第84話
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ラムタルに用意された貴賓室、その室内のさらにコウェルズがジャックと共に使っている寝室に、たった一人で一羽の鳥と向かい合う。
エル・フェアリアから訪れた伝達鳥と護衛鳥。今日訪れた伝達鳥は、対話の為の小型だ。
護衛鳥が共にいるとはいえ小型の鳥に不休の飛翔はひどく疲れた様子で、落ち着くまではと装備を外して休ませている最中だった。
ダニエル達が戻ってきたのは小一時間ほど前。ジュエルは気疲れを起こした様子で報告後早々に眠りの世界へと落ちた。
突然決まった他国の王女との茶会をそつなく終わらせたとダニエルは教えてくれたが、かなり緊張して気を遣っていたのだろう。
部屋に戻って報告を終えて、すぐにソファーで寝落ちして。ダニエルが微笑ましげにジュエルを寝室へと運ぶのを、ルードヴィッヒは不満そうに見つめ続けていた。
バオル国のアン王女との茶会での成果は、期待していない通りほぼ無いに等しい。
限られた空間でしか生活できないアン王女には、信頼に足る限られた人間達だけしか交流はない。ラムタル城内を歩き回るなど以ての外。
アン王女からは情報など得られないだろうとは思っていた。だがダニエルはやってくれた。
アン王女は無理でも、周りの者達はもしかしたら。ジュエルが茶会を楽しむ間、ダニエルはアン王女の護衛と会話していたのだ。
そして彼らのうちの一人が、一度だけ。
仮面の男を見かけたことがある、と。
遠目からでも記憶にの残るほど、異様に存在感のある長髪の男だったと。
それは、コウェルズにとって重要な証言だ。
何もないより確実に。
これでラムタル城内でファントムだろう仮面の男を見たことがある者はコウェルズ本人と侍女のイリュシー、そしてバオル国の護衛の三人となった。
偶然にはさせない。こじつけならいくらでも作ってやる。証拠は無いが、確信があるから。
ふ、と笑ってしまい、どうやら見ていたらしい伝達鳥が居心地悪そうにふるりと震えた。
「悪かったね。さあ、そろそろ大丈夫かい?」
問えば、伝達鳥はコウェルズの前まで進んできた。
つぶらな黒い目が赤く光り、伝達鳥は口を開く。
「ーーお兄様?」
伝達鳥からこぼれた声は、紛れもなくミモザのものだった。
たった数日のはずなのに、ひどく懐かしい気持ちになる。
「待たせたね。そちらは大丈夫そう?」
「いつでも」
ミモザの方はどうやらずっと待ち続けてくれていた様子で、声だけでも準備万端であることがわかった。大丈夫、とはミモザ個人に聞いたというのに。
近況報告はしないまま、まずはエル・フェアリアの状況をミモザが伝えてくれるが、代わり映えはほぼしない。統制が取れて優秀だ。
エル・フェアリア城内で重要な問題があるとすれば、エルザの件だった。そして事態を悪く見ている声色で、ミモザは騎士団内、特に王族付き達に不穏な空気が渦巻いていると告げる。
「…今日だけで二件の暴力事件が…そのうち一件は城下町で市民相手に…」
細かな報告を聞くごとに、さすがにコウェルズの眉間にも皺が深く刻まれていく。
騎士団のエルザ姫付きが起こした二件の暴力。
一件は治癒魔術師護衛部隊員であるセクトル相手に。こちらは置いておけるとしても、もう一件は。
ガウェの邸宅で働く貴族の魔術師ではある。だが城に関係無い市民に変わりはない。それも、人通りも多い場所で。
被害者の青年とガウェが事を大きくしない為にも形式的な謝罪と慰謝料で許してくれた事に感謝すべきではあるが。
「…騎士達はどんな感じだい?」
「何とも言えませんわ。流石に市民を巻き込んだことに関してはクルーガーがエルザ付きだけでなく王族付き全員に厳重注意をしましたが」
「そう…ニコルとアリアがどうしてるかの報告は来てるかい?」
「明日城に戻ることになりました。警戒は必要でしょうが、都合は良いかと」
「ああ……まあ、そうだね」
深く考えて、肯定する。
城に戻ればニコルはエルザの件で騎士達から詰られることになるだろう。だが、今晩これから発表される訃報が駆け巡れば、騎士達の目はニコルから少しは離れるはずだ。騎士達はそれぞれが守る姫に付きっきりになるはずだから。
「……エルザは大丈夫そうかい?」
「…何とも」
大丈夫だなど有り得ない状況であるとわかりつつ聞いてしまうのは、コウェルズなりに申し訳ない思いがエルザにはあるから。
ニコルがエルザの元を離れるだなどと考えもしなかった。だから物理的に二人を無理やり引き合わせた。
もしそれさえ無ければ、エルザがここまで深く傷つくことはなかったのではないかと考えてしまう。
引き篭もり、泣きじゃくり、何も手につけず、何も喉を通らない。
愛に純粋すぎるエルザがどんな状況でいるかなど、想像は容易すぎた。
「…ひとつ、気掛かりな報告も」
「何だい?」
「それが…ニコルが遊郭の娘を一人、一年間独占の為に買い占めた、と」
有り得ない報告に、ザッと血の気は引いた。
「……それ、は…他には誰の耳に入ってる?」
「…三団長にのみ知らせました」
暗に、国政を取り仕切る上層部は全員知っているという言葉。ニコルの血に流れる治癒魔術の力を次代に残したい者達は頭を抱えている事だろう。
だがそれ以外では三団長だけだというなら、安心はできた。
どこから漏れるかはわからないが、コウェルズが戻るまでは知られないままでいてほしいが。
「明日ニコルとアリアは戻るんだったね」
「はい」
「ならアリアに気を使ってあげて。もし騎士達がニコルに殺到するなら、ニコルを護衛部隊から離してでもアリアを守るんだ」
現状を甘く見ているニコルではないはずだ。そんな中でエルザとは違う他の女性を選んだという事は、ニコルにはもう決意は出来ている。
遊郭の娘を一年間独占するということが何を示すのか。
短気だが真面目な男だから。
いつ出会った娘なのか気掛かりだが、軽く頭を掻いて、小さくため息をついて。
コウェルズが疲れから思考を停止させた時間は、その間だけだった。
「エルザには私の分も充分注意して見てあげてほしい。…してくれてるのはわかってるけど」
言葉の後に付け足したミモザへの思いやりは、クスクスと小さく響いた微笑みで気付いてくれたのだとわかった。
「それじゃあ、ニコルの件はどうしようもないとして、今から流す件は予定通り進みそうなんだね」
「はい。……それと、もう一つだけよろしいですか?」
「うん?」
ミモザの声が掠れるように低くなり、あまり良くない出来事がまだあるのだと警戒すれば。
「……サリアに代わってもよろしいですか?」
「ーー…」
重要な報告をサリアから。内容が何であるのか瞬時に理解して、口は自然と閉じた。
コウェルズが何かを言う前に、目の前の伝達鳥はガサガサと人の声ではない物音を聞かせてくれて。
「…………あなた様…」
鼓膜から脳を癒すような愛おしい声に、身体は無意識に喜びに震えた。
「……えっと…サリア……大丈夫かい?」
思わず聞いてしまうのは、不安にさせてはいないかと不安が襲ってきたからだ。今日、サリアを人質だなどと言ったのはコウェルズ自身だから。
「私は大丈夫です。それより…」
「わかっているよ。ホズとルリアがいることは帰ったら詳しく話すから、心配しないで私を信じていてほしい」
きっと不安にさせてしまう。
サリアとホズの仲は良好だが、ルリアとの仲はコウェルズのせいで最悪なのだから。そのルリアがどうもコウェルズを狙って訪れたとなれば、サリアの心の動揺は計り知れないだろう。
そう思い不安を消す為の言葉を口にしたが。
「………お待ちください…ホズとお姉様がそちらにいらっしゃるのですか?いつから?」
突然の険しい声。不機嫌になる時特有の棘のある強い口調に、誰も見ていないというのに背筋はピンと直立した。
瞬時に自分の過ちに気付いた。
サリアがわさわざ対話に訪れたのは、大会名物の獲物にされたイリュエノッド国のテテの件だったと。他国の恋愛事情などどうでも良すぎて頭から完全に抜けていた。
「あ、いや…そう!君の国のテテ嬢の事だろう!君と共にエル・フェアリアに訪れた護衛の女性!テテ嬢の母親がいるんだよね!」
「誤魔化すのはおやめ下さいませ。お姉様がそちらにいらっしゃるのですね?」
普段より少し早い口調で責めるように訊ねられてしまい、断念して小声で「はい」と答えてしまった。
そして数秒の沈黙。
サリアがどんな表情でいるのか、見えないのにはっきりと瞼の裏に浮かぶのは、何度も見てきたからだ。
姉と不仲になってしまい、つらい、悲しい。でも、顔には出せない。そんな表情を。
きっと今も、強く唇を引き結んで耐えている。
「……君もこっちに来る?」
問いかけに、返事はない。
「今からなら、試合の最中にはこちらに到着できるだろう。エル・フェアリアからは観戦者は訪れない予定だったけど、ラムタルに伝えてすぐに用意してもらうよ」
サリアが最も安心できる方法をコウェルズなりに探して伝えて、しかしサリアは静かなまま。
長い沈黙。
その後に。
「…私はあなた様の隣に立つ者としてエル・フェアリアに訪れました。あなた様がいない今、エル・フェアリアを離れるつもりはありません。……あなた様はあなた様のなすべき事だけを見ていて下さい。もし私の姉弟があなた様の邪魔となるなら…私からイリュエノッド国王に強く苦情を申し述べます」
凛とした、強い宣言。
サリアの心だけを守ろうとしたコウェルズとは違う、偉大なほとの。
長くも短い沈黙の間に、どれほどエル・フェアリアを考えてくれたのだろうか。
とても頼りになる姿がすぐに脳裏に思い浮かぶ。
サリアを選んでよかったと、強く思うほど。
「…じゃあ、もし何かあったら君にすぐ伝えるよ」
安心して任せる。
「そうしてくださいませ」
今すぐにでも抱きしめて安心させてあげたいけど、物理的に不可能な距離にいるから。せめて言葉でサリアへの信頼を。
「……それで、テテの件なのですが」
そしてサリアが訊ねたかった本題に、コウェルズは他人事ではないのだと痛感させられた。
怒り狂っている、と。
誰が?当然テテの母親だ。
それこそラムタルに殴り込みに向かおうとするのを騎士達も総出で止めていたらしい。
魔術師は身体的に筋力が落ちる者が多いというのに、さらに女性だというのにテテの母親は筋力で騎士達すら圧倒したらしい。
母という強さを思い知らされた気がした。
サリアの護衛としてエル・フェアリアに訪れているという重要な任務中だと強く諭して、今は何とか落ち着いているらしいが。
「お願いがあるのです…イリュエノッドにも話しているのですが…あなた様達がこちらに戻られる際、クイとテテもエル・フェアリアに連れてきてもらえませんか?」
「それは構わないけど…クイも?」
「……はい」
クイとテテは親戚筋だと聞いたが、彼は大会出場者だ。それなりの功績を大会で上げれば、大会が終わればすぐにイリュエノッドに戻らなければならないだろうが。
「国王陛下も承諾していますので」
「話がそこまで進んでいるんだね…わかった。それくらいならお安い御用だよ」
こんな事態に陥るとは誰も思っていなかっただろうに、なかなか対応が早い。二人を連れて戻るくらいならコウェルズ達にも何の負担もないだろう。
「こんな事態に巻き込んでしまい、イリュエノッド国として謝罪いたします。大切な時期に申しわけ」
「その謝罪は受け取らないよ。君達イリュエノッド国の者達も巻き込まれただけなんだからね。スアタニラから正式な謝罪を受け取るから、君は安心して私を待っていて」
言葉の隅に、ルリアの件もそっと差し込む。
ルリアも謝罪に訪れたが、それは伝えないまま。
「…ありがとうございます」
サリアも全ては聞かないままでいてくれた。
「ーーえ?あ、わかりました」
そこへ、ふと少しだけ声が遠のいてサリアが別の誰かと会話したような声を伝達鳥が拾い聞かせてきた。コウェルズと対話中だというのに、誰が。
「どうしたんだい?」
不満を隠さず訊ねれば。
「それが…エルザお姉様がひどく泣いてしまわれているらしくて、騎士達がミモザお姉様を呼びに…」
「…………そうか」
サリアの声も困惑していた。
ミモザはすぐにエルザの元に向かったのだろう。
「今、エルザの仕事は?」
「私とミモザお姉様で分けて対応を。…ほとんどミモザお姉様ですが…」
「そうかい…ありがとう」
ミモザが報告しなかった事実。エルザは国立事業の統括を任されている身だ。その負担が二人にのしかかっている事には、少し頭が痛んだ。
「あの、何か報告しておくことはありますか?」
ミモザが不在となったことでサリアが気を遣ってくれるが、ミモザとの必要な話はもう終わっている。
「そうだね…私が戻るまで頼む、とだけ伝えておいてくれる?」
「わかりました」
ナイナーダに狙われたミモザを言葉だけで安心させるなど、無理だとわかっているからせめてそれだけを頼んで。
「それと…」
それと、サリアには。
「…愛しているよ」
「……伝えておきますわ?」
「違う!君に言ったんだ」
まさか最後に伝わらなくて、声を張ってしまった。
ようやく伝わったと実感できたのは、サリアが無言になったから。
きっと今頃、浅黒い肌の頬に朱を混ぜて照れているはずだ。
照れて怒るだろうか、それとも動揺して声が上ずるだろうか。
「…私も…あ……、あなた様の帰りを心待ちにしています」
楽しみにしていた反応は、何かを言いかけて途中で言葉を変えた様子を聞かせた。
想像していた反応とは違ったが、サリアらしくて可愛いと思ってしまって。
「サリア、愛してる」
「いい加減にしてくださいませ」
今度こそ照れながら怒る声が聞けて、ようやく満足した。
「…エル・フェアリアを任せるよ。もう少ししたら戻るからね」
「…皆さま、お怪我のありませんように」
ミモザがいないなら、これ以上の対話はもうない。長々と話し込んでも、サリアに会いたくなる気持ちが膨らむだけだから。そしてそれはサリアも同じ様子で、対話はあっけなく終了してしまった。
伝達鳥の瞳が可愛らしい黒に戻り、ピ、と本来の声を聞かせてくれる。
今までサリアと話していたのに。
静まり返る部屋に、彼女との距離の遠さを思い知らされる、少しだけ虚しい時間。
「…さあ、戻ろうか」
伝達鳥に呼び掛ければ、コウェルズの差し出す腕に素直に飛び乗ってくれた。
寝室にかけていた結界を解いてそのまま扉を開けて皆の元に戻れば、何かを報告に訪れていたイリュシーがちょうど帰る所だったらしく、コウェルズと目があって深く頭を下げてきた。
応対していたのはジャックだ。
イリュシーは最後にもの言いたげな熱い視線をジャックに数秒向けてから、恥ずかしそうに俯いて帰って行った。
「……ジャック殿、大丈夫なんでしょうね?」
慣れ始めた敬語にすら棘を含ませたのは、イリュシーの視線が熱すぎたからだ。
「心配するな。彼女はちゃんと理解してるさ」
ジャックはジャックで深く考える気はない様子だが。
コウェルズが戻ったことにより、ダニエルが改めてお茶の準備をしてくれる。ソファーに座ればジャックが伝達鳥を預かってくれて、護衛鳥達と共に休ませてから戻ってきた。
「そっちの準備は?」
「大丈夫そうです。我々は明日を待つのみですよ」
エル・フェアリアから国王の訃報が届くのはもう少し後だろう。
「イリュシー嬢からはスアタニラとイリュエノッド両国からの謝罪の場について話された。明日の早朝に両方同時に受け取ることにしたが、問題無いな」
とっとと済ませてしまうということか。
出向くのはジャックかダニエルのどちらかで構わないだろうから、コウェルズは返事をしなかった。
「私が行こう。ルードヴィッヒも被害を受けたから連れて行くぞ」
「頼んだ」
すぐにダニエルが向かうことに決まって、ソファーごしに後ろに身体を向けて。
「ルードヴィッヒ!明日の早朝だよ。忘れるな!」
「はい!」
窓の近くで鼻息荒く熱心に柔軟運動を行っていたルードヴィッヒに声をかけて、ダニエルがそのまま少しきつい眼差しをジャックに向け直した。
「…で、何でイリュシー嬢はお前に変に熱を上げているんだ?」
事情をまだ知らなかったらしく、ダニエルの目は疑うような眼差しだ。
手を出しただろう、そう気付いている辺り、双子で通じるものがあるのだろうが。
ジャックは一瞬救いを求めるようにコウェルズに目を向けてきたが、お茶を飲むフリをして口を開かなかった。今は部屋に結界も貼っていないのだ。話せるわけもない。
「…必要なことだったんだ。お前だってわかるだろ」
「お前はいつもやりすぎる傾向にあるだろう。面倒なことになってみろ、知らないからな」
「わかってる…」
「いいや、何もわかっていないのがお前だ。今晩も会うつもりなら深入りするなよ」
「わかってるって言ってるだろ。しつこいんだよ」
不穏な双子の喧嘩が始まりそうな予感に、流石にコウェルズもため息をついて。
「ルードヴィッヒ殿、柔軟運動もやりすぎは身体に毒ですよ。こちらに来て休憩しましょう」
ニコリと微笑んで、ルードヴィッヒを呼んで双子の喧嘩を無理やり止めた。
ルードヴィッヒはルードヴィッヒでなぜか興奮冷めやらぬ様子を見せてきて、休憩の為のお茶を一気に飲み干してまた柔軟運動に向かおうとしたところを羽交締めにして止める。
「…何をそんなに慌ててるんだい?」
小声で訊ねれば、ルードヴィッヒは「決まっています!」と強く拳を握りしめて。
「必ず優勝しなければならないんです!」
声の大きさに鼓膜が潰れるかと思った。
やる気を見せてくれるのは良いことだが。
「優勝すれば、ジュエル嬢が好きなだけお菓子を作ってくれるらしい」
面白そうに笑いながら教えてくれるのはダニエルだ。
「へえ。私も優勝目指さないと」
「な!?コ、あ、エテルネル殿には不要のはずです!」
「なぜです?優勝のご褒美がジュエルお嬢様手作りのお菓子なら、私にだって権利があるはずでしょう?」
「っっっ…あなたとは違うんです!!」
普段と違いやけに噛みついてくる様子に、心境の変化を感じ取る。
今のルードヴィッヒには、彼自身を飾る魔具の装飾も無いから。
ジャックからは聞かされていたが、本当にジュエルへの思いを自覚しているらしい。
「ふーん?でも、柔軟運動はもうやめておいた方がいいでしょう。逆効果ですよ」
「でも時間が無いのです!」
「そこまでにしてろ、ルードヴィッヒ。それとも今さら焦らなきゃいけない程度の訓練しか積んでこなかったのか?」
コウェルズと代わってルードヴィッヒを止めに入るジャックの言葉に、コウェルズはダニエルと同時に強く頷いてしまった。
「今日はもう充分でしょう?明日に備えて休みましょう」
良い塩梅でルードヴィッヒの戦闘欲求が溜まっている様子だが、明日は訓練どころではないかもしれない、とは伝えないまま。
グッと唇を噛むルードヴィッヒから腕を離して、コウェルズはお茶の最後のひと口をゆっくりと飲み干した。
第84話 終