第18話


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「--え、礼装が?何それすごいね」
 国立児童保護施設の殺傷事件から一日が過ぎ、子供達の仮の宿泊場所として用意された国立演劇場に訪れていたアリア達は、出された軽食を食べながら昨日贈られた礼装について話していた。
 レイトルはパンをちぎっていた手を止めて目を見開いて驚いて。
「いい親父さんだな。タイミングがよすぎる気もするが」
 その隣にいたセクトルがレイトルのちぎったパンを奪いながら呟いた。
「…親父は昔から、まるでどこかで見てたかのように現状を把握してたからな」
 今更驚かないとニコルがぼやくのを、アリアも頷いて肯定する。
 アリアはニコルほど彼との思い出があるわけではないが、その存在の特殊さのお陰か何もかも印象深く頭に残っていた。
 颯爽として格好よくて、村の女達も彼が訪れる日を心待ちにしていた。
 たとえ普段はスキャンダルの的としてアリア達家族を蔑んでいたとしても、やはり見目麗しい彼の姿に女としてときめくものがあったのだろう。
 そして相手にされず、余計にアリア達、特に母を侮辱するのだ。
 村の女達の意地悪は妬みか。アリアは今ようやく気付いた。母は死してなお村の女達に蔑まれてきた。彼と母の本当の関係を知るまでは、苦痛でしかなかった。
…だから父はアリアに真実を伝えたのか。それも今ようやく気付く。
 まさかこんな時にこんな形で気付くなんて。
「…アリア?」
「え?」
 ふとニコルに呼びかけられて、自分が上の空になっていたと気付いた。これも気付きの内に入れていいものか悩み所だが。
「昨日は驚きましたよ。アリアを連れていかれるのではないかと」
 いつの間にか話は礼装から彼の話になっていたらしい。モーティシアが溜め息をつきながら、連れていかれなくてよかったと安堵している。さすがに家族が出てきたとなると説得が大変だと思ったのだろう。
「クレア様がいるのに尊大な態度で、私はそこに驚いたよ」
 レイトルの言葉にセクトルも頷く。
 以前はクレアに仕えていた二人だ。クレアに対する態度にはやはり目が光るらしく、少し言葉に棘が窺えた。
「でも二人の両親って死んだんじゃなかったか?」
「あいつは俺の生みの親だ。…俺とアリアは異父兄妹なんだよ」
「…複雑な感じか」
 素朴な疑問を口にしたトリッシュが、申し訳なさそうに口を閉じる。
 アリアとニコルは慣れたものだが、やはり端から聞く限りは話題には不向きだろう。
 たとえ血の繋がりが無かろうがアリアには大切な父親だ。
 優しい父親が二人もいるなど、考えようによってはとてもラッキーじゃないか。
 ニコルには少し複雑な様子だが。
「あ!食べ終えてるなら手伝えよぉー!!」
 そこに、一人だけ食事を先に済ませて医師達と行動していたアクセルが訪れ、手の止まっている皆の姿を恨めしそうに咎めた。

「怪我はもう大丈夫だから、後は医師団に任せて大丈夫です」
 昨日治癒を行った子供達を一人一人見て回り、最後の男の子の傷も問題なく綺麗に治っていることを確認してアリアは安堵の笑みを浮かべた。
 同時に周りもほっと息をつき、保護施設の職員達が落涙しそうな様子でアリアに頭を下げる。
 子供達はまだ不安な様子が拭えず、幼い子供などは職員から離れない者も多いが、ニコルとセクトル以外には何とか打ち解けてくれてはいた。
 ニコルとセクトルは元が不機嫌にも見える仏頂面なので馴染みにくい様子だ。
 今後は医師団が数名残り、ケアに手を貸していくと聞いた。
「お疲れ様。終わったなら私達は城に戻った方がいいかな?アリア待ちが山のようにいるよ」
「できれば少しアリアを休ませたいが」
 アリアの回診が終わったので次に向かおうとする皆に、アリアは言いにくそうにもごつきながらニコルの服の裾を引っ張った。
「…亡くなった人の葬儀がお昼からなの…参加できないかな」
 加害者夫婦の娘が一人と、子供達を庇って息絶えた職員が三人。
 アリアが治療するより先に事切れた人達の葬儀に出たいという真っ当な願いのはずだが、なぜか皆の顔色はよくなかった。
 どうしたの?と兄を見つめても、目をそらされて。
「俺達は構わないが…今日ここに来ることでさえ非難の的だ」
 答えてくれたのはセクトルだった。
「え…だって」
「皆が皆ってわけじゃないさ。だけど中にはな。貴族主義のお偉いさんなんかは、アリアの活躍は昨日で終わっただろって」
 驚くアリアに、今度はトリッシュが理由を教えてくれる。
 初耳だが、皆が気まずそうに顔を見合わせているということは、アリアの耳に入らないよう考慮してくれていたという事だろう。
「…他に何か言ってました?」
 顔色を窺うように訊ねれば、今度はアクセルが口を開く。
「アリアが昨日出動した事にも難色を示してる人もいるよ」
 教えられる周りの反応に、頭の中が白く染まるようだった。
 どうしてそんな事が言えるのだ。
「…どうして?それがあたしの大切な仕事でしょ?」
「治癒魔術師の力は王城内で、王家や貴族にだけ使えばいいと考えている人間もいるんだよ。貴重な力を平民なんかに使えるかって」
 アクセルの教えてくれる内情に、今度こそ言葉を失った。
 見殺しにしろというのか。
 騎士達の訓練中の傷ならまだしも、たかが腰痛やら紙やらで切った程度の傷を治す為だけに。
 そんなものの為にアリアを王城に押さえつけるというのか。兄を人質に取るような言葉まで与えて。
 拳に力がこもり、唇を強く噛んで。
「…するべきことをしたんだ。胸を張れ」
 握り締めた拳をほどくように、ニコルがアリアの手を握ってくれる。
「…うん」
 納得なんて出来ない。だが「言いたい奴には」と思わなければならないのだろう。
 わずかに俯いて、ニコルの大きな手を握り返す。今は兄の大きな手に、不信感の募った胸中を慰める居場所を見つけて。
「さあ、どうしようか。いっそみんなで葬儀に出て、その後に王都観光でもする?子供達にお土産でも買ってさ」
 トリッシュのわざとらしい明るさが、今は有り難い。
「…王城に戻りましょう」
 だが、アリアは意を決して帰るという選択肢を選んだ。
「いいの?」
「王城にいたらいたで何か言われるんでしょうけど…ここでの治癒魔術師としての仕事はもう無いですから…」
 治癒魔術師として、アリアは全力を尽くした。もうアリアが力になれることはここには無い。後は医師団が子供達を見てくれるから。
 それに長々とここにいて、また帰った後のどうしようもない悪口を、彼らはアリアの耳に入らないよう止めてくれるから。
 せめて悪口は少ない方が良い。
 アリアが兄達に出来ることはそれくらいしか無いだろうから。
「…モーティシアは?」
 全員の視線が、一気に隊長に注がれる。
 事の様子を静かに見守っていたモーティシアだが、恐らく彼も城に戻る方向で考えていたはずだ。
「…戻りましょう。ただし馬鹿みたいな治癒依頼は今後全て破棄します」
「そしたら一気にアリアの仕事が無くなるな」
 モーティシアの指示に突っ込みを入れるように言葉を添えたセクトルに、一同は思わず笑ってしまった。

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「やっぱり戻るかー。でもそっちの方がいいね」
 王城に戻ることをクレアに告げにいけば、アリアが王城で何と言われていたか知っているらしくクレアも決断をひっくり返しはしなかった。
「すみません。お力になれなくて」
「何言ってるのよ!アリアが来てくれて、どれだけ助かったか。ありがとう」
「…勿体ないお言葉です」
 国立児童保護施設はクレアが運営しているので、彼女は今日の葬儀にも出るのだろう。
 昨日は急を要した為に護衛には騎士だけがついていたが、今日は魔術師達の姿も見える。全員クレアの護衛のはずだが、事情が事情なので子供達と遊ぶことを今は命じられている様子だ。
「もし何か言う奴がいたら“その文句は第三姫への文句も同然。一語一句違えずしっかり伝えておきますので”って言ってやって。大体の奴らはそれでビビるよ」
 ざっくりと簡単に言ってのけるが、もし本当に何かおかしな事を言う者に告げたら、本気でビビるだろう。
 アリア達はクレアの発言に笑いながら、そろって頭を下げた。
「ありがとうございます。では失礼します」
 隊長のモーティシアが代表するように告げれば、クレアもドレスをつまんで美しい礼を見せて。
「…来てくれてありがとう。心から感謝します」
 これで本当に、アリア達のここでの仕事は終わった。後は王城に帰り、昨日と今日行った責務に胸を張るだけだ。
 子供達や職員達とも別れの挨拶を交わしながら、負けるものかとアリアは誰ともなく誓った。

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 ガウェがエルザ達と合流したのは、王城中庭のあまり人気の無い一角だった。
 ガウェとエルザと、この時間のエルザの護衛であるクラークとセシル。
 訳あって魔術師達には遠慮してもらっており、四人は、というよりガウェとエルザは今から行うひと芝居の為に入念な打ち合わせを行っていた。
「…準備は宜しいですか?」
「…は、はい…」
 何をすべきか覚えたのかどうか。視線を泳がせながら、エルザは緊張を誤魔化すように両の指を合わせてうろたえている。
「緊張されなくても大丈夫ですよ」
「っ…」
 言っても無駄だろうが一応伝えれば、ピンと背筋を伸ばして直立不動の構えを取った。表情まで固まって、これでは絶世の美女も台無しだ。
「…自然にお願いします」
「ぅ…はい」
 呆れられたことに気付いたらしく、エルザはしゅんと項垂れる。
 大丈夫だろうか。ガウェが頼んだ計画だが、実行に移す前に頓挫しそうだ。
「ガウェ殿、あまり無茶は…」
 エルザの様子にクラークがもう少し優しめにと暗に告げてくる。
「ただ隣に立つことが無茶だとは思いませんが」
「人によるんですよ…」
 エルザの性格がわかりやすい単純型だということは皆の知るところだが、ガウェの計画は見事にその部分を見落としていた事になる。
 だがこれはエルザにしか頼めない事だ。
 晩餐会まではあと二日。その間をやり過ごす為に必要な計画なのだ。
「…上手くいけば…もう」
 ふと呟かれたセシルの言葉に、一同は思い出にふけるように言葉を無くした。
 上手くいけばではなく、上手くいかなければならない。
 ガウェがようやく決めたのだから。
 この居心地の良い場所にずっと居座ってなどいられない。ガウェの唯一に縛られ続けるわけにはいかない。ガウェの唯一を、ひとりぼっちにしておくわけにはいかない。
 決断するには遅すぎた。だがまだ巻き返せる。
「で、でもすぐにという訳ではないのでしょう?」
 ガウェのその決意を揺るがせたいのか、エルザが寂しげな瞳を向けて。
「…早ければ半年ほどで」
 タイムリミットを設けておかなければ、きっとどこかで足が止まる。
 踵を返してここに戻ってきてしまう。
 それほどまでに、ここは楽しい場所だった。楽しくて、悲しい場所。
「…クレア様も同じ頃か」
「クラーク、泣き言のように言わないで下さい。まずは今日を成功させることが先決です」
 セシルの言葉に頷いて、もう一度エルザに最初から最後までの流れを口にしてもらう。
 誰に言わせても一発OKできるはずの流れだ。エルザはガウェの隣にいればいいだけなのだから。
 むしろクラークとセシルの方が大役と言えるだろう。エルザを役に例えるなら主役の小道具だ。
 だがなぜただの小道具がこうも動き回る。
 エルザは自分のするべきことは理解している様子だが、緊張が勝りすぎておかしなことになっていた。
「…予定を変更します」
「…すみません」
 最終的にガウェが折れたのは、それから十分ほど経ってからだった。

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