第38話
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「ほい到着。やっぱラムタルの絡繰りはいいね~馬だとこうはいかないよな」
エル・フェアリア王都の郊外、朝方という時間帯の助けもありあまり人気の無い木々の隙間に器用に降り立ち、パージャは大地の感触を足裏に確かめながらゆっくりと体を伸ばした。
隣では同じようにエレッテが降り立ち、二人を乗せてラムタルからエル・フェアリアまで飛んでくれた絡繰り鳥は乗り主の魔力を失って拳ほどの大きさの球体に姿を戻す。
「こんなに早く戻ってくるなんて思わなかった」
「それな」
エレッテは二つの球体を拾い上げ、二つともパージャに渡して。
ファントムがエル・フェアリアを襲ってからまだ半月も立っていないというのに、まさか王都に戻されるとは。
しかも戻された理由はただのとばっちりだろう。
「じゃあ当面の宿を確保しないとな。どうせ俺達のホントの仕事はウインドが“使い物”になるくらいまでここで時間潰すくらいだろうし」
王都の様子を調べていろとファントムは告げたが、それくらい、まだ難はあれどもルクレスティードの千里眼でどうとでもなる。
それに加えてファントムは、エル・フェアリアで作られて他国に流された太古の宝具の欠片をニコルとアリアに持たせているのだ。
それを通じて、王城内の出来事もより鮮明に知ることが出来るだろう。
つまり、パージャとエレッテはエル・フェアリアの諜報に必要無い。
だというのにエル・フェアリアに戻された理由は。
ウインドの名前を出されて恋人であるはずのエレッテがわずかに表情を曇らせたのを、パージャは視界の片隅から見逃さなかった。
恋人と離された事を悲しんでいる様子ではなく、複雑そうに瞳を揺らせて。
「ま、ウインドが距離を取ってる間に大人に変身することが出来たらねー。あ…そうなったらファントムの苦虫噛み潰したみたいな顔が拝めるかもな」
誰が見たって歪な恋人関係。
ウインドがエレッテに捧げる愛と、エレッテがウインドを思う気持ちにはあまりにも差がありすぎた。
「…パージャって、ファントムの味方なの?敵なの?」
「味方味方。早くこんな呪い受けた体から解放されたいし。だけど何でもホイホイ言うこと聞くわけじゃないよ。俺だって意思のある一人の立派な人間なんだから」
呪われた体は傷付くことも死ぬことも許してくれない。そして、一定の年齢からは年を取ることも。
考えようによっては魅力的な体なのだろう。だがどうあがいてもこれは呪いなのだ。
この体でいる以上、平穏など訪れない。
「…もし体から呪いが消えたら…ミュズに告白するの?」
ふと訊ねられた問いかけに、パージャは「んー」と表情を変えずに唸った。
「女の子って好きだよねぇ、恋愛話全般」
「っ…ごめんなさ」
「こら。簡単に謝らない」
はぐらかしたかっただけだというのにエレッテは顔をひきつらせて謝ろうとするから注意をする。
何でもかんでもすぐに謝らない、とはパージャがエレッテに命じた課題のひとつだ。
エレッテはハッと口元を押さえるが、もどかしいのか視線が泳いでいる。
慣れるまではまだまだ時間がかかるだろう。エレッテには気付かれない程度に溜め息をつきながら、パージャはエル・フェアリアの大地を歩き始めた。
「告白しないよ。言ったろ?俺はミュズとは一緒になれない」
後ろをついてくるエレッテからは不満そうな雰囲気が届いてくる。
「そっちこそ、この機会にちゃんと自分と向き合えよ。ウインド振るならそれなりに度胸もつけなきゃ駄目だろうし」
「振るなんて…」
「お?じゃああのガキんちょのことちゃんと好きなんだな?」
歩みを止めずに振り返れば、動揺したように俯かれてしまう。
「…それは…」
恋人関係のはずなのに、エレッテは困ったような仕草を見せる。
これをウインドが見たらどう思うことか。
ファントムとガイアといい、エレッテとウインドといい、自分といい。なんて歪なのだろうか。
好きだから傍にいたい。たったそれだけの理由があれば充分だろうに、相手に向かう思いはねじくれ、よじくれ。
「…まぁ急ぐな。わからないならわからないでいいんだよ。ただし、今はな」
「…うん」
今はまだ急がなくてもいいはずなのだ。エレッテに告げたその言葉は、ダイレクトにパージャにも向かってくる。
ミュズに思いを打ち明けないとしながら、パージャもミュズを離さないから。
郊外からどこかの居住区に入り込み、なかなか立派な屋敷が建ち並ぶ幅の広い道を進む。
王城にいた時はあまり気にしなかったが、屋敷の規模や新しい造りの多さから、恐らく王城で働く貴族達の個人邸宅用の区画だと気付いた。
見つかったらやばいか。髪の色を変えておくか。
そんなことを軽々しく思っていた矢先に。
「--やば、隠れろ!」
エレッテの腕を強く引っ張り、木陰に滑り込んだ。
エレッテは驚きながらもパージャの指示に従い、身を隠した木陰から二人は使用人達に見送られる一人の男を視界に入れる。
豪勢な個人邸宅の中でも一際立派な屋敷から騎乗し去っていくのは。
「…あの人…」
覚えていたらしく、エレッテが小さく呟いた。
「エレッテのこと容赦なく突き飛ばした奴。ガウェ・ヴェルドゥーラ・ロワイエット。黄都の若き領主様だ。お姫様連れ去りの件で殺気立ってるだろうから、バレないようにしないと酷い目に合うぜ…」
大袈裟でも脅しでもなく、真実として。
どう酷い目に合うか、想像は容易だ。
エレッテは不安と恐怖の入り交じる眼差しを向けてくるが、胸中を汲んで「冗談だ」と口にしてやれるほど事態は簡単ではないのだ。それはエレッテもわかっているだろうが。
「リーン姫が絡むと、ガイアが絡んだファントムみたいになる。あいつ相当嫉妬深くて自分勝手だぜ」
「…わかった。気を付ける」
王城内でのガウェの奇行はいくつも見てきた。
その奇行の全てはリーンに関わり、滅多に戦慄など感じないパージャに怖気を走らせたのだから。
新緑宮の扉を前に完全に無表情だったガウェを見かけた時の恐怖は今も思い出したくないものとして残っている。
「…ファントムが御執心だったけど…何かに利用されるかもね」
こちらには気付かないまま離れていくガウェを見送りながら、ファントムが彼を気に入っていた様子を思い出す。
黄都領主という時点で何かしら利用価値はあるのだろうが、それだけに留まるとは思えなかった。
「…大丈夫かな。あの人の魔力…すごく強かったよ。ファントムの仮面を壊したんだから」
リーンを拐う際、エレッテはガウェの攻撃からファントムを庇っている。
だが防御に特化したエレッテの宝具ですら、ガウェの怒り狂った力業を前にはね除けられてしまった。
膨大な魔具の中でたったひとつだけだが、それはファントムに届き、事もあろうにファントムの仮面を壊したのだ。
「火事場の馬鹿力ってやつかな?にしても、珍しい魔力量だよな。ニコル坊っちゃんみたく王族でもなしに…」
更に言うならパージャ達のように呪いを受ける代わりに膨大な魔力を手に入れた訳でもない。
ガウェの魔力は強力過ぎるのだ。
自然の摂理に反するだろうほどに。
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