第113話


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「ーーっ!!」
 その男が目を覚ました時、周りにいた彼の仲間達が一斉に近付いて囲い込み、無表情のまま様子を窺った。
 怒りを露わにするように悍ましい形相をすぐに浮かべながら激しく身体を起こして。
「っっクソオオオオオオォォォ!!!!!」
 激しく叫んだナイナーダに、囲い込むうちの誰かが面白そうに鼻を鳴らして笑った。
「誰だ!?」
「…いえいえ、申し訳ありません」
 誰が笑ったのか。ナイナーダが叫んだ途端に全員が嘲るような嫌な笑みを同時に浮かべたことで皆が同罪となる。
「…………ここはどこだ?本城ではないのか」
 怒りを抑えて訊ねたのは、見慣れた部屋ではなかったからだ。
 魔術兵団にのみ許された、本城地下に王族すら知らない場所がある。だが今ナイナーダがいるのはそこではなかった。
 王にのみ仕える彼らは、王に近い場所に本拠地を構えていた。
 なぜその場所ではないのか。
「あなたがミモザ様を襲おうとなどするからですよ」
 聞こえてきたため息混じりの説明は、蔑みの色が強かった。
「我々が作り出した不治の剣の傷を受けてあれほどの傷を負ったのに、回復せずにミモザ様を襲い、さらに身体に傷を負うなど…」
 責めるような言葉遣いに、自分の身に何が起きたかをはっきりと思い出す。
 闇市の女を餌に幹部の男を操り、パージャともう一人の娘を捕らえようとして失敗した。
 ファントムに奪われたリーン姫の代わりにパージャを彼の流れに浸すことが目的だったのに。
 ファントム。
 かつて仕えた、ロスト・ロード。
 目障りな男にまた邪魔をされたのか。
 しかも自らの手を汚さず、不治の剣の傷を受けたパージャを操ってナイナーダを負傷させた。
 どこまでも目障りな男だ。
 あの男さえいなければ、彼女はナイナーダのものになるはずだったのに。
 その願いに手が届くはずだったのに。
「クソ!クソォォォ!!カトレア様は私のものだ!!あの方の魂を持って産まれたミモザ様も私のものだぁ!!」
 激しく叫んで、手に触れるもの全てに当たり散らして誰彼かまわず投げつけて。
「…ナイナーダ…本当にミモザ様の魂がカトレア王妃のものだと考えているのですか?」
「王妃などと呼ぶな!!あの方は私のものになるのだ!!そう“約束”されたのだ!!」
 仲間の疑問にさらにはらわたが煮えくり返るほどの怒りが増す。
「……私はミモザ様の魂がカトレア様のものだとは到底思えませんがね」
「私もですよ」
「お前達にわかるものか!!」
 ミモザの前世を訝しむ仲間達にまた叫び、怒りで頭がどうにかなりそうだった。
 傲慢であり、聡明でもあったカトレア。
 まだナイナーダがロスト・ロードの護衛騎士として生きていた頃から、美しすぎる微笑みの虜になっていた。
 ナイナーダの産まれたガイスト家は医術に精通し、中位貴族とはいえ国からの信頼も厚かった。虹の七都の娘を貰うことにも何の枷もないはずだったのだ。
 なのに、ナイナーダが先に目を付けた女だというのに、ロスト・ロードも彼女に目を付けた。
 そのせいで息子に劣等感を持つ当時の王がカトレアに無体を働き、無理やり王妃の地位に捕らえた。
 ロスト・ロードさえカトレアに手を出そうとしていなければ、カトレアはナイナーダと幸せになれたのに。
 何度もナイナーダに微笑んでくれた彼女を覚えている。
 あれは絶対にナイナーダを愛していた顔だ。
 他の者に向ける笑顔とは異なり、ナイナーダには一番嬉しそうに笑いかけてくれていたのだから。
 ナイナーダから話しかけても、他の虹の七都の女達とは異なり足を止めて聞いてくれていたのだから。
 彼女とは両思いだったのに。
 ロスト・ロードの横恋慕によって彼女は。
「…ここはどこだ」
 改めて王城内でないこの場所がどこなのか訊ねれば、仲間の一人が王城の敷地内ではあると答えてくれた。
 はっきりと言わないということは、隔離棟辺りか。
「誰が私をここに?」
「ヨーシュカ団長からの命令です。あなたはミモザ様を襲おうとしましたからね」
 非は全てナイナーダにあると責めるような声だった。
「あなたが身体を休めている間に、コウェルズ様は大会から戻って来られましたよ。既にひと月近くが経っています。その間に城内で殺人も」
「そんな話はどうでもいい!!ミモザ様は!?」
 ナイナーダに約束された女。
 ナイナーダが魔術兵団に取り込まれる時に約束された、カトレアの魂を持つ女。
 ミモザ姫は今どうなっているのか。
「…城内のことなら、わかりませんよ」
「……なんだと?」
 冷めた声をぶつけてくる仲間へと、ナイナーダは目を向ける。
「ミモザ様を襲うなどと馬鹿なことをあなたがしたせいで、我々魔術兵団は一部を除き城内への立ち入りを禁止されたのです」
 城内のことがわからないのはナイナーダの責任だと。
「誰が立ち入りを許されている」
「ヨーシュカ団長と、リステイルを含めた数名だけです」
 告げられる名前に、握り締めた拳にさらに力を込めた。
「わかっているとは思いますが、あなたはミモザ様には近付けませんよ。それほどのことをしたのですからね」
「ふざけるな!!ミモザ様は私に約束された女だ!!」
 怒りを爆発させるように叫んでも、仲間達は鼻でせせら笑うだけだった。
「カトレア様の魂だとは…どう見ても思えないのですがね」
「お前達に何がわかる!!ミモザ様の眼差しはカトレア様そのものだ!!」
 慈愛にも満ち溢れた、凛と強い眼差し。
 仲間達が否定しようともナイナーダにはわかる。
「…リステイルはどこだ」
「彼女がこちら側になるとでも?有り得ない」
「煩い!!なら早くあれの産んだ子供を見つけ出せ!!そうすれば我々の言う事を聞くだろう!!」
 リステイル・ミシュタト。絶対に忘れないとクルーガーに約束されておきながら呆気なく存在を忘れ去られた馬鹿な女。
 魔術兵団入りすると同時に身体の時を止められ、クルーガーとの赤子を長く腹に抱えていた。
 その腹から赤子を産み落としていたことを知ったのはこの数年だ。
 赤子をどこにやったのか。
 リステイルを見ていれば、死産したわけでないことは確かだ。
 必ずどこかで育てられている。
 リステイルの弱点になる存在。
「早く探し出せ!!そしてリステイルを完全に屈服させろ!!」
 ナイナーダに約束された願いを阻む存在を消す為に。
 仲間達はナイナーダの叫びに呆れながら部屋から出ていく。
 いずれもナイナーダと同じで願いを約束された存在でありながら。
「……アリアはどうなっている?」
 最後の一人が部屋を出ていく前に問えば、最初にナイナーダを鼻で笑った仲間は肩をすかしてみせて。
「居住が天空塔に移りましたよ。残念ながら、それ以降のことは我々には掴めませんがね。あなたの責任で」
 不要な言葉を付け足して、仲間は面倒そうに去ってしまう。
 「っ…クソォ!!」
 上手くいかない全てが腹立たしい。
 自分の作り出した不治の剣でパージャに滅多刺しにされたとはいえ、傷の回復にここまで時間がかかるとは。
 この苛立ちは必ず解消させなければならない。
 ミモザを手に入れて、カトレアの記憶を呼び戻す。
 全てはアリアが目覚めることにかかっていて、そしてその時はどうやらまだ遠い。

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