第30話


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 ラムタル首都上空高くに浮かぶ空中庭園内で最も若いのは、闇色の紫の髪を持つ12歳のルクレスティードだ。
 ガイアによく似た癖のある髪は両目を隠すほど前髪が伸ばされているが、特別な目を持つ為に視界の邪魔にはならない。
 いつもなら眠っている時間帯だというのに、父母と部屋が離れているのをいいことに静かに部屋を抜け出る。
 問題はパージャだ。こんな時間に起きていることがバレたら叱られてしまう。
 気配を殺して息をひそめて、忍び足でパージャの部屋の前を抜ける。
 そのまま一気に走って、船体の外に出て。
「わ…」
 突風にさらされて、身体が傾いだ。
 何とか体勢を整えてから柵の前にぺたりと座り込み、柵の隙間から頭だけ少し出して。
 両手でしっかりと柵を掴んで、真下に広がる夜のラムタル首都を眺める。
 場所はラムタル王城の真上だ。
 ルクレスティードは魔力を瞳に集めて、特殊な力を発動させた。
 ふわりと自然の風とは違う魔力の流れがルクレスティードの髪を巻き上げ、隠れていた目元が一瞬見える。
 闇色の紫の瞳。
 その瞳がわずかに光り、ルクレスティードに見たいものを見せる。
 ラムタル王城内の、リーンが眠る部屋を。
 千里眼。
 魔眼ほどの力は無いが特殊な力を持って産まれたルクレスティードが、父から学んだ修行の成果を試す。
 結果はすぐに知れた。
 視界が揺らぎ、実際に目に映す光景とは別に王城内が朧気にルクレスティードの脳内に現れる。
 ベッドに横たわるのはミイラのように細い女の子で、それがリーンだとすぐに気付いた。

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 眠るリーンの髪を手櫛で梳くバインドが、そのままリーンの髪に口付けをする。
 バインドとリーンでは年が離れすぎている気がしたが、それでもラムタル王は愛しげにリーンを眺めて側を離れなかった。
 そのバインドの隣で、治癒魔術を操る青年がリーンに癒しの輝きを与えながら口を開く。
「臓器や脳には何の障害も見当たりませんが、筋肉量は皆無です。目が覚めても当分は動けないでしょう」
 冷静には聞こえるが、どこか言い辛そうに知らせる青年を見ずに、バインドは再びリーンの髪を梳いた。
「動けるようになるには相当な根気が必要です。五年間も苦痛を受け続けたリーン様に乗り越えられるとは」
「アダム」
 なおもリーンの現状を知らせる青年、アダムのその後の言葉をバインドは止める。
 その先を決めるのはアダムではない。
「愚弄は許さん。このような悲運に襲われるより以前から、リーンはあらゆる苦痛を受け止めてきたのだ」
 受け止め、抱きしめてきた。
 リーンは幼かった。だが大国ラムタルの王妃に相応しい強さを持ってあらゆる苦痛を耐え抜いたのだから。
「…申し訳ございません」
 出過ぎた真似をしたと謝罪するアダムの隣に、彼とよく似た見目の娘が現れる。
 イヴ。アダムと共にバインドを護衛する、治癒魔術を操る娘。
 アダムの双子の妹である彼女は、手にしていた丸薬に水を含ませると、そっとリーンの口内に置いた。
「それに、これからは私が傍にいる…」
 その処置を眺めながら、バインドはリーンの骨と皮ばかりになった手を取り、甲に唇を重ねて。
「もう離さぬ…」
 長く待ち続けたのだ。リーンが戻る時を。
 リーン以外は娶らないと決めた大国の若き王は、リーンが生きていることを、長く胸に秘め続けていたのだから。

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「--…」
 そこで千里眼の集中力が欠けてしまい、ルクレスティードの脳内に浮かんでいた光景が消え去ってしまった。
 もう一度、と何度も試してみるが上手く行かない。
 最近はこれでも長く保つようになったが、上手く千里眼を操れないのはもどかしかった。
 唇を尖らせながらため息をつき、闇に被われたラムタルを一望する。
 そろそろ肌寒くなったと感じたところで、ルクレスティードは柵から出していた顔を中に戻して立ち上がった。
 まだ眠くはなかったが、ベッドには入っておかないと明日起きられなくなってしまう。
 船内に戻って、パージャの部屋の前を回避する為に遠回りをする。
 千里眼を使った後で上手く気配を殺せる自信がなかったからだ。
 これでもしパージャにバレたら小賢しいなどと言われて叱られるから、忍び足は忘れない。
「!!」
 遠回りをして父母の部屋を行き過ぎようとしたところで、ファントムが上半身裸の姿で部屋から出てきて遭遇してしまった。
 しかし逃げずにパタパタと駆け寄るのは、父なら怒らないからだ。母のガイアと出くわしていたら、こんな夜遅くにと諭すように叱られていただろう。
 ファントムに駆け寄って、大きな手のひらを握る。
「ここで何をしている?」
 ルクレスティードの小さな手のひらを握り返してくれながら、ファントムは通路を歩いていく。
 湯浴みに向かうのだろうか。ならきっと途中にあるルクレスティードの部屋まで送ってくれるはずだ。
「リーン姫を見てた」
 千里眼を使って覗いた姫の名を告げれば、薄闇の中でファントムは喉の奥で笑った。
「そうか。どうだった?」
「まだ起きない。…リーン姫って本当に15歳なの?ぼくより小さいよ?」
「彼女は10歳の時から成長に必要な栄養を取っていないからだろう」
 ルクレスティードがリーンを覗いた理由。それは、自分より歳上のはずのリーン姫が、自分より小さな女の子だったからだ。
 ようやく解明出来た謎に「じゃあ10歳のままなんだ」と呟いて。
 父はルクレスティードの歩幅に歩みを合わせてはくれない。
 パタパタと駆け足を続けながら、ルクレスティードはなおもファントムを見上げ続けた。
「ぼくも沢山栄養を取ったら大きくなれる?」
 ファントムのように。
 ルクレスティードはガイアに似ているが、ガイアも女性にしては背は高い。それでも男の子だから、憧れるのは強そうな体格だ。
 父のような。そして、
「ああ。…お前の兄も大きかっただろう」
「うん!」
 兄のような。
 エル・フェアリア襲撃の際に、遠目からだが初めて兄を実際に見た。
 格好良い姿は母でなく父に似たことを示していて、とても羨ましかった。
「じゃあ好き嫌いしないようにする!」
 父のように、兄のようになる為に。沢山栄養をとって、沢山強くなればきっと。
「立派な心構えだな。ガイアも喜ぶぞ」
 母が喜ぶという言葉に、ルクレスティードはたまらず満面の笑みを浮かべた。

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「--昼食だよ」
 レイトルとセクトルが治癒魔術師の拠点にしている医務室に全員分の昼食を持って戻ってみれば、出迎えてくれたのはアリアとモーティシア達三人で、やはりと言えばいいのかニコルの姿は見当たらなかった。
「ニコルはまだ帰ってないんだね」
 セクトルは一応探すようにキョロキョロと辺りを窺い、レイトルはさっさとアリア達に訊ねて。
 ニコルの分も持ってきているので、ガウェの眠る別室にもいないなら一人分余る事になる。
「一度戻ったけど、当分はコウェルズ様と行動するかもとか言って、またどこかに行ったぜ」
 トリッシュがガウェの分の食事を受け取ってくれて、知らせた後にそのままガウェの元に向かう。その後ろ姿を眺めてから、レイトルは穏やかな笑みをアリアに向けた。
「そうか。じゃあニコルの分はアリアが食べるといいよ」
「な、なんであたしが…皆さんで分けましょうよ」
 レイトルの提案に、ひと息つくようにミルクの入ったコップを手にしていたアリアが困惑しながら首を振る。
「君が一番働いてるんだから栄養を取らないとね」
 魔力の消費を考えればアリアに進めるのは当然なのだが、アリアはなぜか恥ずかしそうに頬を赤らめると唇を尖らせてわざとらしく顔を逸らした。
 アクセルが整理してくれたテーブルに食事を置けば、年少のアリアとアクセルで全員分を分けるように各席前に揃えていく。ニコルの分はとりあえずテーブル中央だ。
 戻ってきたトリッシュも席について、ニコルを抜いた六人で食卓と化したテーブルを囲んだ。
「この後の治癒ってどうなってるんだい?」
 アリアの隣を確保したレイトルは当分は基本行動をアリアと共にするので訊ねれば、小さなサラダの器を手にしながらアリアはようやく視線を向けてくれた。
「絶対に動かないでほしい人達はもういないそうなんで、これからは一人ずつこの部屋に来てもらうみたいです。医師団の皆さんが患者さんの優先順位も決めてくれたとか」
 レイトルはアリアのサポートに回ってはいるが、詳しい話を医師団としているのはアリアとモーティシア達魔術師だけだ。
 セクトルも興味深そうに視線を向けてくるが、会話に加わるより食事を選んでいた。
 レイトルとは逆位置のアリアの隣では、モーティシアがため息をひとつついて。
「怪我人全員、後は骨折や破損した部位を治すだけですからね」
 ひと山越えたといった様子のため息だったが、疲労の色が濃いのは護衛部隊長として最も頭を使ってくれているからだろう。
 レイトルとセクトルが肉弾戦でアリアをセクハラから守っているとするなら、モーティシアは精神戦を請け負ってくれているのだから。
 影の功労者としてニコルの分はモーティシアに献上するべきだろうかと思ったが、どうやらセクトルがメインの肉を狙っている。今日は黄都特産の鹿肉だったか。肉全般はセクトルの一番の好物だ。
「たまに“痛いから先に見てくれ”という輩もいますが、医師団のひと睨みで黙りますし」
「…そんな弱音吐く馬鹿…王族付きにはいないだろうね」
 思わず声に険が宿るのは、生ぬるい根性を見せる騎士に腹が立ったからだ。
 現在の治療待ちは全員騎士団員のはずだ。
「弱音を吐くのは決まって王城騎士の、戦ったわけでもなく逃げ回って瓦礫にやられた程度の坊っちゃんばかりですよ」
 これもまたため息まじりにモーティシアは語り、さらに「でも」と付け足した。
「王族付きは王族付きで王城騎士より厄介です」
 さくりと細身の短剣を刺すように軽く呟くモーティシアに、アクセルとトリッシュも乗っかって。
「そうそう。動くなって言ってるのに“痛くないから大丈夫”とか言って騎士の任務に戻ろうとするから、神経が悪化した人や再出血した人もいるよ。痛くない方がやばいのに」
「王族付きは血の気が多くて疲れる…ガウェ殿を見習ってほしいぜ」
 愚痴るような言い種に、レイトルとセクトルは静かに固まった。
「ファントムとの戦闘に加わった大半の王城騎士の皆さんが一番良い患者さんですね。きちんとこちらの言うことを素直に聞いてくれますから。甘ったれ騎士や我が儘な王族付きのせいで後に回されるのが申し訳ないですよ」
 モーティシアの“我が儘な王族付き”というフレーズだけ言葉が強くなったのは聞き間違いでは無いだろう。
 かつてクレアに仕えた王族付きであるレイトルとセクトルにわざわざ教えてやるように。
「…あなた方も厄介な患者になりそうですね」
 八つ当たりなのだろうか。だがモーティシアだけでなくアクセルやトリッシュ、さらにアリアの少し冷たい視線までもがレイトルとセクトルに刺さる。
「そんなことはないよ医師団やアリアの言うことを聞くさ」
「当たり前だろ俺達を信じろよ仲間だろ」
「…目を合わせて言ってください」
 セクトルと二人で目を逸らして自分達は違うよと訴えるが、アリア達は聞き入れてはくれなかった。
 王族付きがアリア達の言うことを聞かなかった前例はさらにある為に尚更だろう。
 コレー姫が魔力の暴発を起こして多くの怪我人が出た時も、動くなと告げたアリアの言うことを王族付き達は聞き入れなかったのだから。
「…兄さんも言うこと聞かないだろうなー」
「…これだから王族付きは…」
 王族付きの悪い癖をこんなところで愚痴られても、元王族付きの肩書きが後ろめたさで揺れるばかりなのだが。
「ま、まあいいじゃないか。元気な証拠だよ!」
 何とか話題を切り替えたい。そう頭を巡らせたところで、レイトルより先にセクトルが話題を提供してくれた。
「それよりアリア、昨日の話なんだが」
「はい?」
「ニコルの事で気になったんだ。侍女と何かあったのか?」
 今までの会話の流れからニコルの昼食分を自主的に諦めたセクトルが、気持ち程度だけ身を乗り出す。
 それは昨日レイトルとセクトルがニコルのエルザに対する恋心を茶化した件だった。
 誰がどう見ても互いに思いあっているニコルとエルザ。だがアリアは、ニコルのエルザに対する恋心を疑問視した。
 そして侍女の名前を。
 詳しく訊ねるより先にコウェルズが訪れてニコルを連れて行った為に、その話しはそこでお開きになっていたが。
「…あ、イニスの事ですか?あたしも少し不思議に思ってたんです」
 アリアも疑問を抱いていたらしい。
 ただしこちらは、レイトル達とは別の角度からの疑問だった。
 全員の手が止まりアリアに集中する中で、アリアは気付かずに口を開く。
「あたし、イニスから兄さんと…恋仲になったって聞いてたんで」
「--はあ!?」
 否定するような声を上げたのはレイトルとセクトル同時だった。
 話についてこれずにモーティシア達は黙っているが、アリアも二人の様子に驚いてしまって。
「…いやいや、ニコルに限ってそんな…」
「だよな」
 ニコルが侍女と恋仲などと。
 否定するレイトルの肩を持つセクトルに、アリアがさらに首を傾げた。
 アリアはまだ日が浅いから、ニコルとエルザの仲を知らないのだ。
「…もしかして、あの噂、本当なのか?」
 話に加わるのはトリッシュだ。
「噂って?」
「ニコルとエルザ様が恋仲だって」
「ぇえーっ!?」
 アリアの絶叫じみた驚きの声は、室内を抜け出しフロア中に響いた事だろう。
 平民と姫の恋愛など、知らなければ驚くしかないのは当然だが。
「恋仲かはわからないけど…王族付きの間ではエルザ様の片想いは有名だったよ。エルザ様、気持ち丸わかりの態度とられるから」
 口を魚のようにパクパクと開閉しながら、アリアは驚いたまま戻ってこない。
「俺達は前にフレイムローズからエルザ様の思いが半分だけ実ったと聞いてるんだ」
「…そのイニスという侍女は…いつから?」
 どういう事だと詳しく聞き出そうとするレイトルとセクトルの口調にニコルを疑う素振りなどは無いが、アリアはやや警戒したように身を引いてしまう。
「え、あの…慰霊祭の後らしいです…」
 慰霊祭の後ということは、コレーの件やらファントムの襲撃やらで騒然となっている時期ではないか。
「まだ最近だね…」
「最近はイニスとあんまり話せてないんですけど、イニス…毎晩兄さんが会いに来てくれるって言ってて…あたし邪魔しちゃ悪いからあんまり兄さんが護衛しなくてもいいのにって思ってて…」
 アリアの説明で、ようやく合点がいったかのように、モーティシア達が肩の力を抜く。
 レイトルとセクトルも同時に気付き、アリアだけが事情を把握できずにいた。
 室内全体に流れる脱力感についていけないアリアが説明を欲しそうに困惑しながら皆を見渡していく。
「…いや、無理でしょう…アリアが王城に訪れてから、ニコルがアリアの側を離れた数は片手で足りる程度ですよ?」
「夜だって、ニコルはずっと自室か君の部屋の扉の前ににいたよ?アリアと部屋が隣だから、何かあったらすぐに駆けつけられるように。私達もたまにいたし」
 モーティシアとアクセルの言葉に、アリアは目を丸くする。
「ガウェ殿がいる時はガウェ殿も夜の護衛にニコルと付いてたしな」
 続くようにトリッシュも加わり、アリアは次々に語られる事実に不満げに眉を寄せた。
「…あたし、知りません…そんな話…」
「護衛は1日中が基本だよ」
 夜も護衛がついていたなど、どうして言ってくれないのかと言いたげな口調に、レイトルは当たり前の事だったから言う必要もなかったと教えて。
 アリアは皆が朝早くからいるなぁ程度に考えていたのだろうが、姫達の護衛も夜だから途切れるなど有り得ない。
 ニコルだけに夜を任せていた訳でなく、レイトルやセクトルがガウェのベッドを借りる時もあったのだから。
 アリアは自分の護衛の件に頭を持っていかれた様子だったが、護衛達は事の危うさを懸念した。
「侍女の思い込みか?」
「…少し気を付けていた方がよさそうだね」
 思い込みだけで済むならいいのだが。
 一気に重くなってしまった空気は、当分は消えそうにないほど室内を包み込んでしまった。

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 心臓が凄いスピードで脈打っていた。
 とても緊張する。
 震えて、どうにかなってしまいそう。
--でも、私が言わないと。
 イニスの本来の持ち場は兵舎外周にある。だが今日は、今だけは勇気を振り絞って、王城上階に上がってエルザの居場所を探していた。
 自分からこんなに行動した事はなかったが、事態は急を要するのだ。
 ファントムの襲撃が起きた日、イニスは木陰でニコルを見かけた。
 一人で、何かに苦しむように眉間に皺を寄せて壁を叩いたニコル。
 声をかけたかったのに、突如現れたエルザに邪魔をされて。
 事もあろうに、イニスの見ている前で二人は。
 抱き合ったのではない。そんなはずない。エルザがニコルの優しさにつけこんだのだ。
 ニコルはエルザの護衛付きだったのだから、今は違うとしても、エルザに逆らえる訳がない。
 それをいいことに。
--可哀想なニコル様。
 だって彼が愛を語るのはこの世でたった一人だけなのだから。
 城内でエルザを探し続けてようやく見つけた瞬間に、イニスは駆け出した。
「--エルザ様!少しお話があるのですが!」
 慌てながら話しかければ、こちらに目をやるエルザに気後れしそうになった。
 なんて綺麗なお姫様。
「…あら、私に?」
 エルザは首をかしげながら、本来ここにいてはいけないイニスに優しく微笑みかけてくれる。
 綺麗な声。可愛い仕草。
 でも、負けるな。
 ニコルが選んだのは、この美しいお姫様ではないのだから。
「…外周侍女か?」
「持ち場に戻りなさい。何をしているんだ」
 エルザの後ろに立つ二人の護衛が呆れたように注意してくるが、エルザは朗らかに笑ってイニスがここにいる事を許してくれる。
「私は構いませんよ。ここで宜しいかしら?」
 ほら、やっぱり。
 エルザの態度に確信した。
 こんなに綺麗なエルザでも、私を苛める侍女達と何ら変わらない。
 男の前では可憐な自分を演じるのだ。
 心の奥ではニコルは自分のものだと嘲笑いながら。
 なんて汚いの。
 でも、負けられない。
 ニコルの為にも。
「…はい。あの----」
 声が震える。怖くてたまらない。
 でもここで負けてしまったら、ニコルが危ないんだ。
 勇気を出さないと。

 拳を強く握り締めて“彼女の事実”を訴えるイニスを前に、エルザの表情はみるみる青ざめて生気を無くしていった。

第30話 終
 
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