ジャックは諦めたように素直に従っていた。
この対話は、恐らくはマガの為ではない。
バインドはマガの為だと思っているだろうが、そう思える理由は親友であるオリクスの弟だからだ。
「…面倒ごとになりましたね」
ニコリと微笑みながら、ジャックに釘を刺す。
言葉の裏に込めたのは、面倒を増やすな、だ。
自分の行いを棚上げしている自覚はあるが、コウェルズは棚上げを許された存在なのだ。
ジャックもそれを理解しているから、ハハ、と苦笑いを浮かべて。
「ダニエル、ルードヴィッヒを頼む。あまり準備運動や柔軟運動をしないよう見ててくれ」
「わかった」
ジャックの一番心配な存在はルードヴィッヒの様子で、言わなくても見ていてくれるだろうにダニエルにわざわざ頼んで。
イリュシーについて出ていく彼を見送ってから小さく安堵のため息をつくが、
「……話しはまだ終わっていませんよ」
ダニエルがコウェルズの勝手な行動にまだ納得はしていないのだと対話再開の笑みを冷たく浮かべた。
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