第2話


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 ニコル達が向かった兵舎外周棟は集まっていた訓練場から一番離れた場所に建つ第四棟で、王城の正面から見て左の奥に位置する。
 王族付きの中でも若い方であると自覚しているので無意識にそこを選んだのだが、よく考えればレイトルとセクトルの方が階級が下なので譲った方がよかったかもしれない。
 しかし今更だとすぐに思考を変えた。
 一番遠い場所を選んだせいか、共に歩いているのはガウェの他に第一姫ミモザの王族付きである二人と、なぜか付いてきた若騎士二人だけだ。
 若騎士は落ち着かない様子でニコル達や周りをキョロキョロと見回しているが、先輩騎士は足取りも優雅に涼しげな表情だ。
 ミモザ姫付きの騎士は第一姫の王族付きとしての誇りを重視し規則規律にうるさいことで有名だが、もうひとつ厄介な事がある。
 その厄介事とは何もミモザ姫付きに限ったことではないのだが、今いる先輩騎士の一人がニコルには個人的に厄介だった。
「……ベルメリオ殿…先に我々が出発しても構わないですか?」
 前を歩く先輩騎士二人の右側の騎士を避けるように、ニコルは左に回ってからなるべく穏やかに話しかけた。
「構わんが…理由を聞いても?」
 ニコルの頼みにベルメリオの表情はどこまでも涼しげだが、明らかに不満げな顔だ。その顔を見て、やはり先手を打って正解だったと笑顔を返す。
「理由といいますか…あなた方が先だと、絶対に玄関から動かずに五分後我々と戦うつもりでしょう?」
 ベルメリオは以前の魔具訓練でガウェに負けている。そしてもう一人の先輩騎士も、同じくニコルに敗北を味わった。
 それだけならまだいいが、ニコルに負けた先輩騎士は別のどうしようもない理由でニコルをやっかんでいるのだ。
「それはいけないことか?」
「いえ、そんなことは」
 再戦のチャンスをこの二人が逃がすはずがない。だから先輩騎士はニコル達と同じ兵舎を選んだ。
 思う存分戦えるというなら、ニコルだって何度でも手合わせしたい。だが。
「強い相手を後に残しておきたいだけ…性分なんです。好きなものを後回しにするのが」
 できるなら、後に。
 雑魚をとっとと片付けてからゆっくりと再戦を味わいたかった。
 個人訓練の相手はいつも決まってガウェやレイトル達で、王族付き同士の対戦訓練は時間が合わずすぐに終了してしまうことも多い。
 だからゆっくりと思う存分味わえる必須訓練を大切にしたかった。
「…ミモザ様がお前を王族付きに欲しがっているから気にしていたのだが…なかなかの戦闘狂のようだな。ミモザ様には合わん」
 鼻を鳴らすように笑われて、笑顔を返す。本心は別にあるくせに、と。
「ご安心を。エルザ様から離れるつもりは毛頭ありませんので」
 表面上はどこまでも穏やかに。
 その姿を数歩離れた後ろで眺めていたガウェに、もう一人の先輩騎士が話しかけてきた。
「あいつは戦闘訓練だと人が変わって本当に面白いな…お前もあれくらいやる気があればいいんだが」
 この先輩騎士がニコルを個人的にやっかんでいるのは有名だ。
 それを知っているので、ガウェは小さく笑った。
「…まさか我々に勝つおつもりで?…有り得ないでしょう」
 それはおよそ後輩が先輩に対する態度ではなかったが、ガウェは堂々とこの先輩騎士を切り捨てる。
「…そうか。ニコルだけには二度と負けたくないんだが。参ったな…」
「…存じ上げておりますよ?ニコ“ラ”殿」
 ガウェの挑発に、先輩騎士ニコラは鼻を鳴らして冷たく微笑んだ。
 ニコルとニコラ、よく似た名前のせいでどれだけニコラが苦汁を舐めたことか。彼の守護対象であるミモザ姫がニコルを評価している為に余計に。

 並んだ四人の王族付きの周りに冷たい風が吹き始めた事態に気付き、若騎士二人は体を震わせる。
「これが…王族付き…」
 彼らの目には目標にするべき憧れの対象として移るが、実際の王族付きはただ短気なだけだった。

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 レイトルとセクトルが選んだ兵舎は、集まっていた訓練場から二番目に離れている魔術師団の生活する中間第三棟だった。
 兵舎の第四棟に行こうとしたが先にニコル達に選ばれてしまい、それならと中間第三棟を選んだのだが、一緒に付いてきた若騎士が緊張しているのがわかったので話しかけて緊張をほぐそうとした矢先にオヤジに捕まった。
「--だからよ!絶対にあいつらが最初に棟に入るはずなんだって!!だから俺らに先譲れ!!」
「何言ってるんですか。そんな私情で譲れるはずないでしょ。私達だって先に入りたいんですよ」
「なにぃ~!?先輩を立てる気が無いようだな?」
「立ててますよ。スカイ殿などでなくトリック殿をね」
 がなるオヤジ騎士からセクトルは上手く逃げたが、レイトルは逃げられなかった。
 第六姫コレーの王族付きであるオヤジ騎士、スカイは調節もへったくれもない大声で一番先に棟に入るのは自分達であると主張してくるが、このオヤジ騎士の良いようにするのが何故かしゃくに障るので後輩でありながら却下する。
 オヤジといってもレイトルとは10歳ほど離れているだけのまだ30代前半のはずだが、態度がオヤジくさいので必然的にオヤジ扱いになってしまうのだ。
「これは嬉しい申し出だ」
「はぁ?何だよトリック、まさかやる気無いってんじゃないよな?」
 レイトルの適当な言葉に合わせてくれるのは、そのオヤジ騎士より数歳年上の落ち着いた騎士だ。
 騎士にしては体の細い彼はエル・フェアリアでは珍しく魔術師から騎士になった特別な変わり種だった。
「すまないね。後の方が私的に嬉しいんだ」
「はぁ!?」
 煩いだけのスカイに対してまるで子供を優しく諭すような言い方をしているが、トリックはまだ独身のはずだ。
「ほんと、可愛い後輩ですね。ちゃんと先輩を立ててくれるなんて」
「いえいえ。いつも良くしてくださるトリック殿の為ならお安いご用ですよ」
 せっかく上手いこと話しに合わせてくれているので、わざわざ手離す理由も無い。表面上は先輩思いの後輩を演じながら、レイトルは出来ればこのまま自分達が一番最初に出発出来ることを願った。
「お前ら二人揃って!!セクトル!お前はどうなんだ?後の方がいいよな!?」
「…どっちでもいいっす」
「先輩を立てろ!!」
 自分のパートナーも味方してくれないと気付いたスカイは誰か一人でも賛同者を探そうとしてすぐ近くにいたセクトルに目をつけるが、セクトルがオヤジ騎士の味方につくなど世界崩壊の幕開け以外の何物でもない。
「スカイ殿はニコルとガウェを剣術で倒したいだけでしょ?今回は魔具での訓練なんですから、とっても可愛い後輩達に道を譲ってくださいよ」
「はぁ?ふざけんなよどこもかわいくねーわ」
 さすがに少し可哀想になってきたのでフォローがてら頼んでみるが、拗ねられただけだった。
「っつうかお前、魔力量少ないんだから後の方がいいだろ」
「たかが五分程度なら後も先も変わりません」
「何でそこまで先にこだわるんだよ…」
 折れ始めたのか、スカイが不貞腐れながら一応レイトルの言い分を聞く体勢に入ってくれる。
「決まっているでしょ?先にフレイムローズを倒しておきたいんです。魔力戦なら彼が一番厄介だから」
「殴り倒すの間違いだろ」
「うるさい」
 一応説明をすれば、横槍を入れてくるのはいつもセクトルだ。
 訓練前にフレイムローズを追いかけ回した時はニコルにいつもの冗談として止められたが、一割程度は本気だった。
「あー…あいつかぁ…まあ確かに厄介だよな…」
 魔具訓練になれば魔力の量や質が物を言うので、魔眼を持つフレイムローズはいつも優秀な成績を納めてくる。しかも手加減した上でだ。
「--あの!魔眼の倒し方知ってるんですか!?」
「うお!?」
「…急にどうした?」
 話題がフレイムローズに変わったところで、今まで静かに付いて来ていた若騎士が突然大きな声を上げる。驚いたのはスカイで、トリックはまるで孫に向けるように優しく訊ねた。
「すみません…でも、教えてください!魔眼の倒し方!!」
 最初に口を開いた若騎士に釣られるように、もう一人もレイトルに向かって懇願する。この若騎士は以前レイトルに手合わせを願ってきた者で、たしかマウロという名前だった。
「…教えても何も…フレイムローズの後ろに回り込んで殴り倒すだけだから、ちゃんとした魔眼攻略とは言えないよ?」
「え…」
 レイトルの簡単な説明に、二人が目に見えて消沈する。
「…魔眼攻略なら、ニコルが一回成功してたぜ」
「まじかよアイツ!どうやったんだ!?」
 セクトルが言葉を続ければ、なぜかスカイが釣れた。思わず釣ってしまったセクトルにはいい迷惑だ。
「さあ…あいつ説明下手なんで詳しくは…それにフレイムローズも学習したんで成功は一回きりでしたよ」
「なんだよそれ!」
 魔眼攻略は王族付きの間でよく話題に上がる話のひとつで、いままでにもいくつかの案が出されてフレイムローズ相手に多くの攻略方を試してきたが、上手くいった試しはほとんど無い。仮に上手く攻略出来たとしても、フレイムローズも馬鹿ではないので二度目からは攻略を阻止されてしまう。
 結局今の時点での魔眼攻略はフレイムローズを殴り倒すくらいしかないのだ。原始的にもほどがある。
「あのっ…」
 だが諦めるかと思っていた若騎士達の反応は、いい意味で予想と違っていた。
「その、私達に一番目を譲ってもらえませんか!?」

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「…そろそろ王族付き達が兵舎に到着する頃ですね」
 騎士達が去り広くなった訓練場を眺めながら、副団長のオーマが時間を見計らって伝えてくる。
「ふむ。…始めるか」
 空を見上げれば、雲ひとつ無い青い世界が広がっている。クルーガーはその青さを身に染み込ませるように深呼吸を行い。
「--」
 己の魔具を出現させた。
 黒い霧が現れて、それが瞬時に弓と矢に変わる。
 そしてそれを、空にめがけて放った。

--開始だ--

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「…ま、新鮮だよな。こういう訓練も」
 開始の合図を見て最初に兵舎内に入ったニコルは、返答など期待せずにガウェに話しかけた。
 魔具での必須訓練といえば、いつもは一対一の試合形式だ。
 試合に勝った者が同じく勝者と戦うことが出来る。負けた者はそこまでだ。後は勝者同士の戦いを眺めるだけ。
 騎士がただの王城騎士で終わるか、王族付きになれるのか
 試合に負けて諦める者は、そこで終わりだ。
 馬鹿な貴族のプライドが強い者にかぎって、そこで終わって後は妬みにまわる。
 ここでは実力こそ全てだ。
 実力があれば平民でも王族付きになれる。
 兵舎内は本来は野郎達の生活スペースなので今日の必須訓練に当たっていない者達がいるはずなのだが、あらかじめ通達でも回っていたのか一階に姿は見えない。
 しばらく進んだ方向はレイトルとセクトルが選んだであろう中間第三棟だが、都合よくそちらからも騎士が会いに来てくれた様子だった。
「早いな、走ってきたのか…」
 だが駆けてくる足音が軽い。
「…誰だ?」
 小柄なセクトルでも、もう少し重い足音のはずだ。いやそれ以前にセクトルが走ってくるとも思えない。
 二人同時に動きを止めれば、姿を見せたのは若騎士達だった。
「……?」
「なぜ君達が先に?」
 思いもよらない相手に、珍しくガウェが表情を崩している。
 ニコルも首をかしげるしかなかった。まだ始まったばかりなのでどこかの王族付きの組と会えるとしか思っていなかったのだから。
「す、すみません!、えと、じぶ…私はヒルベルトと申します!」
「マウロと申します!最初の出発を先輩方に譲っていただきました!」
 元気の良い挨拶だが、声が大きすぎて兵舎内中に響く勢いだ。
「ニコル殿は魔眼を一度倒したんですよね!?私達が勝ったら、倒し方を教えてください!!」
 言うが早いか、二人が慌てたように魔具を出現させようとする。しかし緊張のしすぎで上手くいかず、放出された魔力の霧は形を留めようとはするが上手くいかずに崩れていった。
「っく…」
「なんでっ…」
 焦りと苛立ちが伝わってくるようだった。こんな状況で勝とうとは。
「…落ち着け。一度発動を止めるんだ」
 一生懸命なのは認めるが、空回りしていては意味がない。
 呆れながら指示すれば、ニコルの声色から悟ったらしく二人の頬が赤くなった。
 だが大人しく従い、魔力を止める。
 そして俯いたまま深呼吸をして、ようやく魔具を発動させることが出来た。
 マウロもヒルベルトも基本的な長剣で、まだ魔具に慣れていないことがわかる単純な代物だった。
「…フレイムローズの倒し方を知りたいんだよな?」
「はい!」
 訊ねれば、二人分の返事が重なる。
「…お前動くなよ」
 隣でガウェが動こうとしたので止めた。
 マウロとヒルベルトは困惑した様子だが、先にニコルに願い出たのは二人だ。
「好きだぜ。上昇志向のある奴は」
 つまらなさそうに後ろに下がったガウェとは逆に、ニコルは二人に向かって進む。そのたった一歩を歩かぬうちに魔具も出現させた。
 あまりの早さに驚いたのかヒルベルトの魔具が解けて消えたので、仕方なく今以上に近付くのはやめて再発動を待つ。
「…二人で来い。約束する。勝てたら教えてやるよ」
 僻むばかりの騎士との手合わせはつまらない。だが成長したがる騎士との戦いは、相手がどれほど弱かろうが、その眼差しが心地良いのだ。
 朗らかに笑うニコルの姿に、若騎士はゾクリと背筋を凍らせた。

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 フレイムローズが選んだ兵舎は訓練場からもっとも近い第一棟だった。
 理由は近いからというだけで、先輩騎士への配慮などは欠片も頭に存在しない。
 それでも他の王族付き達に許されるのは魔眼持ちだからというわけでも貴族第二位の家の出自だからというわけでもなく、単純にフレイムローズだからである。
 フレイムローズだから許される。フレイムローズなら仕方ない。それは王城騎士には敬遠されはするが、王族付きの先輩騎士には弟扱いで甘やかされているが故だった。
 10歳という最速の早さで騎士となり、11歳にして王族付きに選ばれたのだ。
 今でこそ19歳になっているが、先輩騎士達にはフレイムローズはまだまだ小さい頃の無邪気な姿で映っており、セクトルほどではないにしろ騎士団内では小柄な体型がさらに幼さを強調させていた。
 「もー…俺だけ一人って絶対に酷いよ!どうせ王族付き以外は俺のこと避けるだろうし…俺だって欲しくて持った魔眼じゃないのに…」
 そして魔具訓練ではラスボス扱いの為、労せずに一番最初に兵舎内に入る権利も手に入れた。
 だが一人は寂しい。
 周りは馴染み同士楽しそうなのに、だ。
 訳あって王子に付いて島国イリュエノッドに向かわない道を選んだのはフレイムローズだが、拗ねるところは存分に拗ねる。
「そうだ、俺から逃げる奴には片っ端から魔眼使って…」
 そして、一度試してみたかった実験を行う決意を一人でかため、静かにほくそ笑んだ。

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「--はい終わり」
 結果はあっという間だった。
「ぅう…」
「こんなすぐに…」
 二人の若騎士が悔しそうに床に座り込むのを見やりながら、ニコルは手にしていた魔具を消滅させる。
 最初は二人に何度か打たせた。二人同時に、あるいは交互に打ち込んでくるのを交わしながら、しばらくは楽しんで。
 もしマウロとヒルベルトが交流のある騎士同士ならもう少し連携した動きを見られたろうが、残念ながら二人は今日初めて組む者同士。
 互いの動きの癖を理解していない状態で、次第に互いの足を引っ張り始めたので決着を付けたのだ。長剣に魔力を込めて、並んだ二人にひと振りを与える。
 それだけでマウロとヒルベルトは強く吹き飛び、手にしていた自分達の魔具も消してしまった。
 魔具は出すだけでは意味がない。長くその形を維持させるのも重要なのだ。
「約束を守ろう。俺に勝てなかったから、魔眼攻略方法は教えない」
「…はい」
 素直に頷くのはヒルベルトだ。
 マウロは下唇を噛んで悔しそうにニコルの足元を見ている。
「だが向上心を持つことは良い。手が空いている時ならいつでも声をかけてくれ。訓練相手になろう」
「は、はい!!」
 階級の高い者が低い者の訓練相手をしてやるのはよくあることだが、若騎士達は怖がって話しかけることを躊躇う者が多い。それを知っているのでこちらから言ってやれば、ヒルベルトは嬉しそうに笑った。
「…失礼ですが…ニコル殿は平民出だと聞きました…本当なのですか?」
 そのヒルベルトとは対称的に、マウロは眉根を寄せて訊ねてくる。
 マウロは先輩騎士に臆する性格ではないようだが、その発言はニコルの高ぶり始めていた気分を下げるには充分だった。
「…ああ。それがどうした?」
 今ニコルが着ている兵服を見てわからないのかとばかりに声が冷たくなるのが自分でもわかり。
「おい、やめろよ…」
 ヒルベルトが慌てた様子でマウロを止める。だがマウロの次の言葉はニコルの想像していたものとは違った。
「どうして平民出なのに、そんなに強いんですか!?」
 純粋というのか、単純なだけなのか。
 子供のような言葉に、吹き出したのは後ろで様子を見ていたガウェだった。
 王城内では知らぬ者のいない黄都領主嫡子に笑われて、マウロは恥ずかしそうにまた頬を染めた。
「…ここにたどり着く事が出来る素質を全て持ってたからだよ」
 平民であることを馬鹿にされたわけではないのだと気付いて、ニコルの口調にも優しさが戻る。
 そこに静かな足音が聞こえてきた。
「おい、来たぞ」
「おっと…王族付きか」
 ガウェの後ろからだった。
「え?」
「…誰かいるんですか?」
 ニコルとガウェは気配で察することが出来るが、それを若い彼らにも求めるのはまだ早い。
「敗退するのはこの試合を見た後でもいいんじゃないか?邪魔しないなら、だが」
 現れた王族付き二人に、ニコルとガウェは魔具を発動させる。
 ガウェは手に馴染んだ特殊形状の投げナイフで、ニコルは先ほどの長剣ではなく刃付きのトンファーだ。
「…あ!」
「じゃ、邪魔しません!!」
 へたり込んでいた二人が少し後ろに離れて見守るのが雰囲気からわかる。
「ならそこから見ていろ。王族付きの訓練を」
 近付く騎士は、第五姫フェントの王族付きである先輩騎士だった。
「おや…試合前かな?」
「いえ、もう済んでいます。彼らは見学人ですよ」
 相手もすでに魔具を発動させている。
 見つけ次第訓練開始と言われたのだ。戦闘はすでに始まっている。
「それはそれは勉強熱心な…最近の騎士達は緩んでましたからね、クルーガー団長が知ればさぞ喜ばれる事でしょう」
「彼ら四人はクルーガー団長の“特別訓練コース”決定でしょう。後は後日必須訓練の騎士達から何人“お気に入り”が出るかですね」
「それはそれは…」
「御愁傷様です…」
 ニコル達のやり取りをうまく飲み込めない様子で互いに顔を見合わせた若騎士二人に、先輩騎士はクスクスと笑った。
「本当はスカイ達と手合わせをしたかったのですが…まぁ出来る限り足掻きましょう。さあ、始めましょうか」
 騎士達はそれぞれ、戦いたい相手がいる。
 先輩騎士の一人は別の騎士を狙っていたらしいが、もう一人は確実にニコルを見据えていた。
「…おやニコル殿、御自慢の長剣はどうされました?」
「兵舎内ではどうも…」
 相手方はどうやらコンビネーションではなく各個撃破で来る様子に、ニコルとガウェも已む無しとスタイルを合わせる。
 そして、戦闘が始まった。

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「--で、結局最後かよ」
「…仕方無いだろう…あんなオヤジに泣きつかれたら気持ち悪くてたまらないよ」
 最初の出発を若騎士達に譲ったレイトルとセクトルだったが、二番目の出発はスカイに押しきられて逃してしまっていたので仕方なく次を待っているところだ。
 二人の後ろにはすでに十数組の騎士達が待機している状態だった。
「まぁどーせ俺ばっか戦うことになるんだろうけど」
「…私が手を抜いたことが一度でもあったか?あったなら甘んじて嫌味を受けるけど」
 セクトルの意地の悪い言葉はいつもの事なのだが、気にしている魔力について言われてしまうと頭に来る。
 レイトルが魔具訓練にどれだけの心血を注いできたかを知っていながら、なぜわざとらしくそこを突くのか。
「何でレイトルとパートナーなんだろ」
「仕方ないだろ。私だって自由に組みたかったよ」
「昔っから何をするにも二人一緒。兄弟じゃないのに名前も似たの付けられて」
「それは私のせいじゃないよね」
 幼馴染みとして幼少期を過ごし、現在も兵舎では同室なので互いの考えは熟知している。
 そろそろ時間になったので揃って兵舎の玄関に足を踏み込めば。
「せめて足引っ張らないでね~」
 まるでレイトルの声真似をするようにセクトルはおどけて見せた。
 瞬時に理解するのは、セクトルは自分を怒らせようとしているという事だ。
「…誰がいつ足引っ張ったよ?」
「魔力に関しては非力無能無意味なんだから、そう言われても仕方ないだろ」
 しかも、わずかな待ち時間への苛立ちの捌け口として。
「……」
「……」
 互いに無言で睨み合う。
 そして一番慣れ親しんだ魔具を揃って発動させた。
 レイトルは籠手を、セクトルは鞭のように鎖の付いた刀を。
「よしわかった。先にお前を倒しておくよ」
「それいいかもな。倒れるのお前の方だけど」
 二人の喧嘩は名物化しているので今更止めるものなどはいないが、場所を選ぶべきだった。
 外周中間棟玄関口で始まった怪我だけでは済まない熾烈極まりない喧嘩を眺めながら、待機していた王城騎士達は目前の兵舎での訓練開始を諦めて両サイドの兵舎へと移動を始めた。

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「あーあ。貧富コンビはどこだぁ?」
 レイトルとセクトルから二番目の棟入りをもぎ取ったスカイは、そのせいで二人が喧嘩を始めてしまった事を知らないままフラフラと棟内をうろついていた。
 探しているのはニコルとガウェだが、こんな時に限って誰にも会えない。
 時間ならすでに王城騎士達も何組かは訓練を開始しているほどに経っているというのに。
「外周七棟は広いからな。正反対の棟にいたら会えないかもしれない」
「まじかー。この際強いのなら誰でもいいから出てこーい」
「はは!見事に王城騎士には逃げられているからね。そんなことだから王城騎士止まりだというんだ」
 気配はするので訓練中の騎士がいることはわかっている。あえてこちらから接触しようと動いてはいないが、そうするとこれ幸いと言いたげな様子で相手が逃げていくのだ。
 トリックは笑っているが、二人と戦わずに逃げている騎士達への言葉には刺が何百本も生えていた。
「どうせ金持ち貴族様のボンボン息子がちょっと力があるからと馬鹿みたいなプライドだけ持って騎士団に来ただけだ。無茶言ってやるな」
「魔力を扱えるのは、どうしても貴族ばかりになってしまうからね。ニコルほどの剣や武術の才能があっても、もし魔力が無かったら騎士にはなれなかった。王族付きの騎士には魔具を出せるほどの魔力は必要だけど、王城騎士程度なら魔力は無くても務まるよ。いっそ魔術師団を増員して王城警護に加えてもいいくらいなんだからな」
 トリックは凄まじいほどの魔力量を持つ第六姫のコレーが生まれるまでは、魔術師として王城にいた。
 その為に魔術師団の勝手はよく理解しているのだ。
「お、いいね。さすが魔術師団長の孫にしてエル・フェアリア唯一の魔術騎士様のお言葉。ニコルみたいな奴らがじゃんじゃん来るかも知れねえってことか。さっそくクルーガー団長に言ってみようぜ」
「いや、無駄だ」
「なんでだよ」
 トリックの発案にスカイは嬉しそうに笑ったが、にべも無く返されてすぐに不満顔に変化した。
 その百面相に失笑しながら、トリックは過去を思い出しつつ伝える。
「言ったことがあるからな」
 提案自体は二年ほど前に発言している。
「…で、無理だって?団長らしくないな」
「いや、ずっと昔に団長も進言したことがあるらしい。でも貴族達が許さなかった」
 ここで語る団長は、騎士団長クルーガーだけではない。魔術師団長である自分の祖父にも相談している。だが二人とも難しい顔をして良案だとは頷いてはくれなかった。理由を聞けば先の通りの言葉だ。
 その案は平民を王城に入れることに繋がるので、貴族達の大多数が拒絶したのだ。
「はあ?…頭の固い奴らだな」
「嫌なんだろう。“平民ごとき”に遅れを取るのが」
「なんだそりゃ。もうニコルって前例出来てんだからいーだろ」
 スカイの清々しいまでの思考にまた笑うが、今度は苦笑いだった。
「ニコルは貴族でも持たないほどの魔力を持っていた特例だよ。前例にはなれない。…それに“昔”よりも風当たりがきつくなり始めている」
 ニコルを騎士団入りさせる為にどれほどクルーガー団長が動いたか。そして頷かない貴族達と長く戦っていた日々を二人はまだ覚えている。
 ニコルが入団したことにより終わった戦いだと思っていたが、全く終わってなどいなかった。
「頭の固いヴェルドゥーラ家当主辺りが酷い。あの手この手でニコルを潰そうとしているよ」
 最上位貴族である黄都領主のヴェルドゥーラは、完全な貴族主義で知られている曲者だ。
「そんなんだからガウェにも嫌われんだよ」
「負の連鎖だよ。というより、ヴェルドゥーラ当主は息子が思い通りに動かない苛立ちを平民のニコルにぶつけているんだから」
 トリックは祖父のお陰でヴェルドゥーラに関する暗雲を知っている。
「…なんだそりゃ?」
「ガウェもね、色々あるってことだよ」
「…あそこの家はなぁ」
 ヴェルドゥーラ家で有名な話は「ヴェルドゥーラの喜劇」だろう。
 ガウェが騎士団入りすることに繋がった、とある事件。
 語られているのは全てではないだろうが、誇り高いヴェルドゥーラ家当主にしてみれば忌々しい事件のはずだ。
「色々ストレスをため続けてるガウェとニコルが発散する場となると、やっぱり必須訓練は必要だな。色んな意味で」
「怖いわ」
 会話を終わらせる為に、魔具を発動させる。
 ようやく最初の訓練相手が来てくれたのだ。
「じゃあ、二人に早く会えるように目の前の敵を片付けようか」
「おー、最初にラスボスか」
 相手もスカイとトリックの姿を確認して嬉しそうに駆け寄ってくる。
「スカイ殿ー!トリック殿ー!」
 フレイムローズはいつでもどこでも天真爛漫で、しかし訓練中はそこが恐ろしくもあった。
「相手に不足なし!!」
「スカイ、気を強く持つんだぞ。魔眼を弾き返すイメージで!」
「上手く出来たら世話ねえわ!!」
 今まで魔眼を攻略出来た者は片手で足りるだけ。しかもその全員が、同じ技は通用しないとばかりに二度目には勝てなかった。
 スカイもトリックも、冷や汗を拭い取るわずかな時間すら惜しんで魔具を構える。
 そして、二人同時にあることに気付いた。
 フレイムローズの背後が、魔力で蠢いてはいないだろうか?
「見て見てー!俺の魔眼兵~!!」
「--!?」
 まるで誉められることを待つ子供のような仕草で、フレイムローズは背後にいる王城騎士達を紹介した。
 フレイムローズから逃げようとしたので魔眼で操った王城騎士達を。
 操られた十数名の騎士達に意識は無い。しかし全員がそれぞれ魔具を持ち、その状態を維持させながら操られている。どうやらスカイ達が訓練相手に恵まれなかったのは、騎士達がスカイ達から逃げ回っていただけではないらしい。
 そういえば昔、フレイムローズがやってみたいと言っていなかったか。
 当時は冗談だろうと歯牙にもかけなかったが、いざ目前にそれらを晒されれば、改めて魔眼の恐怖を味わうことしかできなかった。
「これは…」
「…よくできました」
 無邪気なフレイムローズはどこまでも笑顔のままだった。

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