第41話


第41話

 ニコルが王城二階の宝物庫に訪れたのは、夜も深まる時間帯だった。
 アリアの護衛を当分抜ける自分の代わりに、ミモザの王族付きであるミシェル・ガードナーロッドを借りられないかとミモザと護衛隊長に願い出たのが少し前で、コウェルズから宝物庫の入室許可を得たのがその後だ。
 宝物庫にはエル・フェアリアの古代文献から近代文献までほとんどが残されており、ニコルはファントムであるロスト・ロードの暗殺の件について、ここを拠点として洗い直すことになっている。
 なぜロスト・ロードが暗殺されたことになったのか。
 そこから彼がなぜファントムとなってしまったのかを。
 息子という立場にあるニコルが、その謎を。
 勿論44年前の事件など全て浮き彫りになど出来るわけもないので、コウェルズからは気楽に構えてくれていいとは言われているが、気楽にとは言われてもそちらの方がニコルには難しかった。
 アリアには結局顔を見せずに逃げて、抱いてはいけない思いを消し去るように目の前の任務に没頭する。
 あらゆる宝具宝物の納められた宝物庫は確かに広いが物に溢れてせせこましい。
 その最奥の大量の文献が壁一面に納められた場所で、ニコルはとりあえずの近代文献をいくつか引っ張り出して机に並べた。
 うまい具合にエル・フェアリアの歴史の流れにそって文献も並べられているので探すこと自体は手間にはならなかったが、近代文献とはいえ古いものなので、扱いには充分に注意しなければならない。
 ちょっとくらい破れても平気だからとはコウェルズの言葉だが、もし少しだろうが傷付けようものなら鬼の首を取るかのように嬉々としてニコルを絡め取ろうとすることくらい容易に想像がついた。
 一人で使うには大きすぎるテーブルの端に取りあえず三冊ほど積んで、最初の一冊を丁寧に広げて。他に用意したのは、メモ用の紙とペンくらいだ。
 魔力によって照らし出す明かりは薄暗いが、文字を読むには充分事足りる。
 ニコルが最初に開いた文献は、今から72年も前に起きた出来事が記された時の詩人の詩だった。

「…………」


--今から--年前。

 エル・フェアリア始まって以来と謳われるほどの魔力を備えた王子は産声を上げた。

 ロード・ホーリーネス・エル・フェアリア・クリムゾンナーシサスと名付けられた王子は、賢者を唸らせるほどの聡明な性格と、神ですら目を眩ませる美貌を持ち、しかし自身に傲ることなく民に愛され成長された。

 成人を迎える前からロード王子の活躍は目覚ましく、大戦の世の中であるにも関わらず頭角を表したロード王子を前に多くの国々が膝をついた。

 王都を中心に円を描くように存在したエル・フェアリアは瞬く間に国土を拡大し、これもまたロード王子の活躍により土地は縺れることなく着実にエル・フェアリア領土として機能していく--


 詩人の詩はこれでもかというほどに王子を持ち上げており、ニコルは父親への豪華すぎる賛美に苦虫を噛み潰したような表情になりながら、同時期に書かれた別の文献も開いて目を走らせた。
 だが書かれている内容はまるで同じだ。
 言葉の選び方や使い方は違うが、どこもかしこもロード王子の賛美に溢れている。
 仕方無く先に進む為に最初の文献に戻り、ニコルはさらに父の過去を読み進めた。


--転機が訪れたのはロード王子が17歳になったばかりの頃だった。

 王妃が亡くなられて数年が経ち、図ったかのように現れる後妻。

 二人目の王妃はすでに子供を身籠っていたのだ--


…デルグ様か
 このくだりは文献を読まずともニコルは知っていた。
 エル・フェアリアに住む者の大半は知っているだろう。
 コウェルズ王子や七姫達の父親であるデルグ王。
 今は前王と言うべきなのだろう。
 まだ公表はされてはいないが、デルグ王はすでにこの世にはいない。
 他ならぬコウェルズが討ったのだから。


--ロード王子の美しさを前に、誰もが期待を寄せた第二王子はしかし、全てにおいて凡庸であった。

 ロード王子はわずか7歳にして国政の一端を担ったが、第二王子は7歳になっても平凡なまま。

 それはごく普通の当たり前の事であったが、王妃はロード王子に逆恨みの感情を抱いた--
 優秀な第一王子と、無能な第二王子。
 それも、エル・フェアリアの多くの者が知る事実だろう。
 異母兄と比較され続けた第二王子であるデルグ。
 妻を亡くした年から政務を放棄してしまったが、それ以前は平凡ながらも良政を敷いていたというのに。
 平民騎士にも笑いかけてくれたデルグ王を、ニコルはよく覚えている。


--ある日、王子の名前が無理矢理変更されるという珍事が起きた。

 エル・フェアリア初代国王ロードから頂いたロード王子の名前は、後妻によりロスト・ロードと改名されたのだ。

 エル・フェアリアの民は王妃の暴挙に深い憤りを覚えたが、王族間で争いを起こしたくなかったロード王子は静かにこれを受け入れられた--


 意地悪な継母の嫌がらせ。
 それだけを聞けばまるでお伽噺の様だが。
 名前の変更は、魔術兵団長ヨーシュカも語っていた事だ。
 どれほど愚かな後妻だったか。その腹から産まれたデルグなど認められない。コウェルズがどれほど優秀であれ、父親がデルグである以上は認めない、と。


--そして、この国を凄まじい悲劇が襲う

王子は名前の通り、この世から失われてしまったのだ--


 それは逆算すれば、今から44年前。
 ロスト・ロードが28歳の頃だ。
 先ほどと同じようにニコルは他の文献にも目を遠し、やはり同じ流れで書かれていると確認をしてからようやく目を離した。
 褪せた文献は保存状態は良い方だが、やはり少し読みづらい。
 目頭を押さえながら本を元に戻し、思い出したのは自分が幼い頃の父の姿だった。

『--また来よう』

 幼いニコルの頭を撫でる彼は、確かに28歳くらいの容姿だった気がする。
 気まぐれに訪れてはニコルを振り回して去っていくだけの父。
 それでも幼い頃は、毎日のように父を待っていた。
 二人の父が、ニコルには自慢だったのだ。
 文献を直しながら、幼い頃の純粋な自分を思い、ひねくれた今と比べて。別の文献を取り出そうとした手は、ある気配に気付いて静かに動きを止めた。
 誰かが宝物庫に侵入する気配。
 本人は隠れているつもりかも知れないが、最初から警戒し続けていたニコルにはすぐに気付けた。
 いつもなら気付かなかっただろう。彼女は気配を消すことに長けていたから。
 だが昼間の件が尾を引いて、今のニコルは気配に敏感になっているのだ。
 広い宝物庫から、少しずつこちらに向かってくる気配。
 ニコルは棚から離れると、自分がメモ書き用に用意していた用紙とペン以外に何も置かれていない大きなテーブルに静かに腰かけて彼女を待った。
 ニコルを探しながら進んでいるのか、移動速度はやや遅い。
 それでも少しずつでもニコルのいる最奥に近付いて。
「--…どうぞ」
 立ち止まる気配に、わずかな失笑を浮かべながら呼び掛けた。
 少しだけ間を開けてから、顔を見せるのは案の定エルザだ。
「…気付いていたのですね」
「宝物庫は響きますからね」
 天井まで届く棚の端に体をくっつけて、照れながら様子を窺う。
「…怒りませんの?」
 どうやら夜中に訪れるとニコルの叱責を買うことに繋がると気付いているらしく、賢しい子供のようにわざとらしい警戒心を見せてくる。
「…怒った所で聞き入れないでしょう」
 ため息混じりに諦めていると告げれば、ようやくエルザは「ふふ」と笑いながら近付いてきた。
 ニコルの隣に訪れて、そこが定位置だと言わんばかりに嬉しそうに腕に手を回してくる。
 濡れている髪はエルザが先ほどまで入浴していたことを知らしめ、花の蜜の香りが鼻腔をくすぐった。
 衣服越しに柔らかなエルザの体を感じて、まだ体内に残る媚薬香がニコルの本能をもたげようとする。
「お兄様から頼まれた調査ですわね」
 そうとは知らないエルザはニコルのメモ書きを手に取って、まだあまり書き記されてはいないそれに指をなぞらせた。
「はい。調査と言っても44年前の暗殺事件を洗い直す程度しか出来ないでしょうが」
「そうなのですか…あ!」
「え?」
 メモ書きを眺めていたはずのエルザが突然何かに気付いたように大きな声を上げて、ニコルも思わず訊ね返して。
 最初はメモ書きに何か馬鹿なことでも書いていたかとエルザの持つ紙に視線を落としたが、何故かさらにエルザはみるみる頬を膨らませていった。
「…え?」
 メモ書きにはファントムの事以外には書かれてはいなかった。なら何の事だと首をかしげても、エルザはさらに唇を尖らせて拗ねるばかりだ。
 意味がわからないと困惑するニコルに、エルザは俯きながらもようやく口を開いて。
「…二人の時は…」
 そこまで言われればさすがにニコルも思い出した。
 二人きりの時の約束だ。
「…エルザ」
 呼び捨てにして。特別なのだと教えて。
 たかが呼び捨てにした程度で、今まで拗ねていた顔は途端にふにゃりと溶けて柔らかくなる。
 照れたように頬を染めて笑うから、濡れて艶を帯びた髪を少しだけ指先で撫でるように梳いた。
 水滴がしたたるほどではない。
 だが普段より遥かに色気の増す時に。
 照れて微笑むエルザはまだ大人の女の顔を知らない。
 純粋で汚れを知らない、清廉な姫君。恋する姿も清らかで、今のニコルには綺麗すぎた。
「…もう夜も遅い。明日に響くぞ」
 少し強引ではあったがメモ書きを取り上げて、体を離す為にエルザの華奢な肩に手を置く。
 今がどれほど遅い時間かエルザも理解しているはずなのに。
 エルザを帰す為にメモ書きをテーブルに放って扉まで送ろうとしたが。
「…ニコルこそ」
 エルザは頑なに動こうとせず、心配そうな表情を浮かべて見上げてきた。
「体調がすぐれないと聞きましたの」
 ニコルの腹部の衣服を掴んで、健気に見上げて。
「心配で…それで」
 誰から聞いたのかは知らないが、ニコルの顔色の悪さをエルザが知ったということか。
 体調が悪いわけではない。
 だが不調理由をエルザに話すことなど出来るはずもなく、ニコルはエルザが思っている通りに体調不良を演じることに決めた。
「…少し疲れてるだけだ」
「なら休まないと!」
 だが体調不良を認めるということはエルザの心配する心をさらに煽る結果に繋がってしまう。
「いや…何かしていた方が楽な」
「そんなわけありません!疲れているなら休むのが基本です!!」
 これならもう治ったと言っておくべきだったかと思っても後の祭だ。
 エルザは心配と不安に表情を苦しめながら、ニコルの額に手を添えてくる。
「いや、一般的な疲れとは少し違うんだ」
 その暖かな指先を握りながら額から離して、どう説明すれば諦めて帰ってくれるかと考えて。
「…そんな疲れがあるのですか?」
「ああ。だから…移ると怖い。離れていてくれないか?」
 移ると怖いなど、体調不良というより病気ではないかと発言してから気付いたが、エルザは離れろという言葉の方に反応してしまったらしくシュンと項垂れてしまう。
 何かを我慢するように口を閉じて、悲しげに瞳を潤ませて。
 心配して来てくれたというのに無理矢理帰す行為が悪い行いに思えて胸が痛んだ。
「…せっかく会いに来てくれたのに、悪いな」
 握った手を離して、謝罪の意味を込めて頬に少し触れて。
「…では、大人しく帰りますので…ひとつだけお願いしてもいいですか?」
 エルザもこれ以上は負担になりたくないと思ってくれたのか、恥ずかしそうに頬を染めながらニコルに熱い眼差しを向けてきた。
 切実に願うような表情は、ニコルを他の騎士達とは違う特別な異性として映していて。
「お願い?」
「ええ…抱きしめてほしいです」
「--…」
 互いに思い合っていると信じて疑わない瞳で、ニコルの愛情を求めた。
 ニコルが抗い難い劣情に苛まれやすくなっているこの時に。
 エルザはまだ知らないはずだ。相手に思いなど抱かずとも、人は人を抱けるという事を。
 そこに愛がなくても抱ける現実を、素直なエルザはまだ知らない。
 そして今のニコルは、単に抱きしめるだけでは終われないのだ。
「…ニコル?」
 いつもならすぐに抱きしめていただろう。しかし動けないニコルに、エルザは不安そうに首をかしげた。
「…悪い。今は…」
 そのエルザを前にして、目をそらして。
 エルザに劣情をぶつけるわけにはいかないのだ。
 自分がただの平民なら、いっそ気楽にいられたかも知れない。
 だが事態は重く。
 エルザに完全に手を出してしまったら、もう後には。
 そうなったらニコルはもう、アリアと家族でいられなくなる。
 今にも押し潰されそうな理性の最後の砦が、アリアという大切な妹の存在だった。
 彼女と家族でいる為に。
 彼女の傍にいる為に。
「…止まらなくなるから…帰ってほしい」
 口走る言葉は、本能に近いものだった。
 いっそ邪魔だから帰れと言えば、エルザは悲しみながらも帰っただろうに。
 まるでエルザを我慢するような言葉を口走るなど。
 エルザが表情を悲しみから一変させる様子に気づき、エルザを見ないように背中を向けて。
「…帰ってくれ」
 エルザの為でなく、自分の為に。
 だがエルザは動かない。
 背中を向けるニコルには、今のエルザを知ることは出来なかった。
 物思いにふけるように右手の小指をエルザは撫でる。
 その小指に起きた小さな悲劇をニコルは知らない。
 エルザはまるで決心するように強く唇を引き結ぶと、背中を向けて拒絶の姿勢を向けるニコルに自ら抱きついた。
「--エルザ!」
 柔らかな女の体の感触は装備を外していた身体にダイレクトに伝わり、なけなしの理性は途端にさらに深く削がれ。
「わ、私は…ニコルがつらいのは嫌です!移って良くなるなら移して下さいませ!!」
 無理矢理引き剥がそうとするニコルの腕に両手を絡められ、否応なく豊かな胸がニコルを刺激する。
 それがどれほど淫らな行為かをエルザは知らないまま。
 その柔らかさにニコルは劣情を刺激され続け。
「…離れてくれ…頼む」
 まだ体に残る媚薬香が、ニコルの劣情を加速させて。
「…私では支えになりませんか?」
 支えになりたいと。
 健気に、懸命に。
「離れろ…」
「嫌です!」
 さらに身を寄せるエルザに、ニコルが思い出したのは昼間に抱いたテューラの肌だった。
「…っ」
 そしてその先に、頭の中で犯しつくしたアリアのあられもない姿を。
「--」
 自分の腕の中で淫らによがるアリアを想像してしまった瞬間に、ニコルの理性は一瞬消し飛んだ。
 エルザを引き剥がし、両腕を掴んでテーブルに体を押さえ付け、強引に口付ける。
「っ!!」
 理性など欠片も存在しない、本能のままの口付け。
 エルザを気遣うニコルしか知らないエルザには、辛すぎるだけの。
 噛みつかれるほどの口付けを受けて、エルザはビクリと全身を震わせて。
「…止まらなくなると言っただろ…」
 ようやくわずかな理性が戻り、ニコルは苛立ちにも似たぎらつく眼差しでエルザを見下ろした。
 蹂躙するかのような口付けに怯えるエルザから体を離して、
「ニコル…」
 エルザを引き起こさないまま数歩離れて。
「出ていってくれ…これ以上は…本当に止められない」
「……ニコ」
「早く!」
 再びニコルを操ろうとする本能から足掻くように頭を強く掻いて、この場からエルザが消えることを望む。
 怯えただろう。
 怖かっただろう。
 本能を剥き出しにした男に押し倒されて。
 だから逃げてくれ。
 そう願うのに。
「……ニコル」
 エルザは体を起こして、逃げる道を選ばなかった。
 まるでそんな選択肢など存在しないとでも言うように、頭を掻いたニコルの手を取って握り。
「…どうすれば治りますの?」
「----」
 涙の浮かぶ瞳で健気に見上げられて、止まるはずがなかった。
 止まらない。
 駄目だと誰かが懸命に訴えかけるが。
 自制がきかない。
--駄目だ
 止まれと誰かが。
 気付いたから。
--俺は…
 ニコルは。
 この男は。
--この子を愛してはいない
 俺が愛しているのは--

「--」
 正気に戻るニコルが目にしたのは、再びテーブルに押さえ付けられ、胸元をあられもなく晒すエルザの姿だった。
 その豊かで柔らかな乳房の片側をニコルは遠慮もなく掴み、首筋からもう片側の乳房の尖端にかけて舐められた跡を残して。
「ニコル…」
 顔を真っ赤にしながら、エルザは動きを止めたニコルに呼びかける。
 息は荒く、惚けるように甘い眼差しをニコルに向けて。
「私…あなたとなら…」
 まだ男を知らないはずの体で、無意識に艶かしくニコルを誘う。

--俺が愛しているのは…血の繋がった“妹”だ…

 その姿に、ニコルは理性を保ったまま、本能に身を委ねてしまった。
 許されない思い。
 許されるはずがない思い。
 妹に劣情を抱くなど…
 ならば--
 エルザを見つめて、エルザを。

「………てる」

 掠れた声に、エルザがピクリと反応する。
 潤む瞳がニコルから漏れたその言葉をもう一度聞きたがり。
「愛している…」
 偽りにまみれた愛の言葉。
 人は平気で嘘をつく。
 そうとは知らない素直なエルザに向けて、ニコルはこの世で最も許されないだろう嘘を。
「ニコル…私も…私もです!」
 エルザの表情はみるみるうちにこの上ない幸せに染まり、歓喜の涙をいくつも溢していく。
 ニコルが今まで許さなかった、エルザとの関係を決定付ける言葉を。
 エルザが夢を叶えるまではなどと、エルザのせいにして告げなかったニコルを縛る言葉を。
 自嘲の笑みを浮かべながら、ニコルはもうどうでもいいと再びエルザの胸に舌を這わせた。
 アリアと家族でいたいと願いながら。
 アリアの兄でいる為に現状を望みながら。
 ニコルが求めたのは、家族や妹ではなくて。
 アリアという女で。
 なら。
 アリアを傷付けないように。
 アリアに気付かれないように。

--この子を利用してでも--

「…愛している」
 女としてのアリアが手に入らないなら。
 女としてのアリアは手に入らないから。
 もう、どうでもいい。
 テーブルに横たえさせたエルザの吸い付くような肌触りの胸を気が済むまで堪能して、両足を持ち上げて。
 高価な寝間着のドレスをはだけ、薄布一枚で守られた秘部に触れる。
「きゃ…」
 そこに誰かが触れたことなど今までないはずで、ともするとエルザはそこを、排泄器官の集まった場所という認識しか持っていないかもしれない。
 それを肯定するようにエルザは火照りとは別の恥辱に頬を染めて、恥ずかしそうに瞳を潤ませて両手で拒んだ。
 しかしニコルは先にそこに触れており。
「…濡れてるな」
 下衣ごしからでも、エルザの秘部が濡れていることには気付いた。
「っ…」
 それをエルザがどう解釈したか。
 小水を漏らしてしまったと勘違いでもしたのか、片手はニコルの手を拒んだまま、もう片手で恥辱に赤くなる顔を覆い隠そうとする。
「ニコル…いやぁ…」
「…見せてくれ。全部だ」
 秘部を隠そうとする手も顔を隠そうとする手もまとめて片手で押さえ付けて、下衣をいとも簡単にずらして。
「だめです…そこは…汚いですから…」
 何も知らない幼い知識で、エルザは懸命に足を閉じようとする。
 エルザにとっては懸命なのだろう。だがなんて弱々しい。
 男からすれば煽っているようにしか思えない弱さで、エルザは嫌だと腰を引こうとする。
「…綺麗だ」
 その弱さを押さえ付けて、濡れた桃色の秘部を少し開いて。
「--ひゃうっ…」
 舌を這わせた途端に、エルザの全身は強く跳ね上がった。
 まだ感じた訳ではないはずだ。驚いたのだろう。
「だめです…そんなところ…」
「…男と女が愛し合うには、ここを使うのにか?」
「…え?」
 やはり何も知らなかった様子で、エルザはニコルの言葉にきょとんと首をかしげた。
「で、でも…そこは…」
「何が出てくる?」
「っ…言わせないでくださいませ…」
 あまりに純粋な姿にささやかな嗜虐心が生まれ、意地悪く訊ねるニコルにエルザは今までで一番顔を赤く染め上げた。
 何も知らないお姫様。
 誰も教えなかったのは、誰かが教えるだろうと逃げたからか、それとも婚約者のいないエルザには必要ないと切り捨てたからか。
「男と女のまぐわいには、ここを使うんだ」
 処女なら何度か手にかけた事はあるが、そんな彼女達でもおおよその流れは知っていた。
 教えてやるからとわざとらしくエルザの足を開かせて、自ら支えさせて。
 最初にニコルは突起に触れ、秘部のヒダを開きながら、突起の下にある小さな穴に指の腹を置く。
「ここが小水の穴だ」
 わざとらしく教えれば、エルザは恥ずかしがりながらも懸命に頷いた。
 これがニコルの意地悪だと気付かない辺りが単純なエルザらしい。
 ニコルはエルザの反応を楽しむようにゆっくりと指を這わせながら移動させて、
「…ここは?」
 綺麗に色付く肛門に触れられて、エルザはピクンと体を震わせた。
 その拍子に胸が震えて、ニコルの目の前で甘い匂いを放つ。
「エルザ…ここは?」
 エルザは俯いて答えることを拒むが、
「--ぁ…」
 催促するように指の腹で優しくほぐせば、甘い吐息が淫らにこぼれた。
「そこは…便意が来たときに…」
 恥辱に声が震えて、涙が溢れる。その姿すら、今のニコルには劣情を煽る最高の刺激だった。
「よく知ってるじゃないか…ならここは?」
 そして最後にようやく、先程よりも濡れそぼつ入り口に指を這わせて。
「ここが何かわかるか?」
 問いかけに、エルザは小さく首を横にふった。
 排泄する為の二つの器官以外を知らないのだ。
「血は?」
「月のものですか?…でしたら…」
「それはここから出てるんだ」
 生理の血が排出される場所だと教えても、エルザは理解できていないかのように首をかしげるだけだ。
「子供を産む為の大切な場所だ」
 そこまで言えば、ようやく何かに気付いたように表情をわずかに知識に染める。
「それだけじゃない。男が女を愛する為に使う場所だ」
 知識の幼いエルザにひとつひとつ教えるように。
「…ニコ」
 エルザの言葉を最後まで待たずに、ニコルはそこに顔を寄せた。
 最初からは触れない。秘部にほど近い場所から舌を這わせて、足の付け根に向かって、膝まで舐め上げて。
 自分で支えさせたエルザの指も、同時に舐めて。
 くすぐるような優しいだけの甘い快感に、再びエルザの吐息が淫らに色付いた。
 初々しい艶に満ちた瞳をニコルに向けるエルザのその唇に、中指を置いて。
 ニコルを見下ろしながら、エルザは言われる前にニコルの指をたどたどしく舐めた。
 小さな舌が指を少しずつ舐めていく。
「ん…」
 その口内にゆっくりと指を挿入して、ゆっくりと離して。
 エルザがくわえた指先をニコルも舐めれば、エルザは恥ずかしがりながらも甘えるような視線を向けてきた。
「…痛かったら、すぐに言うんだぞ」
 舐めた中指を秘部にあてがい、苦痛にならない速度でゆっくりと侵入させていく。
「っ…」
 初めての感覚に怯えるから、膣壁が強く指を締め上げた。
「…力、抜いて」
 身を起こして、安心させるようにエルザを抱き締める。
 するとエルザはすぐにニコルの首や背中に両腕を回してすがってきた。
 未知の領域は怖いはずで、それでも相手がニコルだからと懸命に努力して。
 わずかに力の緩んだ膣壁を慣らすようにゆっくりと指を動かし、怯えて締め上げられたら少し動きを止めて。
「痛くないか?」
「…はい」
 何度かその行為を繰り返してから、ニコルはようやく少し馴染んだ秘部から指を離した。
 次は何をされるのか。怯えと期待の混じるエルザの瞳に気付いて、軽く触れ合わせるだけの口付けをして。
 首と背中に回された細い腕を離して、ニコルは再び身を沈めた。
 少し乾いてしまった秘部に顔を近付けて、優しく舐めていく。
「ぁ、ん…」
 ぴちゃりと水音が宝物庫に鳴り響き、秘部の先にある突起を口に含んで。
 舐めて、絡めて、エルザの腰がビクビクと震える様子を見守って。
「ニコルっ…」
 激しいわけではない。だが初めての感覚を与えられ続けて、エルザの心はいっぱいいっぱいになってしまっていた。
 吐息は乱れ、瞳は潤み。
 傾国を謳われ、数多くの王国王家に求愛され続けたエルザが。
 ニコルというたった一人の男を前に、自分でも知らなかっただろう淫らな姿を晒していく。
 濡れた秘部に優しく触れながら、ニコルはもう一度体を起こした。
 テーブルに座るエルザを見下ろす位置まで体を起こして、腰のベルトを外して。
 昼間に精の全てを放ったはずなのに媚薬香の残りに当てられて、ニコルの昂りはほとんど昼間と大差無い。
「…ニコ、ル?」
 初めて目の当たりにするだろうその昂りに、エルザは隠しきれない不安げな様子で見上げてきた。
 それは何?どうするの?
 表情の全てでそう問うてくる。
 あまりに不安そうにするから、安心させる為に額に口付けて。
 テーブルにそっと寝かせて、足を開かせ持ち上げて。
「ニコル…怖いです」
「…少しだけ我慢してくれ。爪を立てても、噛んでくれてもいいから…」
 覆い被さりながら、エルザの両手を背中に回させながら。
 ニコルの方も、もう我慢の限界だった。
 まだ何も知らない秘部に自身をあてがい、
「ニ--」
 なるべく痛みが少ないように、エルザの呼吸に合わせて一気に。
 ニコルはエルザの処女膜を破り裂いた。

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 その日、アリアから届いた幼い文字の手紙を読みながら、ニコルは誰にも邪魔されない場所に訪れていた。
 騎士になってもうじきひと月が経つ。
 ようやく馴染み始めた生活は、周りの貴族達との戦いの生活だった。
 史上初らしい。
 平民から騎士階級に登り詰めた存在は。
 しかも18歳という年齢は貴族が騎士になるにも早い年齢らしく、あらゆる方面からニコルは妬みの対象として蔑まれた。
 同室の貴族達とは全員と上手くいっていない。ニコルにとってあの部屋は、一応用意されただけの無意味な場所だった。
 あそこを使うくらいなら木の上で眠る方が格段に休める。
 そして何より今一番に守るべきものは。
 手紙の文字に目を通しながら、ニコルはここにはいないアリアに向けて微笑みかけた。
 今のニコルにとって何より一番に守るべきものはこの手紙だ。
 これだけではない。村を出てから六年間。手紙のやり取りだけで繋がり続けた大切な妹との思い出。
 父に譲られた衣服も大切だったが、慣れない環境に身を置くことになったニコルにとって、アリアから届く手紙こそが何よりも荒んだ心を癒してくれた。
 最近見つけた王城敷地外の森の泉に訪れて、適当な木に背中を預けて読み耽る。
 何度も何度も、同じ箇所を黙々と。
 最初から最後まで読んで、また一から読み直して、気に入ったところばかりに目を向けて、また最初から。
 どの手紙も、全て丸暗記してしまっていた。
 それでも何度でも目を通すのだ。
 他の手紙は誰にも見つからない場所に隠していて、この手紙ももうじきそこに隠すことになる。
 手に届く場所に仕舞っておけないことは悲しいが、誰かに見つかることを考えれば隠すことは必然だった。
 何度も手紙を読み返し、とうに丸暗記してしまった頃。
 突然すぐ近くの茂みがカサリと軽く鳴り響き、ニコルは咄嗟に手紙をはだけていた胸元に隠して音のした方を警戒した。
「!?」
 誰だ。
 睨み付けるように警戒する先から現れるのは、淡い色合いの美しいドレスを纏った、とても愛らしい容姿の少女だった。
 年頃は12、3歳か。美しい虹の緋の髪を輝かせた、今まで見たこともないほどの美貌を持った少女。
「---」
「---」
 ニコルはその美しさに言葉を無くし、少女もニコルの姿を呆けたように眺めて。
--確か…アリアと同い年の姫…
 12歳になるアリアと同じ年齢の姫がいることはニコルもクルーガー団長から耳にしていた。
 緋色の髪から彼女がその姫だと認識した途端に。
「うぅ…」
「!?」
 突然姫の顔がくしゃりと歪み、ボロボロと大粒の涙をいくつもこぼし始めてしまった。
 あまりに突然すぎてニコルは最初こそ驚くことしか出来ずに立ち尽くしたが、
「--…」
 その泣きじゃくる姿は、ニコルの中の幼いアリアと重なってしまった。

--泣くな
--泣くなよ…

 お前を泣かせる奴なんか、兄ちゃんがぶっ飛ばしてやるから!

 幼いアリアを苛める村の子供達を追い払った時に約束した言葉。
 泣き虫だったアリアを守ると約束したのだ。
 だから泣くなと。
 だから。
「…大丈夫だから、泣くなよ」
 泣きじゃくるエルザの元に向かい、しゃがんで、頭を撫でて。
 いつもアリアにしていたことを思い出しながら、ニコルは相手が姫であることも忘れて頭を撫で続けた。
 エルザは最初のうちは驚きはしたが、次第に安心したように泣き止んで、やがて拠り所を求めるようにニコルにすがった。
 それはアリアが泣き止む時によく似ていて。
 もう怖くないだろ、と。
 ニコルはエルザを抱き締めて、完全に落ち着くまで頭と背中を撫でてやったのだ。

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