第39話
第39話
王城から馬車を出し、向かった先は遊郭街でも王城御用達となっている際奥に位置する数件の店だった。
モーティシアは項垂れるニコルに肩を貸しながら一件の店内に入り、すぐ近くにある深いソファーに座らせて自分は楼主の元に向かう。
簡単な説明は先に伝達鳥を飛ばしているので用意はすでに出来ていた。
楼主といくつかの会話をし、店の奥から現れた娘に会釈を送る。
娘への説明も簡単に済ませた。媚薬香の種類、ニコルの状況。話すことなどその程度しか存在しないが、知的な娘はそれだけで充分だと微笑みを浮かべた。
やむを得ない場合の妓楼の使用は王城へ報告義務が発生する。
モーティシアはそれについてもこちらから報告すると告げてから、ソファーに深く腰かけて頭を抱えるニコルの元に近寄った。
すでに限界に近いのか、息が荒く脂汗が浮かぶ。
普段のニコルからは想像もつかないほどぎらつく様子は、媚薬香の効果が強すぎることを物語っていた。
「事情を説明しておきましたから、気兼ねせずに発散してきてください」
「…悪い」
なけなしの理性で口を開いているが、声は掠れてほとんど音にはなっていない。
「初めまして、テューラと申します…お体大丈夫ですか?」
そこに先ほどの娘が近付いて、ニコルの膝に触れるようにしゃがみ込んだ。
目前に女が現れたことに驚いたのかニコルは目を見張るが、すぐに状況を察して弱々しく頷いて。
「あ…ああ」
ニコルは妓楼を使用したことが無いはずなので、勝手がいまいちわからないのだろう。
「ニコルを頼みます」
「お任せください。媚薬抜きはよくある事ですから」
テューラは可憐に微笑むと、そっとニコルの腕に自らの手を添えて立ち上がった。
慣れた様子で先導しながらも、ニコルに速度を合わせてくれる。
ニコルの方が当然のように力も強く大柄なので不安になったが、テューラはしっかりとニコルを支え、広い店の奥へと姿を消していった。
「…騎士様も大変な職業ですね」
見送るモーティシアに、楼主は溜め息まじりに話しかけてくる。
「プライドが高くなりふり構わない女性も多いですからね」
表向きにはニコルに片想いする娘が媚薬香を使用したという事で妓楼に話しているが、事態はそう簡単ではないだろう。
「ですがまあ…まさかあの有名な平民騎士様がようやく遊郭に訪れたとなると、娘達はテューラに嫉妬するでしょうね」
「ニコルは有名なのですか?」
いくらモーティシアとはいえ王城外にまで情報を深く持っている訳ではない。
遊郭を使ったことが無いはずのニコルが何故有名なのかと首を傾げれば、楼主は苦笑しながら理由を教えてくれた。
「そりゃあ、遊ばれる騎士様の多くが娘達に平民騎士様への愚痴をこぼされますからね。娘達も“ここまで言われる平民騎士とはどんな人だ”と興味津々なんですよ」
「ああ…なるほど」
「それとあれほどの容姿ですからね。娘達が熱を上げそうで少し怖いですね」
確かにニコルの容姿は娘達の多くが放っておかないだろう。
それに平民でありながら騎士の称号を得たとなれば、打算も入ればニコル人気はさらに跳ね上がる。
「…テューラ嬢はその点は?」
それはそれで厄介だと楼主に娘の性格を聞き出せば、安心しろと微笑まれた。
「彼女ほど仕事と私生活を切り離す娘を、今まで見たことがないほどですよ」
むしろテューラの心をほどくほどの男がいるならば見てみたいとまで楼主は口にし、モーティシアはようやく安堵の溜め息をついた。
今回は已む無しとはいえ、ニコルの種はなるべく温存しておきたいのだ。
それは上からも命じられている。
「…で、魔術師様はどうなさいますか?」
どうしたものかと思考を巡らそうとした辺りで楼主に話しかけられ、言われた意味がわからずに素で首を傾げてしまった。
どうなさいますかとは、何を示しての話なのか。
「こちらの妓楼は王城で働く方々の御用達ですからね。魔術師様のお眼鏡に叶う娘も必ずいますよ」
そこまで言われてようやく理解し、モーティシアは思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「…いえ、私は」
「今はマリオンもおりますが?」
冗談だとわかりつつやんわり断ろうとした矢先に告げられたその名前に、モーティシアは本気で固まってしまった。
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「…嘘だろ?」
「嘘ならよかったよ」
トリッシュが道すがらでセクトルと出くわしたのは本当に偶然の事だった。
小屋から香炉を回収して厚手の袋に入れ、婚約者とアクセルがいるはずの医務室に向かおうとしていた途中だ。
簡単な説明だけでもセクトルは眉を寄せる。信じられないと言いたげだが事実なのだ。
「イニス嬢には一応俺の婚約者とアクセルが付き添ってる。俺は媚薬香を袋詰めしてきた所だ」
言いながら袋を持ち上げて軽く振れば、割れた香炉がカチャカチャと耳に痛い音を鳴らした。
「…お前は大丈夫かよ」
「ニコルがぶち壊してたから何とか。レイトルには伝えとくとしても、アリアには伏せておかないとな。こんな話聞かせられない」
「…で、ニコルは今は妓楼、か…エルザ様の耳にも入らないようにしておかないとな。大丈夫だとは思うが」
生々しいやり取りなど、ニコルの妹であるアリアや思い合うエルザには聞かせられない。
特に今は、アリアは噂の件で心がささくれているのだから。
「モーティシアなら上手く事を運んでくれるだろうけど、問題はガブリエル嬢とイニス嬢だな。これでまた暴走されたらと思うと頭が痛いぜ」
前回のイニスの件でイニスを王城から追放さえ出来ていたなら。
だが考えても後の祭りなのだ。
これほどの事を起こしたとしても、ガブリエルがいる限りイニスにもお咎めは無しだろうことが容易に想像できた。
エルザに直談判した件についても、侍女の任を解かれたとはいえ結果的には不問と変わらないのだから。
「なんで休みの時に限って問題が発生するかね…」
ゆっくりと休めるはずの日に限って。
「ま、そういう訳だから、今からアクセル達の所に一緒に行くか?侍女長にも話さないといけないからな」
「ああ」
レイトルには今は何も知らせずアリアの護衛を任せておくべきだろう。
静かに頷くセクトルと連れだって歩きながら、トリッシュは手にした香炉入りの袋に向けて溜め息をついた。
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媚薬香に苛まれたニコルを懸命に支えながら、テューラはいくつかあるうちの際奥の部屋の扉を開けた。
テューラに割り当てられたその部屋は、テューラの好むシンプルなデザインになっている。
木目の床、ダブルサイズのベッド。少し離れた場所には仕切りの無い湯浴み用の大きな木の湯船。そこは、贅沢な広さを誇る、彼女の仕事場だ。
「此方へどうぞ。遠慮はいりませんので--」
ニコルがわずかに理性を保っていることは支えた時に気付いていた。
支えられながらも、なるべくテューラに体重をかけないように気を使ってくれていたから。
だがそれも、室内に入るまでだったらしい。
あるいは最初から理性など消えており、無意識にテューラに負担がかからないようにしてくれていたのか。
どちらなのか、わからないまま。
壁に押し付けられ、深く口内を蹂躙された。
熱い舌が何度もテューラの舌を絡め、あまりの深さと激しさに嚥下しきれなかった唾液が唇の橋から溢れてしまう。
「--んぁっ」
ようやく唇を離された時に見上げたニコルの瞳は完全に正気を失っており、テューラは認識を改め直した。
どれほど強力な媚薬香を嗅がされたというのか。
今まで何度か媚薬に当てられた男の相手をしたが、ニコルの様子は尋常ではない。
下手をすると自分だけでは相手をしきれない。
それほどの様子を見せるニコルに娘の追加を考えたが、
「 」
聞きなれない名前がニコルの口から溢れて、その機会を逃してしまった。
「きゃ…」
腕を掴まれ、ベッドまで連れて行かれて押し倒される。
ニコルは正気を無くしたまま器用に装備を外して身体を楽にし、テューラのドレスの胸元を強引に下ろして細やかなレースの裾をたくし上げて秘部をさらす。
ガーターベルトと網目のタイツは店の制服のようなもので、下着については娘達の好みに任されている。
テューラは媚薬抜きということで予め下着ははかないままでいたが、それがニコルの本能の劣情をさらに煽った事は表情からすぐに理解できた。
「…どうぞ、ニコル様のお好きなように…」
そのニコルを静める事がテューラの仕事なのだ。
逃げはしない。
怯えることもしない。
ただニコルの求めるままに、テューラは彼の衣服に手をかけた。
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窓の外に見える太陽を、エルザはレースカーテンごしに見上げていた。
昼食を終えて、皆が去っていった広間の端のテーブルで呆けながら。
「--あ」
エルザがそれに気付いたのは、侍女長がいれてくれた花の茶のカップを持ち上げた時だ。
プツンと何かが弾くような小さな感覚が右手の小指に走り、カップを置いて手の甲を上向ける。
見れば、右手袋の小指の細い編み込みの糸が途中で切れてしまっていた。
「大丈夫ですか?」
異変に気付いて近付くのは護衛のセシルで、この広間には今はエルザとセシル以外に人はいない。
待機の侍女がいるので呼べばすぐに訪れるが、そこまでの事でもなかった。
「ええ。糸が切れただけですわ」
何とか直らないものかと奮闘してみるが、元より不器用なエルザに細かな作業など出来る訳もなかった。
「…お任せください」
「…お願いします」
あまりにもたつくエルザにセシルが名乗りを上げてくれて、恥を忍んで手の甲を向ける。
「それにしても、ニコルも休みのはずなのですから会いに来ればいいものを…何をしているんでしょうね」
レースや編み込みなどの細かなデザインにセシルは眉を寄せながらどう直したものかと考え、そのついでと言わんばかりにニコルの名前を出す。
コウェルズの説明のせいで王族付き達の間ではエルザとニコルの関係は恋人という認識になっているらしいが、実際にはまだ宙吊り状態だ。
セシルはそれを知らずに不満を漏らしているが、エルザも胸中では期待していただけに少し寂しかった。
もしかしたら休みを利用して会いに来てくれるのではないかという願望は、まだ昼という明るい時間ではあるがしょげてしまっている。
もし本当に恋人になれていたなら、会いに来てくれただろうか。
口付けを交わし、互いに思いあっていると認識しながら。
決定打となる言葉をニコルはくれない。
それは恐らく、せめてエルザが自分に課した目標をやり遂げるまでは手に入らないのだろうが、そうだとわかっていても。
わかってはいても、寂しい。
いつだって会いに行くのはエルザだ。
前回はニコルから来てくれたが、それだって誤解を解くためであり、それが無ければニコルは会いには来てくれなかっただろう。
初めてエルザを見た時から惹かれていたと言ってくれたにもかかわらず、ニコルはエルザを真正面から受け止めてはくれない。
ニコルが王族だった事についても兄はこれで他国に気兼ねすることなく結婚も出来ると言ってくれたが、舞い上がるのはエルザばかりで、ニコルは日に日に険しい表情になるのだ。
ニコルがエルザを頼ってくれたのもファントムが父親であると動揺した時だけで、そのファントムが王家の者だとわかり、何故か隔たりが生まれた気さえした。
毎日でも会いたいのに。
以前はほとんど毎日会えていたのに。
「…お兄様が色々と頼み事をしていると聞きますから…お忙しいのでしょう。セシルは明日ゆっくりなさるのでしょう?」
セシルが小指の糸と格闘しながらニコルへの文句を口にするから表向きはかばいつつも、本音はセシルと同じように少しくらい会いに来てくれても、と思ってしまう。
「本日仕事の者は明日休めますからね」
「ゆっくりしてくださいね」
「ありがとうございます」
今日働く者は、明日休める。ならもしかしたらニコルは明日会いに来てくれるだろうか。
しかし会いたいのは今で。
どうしても思考がニコルに向かうのを押さえられずに小さな溜め息をついたところで、セシルの手の動きが止まっていることにようやく気付いた。
「直りそうにないですか?」
訊ねてみれば、申し訳無さそうに頷かれて。
「完全に切れてしまっていますね…新しい物を用意させましょう」
「構いませんわ。今日はこのままで」
「そうですか…」
セシルは不満気だったが、気に入りの手袋なので外したくはなかった。
ドレスと揃いのデザインだから尚更。
大国の姫という立場上、いつでも恥ずかしくない格好を心がけてはいる。その中で流行り廃りの激しい衣服は常にコロコロとデザインが代わり、ドレスも一度しか着られなかった物も多い。
その中でこのドレスだけは、二年前に初めて纏った日から絶対に捨てないよう周りに注意していた。
気に入った理由は単純だ。
ニコルが誉めてくれたから。
普段そんなことは言わないニコルが、このドレスに関してだけ、初めて「可愛い」と誉めてくれたのだ。
だから、このドレスはエルザにとって特別な日に着るようにしていた。
今日も特別な日になると思っていたから着たのだ。
ニコルが会いに来てくれると思っていたから。
時刻はまだ昼間で、今日が終わるにはまだ早い。
だが。
何故だろう。
ニコルは会いに来てくれないという確信が胸に宿って離れなかった。
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外気に触れたニコルの昂りを見た時、情けなくもテューラは無意識に腰を引かせてしまった。
行為事態は嫌いではない。
親に売られた際には自分の人生を嘆きはしたが、開き直ってからは楽しむようになり、仲間と共に高給妓楼にまで登り詰めた。
小さな客では物足りない。楽しむならばそれなりの太さや長さは正直欲しい。だが彼に関しては。
その大きさが媚薬の影響にあるのかどうかはわからないが、普段なら存分に楽しめただろう大きさも、正気を失って獣のようになっている体力仕事の男を前にすれば恐ろしくしかなかった。
ニコルが訪れる前に自分ですぐ使い物になるようにはしていたが、行為が痛みばかりになれば苦痛でしかなくなる。
「 」
だが、ニコルはまた彼女の名前を呼んで、正気を失っているはずなのに愛しむようにテューラの頬を撫でた。
完全にテューラを恋人と間違えているのだろう。
逃げ腰になってしまった自分を戒めて、受け入れる為に足を開く。
挿入はすぐだった。
「ああっ…」
一気に最奥まで貫かれ、あまりの圧迫感に呼吸が止まる。
痛みは無い。だが代わりに強すぎる快楽に苛まれた。
ゴツリと打ち付けられた感覚がそのまま脳天まで駆け抜けていくような、このまま全て絡め取られてしまいそうな。
「 」
ニコルはまた彼女の名前を口にして、彼女の代替品であるテューラに自分本意な律動を始める。
勝手な律動など、普段ならつまらないだけだ。なのにニコルに関してはそれが当てはまらなかった。
「ゃあ、あ、ああっ」
奥に当たる度に嫌でも声が上がる。我慢しようとしても無理だ。
ニコルはテューラの足を持ち上げ、さらに深くを探すように激しさを増していく。
「 」
最初の射精は、彼女の名前を呼びながらだった。
テューラの膣内に激しいほどの熱を放ち、わずかにニコルの動きが止まる。
だがそれは本当にわずかの間で、テューラの膣内に存在する昂りは治まる様子を見せずにさらに硬度を増した。
繋がったまま身体を四つん這いにさせられて、すぐに二戦目が始まる。
「きゃああああっ」
正常位とは当たる箇所や擦られる箇所が変わり、あえぎ声は甲高い悲鳴のように変わった。
演技でも冗談でもなく、テューラは全身で感じてしまっていた。
ニコルは何度もテューラではなく別の娘の名前を呼び、貫き殺す勢いを止めようとはしない。
このままでは、テューラの方が気をやられてしまう。意地で膣壁に力を籠めて締めるが、それはニコルの本能を煽るだけだった。
「---っ」
さらに激しくなる動きに足の力が抜けてベッドに伏すが、限界が近い。
快楽の渦に飲み込まれるほどの感覚。
もうこれが仕事だなどと忘れてしまいたい。
忘れて、求められるがまま深く。
耳元にニコルの荒い息遣いが聞こえ、ゾクリと首筋が震え。
「 」
「ゃあああっ!!」
ニコルの二度目の絶頂は、テューラも道連れだった。
あまりの絶頂感に涙があふれ、テューラの頬を濡らす。
膣内に存在する昂りは、二度も熱を放って溢れ出てきているというのに軟化の様子を見せない。
息の荒いテューラの涙に濡れた頬に大きな手を添えて、ニコルは虚ろな眼差しのまま上向かせて。
深く溶け合うような口付けを交わし、唇は離されないまま再び体は仰向けにさせられた。
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途中でセクトルが持ってきてくれた昼食を済ませて、二人でありきたりな話をして。
開けた窓から秋風が入り込むのを身に受けながら、アリアは静かな時間を楽しんでいた。
向かいに座るレイトルから送られてくる視線に気付いては少し照れたように目を伏せて。
まるで自分の中に新しい人格でも出来てしまったのかと問いたくなるほどに、胸の奥が甘くときめいていた。
告白の返事はしなくていいとレイトルは言った。
その言葉に甘えるように、アリアは答えを探さない。
まだ彼が根強く心に残るからだ。
忘れてしまえたら楽なのに、忘れるには共に過ごした時間が長すぎた。
兄の側にいられるようになり、自分の力を最大限生かせる場で働けるようになった事は救いだが、制限も大きかった。
正直な所、王城での暮らしはアリアには合わない。
一日全てに護衛が付くのもそうだが、何より王城での豪華な暮らしは今までのアリアを全否定している気がしてならなかった。
その贅沢のひとつまみでも辺境の土地に分け与えてくれたなら、死なずに済んだ命がいくつもある。
村に戻りたい訳ではない。だがふとした拍子に、慎ましいながらも暖かかった家を思い出すのだ。
きっとニコルに言えば、アリアの手を引いて王城から連れ出してくれるだろう。
それを見越すように、国の上層部の者達はアリアに、王城を出奔すれば手引きした者の命は無いと脅した。
たとえニコルでも。
それほどまでに治癒魔術師は珍しいのか。
大事に大切に、何重にも重なる檻に閉じ込めてでも。
日に日に憔悴していくニコルを助けはせずに。
「…今から話すこと…兄さんには言わないでいてくれますか?」
力無く項垂れる兄の姿は、見ていて心臓が掻きむしられるような苦しさを味わわせてくれた。
苦しくて、でもどうしようもない。
そんな中で更にニコルは、まるで家族にすがるような姿勢を見せるのだ。
真実を知るアリアには辛いだけの現実。
「どうしたの?」
「…あたし、どうすればいいのかわからない事がひとつあって…」
レイトルに話したところで状況が変わる訳ではない。
それはわかっているが。
家族にすがるニコルの様子に、アリアも限界が近かった。
「…私でよければ相談に乗るよ」
レイトルは昨日と同じように、アリアに耳を傾けてくれる。
甘えているなぁと自覚して、でも甘えたくて。
姿勢を正してくれたレイトルに、アリアは寂しい微笑みを浮かべた。
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もう何度目かもわからなかった。
何度も絶頂を向かえ、狂わされて。
テューラとニコルは互いに汗まみれになりながら、その汗すら交ざらせるように激しく抱き合う。
テューラはすでに身体に力など入らないが、騎士として鍛えている為なのかニコルにはまだ体力に余裕があるらしくテューラを離す気配が見えない。
瞳はまだ鈍く虚ろだが、行為そのものは味わうようなゆっくりとした動作に変わりつつあった。
「 」
何度も彼女の名前を呼び、愛しむように深く口付けられ。
「んん!!」
口付けたまま両足ごと身体を抱き上げられる。
そのままニコルの膝の上で何度も突き上げられ、膣壁に伝わる感覚からニコルも絶頂を向かえたことを知る。
既に精子は枯渇しているはずだ。だというのに、媚薬香はニコルを昂らせ続けたのだ。
「…ニ、ル様?」
声が掠れて言葉にならない。それでも瞳に色を灯し始めたニコルに気付いて呼び掛ければ、
「………」
息は荒いが落ち着いた様子で、ニコルはようやく名前を呼び続けた“彼女”ではなくテューラを瞳に映した。
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「あたしと兄さん…本当は血が繋がってないんです」
アリアがそう告げた瞬間、レイトルは呆けたようにぽかんと口を開いて呆然としてしまった。
「…え、でも…」
レイトルの言いたいところはわかっている。
ニコルとアリアは互いに長身で銀の髪なのだ。
虹の七色が多いエル・フェアリアにおいて銀髪は珍しい分類で、それだけ見ても兄妹であろうことは初見の者でも思うはずだ。
それでも。
「…異父兄妹じゃないんです」
自分を苛み続けてきた真実は、口にしたとたんに涙腺に攻撃を始めてくる。
なんとか涙だけは堪えたが、それでもアリアが俯くのは仕方無い事だった。
「…黙っててほしいってことは…ニコルは知らないんだね」
問いかけられて、小さく頷く。
「お父さんが亡くなる時に、教えてくれたんです…血が繋がってないって。それでも大切な子供だって」
なぜ死別する間際に一人残されるアリアにその真実を教えたのか。
泣きじゃくるアリアを当時支えてくれたのは、何の因果か、アリアを愛していないはずの彼だった。
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