第112話
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「ーービデンス殿!!」
王城正門前に到着して馬車から降りるとすぐに、まだ若そうな若者が呼びかけながら走り寄ってくる。
早急に王城に来てほしいと頼まれて日の最も高い時間に訪れたが、出迎えたのは何とも華美な少年だった。
恐らく成人したての、華やかな少女のような容姿。
面白いことに黒銀細工のような繊細な装飾で自身を彩っており、魔具訓練だろうと思えたがなかなか目立っていた。
ルードヴィッヒ・ラシェルスコット。
紫都ラシェルスコット領の三男で、若干16歳にして武術大会の四強入りを果たした実力者。
そしてビデンスの住んでいた邸宅をナイナーダに襲われた時に、意識を失ったビデンスが間違えて襲いかかってしまった若者。
髪は長かったと聞いたが、ビデンスのせいで短くなってしまった。
出迎えは一人のようで、まだ城内ではなかったので周りの市民から目を向けられて。
他にも貴族の馬車はあったが、ビデンスの乗ってきたものは黄都領主がわざわざ用意した特別性で、それだけでも鑑賞の価値があると何名かの市民は食い入るように見つめていた。
御者にはこの場でしばらく休んでから戻るよう伝えて、彼もビデンスの言いたい所を理解したように微笑んで。
ルードヴィッヒに案内されて中に入れば、視界の隅で誰かが逃げた。
久しぶりの王城敷地内。久しぶりとはいえ、面倒を見てやった若造達の顔ならまだ覚えている。
今逃げたものの名前を思い出しつつ頭の中で書き出していれば、また遠くの方で誰かが逃げた。
「……ほう」
挨拶にも訪れず逃げるとは。
にやりと笑ってしまい、ルードヴィッヒが少しだけ首を傾げた。
「どうされたのですか?」
「…懐かしいと思ってな。ワシのいた頃からあまり変わっておらん」
「そうなのですね」
ルードヴィッヒもキョロキョロと辺りを伺い、自分が今見ている景色が昔からあることを少し嬉しそうにしている。
そして。
「改めまして、ご無沙汰しております!ルードヴィッヒ・ラシェルスコット・サード、現在は治癒魔術師候補の護衛部隊と第四警備部隊を兼任しております!治癒魔術師アリア様の護衛部隊長モーティシア殿からの命によりお迎えに上がりました!」
正門棟を抜けたところで、耳の鼓膜が潰れるほどの大声で挨拶をされた。
「…わかった。……もう少し声を落とすといい。騎士たるもの優雅さも忘れてはいかん。今のままでは地方兵のようだぞ」
体力が有り余っているのか腹から声を出す元気な若者への比較的穏やかな注意は、ルードヴィッヒの頬を一気に真っ赤に染めさせてしまった。
「す、すみません……護衛訓練の上官から、声を出すよう言われていたので…」
「ほう。誰が上官なんだ?」
「トリック・ブラックドラッグ殿とスカイ・ラッガーダ殿です。ご存知ですか?」
懐かしい名前に思わず口元が綻んだ。
「二人とも知っている。声を出せということは、スカイの方だな」
その頃はまだトリックは魔術師団にいたが、スカイなら覚えている。
未熟な若造だったが、負けん気も声量も人一倍あった。
隣り合って進みながら、視界の隅でまた誰かが逃げたのを確認しておく。
ルードヴィッヒは自分がわかる範囲で城内の現状を教えてくれて、その内容にはビデンスも何度か頭を抱えそうになった。
アリアの現状もそうだが、ニコルの正体には特に。
かつてビデンスは、護るべきロスト・ロードを守りきれなかった。
死体は存在せず、それでも死んだとされた英雄。
護るべき王子であり憧れの人物であった彼の息子だったなんて。
しかも、彼がファントムの正体だとは。
ならば母親は本当にマリラなのか。
疑問が生じたが、今はそのことを訊ねるのはやめておいた。
ルードヴィッヒはどこまで話せばよいのか考えながらも多くを話して聞かせてくれて、ビデンスはその全てを疑うことなく聞き続けた。
短期間に事件は集中しすぎていて、疑う時間すらないと言った方がいいかもしれない。
「ーービデンス隊長?」
後ろから呼びかけられて、ルードヴィッヒと共に足を止めて振り返る。
そこにいた人物に、目元が穏やかに緩んだ。
「久しぶりだな、アナトラ」
「お久しぶりですね…」
近付いてくるのはかつてビデンスの部下だった騎士だ。今はそれなりに歳を重ねて良い顔をしているが、ビデンスの知る頃は気が強く言い返してくることも多々あった。その都度言葉でぶちのめしてきたが。
「アナトラ隊長!私もいます!」
「見ればわかる。なぜ二人で?」
ルードヴィッヒもアナトラを慕う様子を見せて、彼が今は隊長にまで格上げされていることを内心喜んでしまった。
「治癒魔術師の今後について助言の為に呼ばれただけだ。お前こそ今は隊長なのか」
「はい。…お恥ずかしながら、第四部隊を。そこにいるルードヴィッヒも今はまだ一応私の部下でもあります」
第四部隊。正式には第四警備部隊。
王城の外殻の警備を担当する部隊で、ロスト・ロード亡き後ビデンスは退団する直前まで第四部隊の隊長を勤めた。
アナトラはビデンスの下にいたが、まさか後を守ってくれているとは。
「そうか。後で構わないから、コトヴィア、メーヴェ、カナレイカの三人に挨拶に来るよう言っておいてくれ」
「構いませんが…なぜその三人を?」
「ワシを見て逃げたからだ」
フン、と鼻を鳴らしながらコソコソと逃げた三人の名前を伝える。
「…今は全員隊長職を任されているのですがね」
呆れた声を出すアナトラが、突然振り返った。
「ーー逃げるな!バレている!!」
助言するような大声の後に、コソコソとまた一人の壮年の騎士が現れた。
「………………ご無沙汰しております、ビデンス隊長」
「もう隊長ではない。…久しぶりだな、アルバトロス」
気まずそうな騎士に、ルードヴィッヒが目を丸くしながら見つめていた。
「まったく…護衛対象を護りながら逃げることを教えたつもりだが、こんな形で応用に使われるとはな」
「いえ、ははは……あの……申し訳ございません…」
逃げようとしたことに素直に謝罪を口にして、二言三言対話をしてから離れていく。
彼も隊長にまで昇格しているとは嬉しいものだ。指導してきた者達がコソコソと逃げる姿は情けないが。
「隊長は誰よりも厳しかったからでしょう。…今こそその厳しさが必要だと痛感しますが」
当時と比べて舐めた騎士が増えたとため息を吐くアナトラは、丁度呼びに来た部下に連れ出されてしまった。
その部下はルードヴィッヒを見かけて嫉妬するような眼差しを向けていたが、向上心に繋がる強い表情には好感が持てた。
アナトラは中位貴族の中でも下の出自だがルードヴィッヒはしっかりと頭を下げて見送る。上位貴族とは思えないほどの雑草根性だ。
ナイナーダに家を破壊された時は落ち込んで頼りなさそうに見えたし今現在も見た目を派手に飾って遊び人か踊り子のようだが、眼差しは騎士団の未来をしっかり担えるだろうと確信が持てた。
それからまた現状を聞きながら王城へと向かう。
城内の深部ではエレッテが匿われていると聞いた。
パージャの妹だと思っていた娘。
悲しい過去を持つ、何に対しても怯えていた子。
彼女は無事なのか聞こうと思って、静かに口を閉じた。
ルードヴィッヒに聞くのは酷だろうから。
「今日は夕方頃にもう一人、地方領主の女性が天空塔まで来るそうなんです。コウェルズ様もその頃に天空塔に上がるから、それまでは談笑を楽しむよう言われています」
ルードヴィッヒは今日の今後についての流れを教えてくれて、地方領主の女性という言葉に一人だけ目星がつく。
滅多に王都に訪れないと噂の女性だろう。
大戦後も戦火の残るカリューシャ地方を押し付けられた、不遇の女性。
嫁いですぐに夫が亡くなり、彼女に全てがのしかかった。
当時の状況というものもあるが、他の地方からの援助もなかったと聞く。
守ってくれる者のいない中で国土を守り続ける戦姫。
王城内で戦姫などと言い始めたのは誰だったか。
「…なぜ地方領主が天空塔に?」
「ニコル殿が地方兵だった頃の知り合いだそうです。お世話になったとか。それ以上は私も…」
何の違和感もなさそうに教えてくれるルードヴィッヒは、それがどれだけ奇妙なことか理解出来ていない。
当時のニコルは今よりさらに若かった。そんな使い捨てにも近い若い地方兵程度が会えるような人物ではない。
さらには王となるコウェルズまで訪れるなど。
虹の七家ならまだしも、彼女は戸籍上だけ上位貴族の末席に入れられた程度。人によっては認めてもいないだろう。
どれほど奇妙な状況か、わかっていないのはルードヴィッヒだけか、他にもいるのか。
「…先ずはニコルとアリアに会おう」
声の険しくなった様子は察することができたらしく、ルードヴィッヒが気を引き締め直すのを肌で感じることができた。
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