第87話
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ほぼ形式上といっても差し支えない謝罪は、ものの数分で終了してしまった。
大会名物とまで称される求婚劇を見せたスアタニラ国から深々と陳謝され、イリュエノッド国からは昨日のルリア王女の強行の謝罪を。
ルードヴィッヒは昨日、大浴場に向かう途中でイリュエノッド国のルリア王女と女官達に捕まってしまい、あまりの強引さにまた会うのが少し怖かったのだが、昨日が嘘のようにルリア王女は物静かに頭を下げてくれた。
表情も影が見えるほど項垂れていて、ルードヴィッヒの方が申し訳なく思うほどだった。
何と声をかければ良いのかもわからずダニエルに目を向けても、関わるなとばかりに首を横に振られるだけで。
ルリア王女は病弱だと聞いているのでそういうわけにもいかない気がしたが、自分で言葉を探すこともできずに結局黙ったままになってしまった。
そしてそれぞれの謝罪の後、やはり誰もが気にするように、デルグ王の訃報について哀悼の意を表されて。
どちらの国もコウェルズがラムタルにいることをすでに知っている為に、何よりもコウェルズの心情を心配する言葉を捧げてくれる。
デルグ王の死についてもダニエルがルードヴィッヒの前に立って説明も手際よく済ませてくれて。
謝罪よりもデルグ王の死を悔やむ言葉の方が長かった気がするのは、気のせいではないだろう。
ただでさえファントムに襲われて慌ただしいエル・フェアリアだというのに、王の死去まで重なるなんて、と。
エル・フェアリア王が表に出ず、政務にすら関わらなくなってから既に四年が経過しており、他国にとって実質の王はコウェルズのようなものだった。
なので政務に関しては心配などはしていないだろう。
だが正式な世代交代は、あらゆる面で式典の重要性を告げてくる。
何よりも攫われたリーン姫の捜索に力を入れなければならないエル・フェアリアだというのに、ここへ来て数多くの式典がコウェルズの足を引っ張る可能性にスアタニラとイリュエノッドは憐れみを見せた。
ダニエルはのらりくらりと躱しながらも丁寧な対応を取り続け、やがてイリュエノッド国のホズとレバンがダニエルの元に残り、ルードヴィッヒは離されて三人で深く話し込み始めてしまった。
イリュエノッド王の兄であるレバンの登場にダニエルも最初こそ驚きはしたが、イリュエノッド側の状況をすぐに察して。
イリュエノッドは二人を残して去っていき、スアタニラもトウヤと二人のサポートの男を残して帰っていった。
トウヤは改めてルードヴィッヒに近付き、個人的な謝罪をくれる。
壁際で待つサポートの男達は、トウヤの逃亡防止も兼ねているのだろう。昨日トウヤは彼らを巻いてテテの元へと向かっていったから。
『あと、昨日あいつらに俺の居場所教えただろ。おかげでテテのところに行けなかったんだぞ』
ルードヴィッヒは逃げるトウヤの居場所をスアタニラの者達に素直に教えた。結局は捕まってしまったと知り、トウヤには申し訳ないが少し安心してしまった。
イリュエノッド側も謝罪の場にクイとテテを連れてきていなかったので、トウヤとの接触から逃げたのだろう。
トウヤの話はまたテテがらみなのかと思ったが、ふと顔を近付けられて。
『ーーで、本当に大丈夫なのか?お前もそれなりに王様と面識あったんだろ?』
トウヤの声量は、どこか申し訳なさそうに小さい。
トウヤなりにルードヴィッヒを心配してくれているのだと、それが少しだけ嬉しかった。他国の戦士とこんな風に仲良くなれるなんて。
『私は幼い頃に何度か話しただけなので、あまり…』
確かに王と顔見知りではある。だがルードヴィッヒも、デルグ王に対する感情はあまりなかった。
王家への忠誠心は存在するが、長く引き篭もっていた王のせいで姫達が悲しむ姿に他の騎士達が憤り、その話ばかり聞いていたので。
『…あんま無理するなよ?考えたくないなら訓練一緒にしてやるし』
『本当ですか!?』
無理などしていないが、訓練という言葉に思わず食いついてしまった。
『…なんだ、ほんとに大丈夫そうだな。安心した』
そして声の大きさにゲラゲラの笑われて。
『魔力で豪華な髪飾りいつも付けてたのに、今日は付けてなかったからな。ショック受けてるかと思ってたんだ』
心配していた理由に、ルードヴィッヒを飾り立てていた魔具の装飾を告げられて、そういえば今日は忘れていたと思い出し、数十秒かけて魔力を放出する。
トウヤは目の前で豪華な装飾がルードヴィッヒを飾っていく様子に、改めて驚いた顔をして。
『…目の前で完成していくのは圧巻だな…』
『これも訓練の一環なので』
完成した装飾に手を伸ばしてくるトウヤに一瞬驚くが、そのまま触らせて。
『これも訓練なのか…エル・フェアリアは面白い訓練方法を知ってるんだな』
『これはレイトル殿…騎士の先輩に当たる人が教えてくれた魔具の訓練方法で、あまりしている人はいません』
レイトルが教えてくれた魔具の発動訓練は、ルードヴィッヒを含めて護衛騎士候補の者たちしか行ってはいない。
元々魔力量の充実している者たちにはレイトルの魔具操作訓練などやる意味がないと思っている様子だったが、ルードヴィッヒは上達している実感もあり、何よりこの装飾も嫌ではなかった。
『レイトル…って、レイトル・ミシュタト・ライトレッグか?』
『知っているのですか?』
名前を知る様子に驚けば、トウヤも驚きで返してきて。
『当然知ってるさ。クレア様を守ってる護衛騎士だろ?魔力量は少ないが、まだ若くて優秀だって聞いてる』
トウヤの説明に、確かにレイトルはクレア姫付きであったことを思い出す。今は違う人物を守っているが。
『レイトル殿は、今は治癒魔術師のアリア嬢をお守りしています』
『そうなのか…それは残念だな』
スアタニラにはまだ届いていなかったらしい情報に、トウヤが頭を少し掻いた。
『こんな面白い訓練方法を思いつく騎士なら、一度会ってみたかったのに。クレア様を護衛しているなら、クレア様がスアタニラに嫁がれる時に一緒に来ただろうからな』
『あ…たしか、もう少しでクレア様は…』
『ああ。ヤマト様の呪いを解く事ができるのは、クレア様だけだからな。俺たちとしては一刻も早く来てほしいくらいだ。もちろん、呪いが解けたらスアタニラの魔術騎士の一団を対ファントム用に貸し出すからな。その時は俺も志願してそっちに行くよ』
クレアがスアタニラと交渉した、戦力の交換。
リーン姫を救い出す為にファントムともう一度戦闘を行う可能性の高いエル・フェアリアにとって、世界で最も魔力の質が良いとされているスアタニラの魔術騎士団は有り難い戦力なのだろう。
ルードヴィッヒからすれば、自分達だけでは力が足りないと言われたようなもので受け入れ難いが、今の騎士団の弱さは最初のファントム戦で見せつけられている。
『何も起きずにリーン様が戻ってくれたら、それが一番いいんだけどな』
『…そうですね』
『そんな顔するなよ。俺たちだって本当は、クレア様の…エル・フェアリアの力を借りずにヤマト様の呪いを解いて内乱を抑えたかったんだ。他国の力を借りたくないのはお互い様さ。そもそも、この交換条件を出したのはスアタニラなんだからな』
ルードヴィッヒは知らない内情に、思わず顔を上げる。
『俺たちはもう、なりふり構ってる暇はないんだ。ヤマト様を取り戻す為なら、地獄の王にでも平伏するさ』
本当は大会にも来たくはなかった、と。
小さな声で、本音を告げてくる。
ルードヴィッヒが知る限りでは、大会に訪れているスアタニラの陣営は全員、第一王子ヤマトの派閥だ。
『…ならどうして大会に?』
『それは秘密さ。ま、ここに来たお陰でテテにも会えたからな。どうりで俺の運命の相手がスアタニラにいないわけだ』
結局会話がテテにまで戻ってしまい、昨日を思い出して少し呆れてしまった。
『なんでそんな顔するんだよ!お前だって気になる女くらいいるんだろ?誰だ?もしかしてジュエル嬢か?』
一発で当てられてしまい、一気に頬が火照り上がった。
『…マジかよガキじゃないか』
『なっ……トウヤ殿だって!テテ嬢とはひと回り近く歳が離れていると聞きましたが!?』
『俺は運命だ。仕方ない。それにテテ嬢は立派に成人した女だからな』
未成年と成人の違いを上げられて、グッと言葉に詰まった。
『ま、頑張るんだな。あっちが未成年なら、とっととモノにできるだろうけど』
『…そうなのですか?』
『上位貴族同士で、歳も近いんだろ?簡単じゃないか。いいか……』
そのまま耳打ちしてくる内容に、ルードヴィッヒはただ目を見開く。
そんな方法で嫌われはしないかと不安になるが。
『後の人生どれだけ長いと思ってるんだ?時間はたっぷりあるんだ。頑張れよ』
離れるトウヤの激励に、思わず拳を握り締める。
それは不快という意味ではなく、金言に胸が震えた結果だった。
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