第56話
第56話
コツン
朝日が完全に登りきらない光と闇の狭間の時間。
窓ガラスをたたく小さな音を耳にして、ニコルはゆるりと目を覚ました。
眠ってはいたが、浅い眠りだったせいで目覚めは簡単だった。
ゆっくりと身体を起こせば、同室であるガウェの姿はない。しかしさほど気にすることもなく窓へと目を向ければ、懐かしい小鳥が窓の向こうでニコルを静かに待っていた。
そっと立ち上がり、窓辺に近付き。
窓ガラスの端には霜がわずかについており、本格的に冬が訪れているのだと気付く。
窓を開けてやれば外気の風と共に小鳥が室内に入り込み、ニコルは寒さに身震いをしながらすぐに窓を閉めて。
昨日は最も冷え込む明け方に外にいたというのに感じなかった冷気。
それは魔術兵団との戦闘に身体が温もったからか、それともファントムの、父の言葉に気が遠退いたからなのか。
--どっちも、知るか…
ニコルはそれらを忘れ去る為に額を押さえながら頭を振ると、自分のベッドの上に降りていた小鳥に近付いた。
隣に座れば、小鳥は今までニコルが眠っていた布団から暖を取ろうとするように中にもぐり込む。
「手紙を見せてくれよ…」
その可愛らしい仕草に思わず微笑みながらも、小鳥の足に取り付けられた筒の中から手紙を預かった。
その小鳥はまだアリアが村にいた頃にニコル達兄妹を繋いでくれた伝達鳥で。
伝達鳥はニコルに筒を渡すと、まるで自分の仕事は終わったとでも告げるようにまた布団にもぐり込んでいく。
「…そんなに寒かったのか?」
訊ねれば、ピ、と小さな声が。
「そうか…ありがとうな」
もぞもぞと動く小鳥にさせるままにしながら、ニコルは手紙を広げる。
アリアが王城に来てから約三ヶ月。
まだそれだけしか経ってはいないと言えばいいのか、もうそんなにも時が流れたと言えばいいのか。
アリアの魔術師団入りと共に、ニコルと村との繋がりは終わってしまった。
給金送りを続けるか否かで何度かは伝達鳥でのやり取りをしたが、その時の伝達鳥は王城から大型の伝達鳥を借りての素早いやり取りだった。
ニコルが騎士として働いていることが村人達にバレてしまったので、小型の伝達鳥に負担をかける必要は無いと。
そうして何度かだけやり取りを続け、村長と夫人から「今までありがとう、これからは自分達の為に給金を使いなさい」という手紙を最後に、繋がりは途絶えていたのだ。
それが、懐かしい小鳥と共に久しぶりに訪れて。
村長達は元気にしているだろうか。
村人達のやっかみを買ってはいないだろうか。
一抹の不安と、懐かしい思い出と。
村長と夫人だけがアリアの味方でいてくれたのだ。この人達の為なら、ニコルはもう一度給金を送ることを始めたって構わない。
そう思える人達。
辛い思い出ばかりの村で、唯一見返りなく優しくしてくれた他人だ。
「…村長じゃないのか--」
懐かしみながら手紙を読めば、差し出し人は夫人からで。
ニコルは手紙を静かに読み進めて。
いつの間にか小鳥が布団から顔を出して、ニコルを見上げていて。
ピ、と。
小さく鳴く小鳥の声は、そのまま泣き声のように室内に響き渡った。
「…お前」
全てを読み終えて、ニコルは小鳥を呆然と見下ろす。
小鳥もニコルが読み終えたことに気付いて、ニコルの腕に飛び乗った。
手紙に書かれていたのは、この小さな小鳥をニコルとアリアに託したいという夫人からの願いで。
「…つらかったな」
村長が亡くなったという知らせの手紙を携えて、ニコルは胸を締め付ける悲しみを何とか堪えながら、小鳥と共にアリアの部屋へと向かった。
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朝食を済ませたら、すぐに政務棟の執務室に来るように。
昨夜その指示を受けていた魔術師団長のリナトは、食事もほどほどに早くから執務室に向かっていた。
昨日のうちに終わらせたことといえば、出撃した魔術師達から詳しく話を聞くことと、捕らえた娘の身の周りの用意をしてやることで。
闇色の黄の娘、エレッテ。
まだ成人して数年程度だろう彼女を目の当たりにした時、リナトは確かにエレッテの纏う魔力の中にロスト・ロードの気配を微かに見つけたのだ。
コウェルズが護衛蝶と名付けた、赤子ほどもある大きさの魔眼蝶に守られたエレッテ。
コウェルズの指示通りに王城上階の貴賓室を用意し、何人もの魔術師達と共に強力な結界を貼った。
そして王都中から絢爛なドレスを用意し、美しい花束を飾り、希少な装飾品から高価な果物まで。
エレッテが逃げないように、魔術兵団やエレッテの仲間に奪われないように、そしてエレッテの心をほだす為に。
自由を奪いはしたが、大量の贈り物に少しは気を許してはくれないか。
しかしその願いは、当然のことであるかのようにエレッテには受け入れられなかった。
昨夜の時点でまだ捕らえてから一日も経っていないのだから仕方ないだろうが、エレッテは用意されたベッドのすみで膝を抱え、大量の贈り物には一瞥もくれなかった。
そして今朝。
リナトは自分の朝食前にエレッテの世話係として用意した魔術師と共に彼女の部屋を訪れていたが、昨夜膝を抱えていた場所から少しも身動いだ形跡がない。
バサリと強く羽ばたく護衛蝶だけがエレッテの味方であるかのように側を舞っていたが、それ以外では何も。
夕食すら手をつけられてはおらず。
食事を朝食と交換し、様子を窺い。
リナトも一言二言話しかけてはみたが、エレッテからは何も返答はなかった。
已む無く彼女を魔術師に任せて部屋を離れ、簡単に朝食を取る。
そしてようやく向かったのは、政務棟の執務室だ。
時刻にすればまだ早い時間ではある。
昨日の今日である為にコウェルズも疲れているだろうから、少し遅れて来るかもしれない。
その考えが浅はかであったと気付いたのは、執務室の扉の前に立つ二人の護衛騎士を見つけた時だった。
コウェルズ王子付き副隊長の騎士・アレックスとフレイムローズの二人が。
「お前達二人が組んでいるとは、珍しいな」
執務室に入る前に二人に話しかければ、アレックスもフレイムローズも先に一礼を行った。
「アドルフ隊長は明日までルードヴィッヒ殿の訓練につかれますので、その間だけですよ」
アレックスは普段とは異なるチーム相手のフレイムローズに苦笑いを見せて、その理由を語る。
「そうか…出発は明日だったな」
「ええ」
ファントムの件があったばかりだが、剣武大会出場の為に明日のラムタル国へ向けての出発予定は変わらないと。
「ルードヴィッヒ殿は大丈夫そうか?」
リナトの不安には、アレックスは「何とも」と曖昧な返事に留めた。
昨日までの出撃でルードヴィッヒは怪我こそ負ってはいないが、魔力の使用と緊張で消耗しているのだ。
「ですが今さらまた急に予定を変更しても色々厳しいですからね。コウェルズ様はこのまま予定通り進ませる様子です」
そちらの方が楽でしょう、と。
「そうか…フレイムローズ、お前の…護衛の方はどうだ?」
大会に関しては魔術師団はあまり関われない立場である為に早々に切り上げて、リナトは次にフレイムローズに目を向ける。
フレイムローズが行うエレッテの護衛について。
護衛蝶を介してフレイムローズはエレッテをずっと見続けていたはずで、それなら変わったことはないかと。
しかしフレイムローズは言い辛そうに眉を少し寄せて、小さく首を横に振った。
「…先ほどリナト団長が見た通りです…ずっと」
エレッテに動きはないと。
フレイムローズはリナトが朝にエレッテの元を訪れたことも見ていたらしく、どうやら盗み見た気分になってしまっている様子だった。
困ったように俯くから、気にするなと告げるように肩を優しく叩いて。
「それで、コウェルズ様は朝早くから政務棟入りか」
「あ、いえ…」
リナトはようやく本題だとでも告げるように政務棟の扉に目を向けるが、すぐにフレイムローズの否定の言葉が走った。
「あ…その…」
まさかとフレイムローズに目を向ければ、彼はまるで自分が怒られるかのように俯いた。
俯くフレイムローズと交代でアレックスがまた苦笑いを浮かべて、
「コウェルズ様は昨夜から執務室に籠られています」
リナトの予想通りの答えを告げる。
呆れが二周ほどするようだった。
コウェルズは一昨日の夜に王城を出て昨日の朝に戻ってきた。そこからはまるで何かに取り憑かれたように政務からファントムの件からこなして進んだので、夜には全員で無理矢理休ませたはずだったのに。
クルーガーがコウェルズの首根っこを引っ掴んだのは子供の頃以来だろう。
「…まったく…」
「で、でも働きづめじゃないんですよ!心配してくださったサリア様が途中で来られて、少しだけお茶の時間があったんです!」
少しも休もうとしないコウェルズに呆れるリナトへ向けて、フレイムローズが慌てながらも擁護に走る。
「やめておけ、フレイムローズ。いくら私達がコウェルズ様を止めようとしても結局無理なんだからな」
コウェルズが怒られないようにと健気にフォローするフレイムローズを、アレックスは遠い目で止める。
二人もコウェルズを休ませようと頑張りはしたのだろう。
「…二人とも、ご苦労だったな」
リナトは労いの言葉をかけると、朝からため息をつく元凶となった王子がいるであろう執務室の扉を見つめた。
「呼びかけてくれ」
「かしこまりました」
そしてアレックスが扉をやや強くノックし。
「--…何だい?」
やや眠たげな声が室内から漏れてくると同時に、アレックスが少しだけ扉を開いた。
「失礼いたします。リナト魔術師団長が来られました」
用件を告げればコウェルズからの返答は無く、しかしアレックスは扉を開きリナトを促す。
コウェルズが合図だけで通すように告げたのだろう。
通されるままに入室すれば、背後で扉が静かに閉まった。
「やあ…おはよう」
目の下に隈をつくりながら、コウェルズは白々しい笑みをリナトに向ける。
「…聞きましたよ。あれほど休むよう注意したというのに…」
「あはは…ごめんね。でも明日出発だからさ、巻けるところは巻きたかったんだ」
コウェルズは机に腰を下ろしながら、わずかに猫背気味のままリナトに目を向けてくる。
身内でないリナトにもそんなだらしない姿を見せるのは、疲れが強い証拠だ。
「サリア様が来られたとか」
「ああ。たぶん皆が私を休ませる最終手段で呼んだんだろうね。おかげで少し休めたよ」
もし騎士達がサリア王女を呼んだと言うのなら、コウェルズを寝室で眠らせるように願ったはずだ。しかし結局はそれも失敗に終わったということか。
王女とひとときのお茶の時間だけで身体が休まるものか。
ため息もほどほどに、リナトは何を言っても無駄だろうとコウェルズに注意することは諦めた。
「…ここに来る前にエレッテ嬢に会ってきました。まだ口は開きません」
「ああ…まあ仕方ないか。しばらくは様子見になるだろうね。焦らなくていいし、私がいない間も頼むよ」
さっそくエレッテの報告をすれば、まだ昨日の今日だからとコウェルズは急がない姿勢を見せてくれる。
「一番良いのは彼女をこちらの味方に取り込んでファントムの目的を知ることだから、使える手は何を使ってくれても構わないよ。今よりお金をかけてあげていいし、必要ならもっと色を仕込んでくれても構わないから」
「…コウェルズ様…」
「何だい?私がわざわざ命じずとも君だってそのつもりがあるんだろう?彼女に付けた世話係の魔術師、なかなかの色男じゃないか」
疲れがピークを越えてしまい頭があまり回らないのか、それとも少し自棄を起こしているのか。
コウェルズはあまり大きな声で言えないような言葉を軽々と口にする。
リナトの咎める口調にもクスクスと笑い返し、どこか病んだ印象すら窺えた。
それはファントムに二度も敗北を味わったことも関係があるのかもしれない。
コウェルズは今まで、何においても苦汁を舐めた事が無かったのだから。
「…フレイムローズが受けたファントムの命令で、彼女を守る間は拷問なんか出来ないし。おだてまくって何としてもこちらの味方につけるんだよ」
さらりと、簡単に。
言葉の端々に窺える苛立ちは、フレイムローズがコウェルズの言うことを聞かない箇所にも起因するのか。
「…それで、私を呼ばれた理由はそれだけでしょうか?」
「まさか」
エレッテに関する鬱々とした命令だけが理由かと問えば、コウェルズは自身の背中に片腕を回して、腰帯に吊り下げていた短剣を机の上に置いた。
「これが本題」
その短剣は鉄で作られた何の変哲もない代物のように見えたが。
「…これは」
短剣を手にしてすぐに、リナトは気付いた。
「特殊な術式が練り込められている、特別な代物だよ」
気付いたリナトにコウェルズは説明をくれて。
「ファントムとの戦闘で、パージャがこれを使用してナイナーダをめった刺しにしたんだ。ファントム曰く、治らない傷を与える物騒な短剣らしい。パージャにも傷が残ってたからね」
ナイナーダが生きていることはすでに聞かされている。リナトは畏怖から息を飲み、ややしてから短剣を机に戻した。
禍々しい気配を醸し出す短剣。それは術式の不気味さが漂う為か。
「昨日ヨーシュカにも見せたが、ナイナーダが独自に製作したもので間違いないらしい」
コウェルズはその短剣を改めて手にして。
「君には、この短剣に練り込められた術式の解読も頼みたいんだ」
それが本題だと。
「…術式を既存の物質と練り込ませるなど、今まで聞いたこともありません…解読にどれだけ時間がかかるか…」
「そうだね。でも頼むよ。解読が上手くいけば、ファントム対策として使えるだけでなく、エル・フェアリアの新しい武器にもなるからね」
今まで魔術などの特殊な力は、魔力を持って産まれた者だけの特権だった。しかしこの技術があれば、魔力を持たない者でも、と。
「…危険ではないでしょうか」
「危険だよ。だけど、見過ごすのはもっと危険じゃないかな?。術式の解読が出来たなら、その対抗策も考えられるはずだ。こんな代物がもし他国で増産されて攻め込まれても、対抗策がしっかりしていればただの武器だからね」
エル・フェアリアの武器にするだけでなく、対抗策も理由であると。コウェルズのその言葉にようやくリナトは少し安心し、もう一度まじまじと短剣を目に映した。
コウェルズに大切に持ち上げられた短剣。
特殊な術式なので解読にはかなりの時間がかかるだろうが。
リナトは魔術師達の中でも特に優秀な者達を頭の中で吟味しながら、術式の解読を得意とする数名を思い浮かべた。
そしてさらにその中から今回の解読に有効であろう魔術師が一人いることを思い出して。
「…一人だけ、解読に使えそうな者がいます」
「誰だい?」
再び短剣を置きながら微笑みかけてくるコウェルズに、その唯一の名前を口にするために息を吸う。
魔術師団の中でまだ若手の分類に入るが、非常に優秀な彼は。
「治癒魔術師護衛部隊に配属しているアクセル・ソアラです」
「…彼が?」
「はい」
アクセルの名前にコウェルズは意外そうに驚いてみせた。
それもそうだろう。若手の実力者という一点以外ではあまり目立たない若者だ。それにコウェルズよりも若い。
それでも。
「アクセルは今まで数多くの術式を解読してきました。自ら術式を作り出すことは苦手ですが、我々が数ヵ月数年頭を捻りようやく作り出した難易度の高い術式を、いとも簡単に読み説いて真似てしまいます。特殊な術式の解読という点においては、アクセルの右に出るものはエル・フェアリア魔術師団の中にはいないでしょう」
リナトの説明にコウェルズはただ呆けていた。自分より若いアクセルの素質に、信じられないというように。
「…そんな特技が彼にあるなんてね。でも今まで、術式を解読しているところなんて見たことがないけど?」
「アクセルはある意味で特殊な解読方法を行いますからね」
「…どう特殊なんだい?」
「見るだけです」
「…?」
的を得ない言葉にコウェルズは首をかしげる。
「他の魔術師達のように魔力を使いません。ひたすら術式を眺め続け、頭の中だけで解読していくのです」
そんな特技を持つものがいるなど思いもしなかったのだろう。術式をただ眺めるだけで解読するなどと。
「…そんなことが」
「アクセルならば可能です」
あの若者ならば。
コウェルズは眉をひそめて困惑するが、リナトの真摯な眼差しにやがて信じる表情になってくれた。
「…まだ半信半疑だけど、任せるよ。あ、でも先に刃の部分を布で巻いてから渡さないとね。怪我をされたら大変だから」
「わかりました」
アクセルを信じようと。
「それにしても、人は見かけによらないね。彼にそんな特技があるなんて」
「だからこその早い出世なのですよ。魔力の質量も申し分無いですから」
アクセルという特別な存在を。
リナトの高評価をどう捕らえたのか、コウェルズの口角は不敵につり上がった。
そのイタズラを思い付くような表情に思わずため息をついて。
「言っておきますが、馬鹿なイタズラにアクセルを使おうものなら、すぐにミモザ様とサリア王女、そしてバインド陛下にお知らせしますよ」
「……」
コウェルズが何を考えているか。
幼少期からコウェルズを見守り続けてきたリナトからすれば、コウェルズの考え付くことなど頭を捻らずとも理解できた。
今まで散々イタズラを叱りつけてきたのだから。
ミモザやサリアだけでなく大国ラムタルの説教王にも告げるという発言に、さすがにコウェルズも諦めたような遠い目をする。
「…それでは、短剣は預からせていただきます。コウェルズ様も、区切りがつきましたら少しはお休みください」
話がこれで終わりならばと、リナトは魔具でハサミを生み出して自身のローブの一部を丁寧に切り取り、持ち上げた短剣の刃に巻き付ける。
恐らくコウェルズは明日の出発までしっかり休みはしないだろうが忠告だけはしておいて一礼をすれば。
「あぁ、もうひとつだけいいかな?」
わずかに神妙な微笑みをコウェルズが浮かべる。
「…何でしょうか?」
その笑みが告げるのは恐らく重要な件で。
「…ナイナーダのことでね。昨日クルーガーにも訊ねて発覚したことなんだけど、君にも訊ねておきたいんだよ」
「…はあ」
ナイナーダのことで。
腕の中に大切に短剣を持ちながらリナトは改めてコウェルズに向き直り、
「君は、ナイナーダのことをどこまで知ってるかな?」
「…どこまで、とは?」
「知ってる限りでいいから」
妙にせかされて、リナトは以前聞いた話なども含めてナイナーダという存在を思い出す。
「…魔術兵団の者で…パージャ達と同じく死ねぬ体である可能性があると」
それは他ならぬコウェルズがリナトに告げたはずの説明だ。
コウェルズはリナトの言葉にやや眉をひそめながら微笑み続け、
「…君は大戦時代から王城にいてくれたんだよね?」
「…ええ。もう50年以上はお仕えしておりますよ」
クルーガーやヨーシュカよりもリナトは長く王城に勤めている。
その事実を以て、
「…大戦時代にね…いなかった?ロスト・ロード王子付きに、ナイナーダ・ガイストという騎士が」
コウェルズの言葉がするりと耳に入り。
「----」
何かが頭の中で弾けるような衝撃を受けた。
爆発に似た、
痛みに似た、
脳内全てが弾けるような凄まじい衝撃に体はふらりと傾いだ。
「…クルーガーも、君と同じ反応だったよ」
その衝撃を受けたのはリナトだけではないと呟くコウェルズの言葉は耳には入ってこなかった。
なぜ今まで忘れていたのだ。
なぜ今まで思い出せなかったのだ。
自分達がまだ若さを謳歌していた時代。
ロスト・ロード王子の側に、自分達と共にナイナーダはいたではないか。
「…恐らく、君にも忘却か記憶の書き換えの術式がかけられていたんだろう」
忘却や記憶の書き換えの術式は、どれほど効果が強かろうが完全な術式にはなり得ない。
かけられればその対象を忘れはするが、きっかけさえ与えられればすぐに思い出すのだから。
今のリナトのように。
クルーガーのように。
忘れていようが、思い出せる。
そして、リナトは思い出した。
たった今。
「魔術兵団が弱っているから思い出すのも簡単だったんだろうね…新たに術式をかけられる可能性があるから、その前にいくつか質問に答えてほしい。君が知る、ナイナーダ・ガイストについてね」
リナトをこの場に呼んだ理由はまだあると、コウェルズは強い眼差しのまま微笑み続けていた。
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