第50話


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 多くの者達が昼食を済ませただろう時間帯、ニコルが拠点にしている宝物庫内にはニコルの他にもミモザとフェントの姿があった。
 ロスト・ロード王子が暗殺された幽棲の間について。
 フェントに任されたのは幽棲の間に隠された謎を解くというもので、そこに存在するだろう正体不明の気配とファントムに奪われた宝具の繋がりを見つける為に、ニコルの調べた過去の証言を訊ねに来たのだ。
 ロスト・ロードと自身の正体は晒さずに、それ以外の必要な全ては開示した。
「ありがとうございます。ロスト・ロード様が幽棲の間で暗殺された可能性があるなんて知りませんでしたわ」
 全ての資料とニコルからの又聞きを頭に取り込んで、フェントは落ち着いて見せながらも驚きを隠せない様子で、ほぅと溜め息をついた。
「確証があるわけではありませんが。恐らくこれ以上の情報を手に入れることは難しいでしょうが、新たに発覚次第お知らせいたします」
「ぜひ宜しくお願いしますわ。それでは私はこれで」
 頭を下げるフェントは話を聞き終わったなら次に向かうとばかりに宝物庫をすぐに後にしようとして、しかしテーブルにおかしな形で遠慮もなく腕をぶつけてしまった。
「フェント!」
「フェント様!」
 ニコルとミモザは同時に慌て、フェントの近くにいたミモザがすぐに妹のぶつけた手を取った。
「…少し当たっただけですわ。ご心配には及びません」
 袖を捲られてフェントも少し慌てるが、見た目には何もないがミモザが撫でるように触れると少し表情を歪めている。
「後で腫れる可能性がありますからすぐに医務室に向かってください。騎士を呼びます」
 言いながらニコルは少量の魔力を片手に出現させて、宝物庫の扉へと放った。
 フェントとミモザの騎士達は扉の向こうにいるので、ニコルの魔力の動きに気付いてくれるはずだ。
 その間にミモザは何かに気付いたようにフェントの眼鏡に手をかけて、髪に絡まないようにそっと外した。
 そして。
「…あなた、もしかして以前より目が悪くなっていませんか?」
 眼鏡の外れたフェントの青い瞳を覗き込みながら、少し責めるように問いかける。
 とたんにピクンと肩をすぼませながら、フェントは誤魔化すことも出来ずに俯いてしまった。
 異変に気付いてバタバタと三人の騎士が集まる中で、ミモザはフェントから目を離さなかった。
「ニコル殿…何が?」
「フェント様が腕を強くぶつけられたので医務室にお連れしてほしかったのですが…」
 まるで娘をしかる母のような様子を見せるミモザに、彼女の騎士がニコルに問うてから再び視線を姫達に戻す。
 フェントの騎士二人が大切な姫の負傷に落ち着きを無くすが、すぐに医務室に連れていける様子ではない。
「…眼鏡無しで、どこまで見えているの?」
 険しい口調で、フェントの両肩をつかんで。
 ミモザの言葉に、騎士達が状況を理解したように目を見開く。
 フェントは生まれつき目が悪いのだ。
 ラムタル国から贈られた眼鏡のお陰で日常に支障を来してはいなかったが、眼鏡をかけていたというのにフェントはおかしな形で腕を強くぶつけた。
 フェントは適当な答えを探すように視線を泳がせるが、
「誤魔化すことは許しません。周りを見なさい。どこまで見えていますか?」
 ぴしゃりと強く咎められて、諦めたように辺りを見回して。
「…ニコルの顔がぼやけて…そこまでです…それより後ろは、薄闇のようで…」
 今ニコルがいる場所が限界だと。
 それは子供の歩幅で四、五歩といったところか。
 以前より格段に視力を無くしている。それも、早いスピードで。
 ミモザはフェントの答えに表情を強張らせてから、やがてそっと眼鏡をかけ直してやった。
「…夜中まで頑張ってくれていたそうね」
 そして、フェントが夜遅くまで、部屋を暗くしてでもファントムの奪った宝具の存在理由を解明しようとしている件を告げて。
 フェントから手を離して、ミモザはフェントの騎士達に向き直る。
「今まではフェントが夜中まで起きていることを見逃していた様ですが、今晩からは心を鬼にしなさい。夜は闇の中で眠らせるように。甘やかすことは許しません。フェントが起きていようとするなら、室内での待機を許しますから止めさせて」
 本来騎士は、就寝中の姫の部屋には立ち入れない。だがそうも言っていられるかと。
 ミモザからの命令に、二人の騎士は神妙な面持ちで了解を唱えた。
 フェントの目が悪くなってしまった。その責任を自分達の中に見つけたのだろう。
「ラムタル国にお願いして、もう少し強い眼鏡を作っていただけるか聞いてみます。あなた達は今から医務室にフェントを連れていって腕の治療と共に視力の検査もさせてちょうだい」
 わずかに焦るように早口になるミモザの指示を聞き漏らさずに、二人の騎士はフェントをかばいながら宝物庫を後にする。
 残されたミモザの騎士は、疲れたように溜め息をつくミモザの肩に労るように手を添えた。
「ニコル殿、椅子を」
「わかりました」
 自分より階級の高い騎士の命令を受けてすぐに椅子を用意すれば、ミモザも素直に座ってくれる。
「…フェントが根を詰める性格だとわかっていたのに…」
 項垂れ肩を落としながら自分の責任だと嘆くミモザに、どう答えを返せばよいのかなどわかるはずもない。
 それでも否定しようとしたニコルを、彼女の騎士が片手でそっと制した。
 第一姫付き護衛部隊長、ジョーカー。
 彼はミモザが幼い頃からミモザの側にいたのだ。
 中途半端な情けがどれほどミモザの心を掻き乱すか。騎士達の中では彼が一番理解しているだろう。
「じきにコウェルズ様がこちらに参られます。眼鏡の件はコウェルズ様にお任せしましょう。大会の件でラムタル国と話されるそうなので」
 そちらの方が効率も良いだろうと。
「…そうね」
 俯いていたミモザもすぐに顔をあげるが、今にも泣き出しそうな表情に胸が苦しくなる。
 フェントが夜中まで頑張っていたことは本人は隠していたつもりだろうが周知の事実で、わかっていながらしっかりと止めなかったのも全員に言えることで。
 ファントムという特異点の存在を前に、フェントがまだ未成年であることを棚上げにしていたのだ。
 フェントを気にしながらも、フェントが健気に真相解明に従事するに任せた。
 責任を問うなら全員にあるのだろう。
「…お兄様は?」
「そろそろ参られるはずですが」
 コウェルズが宝物庫に訪れる時間をジョーカーが告げるのと、宝物庫の扉が開かれる音が響いたのは同時のことだった。
 どこか遠い場所の扉が軋むような音。
 ニコルにとっては耳に馴染んだ音のはずなのに、重い空気が耳障りな音に変化させて。
 一人分の足音は迷いなく最奥のニコル達の元に向かってくる。
 そして。
「やあ、待たせたね」
 いつも通りの微笑みを浮かべながら、コウェルズは姿を現した。
「…ミモザ?」
「お兄様…」
 コウェルズは訪れるなりミモザの異変に気付いたように近くに寄り、ミモザもすぐに椅子から立ち上がって兄の元に向かう。
 涙を溢さないまでも瞳いっぱいに潤ませながらミモザはコウェルズの腕の中に収まり、兄妹としての抱擁にニコルは思わず目を逸らした。
 兄妹として。
 家族としての他意のない抱擁。
 それが今のニコルにとってどれほど羨ましくて輝かしいものか。
「お兄様…フェントの目が…っ」
 ミモザはすぐにフェントの視力の件を話し、言葉が進むごとにコウェルズの表情は険しいものになっていった。
 ニコルはジョーカーと共に静かに待機しながら、涙声になっているミモザの切実な苦しみに聞き入る。
 やがて言葉を詰まらせるように話し終わり、コウェルズはミモザの両肩を支えるように手を置いて。
「…わかったよ。気付いてくれてありがとう。フェントとフェントの騎士達には改めて私からも命じよう」
 安心させるように微笑みながら、わずかにこぼれた涙を指先で拭ってやる。
「バインド王にはミモザから伝えるといい。私はもう少し周りと相談してからラムタルと連絡を取るつもりだったが、眼鏡の件は早い方がいいはずだからね」
 そして、現状で最もミモザが納得できるだろう方法をくれる。
 責任感のひと一倍強いミモザに、眼鏡の件は託すと。
「…私でよろしいのですか?」
「バインド王もフェントを可愛がってくれていたからね。ラムタルの大臣に話すよりバインド王に直接お願いした方が向こうもてきぱき動いてくれるだろうし、何よりミモザからのお願いならバインド王は否とは言わないよ」
 打算込みで、最も早くフェントに新しい眼鏡を作ってもらえるように。
 コウェルズの普段通りの様子にミモザもようやく少し表情を柔らかくするが、笑みと言うにはまだ口元は引きつっていた。
「さっそく言っておいで。今の時間帯ならラムタルではバインド王の休憩時間のはずだよ」
「はい…ありがとうございます」
 ミモザの肩から手を離したコウェルズは、そのまま先へと促すように背中を押してやる。
 二歩。
 小さな歩幅で兄から少し離れたミモザは、窺うようにコウェルズを見上げてから少しだけ懸命に微笑み、ジョーカーを連れて宝物庫の扉へと向かっていった。
 小さな足音と、強い足音。
 二つの音はやがて扉の向こうに消え去り、宝物庫内にニコルとコウェルズだけになってからようやくコウェルズが溜め息をついた。
「…とりあえずは、今以上に視力が悪くなることは避けたいね」
 彼らしくない悲しげな様子は、こうなってしまうことを見落としていたからか。
「…フェントが打ち付けた腕はどんな感じだった?」
「打ち付けてすぐだったので腫れは確認できませんでしたが、酷くはならないでしょうが、何もないということも…」
 ぶつけ方が酷かったのだ。
 先を急ごうとしたフェントと、視界の悪くなっていた瞳と。
 運悪く負の要因が重なってしまった。
 これが騎士なら放置ものだが、フェントというエル・フェアリアの宝なのだからそうはいかない。
「…まあ、フェントのことは本人から後で詳しく訊ねるよ。ミモザも自分が動けたなら少しは落ち着くだろうし。具合によってはアリアに頼るから腕は平気だろう」
 フェントの為に、同時にミモザの為に。
 アリアの名前を出されてニコルの身体はわずかに強張ったが、気付かなかったのか触れないようにしてくれたのか、コウェルズがそこをつつくことはなかった。
 コウェルズのことだ。ニコルとアリアが“兄妹喧嘩中”であることもすでに把握しているだろう。
「ミモザはいないけど、44年前の暗殺の件を詰めていこうか」
「はい」
 フェントの件は隅に寄せて、改めてコウェルズは長テーブルの資料達に目を移す。
 資料といってもごく少量だが、調べた結果は眉をひそめるものだ。
 ニコルが城外に出て話を聞き出したのはたった二人だが、大当たりとでも言いたいほどに有力な情報を手に入れたのだから。
 ロスト・ロード王子が暗殺されたとされる場所は幽棲の間で確実だろう。そして王妃は暗殺に関与していない。
 大事なのは王妃が関与していないことではなく、関与しただろう実行犯達だ。
 王にのみ忠誠を誓い、王の命令のみ実行する魔術兵団。
 魔術兵団がロスト・ロード王子を暗殺しようとしたなら、その先にいる主犯は王以外有り得ない。
「…これは確かに、外には漏らせない真実だね」
 王が王子を。息子を。
 その理由はわからないが。
「よりにもよって幽棲の間で…」
 資料の一枚を手にしながら、考え込むコウェルズは暫く瞳を閉じてからニコルに向き直った。
「…君なら、幽棲の間で力を使える?剣武なり魔具なり何でもいいよ」
 問いは幽棲の間の影響を受ける者としてのもので、ニコルは幽棲の間やそこに通じる螺旋階段での怖気を思い出し、静かに首を横に振った。
「階段ならまだしも、中では…」
「だよね…私も無理。君は何かに首を絞められたんだから特に無理だろうね…てことで、伯父上の暗殺場所に幽棲の間が選ばれたのは動きを封じる為と見れるか」
 武芸魔力全てにおいて史上最高の力を持っていたのなら、そんな化け物じみた存在を相手にするのなら。
 動きを封じる為に。
 優位に立って暗殺できるように。
「ですが、ロスト・ロード王子は王から幽棲の間には入らないよう命じられていたと聞きました。ロスト・ロード王子もわざわざ入る必要などなかったと思われますが」
「…誘き出されたとかかな?今のファントムならわからないけど“ロスト・ロード王子”は正義感に溢れた人だったみたいだし」
 かつての王子は負の要素など持たない聖人だった。
 もちろんそう称されるだけで実際はわからないが、当時を知るクルーガーやリナト達は今も神に忠誠を誓うような空気を纏っているのだ。
「当時のロスト・ロード王子付きの騎士達は調べた?」
「はい。資料は…こちらに」
 長テーブルに広げられた資料の中から一枚を抜き取り、ニコルは十数名分の名前の書かれたそれをコウェルズに渡す。
 その中にはクルーガーだけでなく、ヨーシュカの名前もあった。
 今は魔術兵団長であるヨーシュカは、当時はクルーガーと共にロスト・ロード王子の王族付きだったのだ。
 ロスト・ロードの傍で、その圧倒的な存在感に魅せられた一人。
「クルーガーに、ヨーシュカも知ってるが…」
 独り言のよう呟くコウェルズの言葉はふと止まり。
「外で話を聞けたのはハイドランジア家の二名で…コウェルズ様?」
 コウェルズが固まっていると理解したのは、しばらくしてからだった。
 紙のどこか一点を見つめたまま、今まで見せたこともないような困惑を交ぜた様子で。
「…コウェルズ様、何が」
 ニコルもちらりと目を向けるが、書き出された名前のどこを見ているかなどわかるはずもなく。
「…この王族付き達の一覧は確かか?」
「はい…そのはずです。ビデンス・ハイドランジア氏にも確認していただきました」
「……」
 ひとつ質問をして、また黙り込んで。
 思案するように、否定したがるように。
 しばらくの間沈黙が続き、はぁ、と息を吐いてからコウェルズは資料をテーブルに戻した。
 戻してから、わずかに俯いたままニコルに視線を移し。
「…ファントム襲撃の際の死者数を覚えているか?」
 落ち着き始めているとはいえ未だ混乱の残る王城内。その原因となった襲撃の犠牲者達を。
「死者数…13名と聞いていますが」
 いずれも王城騎士達で、果敢に戦ってくれた者達ばかりだ。
 それがどうしたというのか。
 ニコルは困惑して眉をひそめるが、コウェルズも訳がわからないと言い出しそうなほどに表情を歪めていた。
「…なぜ今まで気付かなかった…いや、なぜ忘れていた」
「…何か?」
「魔術兵団だ」
 今や聞くだけでも警戒してしまう魔術兵団の名前。それが何だと。
「魔術兵団の死者数が入れられていない」
 その言葉がどういう意味なのか。
 気付かないほど馬鹿なつもりはない。
 ニコル達の目の前で、魔術兵団からも犠牲者が出ていたのだから。
 なぜ今まで忘れていた。
「パージャ達が殺したはずの…」
「そうだ…だが犠牲者数13名は全員騎士団員だ」
 ファントムが現れるよりわずかに早く。
 正体のばれたパージャは魔術兵団を数名切り刻み、そしてパージャの首を切り掴んだ男はパージャの仲間の青にやられた。
 犠牲者は13名だけではないはずなのに。なぜ。
「魔術兵団が秘匿を?」
「だけならいいけどね…はは、私にもわからないことがひとつあるんだ」
乾いた笑いを浮かべて、コウェルズは資料の名前のひとつに指を差し示す。
 その名は。
「ナイナーダ・ガイスト?」
「パージャの仲間の青が首を落としたはずの魔術兵団員も…ナイナーダ・ガイストというんだ」
 ニコル達の目の前で死んだはずのナイナーダ。その名前が44年前のロスト・ロード王子付き騎士の中に。
「…同名の別人では?殺された彼は30代ほどでしたでしょう?」
「だと嬉しいんだけどね…家名も一緒だなんて有り得るのかな?」
 嫌な冷や汗を浮かべながら、コウェルズは謎を探るように資料の名前をなぞる。
「死んだ身内の名前をもらうなんて風習はエル・フェアリアには存在しない。だろう?」
 そして確認するように。
 貴族の中だろうが、平民の中だろうが。
 そんな風習は存在しないと。
「…まさか同一人物だと?」
「わからないよ。だからガイスト家に確認を取ってみてくれないか」
 普通に考えれば同一人物だなどと有り得ない。しかしファントムという老いず死なない前例がいて、さらにナイナーダは魔術兵団所属なのだ。
 常識など通じない。
「44年前のナイナーダと組んでいたのは…リステイル・ミシュタトか。ミシュタト家なら話は早い。レイトルに簡単に説明して、ミシュタト家からも話を聞いておいてくれ」
 資料の中、ナイナーダの下に記された相棒の名前を確認しながらレイトルの名前を出されて。
 ニコルもロスト・ロードの王子付きを調べた際にミシュタト家の名前には気付いていた。
 レイトル・ミシュタト・ライトレッグ。
 レイトルから身内に王族付きがいたなどという話は聞いたことがない。
 レイトルから話を聞くとなると、高確率でアリアとも接触することになるだろう。
 時間の許す限り、レイトルはアリアの傍にいるのだから。ニコルの代わりになるとでも言い出しそうなほど。
 アリアを傷付けたことを思い出して静かに自分を責めるニコルにむけて、コウェルズはわずかに微笑んでみせた。
 コウェルズはニコルの中にあるアリアへの劣情を知っている。
 その劣情を隠す為だけにエルザに愛を告げたことも。
「ついでに仲直りもしておいたら?君はアリアと家族でいることを選んだんだろう?」
 ニコルの胸中に気付きながらも諭すように告げるのか。
 アリアと家族でいる為に王家の出自である事実を拒絶した。
 アリアと家族でいる為にエルザとの愛を選んだ。
「…私を王家に迎える気でいるのに、簡単に言われますね」
 はぁ、と諦めにも似た溜め息をつきながら、ニコルはわずかに肩を落とした。
 コウェルズはただ笑うだけだ。
 恐らく仲直りについては他意なく口にしたのだろうが、それを素直に受け取れないほどのことをコウェルズは行ったのだ。
「じゃあ、流れは君に任せるよ。だが報告は早めにしてほしい…魔術兵団については妙に引っ掛かるからね」
 そして話は戻り。
「魔術兵団は何か重要な事実を隠している。とっとと引きずり出したいものだよ」
 ヨーシュカは真実を知りたければ王になれと告げた。
 だがコウェルズが正式に王座に就くまでに約ひと月はかかるだろう。
 コウェルズは父王の死をラムタルで開催される剣武大会まで引き延ばすつもりなのだから。
 その間にもヨーシュカは懇々とニコルに王座を進めるだろう。真実をちらつかせてニコルに、そして--
「--ぁ」
 記憶の扉がパッと頭の中で開き、大切なことを思い出す。
「どうかした?」
 わずかに首をかしげたコウェルズに目を向けて、ニコルは呆けようとする脳内を無理矢理働かせた。
「…魔術兵団が隠す真実を手に入れる方法があるかもしれません」
 ヨーシュカはニコルとコウェルズに真実を知りたければと王座を勧めた。
 だが真実をちらつかされたのは二人だけではない。
「フレイムローズも魔術兵団長に唆されたと聞きました。“魔術兵団入りすれば、真実を知ることが出来る”と」
 それはコウェルズがリーン姫の生存と拐われた事実を国民に公にした日のことだ。
 宝物庫に訪れたフレイムローズは魔術兵団に勧誘された時の会話をニコルに教えてくれた。
 魔術兵団入りすれば真実が手に入るとヨーシュカに告げられたと。
 フレイムローズにとっては魔術兵団入りなど考えたくもないことだろう。だが王となるコウェルズの側にいたいならと唆した。
 コウェルズはフレイムローズから聞かされていなかったのか新たな情報にわずかに目を見開いたが、すぐに思案に入り。
「魔術兵団入り…」
王座につく前に真実が手に入るかもしれない。
「…コウェルズ様--」
 その可能性を前に、ニコルはひとつの提案をコウェルズに示した。

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 闇市の幹部達が集まる会合を終わらせて、適当に二人分の食料を手に入れた後。
 辿り着いた小さくも安全な我が家の扉をいつものように乱暴に開けて、手に入れた食料をぞんざいに床に落とす。
「帰ったぞ」
 共に生活する若い娘がいつもいる場所には目を向けず、ソリッドは背中側にある扉を片手で閉めた。
 いつもならここで食料を床に置くなと注意が入るはずなのに、慣れた声が聞こえない。
「…アエル?」
 それどころか気配も存在せず、ソリッドはようやく同居人の居場所であるベッドに目を向けた。
 最初はソリッドが使っていた、今はアエルのベッド。
 固い敷き布団と、ぼろぼろの毛布はある。
 だがそこにいるはずのアエルがいない。
 ソリッドにひと言もなく勝手に外に出るような娘ではない。
 ならどこに?
 アエルがいないという事実に一気に焦りが生まれたソリッドに向けて。
「--お邪魔するよ」
 突如室内に男の声が響き渡り、一瞬で臨戦体勢に入るソリッドを嘲笑うように、見慣れないローブのような兵装を纏った男達がいつの間にか部屋の壁際に笑みを浮かべながら立っていた。

第50話 終
 
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