第115話

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「ーー窶れましたね」
 モーティシアにそう告げてきた彼女は、モーティシアよりも目の下に暗い隈を作っていた。
「…あなたほどではありませんよ」
 嫌味ではないがそう聞こえるような返答をしてしまって少し慌てるが、ビアンカは疲れた様子のまま笑って。
 王位継承式だけでなく今日から連日始まる夜会の準備にも追われる侍女長ビアンカだが、疲労が色濃いのは過酷な労働だけが原因ではないはずだ。
 気の抜けない業務、気の休まらないプライベート。
 ビアンカがジャックと恋仲に戻ったというニュースは既に王城中に流れており、モーティシアはその裏に隠された真実も知っていた。
 コレー姫付きであるスカイとアギーラ国の第三王女を引き合わせる為に、スカイのかつての恋人であるビアンカはスカイの眼前から強制離脱させられたのだ。
 それだけのことだと思うにはビアンカの顔色が病人かと思うほど悪すぎるが、モーティシアにはどうすることも出来ない。
 問題を抱えているのは自分達だけではないことは当然だろうが、その問題のひとつひとつが重すぎはしないか。
「…それでは、ジュエルは今のところ精神面にも問題はないのですね」
「はい。恐らくは知らされていないのでしょう」
 問題は他方に散らばる。
 今はそのうちのひとつを話し合っていたところで、ジュエルを心配するビアンカはさらに顔色を悪くするように眉間に皺を寄せた。
 知らされていない、とモーティシアが口にしたことに反応したのだろう。
 モーティシアも数分前にビアンカから聞かされたことだ。
 わざわざ早朝に呼び出してきたビアンカは開口一番にジュエルは無事かと訊ねてきて、首を傾げるモーティシアに事情を教えてくれた。
 ガブリエルが亡くなった、と。
 アリア達を苦しめてニコルに深い傷を負わされたガブリエル。
 ジュエルの姉で、ミシェルの妹。
 亡くなったのは昨日未明で、理由はわからない。
 わからないと言えばいいのか、傷が原因だと思うのが自然なのか。
 昨日はコウェルズが天空塔に訪れてメディウム家の女性達にまつわる魅了の力について教えられたことで混乱が生じてジュエル達にまで気が回せなかったところだが、自主訓練を行っていた候補達からはこれといった問題はなかったと報告を受けている。
 それはつまり、ミシェルがガブリエルの死を伏せたことを暗に告げていた。
 ガブリエルが亡くなったことがわかればジュエルだけでなく、上位貴族として交流のあったルードヴィッヒもさすがに動揺するはずだが、そんな様子もなかったから。
「ミシェル殿が伏せるなら、何か考えがあるのでしょう。私からジュエル嬢に伝えることもしませんよ。侍女長も、どうか自分を責めないでください」
 ビアンカがどんな経緯でガブリエルの死を知ったのかはわからないが、ガブリエルは侍女として王城に戻ってきて事件を起こしたのだからその流れから知ることになったのだろう。
 それは知る権利か、それとも義務か。
 高官達がビアンカに伝えたのだとしたら、遠回しに責めるために話したということだ。
 侍女長として不手際があったから、ガブリエルまで死んだのだと。
 そうでないことを切に願うのは、ビアンカの顔色が追い詰められている様子を見せるから。
「…ありがとうございます。あと、別件にはなりますが、ロアの様子も暫くは注視していただけませんか?」
 心配しているのはジュエルだけではないとビアンカが名前を出すのは、治癒魔術師候補の一人だった。
 大人しめでまだあまり印象深くはないが、健気に努力する様は好感が持てる。それに三人の中ではジュエルの次に魔力の質が良かった。量はケルトの方が多いが。
「彼女がどうかしたのですか?」
「ロアがどうというわけではないのですが、彼女の兄がどうやら最近、与えられた任務に付きっきりで家どころか兵舎外周の私室にもあまり戻らないそうで…」
「……ああ、ゼア殿ですか」
 誰かと少し考え、魔術師団の仲間だと思い出す。
 魔術師団の中で一番見目が良いと言われていた男だが、配属先が被ったことがないのであまりよくは知らない。
「ロアからは“心配だ”と何度か相談を受けていたので、治癒魔術の訓練に支障が出る可能性もあります。あの子は思い詰めすぎるとミスが増えますから」
 長く見守ってきたビアンカからの報告に小さく頷く。
「わかりました。暫くは様子を見て、ミスが始まるようでしたらゼア殿の状況も見るようにしてみます」
 ロアの兄に何の任務を与えられているのかは知らないが、こちらの訓練に支障が出るのは困る。
 こんな時にトリッシュがいてくれたら、それとなくゼアの近況を探ってくれただろう。
 もういない頼れる仲間のことを思い出してしまい、ビアンカには気付かれない程度に息をついた。
「侍女長も…今日からの夜会の準備、頑張ってください。アリアの参加行程などは何も心配なさらず」
「ありがとうございます。モーティシア様が取り仕切られるなら、治癒魔術師様については何の心配もしていませんよ」
 せめて小さな課題は取り払うと伝えれば、ビアンカも微笑みながら返してくれた。
 今日から連日続く夜会にはアリアは治癒魔術師として、そしてニコルも王族として参加することになる。
 アリアは晩餐会に一度だけ参加した程度で本格的な夜会が初めてとなるので、モーティシア達から離れることはないだろう。
 ニコルも恐らく最低限しか参加しないはずなので、深く気にすることにはならないはずだ。
 ビアンカ達の負担はないだろう。
 そう思いたいというのが真実だが。
 初日である今日は不参加だが、明日はアリアが夜会に参加する予定だ。
 昨日の一件が尾を引く可能性は高いが、そうなるならば早々に離脱するのも手だろう。
 ニコルの参加日程はコウェルズ次第だ。
「また何かあればすぐに相談させていただきますね」
「…お互い、何もないことを祈りましょう」
 ビアンカの別れの言葉に力無い返事を返して、互いに現実を見たくないと告げるように空笑いを浮かべて。
 離れていくビアンカの背中を見守れば、どこからか様子を窺っていたのか、うら若い侍女達がすぐに走り寄っていた。
 その中には高官の娘までおり、どの侍女達も悲壮な表情を浮かべている。
 緊急事態でも起きたのかと、モーティシアは邪魔にならない為にすぐにその場を離れた。
 侍女達、とくに王族に直接仕える者達は夜会の準備だけでなく他国からの賓客の対応もしなければならず、今現在最も忙しいのは確かだろう。
 少しのミスも許されないのだから尚更に。
 山積みの問題と任務を抱えながら、せめて互いの邪魔にならないように配慮する。
 モーティシアは今からどう動くことが最も効率が良いかを考えながら、新たな問題に繋がる可能性も高いガブリエルの死などは頭の片隅に押しやることに決めた。

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