第30話


-----

「ロード…ぁ」
 上擦る声を室内に小さく響かせながら、ガイアはピクリと体を跳ねさせた。
 闇色の藍の髪と瞳を持った、見事な肉体の女。ファントムが唯一真の名で呼ぶことを許した愛しい妻。
 繋がった下半身はあまり動かさずに、豊かに揺れ震える乳房の先端を舐め転がす。
 さらりとガイアの身体に落ちるファントムの闇色の髪が、闇夜に広がる血溜まりのようにガイアの白い肌を彩った。
「ん…」
 我慢するように唇を閉じるから、指先で撫でて開かせて。
 ねだるように腰を少しくねらせるので乳房から顔を離して瞳を見つめてやれば、彼女は恥ずかしそうに頬を染めた。
 潤む瞳がファントムに先を求める。
「欲しいのか?」
 ほてる頬を撫でて訊ねれば、ファントムの手に自分の手を重ねて、ガイアは肯定するように何度も頷いた。
 どれほど焦らしたか。もう限界なのだろう。
 甘い吐息の漏れる唇を塞いで口内を味わい、繋がった膣内の奥をさらに圧迫するようにゆっくりと突き上げる。
「---んんっ!!」
 強い刺激に驚いたのか、目を見開いたガイアが数滴涙をこぼした。
 膣壁が収縮と拡張を繰り返し、快楽の全てを飲み込もうと蠢いていた。
「ああぁっ」
 軽く達したのか、離した唇から浅い呼吸と共に喘ぎ声が響く。
 快楽の海に溺れ沈まないようにファントムの体に両腕を回して、その先にさらに待ち受ける至福を求めて身をよじらせる。
「ロー、ド…」
 幼子のように甘えるガイアに、遠慮の欠片も見せずにファントムは自身の全てを押し入れた。
「あああぁぁああっ!!」
 呪われた肉体の影響か、長い年月抱いているというのによく慣らしてやらなければファントムの全ては膣内には収まらない。それを全て収まらせたのだから、どれほど焦らし、どれほど我慢させたか。
 ガイアも待ちわびた快感に全身を痙攣させて最高の絶頂を迎える。
 何度も深く打ちつけて、終わりの訪れないかのような快楽に溺れさせて。
「-----っ!!!」
 とうとう言葉を無くすガイアが、意識すら手離した。
 その香りたつような乱れた姿に、ファントムは優雅に微笑み、
「…起きなさい」
「--ぁ…」
 くたりと動かなくなったガイアの額にわずかな魔力を注いで起こしてやる。
「--…?」
 無理矢理起こされて呆けるガイアの片足を、ファントムは繋がった状態のまま自分の肩にかけた。
 さらに深くを味わおうとするファントムに、わずかに怯えるような瞳は向けられる。
 深い絶頂を味わったばかりだ。これ以上の快楽を味わってしまったら気が狂ってしまう。そう告げるように怯え揺れる瞳を眺めながら、ファントムは肩にかけたガイアの滑らかな足に舌を這わせた。
「--ぁ…だめ…」
「私はまだ達していないぞ?」
 これ以上は怖いと逃れようとするガイアを押さえつけて、自分が達する為に動きを再開する。
 ガイアを快楽責めにさせるつもりのない、自分の為の律動。だがそれも、長く焦らされてようやく絶頂を味わったばかりのガイアには、気がふれるほどの激しい情欲になる。
「とても気分が良い…さあ、愛しい声を聞かせてくれ」
「ああああぁっ!!」
 獣のように我を忘れて激しく喘ぐガイアが壊れるほどに、何度も何度も深く容赦なく責め続けて。
 ようやくファントムがガイアの最奥に熱い精を放った時、ガイアの秘部はガイア自身の愛液でびしゃびしゃに濡れて淫靡なぬめりでシーツをひどく汚してしまっていた。
 とろけるような膣内をしばらく堪能してから、ずるりと引き抜く。
 とたんにビクンと最後の痙攣を見せて、ようやく終わりを迎えたまぐわいにガイアは意識を保ったまま瞳を閉じた。
 ファントムもベッドの上をわずかに移動して、座る体勢を維持しながら背中を枕越しに柵に預けて。
 わずかな身動きもままならないガイアの頭を撫でてやりながら、心地好い気だるさに身を委ねた。
 予定よりも早かったリーンの略奪。しかし良い結果も待っていた。
「…デルグが死んだ」
「--…」
 ガイアが眠ってはいないことは気配で気付いている。
 意識は朦朧としているが、身体が興奮しきっているのだろう。
 眠れないのならファントムの喜びを分けてやろうと、頭を撫でながら、藍の髪をいじりくすぐりながら。
 デルグ。肩書きばかりのエル・フェアリア王。
 ファントムがまだロスト・ロードであった時から、愚図で使い道の無かった弟だ。
 息子に殺された時はさぞ怯えた事だろう。
 ロスト・ロードに怯え、ファントムに怯え、頭角を現した息子に怯え。
 怯え続けるだけの一生を終えた弟。
 ファントムがファントムにさえならなければ、平穏な人生が待っていただろうに。
「…エル・フェアリアの事なら手に取るようにわかる」
 ファントムの魔力で動かしている飛行船・空中庭園は、今はラムタル首都の上空にある。それでも遠く離れたエル・フェアリアの情報が今まで以上につぶさに届くのは。
「…ニコルに何かを?」
 口を開いたガイアが、否定してくれとでも言いたげな瞳を向けた。
「…ニコルとアリアに少し、な」
 しかし否定はしてやらず、さらに追い討ちをかけるようにアリアの名前も出せば、ガイアはファントムに責めるような眼差しを向ける。
「安心しろ。体には無害な術だ」
 せめて申し訳程度の不安を取り除いてやる為に、術に副作用など無いことを教えてやる。
「ニコルの正体が分かり、三団長が分裂した。これでニコルは晴れて中心人物の仲間入りだ。情報は全て私に届く…待ちわびた時だ」
 ようやく。
 愉快な気分を押さえられずに笑みを浮かべるファントムに、ガイアは身体に鞭を打って上半身を起こした。
「…その為にニコルを使ったの?」
 ガイアの切実な声に、無意識のように笑みを絶やす。
「ニコルが苦しむと知って?」
「それくらいしか役に立たんだろう。その程度、苦しみの内にも入らん」
 もう黙れと親指でガイアの唇に触れて塞ぐが、ガイアは両手でファントムの腕を掴んで唇から離した。
「…あなたの子供よ…」
「わかっているさ」
「私の子供でもあるのよ!!」
 ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、ガイアは手放す以外に選択肢の存在しなかった最初の息子を思い叫んだ。
 ファントムとガイアの最初の息子。
 ガイアがニコルを身籠ったのは、彼女が初潮を迎えたばかりの頃だった。
「苦しめないで…」
 先ほどまで色に溺れた女の顔をして快楽を貪っていたというのに、子供が絡むだけで母の顔に戻って。
「私が本来いるべき場所に戻れたならば、その苦しみとやらも霧散する。お前も私の妻としてエル・フェアリアで最上の女になる」
「いらないわ…そんなもの」
 ファントムが与えてやろうという最上の地位を、考えることすらせず拒絶する。
 そんなものよりも母として我が子を思う姿が、たまらなく癪に障った。
「もうあの子を苦しめないで!アリアも…姉さんの大切な子なの…」
「ニコルは実験として産ませただけの存在だ。お前もわかっているだろう」
「--っ…」
 現実を思い出させるように告げれば、なんて傷付いた顔を見せるのだ。
「アリアは…どこにいこうが地獄だろう。全てと縁を切り、どこか遠い土地に一人逃れなければ…平穏には生きられない星の下に生まれた娘だ」
 あまりの言い様に、ガイアは掴んでいたファントムの手を離して項垂れる。
「メディウムとはそういうものだ」
 エル・フェアリアにかつて存在した治癒魔術師の一族、メディウム。
 その多くが、すでに悲劇の生涯を終わらせている。
 まだ残るのはアリアとガイアと、あと一人だけ。
「…アリアを守るために、声をかけたのではなかったの?」
 震える声で問われて思い出すのは、アリアが辺境の村から王都に辿り着く間に接触した日の事だ。
--私と共に来るか?
 先のわからない恐怖に怯えるアリアに告げた言葉。アリアが王城内でも酷い目に合うと予見しての。
 端から聞けば、アリアを思っての言葉に聞こえただろう。
 アリアが酷い目に会わないように、父として心配したように聞こえるはずだ。だが真実はそこには無い。
「ニコルの近くにいさせる決意を固くさせたかっただけだ」
 ニコルが王城で堪えてきた事実を知って、それでも一人逃げるような娘ではない。それを見越して。
 アリアは、今後もニコルを使う為に必要な存在なのだから。
「…私を酷い男だと切り捨てられるか?」
 項垂れるガイアの顎をつまんで上向かせる。
 味わい深い身体を持った美しい妻。
 ファントムの言葉に悔しそうに視線を逸らすが、その身体は激しいまぐわいに疲れきってうまく動かない様子だった。
「…無理だろうな。お前はすでに、私のものだ」
 嘲るように笑いながら引き寄せて唇を塞ぎ、わずかにでも不愉快な思いをさせた罰を与えるように、ファントムは再びその身体を求めた。

-----
 
4/5ページ
スキ