第34話


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 何も進まず
 何もわからず
 問題だけが積もっていく

 どれから手をつけるべきなのか
 どれだけ時間を割けばいいのか
 どれほど耐えればいいのか

 全てが曖昧で--

「--伝達鳥を使わず自ら向かうとは…病み上がりだから心配だね」
 ガウェの去った部屋ではミモザがお茶を入れて、向かいに座るコウェルズにも注いでいる。
 コウェルズがガウェに頼んだ任はガウェ以外には出来ないことだったが、その内容にミモザは納得出来ないと口にしそうなほど不貞腐れていた。
 潔癖な性格なので仕方無いが。
「…あまり感心出来ませんわ」
 文句まではいかないが、ガウェが、ガウェを通じて王家がそれらと繋がる事が嫌なのだ。
「何を言ってるんだ。ガウェが黄都領主になってくれたお陰でエル・フェアリアの闇市を掌握できるんだ。素晴らしい一歩だよ」
 コウェルズがガウェに命じたのは、前黄都領主バルナの握っていた闇市の掌握だ。
「闇市の商人達なら国を問わず何処とでも精通しているから…」
「そ。上手くいけば、リーンと伯父上の居場所もわかるだろう。そこまでいかなくても、我々には有利だ」
 闇市のネットワークは何より魅力的だった。今までコウェルズが警戒していたのはエル・フェアリアの闇市を影から牛耳る者がバルナ・ヴェルドゥーラだったからだ。
 黄都の繁栄は、闇市を掌握していたところによるものが多い。
 だから、黄都が折れればエル・フェアリアの半分が、影の部分が機能しなくなる。
 喉から手が出るほど欲しかったが、掌握できずにいた。それが理由。
 しかしもうバルナという邪魔者はいない。
「…リーン」
「必ず探し出そう。…約束するよ。必ずここで、リーンを君達と再会させる」
 王城で。大切な七人の姫を。
 虹色の姉妹達は必ずまた揃わせると宣言するコウェルズに、それでもミモザの表情は曇ったまま晴れなかった。
「…その為にお父様を悪者に?」
 先程ガウェがいた時まで話し合っていた今後の展開にもミモザは納得出来ないのだ。
 既に死んだ前王デルグを悪として、コウェルズが立つ為に。
「やることが山積みだー」
 ミモザの視線から逃れるように茶化して、そういえば、とはぐらかして。
「ラムタルに渡る準備もしておかないとね。ちょうど大会と被るように上手くしないと。ああ、でも少し早めでいいかな」
 王になった暁には。
 それはこの世界の礼儀のひとつ。
「…大会の参加を?」
 さらに眉間に皺を寄せるミモザに、コウェルズは笑うしかなかった。
 こんな時に、とミモザは言いたいのだろう。
 だがこんな時だからこそだ。
 年に一度行われる剣武大会。
 エル・フェアリアで以前開かれたのは三年前で、その当時はガウェが武術で、ニコルが剣術でそれぞれ優勝を勝ち取ってくれた。
 エル・フェアリアは毎年優勝候補として挙げられており、さらには剣武大会そのものに他国を牽制する力があるのだ。
 剣武大会での個人の実力はそのまま国の力となる。
 今はまだ七姫は奪われていないとしているが、実際はエル・フェアリアはファントムに敗北した。
 その沽券を取り戻す為にも、そして開催国のラムタルの顔を潰さない為にも出場は必須なのだ。
 こんな時にと言うのはミモザだけではないだろう。だがこんな時だからこそ、エル・フェアリアは余裕を見せつけねばならないのだ。
「…私はバインド王に似てしまったかな?」
 ふとそんなことを思い口にするのは、バインド王も国の為に汚れを手中にしたからだ。
 潔癖なだけでは国は成り立たない。
 国は人と似ているのだから。
「…どこも似ておりませんわ。バインド様のようにもっと真面目になさってください」
「あはは、言われちゃったね」
 バインドの清廉を信じて疑わないミモザは、ヴァルツによく似ている。
 君達は汚れを知らないままでいればいい。汚れるのは私だけでいいから。
 王となるなら。
 汚れすら手に入れよう。
 コウェルズの微笑みは、決意と同時に物悲しさを浮き上がらせていた。

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「--そいじゃ、ちょちょっと行きますか」
「…本当に何も言わずに出ていいのかな」
 ラムタルから拝借した空を行く絡繰り鳥に乗り込み、パージャは隣の鳥に乗ったエレッテを見た。
 急のことで困惑してはいたが、エレッテは拒絶はしなかった。それどころかウインドから離れられる事実にわずかに安堵している。
「言ってきますなんて伝えたら、それこそウインド暴走するわ」
「……」
 パージャの方はミュズに告げた。前回告げずに騎士となった時に乗り込まれたのだ。次も無いとは言えない。
 ラムタルとエル・フェアリアで離れていようが、ミュズは連れ戻そうとするだろう。
 腹を括って説明すれば、泣きはしなかったが瞳一杯に涙を浮かべられて却下されて。
 折れそうになる思いを叱咤して、懸命にミュズを説得した。
 最後は不貞腐れてはいたが何とか理解してくれて。
 ルクレスティードのせいで抱擁は無理かと思ったが、ミュズは行ってらっしゃいと弱い力で抱きついてくれたから、パージャも包み込むように抱き締めた。
 今生の別れではない。それでも、ミュズを体に刻み込むように。
 エレッテの用意はすぐに済んで、ウインドに見つからないようにコソコソと絡繰りを借りて。
「離れるのも、お二人さんにしたらちょうどよかったんじゃない?だいぶギクシャクしてたろ」
「そんな…私達は別に…」
 ファントムの狙いの本当のところはわからない。だがエレッテと離されればウインドは苛つくのは確実で、ウインドは苛つけば苛ついただけ、力を増すのだ。
 狙いはそれだと思いたいが。
「見ててわかるから。手を出したくても出せないウインド君と、アッチには恐怖しかないエレッテちゃん。ここ数ヶ月は一緒のベッドにいたけど何も無く~」
「……」
「劣情ばっかたまってくウインド君と、申し訳なさでいっぱいいっぱいのエレッテちゃん」
 ウインドにはさぞ天国と地獄だったろう。
 ミュズの悪夢のお陰でエレッテを自室に招き入れる口実が出来て、しかし手は出せないのだ。
 18歳という盛りたい時期に。
 無理矢理手を出さないという点については認めてやってもいいだろう。ウインドはウインドなりにエレッテを真剣に思っているのだ。
「…パージャだって、ミュズと…」
「俺はいいんだよ。ミュズとどうこうなりたいって思ってる訳じゃないから」
 エレッテの方はウインドだけでなくミュズの事も心配してくれる。二人だけでなく、ミュズから離れさせられるパージャの事も。
「嘘…ミュズのこと好きなんでしょ…」
 離れたくないはずだよ、と。
 勿論だ。離れたいわけがない。
 それでも、そうせざるを得ない。
「大切な女の子だよ。世界で一番。でも俺がいると、ミュズは酷い思い出を忘れられないからね」
 パージャにとって、世界で一番可愛くて可哀想な女の子。
「今はミュズもつらいかもしれないけど、そのうち俺が傍にいないことが当たり前になれば…記憶なんて薄れていくさ」
「…それでいいの?」
「仕方ないない。俺じゃミュズを幸せには出来ないんだから」
 絡繰り鳥に有り余る魔力を注ぎ込んで、ふわりと浮かぶ。
「…そんなこと」
 パージャに続きエレッテの鳥も浮かび上がり、わずかに前後になったのでパージャは後ろに顔を向けた。
「ミュズの平穏を奪ったのは俺だよ。俺が“甘えて”さえいなければ…ミュズは幸せのままいられたんだ」
 まだ子供だったパージャはミュズの中に居場所を求めてしまった。
 そのせいで、ミュズは。
「エル・フェアリアに産まれて悲惨すぎる不幸に見舞われるなんて…滅多に無いんだ。俺達は特別なんだよ」
 不幸の特別。
 幸不幸が平等など有り得ない。
 一人一人が違う人間なのに、人生の長さすら異なるのに、全てひっくるめて平等など有り得るものか。
「ファントムが…ロスト・ロードが王族の愚かな争いに巻き込まれてさえいなければ…俺達だって普通に幸せにいられたんだ。まあそうなってたら俺はミュズに、エレッテもウインドには出会えてないだろうけど」
 有り得たかもしない未来は、そちらの方が幸せだったろうに、なんて虚しい。
「…ルクレスティードだって…産まれてなかった…」
「そう…ニコルやアリアも存在しない。王子や七姫すらね。だけどそうあることが一番の幸運だったんだ」
 酷い運命だ。
 たった一日の悲劇が、多くの存在の今を作ってしまったのだから。
「俺の体もじきに時を止める…もう止まってるかもしれない。不老不死なんて冗談じゃない…そうなる前に…早く終わらせるんだ」
 パージャ達の体は特別だ。
 絶対に死ねない。
 それと同時に、一定の年齢を越えたら後は見た目も年を取らなくなる。
 現にガイアは、36歳になるはずなのに28歳のまま時を止めた。
 28歳。
 ファントムがロスト・ロードとして暗殺された悲劇の年齢で。
 そうならない為なら。
 普通に生きて死ぬ為なら。
 ミュズの悪夢を取り払う為なら。
「その為なら…ファントムの野望にも手を貸すさ」

第34話 終
 
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