第33話
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簡易の医務室で治癒を行いながら毎日を過ごしていく。
医師団に管理されつつの治癒はアリアの体調を気遣ったもので、酷い怪我人のいなくなった今ではレイトルのサポートが無くても無理なく一人一人を癒すことができた。
ガウェが見つかったとは先ほど連絡が届き、体に臭気がまとわりついたらしく洗ってから戻ると言われて。
ニコルは先に戻るだろうと言われて、アリアの治癒の集中力も上がる。
兄には休んでほしいと思う反面、長年側にいられなかったせいか、近くにいたかった。
イニスの件は正直ショックしか無い。
ニコルと恋仲であると聞かされた時は寂しくはあったが受け入れたのに、まさか思い込みだったなどと。
しかも、王城にはいられないだろうと。
もう一度仲良くなれたらという思いは甘い期待でしかなかったのだ。
ニコルの胸中を思えば仕方無いのだろうが。
兄はいつ戻ってくるのだろうか。そんなことを思いながら、治癒には集中して。
「--これで大丈夫のはずです!動かして変な感じはありますか?」
足の腱を切ってしまった騎士を癒してから動かしてみてくれと請えば、まだ若い騎士は最初は恐々と、しだいに痛みをわざと探すようにくりくりと足を回して違和感を探す。
「…すごい、普段通りだ。ありがとうございます!」
「よかった!」
喜んでもらえたことが嬉しくて満面の笑みを返せば、若騎士はわずかに頬を染めて、つられるように口元を緩めた。
「…あ、あと怪我人も少しですし、頑張ってください」
「ありがとうございます!」
そして口ごもりながらの励ましの言葉をもらって、さらに笑い返す。
治癒は大詰めを迎えていた。
アリア的には一気にガッと終わらせてしまいたい気でいるのだが、それはコウェルズ直々に止められているのでやむを得ない。
このキリキリの状態で治癒魔術師にまた数日眠られたら万が一に機能しないからと言われてしまったのだ。
確かに治癒魔術の消費はなかなか体力を食う。エル・フェアリアにはアリア一人しか治癒魔術師はいないのだから。
「あの…」
「あ、兄さん!」
騎士が何かアリアに話しかけようとするが、丁度扉が開いて戻ってきたニコルに気をとられてしまい、アリアは彼を視界から外してしまった。
しょぼんと落ち込む若騎士は押しの弱いタイプであるらしく、モーティシア達が苦笑しながら背中を叩いて慰めている。
「…アリア、少し話したい」
「どうしたの?」
ニコルも丁度アリアが手透きである様子に、真剣な眼差しを向けて。
アリアの腕を少し強めに掴んで、治癒を受けていた若騎士をわずかに警戒するような目を向ける。
「…兄さん?」
様子がおかしい事にはすぐに気付けた。
「ガウェ殿でしたら、匂いを落とすのにまだ時間がかかりそうだと連絡が来ましたよ?」
「…その事じゃない…聞きたいことがあるだけだ」
見つかったガウェの事かとモーティシアは先ほど受けた連絡を教えてやるが、ニコルの口は妙に重い。
「ここじゃ駄目なの?」
有無を言わさずアリアを連れて出ようとするから思わず踏ん張って訊ねれば、やるせないような瞳をぶつけられる。
いったいどうしたというのだ。
「私達が出ましょう。…話が終わったら教えて下さい」
気を使ってくれるのはモーティシア達で、ニコルの「悪い」という謝罪を受けて苦笑しながら、治療を受けた騎士と共に部屋を後にした。
残された医務室は異様に静まり返り、アリアはいたたまれなくなってしまう。
とりあえずニコルを引っ張って椅子に座らせて、自分も向かいに座って。
ファントムが現れてから今まで、ニコルはあまりにも様子がおかしかった。
疲れきった様子も、苛立つ様子も、呆ける様子も。
何もかも、まるで数年分の苦痛を圧縮したかのように。
そこに来てイニスの件だ。
その件も、酷くニコルを疲れさせた事だろう。
「どうしたの?またととさん絡みとか?」
一番様子のおかしかった数日前を思い出して、おどけるように彼の名前を出して。
数日前、夜にコウェルズに連れられたニコルは、帰ってくると同時にアリアを抱き締めた。
まるで拠り所を探すように、自分の家族はもうアリアだけだなどと。
そんなことないのに。ととさんが、ニコルの実父がいてくれるのに。
彼を口にすれば、ニコルはテーブルに肘をついて額を押さえて。
「兄さん?」
「…村での事だが、俺以外に話したか?」
「--…」
大切だろう話だ。
だが、訊ねられて視界が消え去る。
実際には目を見開いていた。だが何も見えなくなるような衝撃が体に走ったのだ。
「お前が、村人に、その…」
「…なんで?」
訊ね返す。
村人に?
ニコルが何を聞きたいのか。
そんなこと、知りたくない。
「…なんでそんなこと聞くの?今…」
黙ってしまうニコルに身体を傾けて。震える声は、喉が凍りついたように話すたびに痛みを伴った。
「なんで?」
何度目かの問いかけに、ようやくニコルは顔を上げてくれた。
「…噂が立ってるらしい」
噂?
噂なんて知らない。そんなものが村とどういう関係があるというのだ。
「…何の?」
声が震えるのは村での恐怖を思い出したからだ。
思い出したくないのに。
忘れていたいのに。
ようやく忘れ始めていたのに。
「…婚約破棄の後で、お前が村人に犯されたと」
「されてない!!」
ニコルを見つめながら強く叫んだ。
未遂だった。村長と奥さんが助けてくれたのだ。
しかし未遂だったとしても。
アリアの肢体に伸ばされた無数の男達の腕を思い出す。
髪を掴まれ、服を裂かれ、肌に触れられた。
それははたして、未遂で済む言葉なのか。
「…アリア」
「なんで?…あたし、兄さんにしか…」
アリアの頬に触れようとするニコルの手も恐ろしくて逃れて、自分自身を抱き締める。
「俺も誰にも話してない…」
信じてくれとでも言うような兄の口調。
わかっている。兄はそんな人じゃない。なら何故?
寒いわけでもないのに体が震え始める。
心臓を氷の手の平に掴まれたように不愉快な苦しみに苛まれて、しかし温かいはずのニコルの手も受け入れられない。
俯いて、胸から溢れようとする不安を何とか押さえつけて。
「…それ、だけ?」
「…王城では色欲に走ってると聞いた…馬鹿な噂だ」
でっち上げも甚だしい噂。そちらにはあまり何も思わなかった。
だが、そうだとするならば思い当たる節はいくつかあって。
「…治療中…何回か聞かれた」
アリアが治癒の集中に入る前に。わけのわからない質問を、一部の騎士達から。
「護衛部隊の中で誰が一番優しいかとか…気持ちよく…してくれるかとか…」
息を飲むニコルの様子を感じて、そっと顔を上げる。
「小声で…聞かれた。今まで意味分かんなかった。それも関係あるの?」
理解できなかったから流していられた。按摩か性格の事かくらいにしか思わないようにしていたのだ。
「あたしワケわかんなくて、何も答えなかったけど…それも?」
「…恐らく」
不安に目眩がする。
今までアリアが懸命に治癒を行った者達の中に数名いるのだ。アリアの過去を知っている人物が。
それを噂程度にしか捉えていないのか、それともアリアの村での事件を探ったのかまではわからないが。
だが噂程度だろうが、アリアをそういう目で見る者は確実にいる。
「…なんで?」
涙が滲んで視界が揺らいだ。
ニコルの姿も霞んで消えてしまいそうになって、慌てて目元を擦って。
恐怖と不安に怯えるアリアを気遣うように、ニコルは肩にそっと手をおいてくれた。
家族だと、兄だと告げるように。
アリアの味方であると告げるように。
ニコルは兄だ。アリアにとって一番頼りになる、アリアを思ってくれる人。
ニコルだけはアリアを自分勝手に傷付けたりしない。
だから。
「兄さ…」
兄の胸にすがりながら、立っていられなくて床にしゃがみこんだ。でもニコルがしっかりと受け止めてくれる。
怖い。
扉の向こうが。
でっち上げの噂なんかどうだっていい。だがアリアの過去に触れた噂だけは。
知っている者がいるのだ。
その事実が恐ろしい。
扉の向こう側は獣の巣窟のような気がして、おぞましかった。
ニコルの側にだけいられたらいいのに。
だが、そんなことは不可能なのだ。
しばらくの間ニコルにすがって、気持ちを落ち着けるようにその温もりを体に感じる。
ニコルの濡れた髪から滴る雫がアリアの頬に触れて、その冷たさは心地好かった。
大丈夫だ。噂程度だと自分に言い聞かせて。
そんなものに負けているほど弱いつもりはない。
不安でたまらないが、ふざけんなと自分ごと心を叱咤する。
無理矢理落ち着かせてニコルからそっと離れて。
「…何か変な言動をする奴がいたらすぐに知らせろ。俺が絶対に助けるから」
優しい兄。
優しい人。
ニコルが運命の人ならよかったのに。
兄の気遣いが嬉しくて、きっと情けない顔になっているのだろうが笑いかけて。
「……ううん…噂に一番効果があるのは、知らないふりを通すことなんだよ。だから、気にしないようにするね」
「…出来るわけないだろ」
取りあえずの対応策は、力任せの兄らしく否定された。
きっとニコルの中ではアリアはか弱い女の子なのだ。
なんてくすぐったいのだろう。
だが守られるばかりの弱いアリアなんていない。
王城に来るまで、多くのことを一人でやり遂げてきたのだ。弱いままでは身も心も死んでしまうから。
「やるしかないでしょ。…王城での色欲なんて噂なら、知らんぷりで消えると思うから…」
頼らない訳じゃないよと、そっと大きな手に触れて。
ただ、自分で対処できるものは自分で済ませるだけだ。
どうしようもなくなれば相談する。
苦しくなったら、今みたいに抱き締めてくれたら嬉しい。
それだけあれば、充分だからと。
「…自覚すると…怖いね」
ポツリと呟いた不安はニコルの身体を強張らせてしまう。
しかしそれに気付くよりも早く、アリアはニコルから手を離してしまっていた。
「よっし、大丈夫!モーティシアさん達を呼んで!続きしなきゃ!」
あからさまな空元気でわざと明るく振る舞って。困惑するニコルに笑顔を向けて。
「兄さんも、コウェルズ様に呼ばれてるんでしょ?イニスの事は終わったし、行ってきたらいいよ」
私は大丈夫だから。
だって側にいてくれるでしょ?
離れてたって。
胸の内の全てがニコルに届くとは思わない。それでも懸命に、アリアは笑って見せた。
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言わない方が良かったのだろうか?
噂なんてニコルの中だけに留めて、ニコル一人で何とかした方が。
その方がアリアに負担をかけずにいられたんじゃないのか?
アリアの村での件を知る者は自分以外には魔術師団の一部だけだが、モーティシアを含め治癒魔術師を盲信する一団が口を滑らせるなど思えなくて。
それに、噂にアリアは気付いていなかったのだ。
なのに。
『…自覚すると…怖いね』
辛そうに笑うアリアの顔が頭から離れない。
自覚させてしまったのはニコルだ。
怖がらせてしまった。
守りたいはずなのに、なぜ上手くいかない?
「--おい!ニコル!!」
「--!!」
突如思考の渦から引きずり上げられて、ニコルは目を見開いた。
「まったく…何をボサけておるのだ!」
「短期間で色々あったからね。仕方ないよ」
文句を言うのはヴァルツで、肩を竦めるのはコウェルズだった。
場所は王城の上階の一室だ。室内にはニコルとコウェルズとヴァルツ以外にはおらず、コウェルズの護衛は扉の向こうにいる。
アリアと離れたニコルは、呼び出しに応じるようにコウェルズの元を訪れたのだ。イニスの件がひとまずは落ち着いただろうから。
「…申し訳ございません」
「お前も王族だったのだろう?そのような固い言葉は不必要だろう」
向かい合うソファーに座るヴァルツは、どこまでニコルの事を知っているのか。
「聞き耳立ててるなんて、悪い子だよ」
「子供扱いするなと言っておるだろう!私はもう立派な大人だ!」
ため息をつくコウェルズに、ヴァルツは不満げに噛みついた。
鼻息荒く怒る様子はまだまだ子供だ。
そんな光景を冷めた目で見つめながら、ニコルは隠しきれていない苛立ちをそのままにコウェルズに訊ねた。
「…今日はいったい何を?」
呼び出しの内容は。
イニスの件の間は来なくていいと言われたが、それが済めばまたニコルには楽しくもない対話が始まる。
イニスの件も別の苛立ちを味わわせてくれたが。
「ああ、そうだったね。王座の件だが、私が王位を手に入れることにしたよ。君はいらないと言っているし、私は欲しくなったからね」
「…先ほどリナト団長から伺いました。喜ばしい事です」
ひらひらと手を振りながら、いとも簡単に告げるコウェルズ。まるで大量に残るお菓子のひとつを手に取るような口調だが、コウェルズの性格に驚かない程度には肝が座ってしまった。
「それでね、ヨーシュカなんだけど、君から上手く話せないか?」
そして嫌なことを投げ出すように、コウェルズはソファーから体勢を崩しながらニコルを見上げる。
「…と言いますと?」
「私が何度も“ニコルは王座どころか王家の席も欲しがってはいない”と伝えても、聞く耳を持ってくれなくてね。何としても君に王位を継いでほしいと考えている様子なんだ」
ヨーシュカならばそうだろう。
昨日もニコルの背後に張り付いて王座を、王位をと囁いてきたのだから。あれは何という類いの妖魔なのか。
ニコルが拒否したところでヨーシュカが頷くはずもないのだから、いっそ放っておけばいいだろうに。
だがコウェルズはニコルよりも現状を理解している。
「近々クルーガーとフレイムローズを釈放するんだけど、そうなればヨーシュカはフレイムローズも取り込もうとするだろうし、何よりクルーガーと喧嘩を始めたら、また城の何処かが大破してしまう」
疲れた様子は、23歳の若者には見えない。
そんなコウェルズを尻目にヴァルツは無邪気も甚だしく笑い転げた。
「第二回ニコル争奪戦だな!第一回のクルーガー対リナト戦の時は負傷者も出たとか」
「ああ、ニコルを騎士団と魔術師団が取り合った時だね。でも今回はそれ以上の被害が出かねない。クルーガーとヨーシュカは犬猿の仲だから」
笑ってる場合じゃないよと釘を指しながらも、いっそクルーガーとリナトでタッグを組んでヨーシュカを黙らせてくれないかとまで呟く始末だ。
「ニコルを王にしたい魔術兵団長と、王族には入れたいが王位には反対の騎士団長の戦いか…まさかファントムの正体がニコルの父親であり、この国で最も優美と謳われたかつての王子だとはな。近隣諸国を巻き込む事になりかねん」
「だからまだナイショだよ。君の兄上にもね」
「任せておけ!」
本気で兄のラムタル王に問い詰められたら口を割るだろうに、ヴァルツは自信満々に宣言する。
その緩さは、今のニコルの癪に障るものだった。
「どうだろう?君からヨーシュカに話してくれるか?」
話を戻すように問いかけられて、静かに視線を逸らす。
「…もう巻き込まれたくない、というのが私の正直な思いです」
放っておいてくれ。自分も、アリアもだ。
「私を王族の一人として話されるのもやめてください。私はただの平民です」
父親がどうであれ、ニコルは平民として育ったのだ。幼い子供ならまだしも、今のニコルが王族に馴染めるはずもないだろうに。
それでも、周りはやはりニコルの考えを汲んではくれない。
「遠からず、私は君を王族に招き入れるつもりだが」
「…何故です?」
「君が王家の血を引くからだよ」
そして汲めない理由に、どうしようもない事実を組み込むのだ。
血などどれを取っても同じ赤ではないのか。
苛立ちを隠さず口元を引き結んだニコルに、コウェルズはどうしようもないとでも言うように笑う。
「あまり知られていないのだけどね。エル・フェアリア王家の魔力は他とは異なるんだ。エル・フェアリアの者たちは私達王家の側にいるからその違いには気付きづらいが、他国の者にははっきりと違いがわかるらしい。君が平民でありながら驚くほどの魔力を秘めていたのも、王家の血を引くとなれば説明がつく。この王家の魔力は、治癒魔術師より重要な国の宝だよ」
「…エル・フェアリア創始からこれまで何度も婚姻が行われ、エル・フェアリア王族の血は他の王家にも紛れていると思われますが?」
「不思議な事にね、他国に嫁いでしまうと、そこで産まれた子供はエル・フェアリアの魔力を引き継がずに生まれてくるんだ。だけどエル・フェアリアで生まれたエル・フェアリア王家の赤子なら、魔力は引き継がれる」
理解しろというには突拍子もない説明にニコルは首をかしげることしか出来ない。
「エル・フェアリア王家の魔力は、存在するだけで国を守る要となる。ミモザがラムタルに嫁がずこっちで結婚する理由もそれだから。だから、君にもここにいてもらわないとね」
それはアリアやフレイムローズのように、王家すら次代の為の物扱いになるということか。
アリアの夫を探すように、ニコルの妻も探される可能性は告げられた。
その可能性をいよいよ現実のものにする為に。
「…それは騎士のままでは出来ない事でしょうか?」
「出来ないことはないけど…エルザの事もあるし」
「ここでエルザ様を出さないで下さい!」
誰もニコルの考えを汲んでくれない中で、唯一ニコルの意思を尊重してくれた優しいエルザ。
そのエルザすらコウェルズには駒になるのか。
「エルザは私の大切な妹だ。エルザが治癒魔術を会得して王位継承権を返上したとしても、エル・フェアリアの王族であることに変わりはない。その大切な妹をただの平民にくれてやるほど、私は優しくはないよ?」
ニコルとエルザの曖昧な関係を知った上で、あれほど周りを焚き付けた口で。
ここでニコルがエルザを「いらない」と言ったところで、何としても子種だけは手に入れるだろうに。
「以前と言っていることがまるで違うではないか。以前は“構わない”と言っておったのに」
「使えるものは何だって使わないとね」
呆れてため息をつくヴァルツにも、コウェルズは爽やかな笑みで返した。
「…それが大切な妹でも、ですか?」
「大切な妹の未来もかかっているんだ。勿論使わないとね」
さらりと肯定するコウェルズの考えがニコルにはわからない。
なぜそこまでニコルを王家に入れたがる。
騎士のままいられるなら、そこから動く必要がどこにある。
「…ならこうしようか?君がエル・フェアリア王家の血を引くと認めるなら、アリアに話が出ている“夫候補”の話を切り捨ててあげるよ。晴れてアリアは自由になれる。恋愛するもしないも、アリアの自由だ」
「卑怯です!!」
ここでさらにアリアを出すなど。
手前勝手にアリアの将来を決めようとしておきながら、さらに自由を与える為の手札にするなどおかしいだろう。
そもそもアリアは自由なのだ。
だが、ニコルがどれほどアリアの自由を謳おうが、結局誰も耳を貸してはくれない。
「そう、卑怯だね。ごめんね。でも卑怯な真似をしてでも、我々は君に流れる血を、魔力を守りたいんだ」
ニコルの中に流れるエル・フェアリア王家の血の為に、アリアを。
「これからやるべき事は山積みだね。リーンの件、ファントムの件、君の件。どれもこれも解決の目処が立たないんだ。だが君の件は今すぐにでも解決できる」
唇を噛むニコルを再び見上げながら、コウェルズは一向に進まないそれぞれの件にため息をついた。
「今すぐに公にするわけじゃない。事が事だから段階を踏まないと、ね?」
「それよりまずは新たな王の発表をせねばなるまい」
「あー、それもあったね…問題が山積みだよ」
ニコルの件を発表する前に、コウェルズの即位を。ヴァルツからの助言に、忘れていたらしいコウェルズはわざとらしく頭を抱えた。
「兄上が、父を討った者同士仲良くしたいと言っておったぞ!」
「そんな仲よし嫌だよ…」
エル・フェアリア王デルグを討ったコウェルズ。
同じく父を討ち王になったラムタル王バインドがこの場にいたなら、ニコルにどう話しかけてくれただろうか。
王として国を納める存在だ、やはりニコルを個人とは認めてくれないか。
「…どうしてそこまで頑なになるんだい?肩書きが平民から王族に変わるだけだよ?」
いとも簡単に告げるコウェルズは、なら自分がその逆の立場に立たされたなら素直に受け入れられるのか。
エル・フェアリアを背負う者として育てられておきながら、実は平民だったから王城から消え失せろと言われたら。
仕方無いと素直に、心から受け入れられるというのか。
そこにコウェルズ個人の感情は無いなど有り得ないだろう。
ニコルが今一番欲しいものはアリアの完全な身の安全で、だがニコルが王家に入ればアリアとは家族ではいられないと口にしたのはどこの誰だ。
それとも、
「アリアをおかしな噂から守ることも出来るよ」
「コウェルズ様!?」
ニコルが離れる事が、アリアの安全に繋がるとでも言うのか。
「…お互い、可愛い妹を幸せにできる一番の近道だよ」
諭すように、言いくるめるように。
コウェルズはニコルが自分から目を逸らすことも、睨み付けることも許さなかった。
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