第48話
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コウェルズは演説の後も休むことなくミモザを連れて政務棟に入り、忙しく動き回っている。
些細なことでもいいからコウェルズの支えになりたくてエル・フェアリアに来たというのに、サリアに出来ることは何もないと言っても過言ではなかった。
島国イリュエノットの禁忌の宝具である魔力増幅装置と共にエル・フェアリアに訪れて、コウェルズが無闇に命を削ぎ落とさないようにサリアという枷をつけて。
変わったことといえば、コウェルズが以前は見られなかったサリアへの執着を見せ始めた事くらいだろう。
コウェルズがデルグ王を討った日。
サリアは初めてコウェルズという人間に怯えた。
知らずにいたかったコウェルズの危険な一面。
国の為なら、父親ですら簡単に切り捨てられる人。
だが怯えたままいられるような可憐な性格をサリアは持ち合わせてはいなくて、自分の中でけじめをつけた。
どんな姿のコウェルズであっても、自分は次期エル・フェアリア王妃としてコウェルズを支えると。
けじめをつけて、コウェルズの側にいると告げて。
その日からだ。
コウェルズがサリアに執着し始めたのは。
これから先、何があっても決して拒絶するなと告げたコウェルズは、再び褥を共にするようになったサリアを離すことがなくなった。
身体的な繋がりはまだ無い。
それだけは婚前には行えないというサリアの願いを、コウェルズは静かに聞き入れてくれている。
でも。
愛情というにはどこか歪んでいるのだ。
ミモザがヴァルツを思うような、クレアが婚約者を思うような愛情がコウェルズからは見られない。
優しくしてくれる。大切にしてくれる。だがまるで、籠の中の希少な鳥を独占して愛でるような。
コウェルズの役に立ちたいから何かさせてほしいと願っても、返ってくる言葉は「側にいてくれたらそれでいい」とだけ。
コウェルズの貴重な夜の休憩時間を共に過ごしてくれるだけでいいと。
それで愛する人を一番癒せるというなら勿論共に過ごすが。
サリアは王女として産まれたのだ。
いずれ嫁ぐ国の力となるように育てられた。
次代を産むだけでなく、王を支え、民の母となるように。
なのにこれでは。
コウェルズの支えにはなれても。
不満は口には出来ないが、やることの無い日中はサリアにとって苦痛の時間でしかなかった。
サリアの立場はまだ賓客扱いで政務に参加できなくて当然かもしれないが、身辺すらも侍女達が全て行ってしまう。
共に訪れたイリュエノットの魔術師達の方がまだ仕事が存在するだろう。
この重要な時に、サリアはただ夜を待つしか許されないのだ。
ため息は何度もサリアの口からこぼれ、青空すら霞みそうな勢いだった。
日中とはいっても王城に近い中庭は侍女や騎士がたまに通る程度で静かなものだ。
今日に限っては国民の抗議活動により響き渡るような声が聞こえ続けているが、それでもまるで外界から遮断されたような気になるのは、きっとサリアの気持ちが深くに沈んでいたからだろう。
呆けたまま空を見上げて、波の音にも似ている気がする民の声を聞き取ろうとして。
「--サリア」
名前を呼ばれたことに気付いたのは、その人物がサリアの隣の椅子に座った時だった。
「あら…どうされました?」
「こっちの台詞だよ」
隣に座ったのは同い年のクレアだった。
「門の前、凄いことになってるね。これでもお父様出てこないつもりなのかな…」
護衛の騎士を下がらせながら呟くクレアの声にはまだ父を信じている様子が色濃く残るが、デルグ王はすでにこの世にはいない。
サリアは込み上げるものをこらえるように唇をわずかに噛みながら俯くが、
「…お父様がリーンにした事は許せないけど…今からでも…」
何も知らないクレアは何にも気付かずに悲しく笑う。
「…クレア」
「あ、スアタニラに向かう日が正式に決まったの!」
そして空元気を出して。
「ちょっと急だけど、ひと月後。これからは準備に忙しくなるわ」
わざとらしく空を仰ぐ姿は、何をこらえているのだろうか。
付き物が落ちたような、だが心残りが多すぎるような。
サリアにはクレアの心の全てを理解することは出来ないが、決意の中に垣間見える影は、クレアの気持ちが揺れていることを告げていた。
クレアが婚約者であるスアタニラ国のヤマトをどれほど恋慕っているか、自分とコウェルズに当てはめられるから痛すぎるほどに理解できる。
そしてクレアもヤマトの為に自分が出来ることを探し続けていたので、その不安そうな様子は意外だった。
「確かクレアの騎士達も共に向かうのでしょう?」
「そ。一年間一緒にスアタニラにいてくれて、その後に騎士達はエル・フェアリアに戻る…本来ならね」
「え?」
「今は主力をエル・フェアリアに置いておきたいの。私と一緒にスアタニラに向かう騎士は隊長を含めた四人よ」
四人。
その数はあまりにも少なすぎる。
クレアを守る騎士の数に、サリアは眉をひそめた。
「…スアタニラは内戦状態が続くと聞いています…護衛がたった四人など…」
ただでさえクレアの護衛は二人の騎士が治癒魔術師の護衛に回って減っていたのに、危険な場所に全員を連れていかないなど。
「伊達に鍛えてた訳じゃないわ」
クレアはサリアの不安を笑い飛ばすが、どれほど魔力が強かろうがクレアは男と比べれば非力な女だ。
王族付き騎士がいくら主力であれたかが数名程度。その数の騎士すらエル・フェアリアに残しておいて何になるというのか。
「絶対にヤマト様の呪いを解くの。呪いが解ければ正式に魔術騎士団の一部隊を私の護衛の名目で借りられるし、二国を行き来できるようにもなったの…あ、これあんまり他言しないでね。スアタニラとの秘密の契約だから…知ってる人は多いんだけど」
それはつまり、いずれ訪れるかもしれないファントムとの戦闘に備えるという事だろうが。
騎士をエル・フェアリアに残し、クレアと交換のように他国の力も借りて。
そこまでして警戒するファントムとはいったい何者なのか。
生きていたリーンを救い出すように拐ったファントム。
40年前に突如現れて各国から七つの古びた宝具を奪い、それを使って何をする?
サリアがどれほど考えても出てくるのは憶測ばかりで答えにはならない。
それでも考えることをやめられなかったが、クレアの表情が再び陰る様子に視線は逸らせなくなった。
「…何かありましたの?」
訊ねれば、クレアは俯いたまま微笑み、静かに首を横に振る。
恐らくクレアに芽生えた何らかの影が、いつも明るいクレアを変えたのだろう。
「…教えてくださいな。何がありましたの?」
膝に置かれたクレアの手を取り、真摯に見つめる。
解決できる問題かどうかはわからないが、落ち込む姿を見ていたくなかった。
クレアもサリアの眼差しに視線を合わせてくれて、ようやく口を開き。
「…ヤマト様だけね…来るなって…」
クレアの中に芽生えた悲しみに、無意識に身体は強張った。
「…嫌われてるのかな?」
「そんな…」
咄嗟に否定しようとしたのに、クレアの痛々しい表情に言葉は途切れた。
サリアはスアタニラ国のヤマトを知らない。
次期国王であるという情報しかイリュエノットには届いていないのだ。
「スアタニラのいろんな人から手紙が届くわ。内容は半々。ヤマト様を信じて待っていてほしいと願うものと、ヤマト様はもう先がないから弟のミナミ様の手を取るようにと進めるもの…私は勿論ヤマト様を信じてるけど…ヤマト様から届く手紙はね、すごくぶれた文字で、スアタニラ王家との婚姻を破棄するようにって書かれてるの」
大国エル・フェアリアの姫なら他に良い嫁ぎ先はいくつも存在する。だからヤマトを忘れろ、と。
「そんなこと、できるはずないって何回も手紙に書いたのに…私、しつこかったかな」
普段のクレアならしつこかろうがヤマトに向かっていったはずだ。なのに、長く拒絶され続けた反動がここに来て一気に訪れたのだろう。
「うじうじしてたって仕方ないのはわかってる。ヤマト様の呪いも早く解きたい…でも嫌われてたら…疎ましいと思われてたらって考えちゃって」
スアタニラに嫁ぐ日が決まったが故に、その先にあるかもしれない幸せでない未来を予測してしまったのだ。
それが、クレアを苛む影の正体。
今までのクレアの頑張りが全て水の泡に消えてしまうかのような。
こんな時はどう言えばいいのだろう。
そんなことは杞憂だと励ますべきなのだろうが、ヤマトの状況が何もわからないから、サリアが口にしていい言葉がわからない。
「…ごめんね。変なこと言ったね」
そうこうする間にクレアはまた悲しげに笑って、話を終わらせてしまった。
そして。
「…実はお願いがあるの」
不安に揺れていたクレアの瞳に、わずかだが力が宿る。
「…お願いをしたくて探してたの」
「私にですか?」
訊ね返せば、まっすぐ目を見て頷かれる。
不安を残したままだが、クレアらしい強い眼差しだった。
思わず身構えれば、図ったようにクレアはサリアの手を握り返して。
「…私が運営してる児童保護施設の後を継いでほしくて」
「--…」
願われた内容は、しばらくの間は意味を理解出来なかった。
エル・フェアリアの姫達は、それぞれ自分の得意分野に当たる国立事業の運営が任されている。
唯一の例外は膨大な魔力を使いこなせないコレーだけで、クレアは国立の児童保護施設の運営を任されていた。
「最初はエルザ姉様に頼もうって思ってたんだけど…姉様も最近は治癒魔術の訓練でいっぱいいっぱいだし、元々エルザ姉様が国立事業の統轄してるから、これ以上の無理は…で、サリアは妹達とよく遊んでくれるから、子供が好きなら…サリアがよければお願いしたくて」
スアタニラに嫁いでしまえば、クレアは施設を回せなくなる。
そうならない為に、サリアに後を任せたいと。
それは、サリアがやりたかった国の為になれることではないか。
「どうかな?」
トクンと、心臓が高らかに跳ねた気がした。
「…是非、是非任せて下さいな!」
エル・フェアリアの為に、コウェルズの力になる為にサリアに出来る事が。
「ホント?」
「勿論です!子供は好きですし…コウェルズ様の…この国のお役に立てるなら!」
この国の為に自分が出来る事。
ようやくひとつ見つかって、身体が熱く昂るようだった。
「ありがとう、サリア」
「こちらこそ!」
サリアの感謝の返答にクレアは軽く首をかしげる。サリアの悩みを知らないはずだから当然だろうが。
「…私には何も出来ないと思ってましたから…嬉しいのです。ですから、こちらこそありがとうございます」
朗らかな微笑みはどちらからこぼれただろうか。
互いに恋慕う人の支えとなれることを心から願いながら、同い年の二人は今後について少しずつ話を始めた。
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「--さあ、問題発生だ」
問題と言いながらもいつもの笑みを崩さないコウェルズを前に、護衛に当たっていたフレイムローズは困惑の表情しか浮かべられなかった。
同じく護衛に当たる隊長のアドルフは眉根を寄せて溜め息をつきそうな様子だ。
政務棟上階でミモザ達との話し合いを終えて一人で次の準備に入っていたコウェルズだが、今の言葉がわざとであることは長年コウェルズに仕えてきた者ならすぐに理解できた。
テーブルの上に広げられた資料に目を向けているコウェルズの姿は、フレイムローズの立つ場所からは横顔しか見ることが出来ない。
その横顔がふいにこちらに向けられて。
「剣武大会まであと半月ってことを完全に忘れていたよ」
発生した問題が何であるのか。
年に一度どこかの国で開かれる大会の名前に、アドルフが呆れたように眉間のシワを伸ばした。
「今回は不参加だと思ってましたよ。みんなね」
「まさか。毎年優勝候補のエル・フェアリアが出場しないなんて有り得ないよ。だけど…どうしたものかな?」
コウェルズは資料をテーブルに置いて、フレイムローズとアドルフに体を向ける。テーブルに体を傾けながらくつろぐ姿はどの辺りが問題だと思っているのか訊ねたくなるほどにリラックスモードだ。
「…誰が出場するか?」
フレイムローズの問いかけに、コウェルズが「そ」と爽やかに笑った。
エル・フェアリアでは大会の出場者は毎回、例年通りなら大会開始の二ヶ月前に剣と武に分かれてトーナメント形式で騎士団と各地方の領兵団の中から選ばれていた。
三年前にはニコルが剣術で、ガウェが武術で優勝しているが、一度大会に出場した者は二度と出られない決まりがある。
「うーん…ここ数年はずっとベテランばっかりだったから、ガウェも騎士を辞めるしそろそろ新鋭を出したいところだけど」
コウェルズはわざとらしく首を傾げて考えるそぶりを見せるが。
「…まさか選出試合を行わないおつもりで?」
「そんな時間無いだろ?」
アドルフの疑問はすぐに切り捨てられた。
本来なら選出試合を行うはずだった時期に、エル・フェアリアにはファントムの噂が流れていたのだから。
謎の怪盗が姫を狙う。
そんな物騒な噂が流れていたというのに、悠長に選出試合などやっていられない。国土の全ての兵達はファントム対策に駆られていたのだから。
それは騎士団一同の頭の中にもあったので、誰もが今年は大会に不参加だと思い疑わなかったのだが。
「今年はラムタルで開催だからとっとと向かわせないといけないし」
どうやらコウェルズはこの時期だろうが大会には参加する方針の様子で、突然すぎるその違和感にフレイムローズは不安の様子を浮かべながらも次の言葉を待つことしか出来なかった。
アドルフも同じらしく、二人に見守られる中でコウェルズは「あ!」と名案でも閃いたかのように瞳を輝かせて。
「…私が出ようかな」
「何言ってんですか!!」
まるで今思い付いたかのように呟くコウェルズに、今度はアドルフが却下の叫びを口にする。
「真剣に言ってるんだけど…」
「駄目に決まってるでしょう!この時期に!それに怪我をしたらどうするつもりですか!」
混乱からコウェルズとアドルフを交互に見ることしか出来ないフレイムローズの前で、アドルフがコウェルズに近付いて。
「その時はバインド王の側近二人にお願いするさ」
「却下です!」
「え、怪我しても治すなと?」
「そっちじゃありません!」
相手が王族であれ叱責するアドルフと、そのアドルフを茶化して笑うコウェルズと。
「あははは。まあでも不参加はラムタルの顔を潰すことになるから本気で何とか考えないとね?悪いけどクルーガーを呼んできてくれないか?どこかの訓練場にいるはずだから」
一頻り笑った後で、笑みを浮かべたままコウェルズの表情がスッと冷静に戻る。
今年の開催国はラムタルなのだ。
不参加だとしても、何かしらのアクションを早々にしておかなければ顔を潰す。
ラムタル王家が許そうとも、周りを固める者達は意地悪な者が多いのだ。
出来るならばエル・フェアリアよりも上位に。
他国よりも自国が優位に立ちたいと思う者は世界にごまんといる。
世界的な大会の運営を今年行うラムタルは、ファントムの件があろうがエル・フェアリアの不参加をつつくだろう。
そして同時に、生きていたリーンの件でも何かしらのアクションを見せてくるはずだ。
リーンの捜索の手助けを口にしながら、エル・フェアリアの内情を探る可能性も。
王家同士の仲が良かろうが、重鎮達までそうとは限らないのだから。
フレイムローズは考えうるあらゆるネガティブな可能性に体を強張らせた。
ラムタル前王が好戦的な人物であったことは聞かされているのだ。
壁際で俯いたままのフレイムローズを放置するように、アドルフが溜め息をひとつこぼして扉へと向かい。
命令通りクルーガーを見つけにいくのだろうが、扉を開こうとしてからわずかに動きを止めて。
「…この部屋から動かないでくださいよ」
「わかったわかった。頼むよ」
わざわざ振り返り釘を刺すアドルフに、コウェルズは苦笑気味だ。
「フレイムローズ、絶対に動かないよう見張っとけ」
「は、はい…」
「…信用無いなぁ」
笑みを浮かべながら腕を胸下で組むコウェルズが、アドルフの去った扉を眺めてからフレイムローズに向き直った。
二人きりなど久しぶりで、やや緊張してしまう。
訳があったとはいえフレイムローズはコウェルズを裏切ったのだから。
そしてその裏切りの代償とまでは言わないが、コウェルズはやり遂げなければならない責務が増えた。
「…コウェルズ様」
「なに?」
そのひとつに剣武大会は勿論あって。
「…出場するって…その」
コウェルズは大会に出場する可能性を示した。それは冗談などではなく本気のはずだ。
大会に出たいわけではないはずだ。だが効率を考えた上で、恐らくそれが最も良い道なのだ。
「…コウェルズ様が王座に就いたら、ラムタルに顔見せに行かないといけないから、そのついでに?」
何もかも一括で終わらせる為に。
フレイムローズの予想は、外れてはいなかった。
「半分正解かな?まだ考え中なんだけどね、王位継承前に王子の体裁でもバインド陛下に会っておきたい」
「…あとひと月近くもデルグ様が生きている事にしておくんですか?」
「無理な話じゃないよ。父上は引きこもりで有名だったんだから」
リーンが生きていたと宣言したのは今朝の事で、数日中にデルグ王の死去も伝えるものだと思っていたのに。
「外にいる民はどうするんですか?」
「二、三日中にでももう一度私が出るよ。どのみち今以上に大きくはならないだろうし」
民が行う抗議は確かに既に静かになりつつある。
一瞬程度のデモンストレーション。
一瞬で終わってしまうのは、デルグ王についてそれだけ呆れているからなのだろうか。
民の考えなどフレイムローズにはわからない。だがコウェルズの胸中ならば、少しは理解できた。
「…今まで大会のことを口にしなかったのって、忘れてたわけじゃないですよね」
「勿論だよ」
恐る恐る訊ねれば、あっさりと肯定される。
コウェルズはファントムの件に乗じて大会を口にしなかった。いったいいつからわざと大会を口にしないよう気を付けてきたというのだろうか。
「バインド陛下は何か隠してる様子だからね。大会は国が運営するから、何か片鱗でも見つかれば万々歳だ」
フレイムローズの感じた違和感に気付いたのか、コウェルズははぐらかすように言葉を続ける。
どのみちフレイムローズがどれほど違和感を覚えようともコウェルズに、王家に逆らう意志など存在しないというのに。
そう育てられたのだから。
だが心配する気持ちは人並みに存在する。
「ガウェが見つけた、ラムタルの闇市で暴れた魔術師のことも?」
訊ねるのは最近ガウェが手に入れた情報だ。
ラムタルの闇市で神衣を纏った若者が大暴れした。
神衣はラムタルに仕える魔術師の証であり、さらに若者はエル・フェアリアが探す闇色を身に宿した青に酷似していた。
フレイムローズも聞かされた情報だ。
「ああ、彼ね。新しい情報だと、出るらしいよ」
その闇市からの最新情報を聞かされて、小さく首をかしげる。
何が出るのかわからなかったが。
「大会にね」
「ほんと!?」
「闇市からの情報だから正式発表じゃないけど」
エル・フェアリアが探す者が剣武大会に。
フレイムローズはリーン救出の為にファントムに手を貸しはしたが、その後のことは何も知らなかった。
だからファントムの仲間である若者が見つかったことは素直に喜んだが、同時に危険性にも気付いてしまう。
「仕組まれてる気がしてならないよね?」
コウェルズも同じように考えていたらしく溜め息まじりに笑って。
ファントムとの関与をラムタルが認めるはずがない。
しかしエル・フェアリアを導くように情報が道を作り出した。
「…危険です。行かないでください」
ラムタルに向かうつもりでいるコウェルズに震える声をぶつけるが、肩をすかされて。
「お留守番の子に言われてもね」
「うそ!!」
「ホント」
いとも簡単にコウェルズの側にいられない事実を告げられて、開いた口が塞がらなくなった。
「…どうして…」
フレイムローズがどれほどコウェルズの側にいたいか、知らないはずがないのに。
「フレイムローズには城にいてもらわないと困るんだ。今はニコルの正体を知る人間には、なるべくニコルの側にいてほしい」
未だに自分の立ち位置がわからずにいるニコルの側に。
「過去の暗殺事件を洗ってもらってはいるけど、それ以外だと少し危ないみたいだからね」
「…アリアと喧嘩したことですか?」
「んー…まあ、それもあるかな」
フレイムローズはニコルと今朝話したばかりだが、ニコルに疲れが溜まっていたことは確かだが取り立てて危ない様子は無かったはずだ。
それともフレイムローズにはわからない闇を抱えているのか。
「伯父上が生きているのに暗殺されたことになった理由、リーンが生きているのに事故死したことにされた理由…似てるけど何か意味があるのかな」
ニコルが調べる暗殺事件にリーンを照らし合わせるコウェルズは、どこまでニコルの胸中を知っているのだろうか。
「ロスト・ロード様は幽棲の間で暗殺されたことになってるんですよね?」
「みたいだね」
フレイムローズも入ったことのある幽棲の間。
何もない場所だったはずなのに。
「ニコルも…幽棲の間で誰かに首を絞められたんですよね」
エル・フェアリア王家の血を引く者だけが、何かを感じて怯えている。
「…謎がひとつ増えるなら、ひとつ解決してからにしてほしいのに…」
ファントムの噂が流れ始めてから誰もが何度となく呟いた言葉をコウェルズもまた静かに呟き、扉を叩く音に二人同時にそちらへと目を向けた。
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