第17話


-----

 王城を出て猛スピードで駆けていく馬車が三台。その中の一台に乗ったクレアは窓から顔を出しながら急いでと指示を出す。
「クレア様!危険ですので顔を出さないで下さい!!」
 馬車と並走しながらクレア付きの護衛部隊長エリオットが強く注意するが、聞き入れてもらえるような状態ではない。
 血の気を引かせたクレアの様子は、気の強い姫ばかり見てきた騎士達にとっても胸をざわつかせるものがあった。
「隊長!!」
 そこに、鋭い声が割り込んでくる。
 わずかに後ろを振り返ったエリオットの隣に、レイトルを乗せた馬が並んだ。そのすぐ後ろにはセクトルもいる。
 後ろには他の治癒魔術師護衛部隊の者達がいるが、ニコルとアリアの姿は見えない。
「アリアは!?」
 悲鳴のように叫ぶクレアに、レイトルは片手を手綱から離して上空を指差した。
「上に!アリアはニコルと共に先に向かいます!!」
 レイトルの説明と同時にアリアの護衛部隊以外の全員が頭上を仰ぎ、それを見つけて言葉を失った。
 あまりにも巨大な鷹が空を猛スピードで飛んでいく。向かう先はクレア達と同じ場所だ。
 その巨大鳥の姿に、城下の民も王家の模様を施された馬車ではなく空を見つめた。
「あれも…魔具?」
「はい!」
 驚きを隠せない様子で呟いたクレアに、レイトルが強く肯定する。
「お前達も先に行け!我々もすぐに追い付く!!」
 エリオットの命令を懐かしむ暇もなく、レイトルとセクトルが手綱をしごいて馬のスピードをさらに上げた。その後に続くように魔術師三人もエリオット達を追い越していく。騎士に比べれば馬術はまだ拙いが、それでもレイトルとセクトルから離されないよう後を追う様子は魔術師にしておくのが惜しいほどだった。

「っ…」
 乗り慣れない巨大な鳥の背中の上で、アリアは上手く呼吸出来ない苦しさに表情を歪ませた。
「大丈夫か!?」
 アリアを被うように身体を支えてくれていたニコルが、片手を離してアリアの口許に空間を作るように添えてくれる。
「平気っ…急いで!」
 何とか呼吸が出来るようになるが、それよりもアリアは目的地に早く到着することを願った。
 乗ったこともない魔具の鷹は本物の鳥の動きを真似し、バランスが保てずに兄に庇ってもらうはめになる。
 それでも急ぐことを希望したのはアリアだ。
 馬の足では道が決まっている。だが空なら最短の距離で現場に行けるから。
 空の旅を楽しむ余裕などあるはずがない。そんな思いすらよぎらない。
 そしてようやくたどり着いた国立児童保護施設は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
 子供達は泣きじゃくり、大人達は自身の傷を庇いながら施設内を走り回っている。
 魔具の鷹はアリアの身長二人分の高さの位置で消え去り、ニコルに抱きかかえられて地面に着陸し、身体を離されたとたんにふらついて地面に倒れそうになった。
 それをニコルに支えられて立ち上がり、あまりの悲惨な現場に目を覆いたくなった。
「…っ」
 幼い頃に村を襲った悲劇が脳内を蹂躙する。
 子供達の為に可愛らしく作られたはずの保護施設は、大量の血痕と子供達の悲鳴で見るも無惨な姿に変わり果てていた。
「治癒魔術師をお連れした!!」
 ニコルの叫び声に、肩に傷を負った職員の男が走りよってくる。
「お待ちしていました!こちらに!!」
「いったい何が!?」
 職員の案内についていきながら訊ねたニコルに、職員は苦痛を滲ませながら原因を説明する。
「酷い虐待を行い子供を施設に引き取られた夫婦が、子供を返せと刃物を…子供の居場所は夫婦には知らせていないはずなのに…」
「…どこかから聞き付けたのか…夫婦は?」
「二人は捕らえてあります!」
 連れて行かれた場所は、怪我を負った子供達と、命の危機に瀕した者達の寝かされた部屋だった。
 モーティシアが連絡してくれていたのだろう。最初の止血は怪我人を一ヶ所に集めてくれていた方が都合がいいと。
 酷い傷と泣き咽ぶ悲痛な声に囲まれながら、アリアが落ち着こうと深呼吸を繰り返した。
 アリアはかつて、母にサポートされながら多くの怪我人を癒した。
 だが今回はたった一人で癒すのだ。
 王城に辿り着いた時にクルーガーとリナトを癒した時とは訳が違う。
 彼らは、特に子供達は、痛みに耐えられず泣きじゃくるのだから。
 それでも--
 神経を研ぎ澄ませるアリアの身体から白い魔力の霧が優しい輝きのように溢れ、やがて室内全てを優しく包み込んだ。
 クレア達も到着し、室内に入ろうとするのをレイトル達が止める。
「----」
 アリアを中心に円形に白が何層にも広がる、神秘的な光景だった。
 昔は、母がサポートをしてくれた。一人で出来るように訓練したのだ。
 傷のひとつひとつを魔力で感じながら、それらを癒す力を。
 一層強まる輝きの中で、ふとアリアは自分以外の癒しの力が働くのを感じ取った。
--え?
 それは母の力によく似ているような気がして--
「アリア!」
 気が付いた時には、世界が回った。
 倒れるように身体のバランスが崩れたのだと気付いたのは、ニコルが地に伏す瞬間のアリアを庇って抱き止めてくれたからだ。
「大丈夫か!?」
 ニコルのおかげで痛みは感じなかった。だがアリアの頭の中は、まだ手を貸してくれた力の正体を探すように呆けて霞がかっている。しかしすぐに我に返り、アリアはニコルを見上げた。
「…止血と応急処置は出来たはず…後は一人一人、見てくだけ…」
 力を一気に使ってしまったせいで身体がふらつき歩く感覚も伝わってこない。危なっかしいアリアを支えるようにニコルが肩に腕を回してくれて、アリアは最初の怪我人の元に座り込んだ。
「刃物傷なら治しやすいの。怪我をした人は任せて」
「…ああ」
 アリアが求めるサポートの為に、ニコルはクレア達を呼び寄せた。

 活動はその日の昼過ぎまで行われた。事件を起こした夫婦は兵士に連れていかれ、死者は四人。職員が三人と、夫婦の子供が。
 死んだ者は戻らないが、驚いたことにアリアは死者のその痛ましい傷をも綺麗に消し去ってしまった。

 ニコルとモーティシアは共に施設内を巡回しながら、今後について相談をする。
 痛ましい血痕の跡などは水で洗い流され、凄惨極まりなかった施設は今や驚くほど静かに様変わりしていた。いつもなら子供達が無邪気に走り回るグラウンドにその姿が無いのだ。
 まだ昼間の明るい時間帯だというのに、薄気味悪さばかりが目についた。
 子供がいるべき場所にいないということがここまで恐怖を味わわせるなど。わずかに身震いしながら歩いていた先でアリアが怪我人の治癒を全て終えたという知らせを受けて、ニコルとモーティシアは急ぎ施設内に戻った。
 幸い多くの怪我人の傷は浅いものだった。亡くなった者達を除いても、重傷者が片手で足りたことはまだ幸いだったといえるだろう。
 それでも幼い子供達が負った心の傷は計り知れない。
 アリア達がいるはずの部屋を覗き込んだニコルが見たものは、疲れたのかくたりと倒れるようにレイトルにもたれかかって眠るアリアと、その回りを囲むセクトル達の姿だった。
 クレア達はわずかに離れた場所で施設の責任者達と話し込んでいたが、ニコルとモーティシアに気付いてこちらに足を運んでくれる。
「よく寝てるよ。疲労が来たみたい」
 昏々と目を覚まさないアリアを渡された毛布ごしに支えながら、レイトルが気恥ずかしそうにニコルを見上げてくる。
 どうしてこんな体勢になったのかはレイトルにもわからない様子だ。
「アリアがいてくれて良かった…そうじゃなかったら…もっと」
 安堵の溜め息を漏らしたのはクレアだった。
 確かに軽傷者ならまだしも、重傷者はアリアがいなければ危険だっただろう。
「子供達と職員は当分の間、オデットの管理する国立演劇場を借りて生活してもらうことになったわ。そこなら劇団員の宿泊設備も整ってるから。失った血液は戻らないみたいだから、容体を見る為に医師団も一緒にね」
 無事である子供達がすでに馬車で出発していたことは知っていたが、皆がクレアの説明に静かに聞き入る。
 こんな形で初めての出動を経験するなど誰も思いもしなかっただろう。まだ部隊としても動きが整っていない状態で。
「みんな、ありがとう。もう遅いので今日はここまでにします。明日からは王都兵に事件を一任し、私達は子供達のケアに当たりましょう」
 クレアが話し終わるのと、アリアが目を覚ましたのは同時だった。
「…ん」
 むずかるように眉を寄せながらアリアは目を開けるが、まだ虚ろで疲れきっていることが手に取るようにわかった。
「起きた?」
 レイトルに優しく訊ねられて、アリアがそちらに顔を向ける。
「まだ寝てていいよ?」
 その後でアクセルが諭すが、アリアは静かに頭を振って身体を起こしてしまった。
「…治療の続きを…」
「もう終わったよ」
「まだだよ…職員の方と女の子が…」
 半ば気力だけで立ち上がろうとするアリアに、全員が口を閉ざす。
 アリアが言う職員と少女とは、犠牲者のことだからだ。
「寝ちゃってごめんなさい…女の子達はどこに?」
 二度と目覚めない犠牲者を、それでもアリアは傷を癒して綺麗に治してやった。
 無意識だったのだろう。治さねばという思いだけで動いていたのだ。
 だから少女達が目覚めるより先に自分が意識を手放したと思い込んでいる。
「…助からなかった」
 誰も口に出来ないその事実をようやく告げたのはニコルだった。
 これほど重い報告があるなど。
「少し、遅かったんだ…」
 言葉を無くして固まるアリアの瞳に、しだいにじわりと涙が浮かぶ。
 ニコルが何を言っているのか、理解するのに数秒費やしたのだろう。
 耐えようと唇を噛むが、無駄な足掻きだった。ぽろりと涙がこぼれて、俯いて泣き顔を隠して。
 隣に立つレイトルがアリアの肩を支えるように手を置き、アリアは慰められたことにさらに涙を溢れさせた。
 右の手で強く涙を擦って目元を押さえ、左の手で自身の胸ぐらを掴む。痛みをこらえるような姿に、周りの者達もいたたまれないかのように視線をさ迷わせた。
「…ごめんなさい…あたしが…」
「アリアのせいじゃない!」
 嘆くアリアに、クレアがすがるようにその肩を掴んで揺さぶる。
 アリアのせいじゃない。誰もがそう思っている。だがアリアには届かない。
「あたしがもっと上手く出来てたら…」

「--即死だ。お前でも不可能だった」

 突如現れた隙の無い気配の持ち主に、全員が息を飲むように固まった。
 声のした方へ視線を向ければ、仮面をつけた長髪の男が優雅な足取りでアリアを中心とした一団に近づいてくる。
ーーなんで…
 その男の姿に、ニコルは呆然と立ち尽くした。
 否、動けなかったのはニコルとアリアの二人だ。
 近付く謎の男に、護衛の者達は皆一斉に動き陣形を作った。
 クレアの王族付き達はクレアを守るように、アリアの護衛部隊はレイトルとセクトルがアリアを庇い、モーティシア達三人はいつでも結界を張れるように。
「…どなた?」
 訊ねるクレアの言葉を、彼は無視してニコルに向き直る。
「…久しいな。ニコル」
 響く美しい声と、余裕に満ちた雰囲気と。
 顔を仮面で隠したとしても、ニコルが彼を思い出せないはずがなかった。
「…親父?」
「…ととさん…」
 ニコルは訊ねるように、一度会っているアリアは存在を理解して。
 同時に呟かれた言葉に、皆がざわりと困惑する。
 当然だろう。ニコルの親のことは皆が知っているのだ。
「…父親?…でもニコルの御両親は…」
「…死んだはずだろ…」
 レイトルとセクトルの言葉に同意しつつも、誰もが意味を理解できないと困惑する。
 突然現れた謎の男が父親など。
「…何だよ、その仮面…今更何の用だ!」
 怒りと不満をぶちまけるように食ってかかるニコルを、クレアがわずかに前に出て止める。
「…ご家族なら、場所を移して」
「構わんよ。愚息の返答次第ではアリアを連れ帰ることになるだけだ」
 彼の言葉に全員が息を飲んだ。連れ帰るという言葉が、王城に、ということでないと誰もがすぐに気付けた。
 ニコルとアリアの家族ならとわずかに緩んだ警戒心が最初以上に引き締まる。クレアの王族付き達も、護衛対象にアリアを加えるほどに。
 その中でただ一人、ニコルだけは苛立ちを隠さないまま彼に掴みかかった。
「何言ってんだよ!!ふざけるのも大概にしろ!!今さら父親面すんじゃねえ!!」
「ふざけているのはお前の方だろう」
 それを軽くいなして、ニコルよりわずかに背の高い彼は見下ろすように視線を下げる。
「アリアがお前を選んだから王城へ向かうことを許したが…たった一人の妹も守りきれないなら任せてはいられない」
「何を…見てたような口で語るな!!俺はアリアをっ」
「守れているとでも?」
「っ…」
 正面から見据えられて、ニコルはグッと言葉を詰まらせた。
「やめてととさん!兄さんはずっとあたしと一緒にいてくれてる!!」
 飛び出したアリアがニコルにすがり、強く彼を見上げた。
 まるでアリアがニコルを守るような、そう言われてもおかしくないような姿だった。
「ニコル、お前はアリアと行動を共にしておけば全ての危機を回避できると本当に思っているのか?」
 ニコルはただ歯を食い縛る。
 言い返せるほどのことをニコルはしていない。
 ただアリアの側にいるだけだ。
「これから起こりうる全ての災いの芽を摘み取らず放置し続けて、それがアリアを守ることに繋がっているとでも?」
「黙れ!見ていたように言うな!!」
 何とか反論を口にしてみたとしても、それは苦し紛れの八つ当たりでしかなかった。
「事実を言ったまでだ。単純な思考でアリアの周りを羽虫のように飛び回っているだけだったろう?災いの根源を探そうともせず、己の力を過信して災いが訪れるのをただ待つだけ。放置すればそれだけ根は深く、葉は茂るのだと気付かないのか?」
「っ…」
 ようやく会えたのに。
 幼い頃はいつだって彼に認めてもらいたくて、良い所を見せたくて。なのに。
「…言い返すことも出来ないか…やはり無理だな。お前にアリアは任せられない。…お前には守りきれない」
 まるで見放されたような気がして、意識が遠退く様だった。任せられないなど、守りきれないなど、なぜそんなことが言えるのだ。
 勝手ばかりだったくせに。
 振り回してばかりだったくせに。
 今更アリアを守ろうなど。
 でも、その方が、アリアは…
 王城にアリアが入る事は反対だった。
 だが、違う、…駄目だ、思考が定まらない。
 今さら、今更--
「…来なさいアリア。お前を連れて行く」
「させない!!」
 アリアの腕を掴もうとした彼からアリアを引き離したのはレイトルだった。
 アリアを背に隠し、両手に籠手の魔具を備えて武術の構えを取り、庇うように立ち塞がる。
「あなたがニコルとアリアの御父上であろうと、アリアは連れていかせません!!」
「……」
「アリアはこの国の宝だ!!あなたには渡さない!!」
 まるで品定めするように見下ろされても、レイトルは動じなかった。
 仮面のせいで彼の表情はわからない。
 だが彼は確実に、レイトルに興味を持った様子だった。
「レイトルさん…」
 背中に庇われて、アリアが迷うようにレイトルと彼を交互に見つめる。
 その隣で、ゆらりとニコルが動いた。
「…あんたにアリアは任せられない」
 まるで先ほど言われた言葉をそっくり返すように、据わった瞳で彼を、実父を睨み付ける。
「今までさんざん俺達を放っておいたくせに…アリアが村でどんな扱いを受けたか知ってんのか!!」
 ニコルがアリアを村に放置したというなら、彼にも同じことが言えるだろう。
 アリアが強姦未遂に合った事を知っているのか。
 頼れる者もいない中で、どんな思いで村にいたのか。
「ああ、知っているさ。お前よりな」
「----」
 彼の返答に、今度こそ言葉を失った。
 ニコルも、アリアも。
「あの時点ではまだ村の方が安全だった。それだけのことだ」
「ふ…ざけんなぁ!!」
「兄さん!!」
「ニコル!!」
 アリアとレイトルの制止を振り切って、ニコルは己の両手に魔力を集めた。
 一瞬にして構築されるそれは魔力の黒い霧から龍のような長剣に変わり、情け容赦無く彼に振るわれる。だが。
「----」
 恐れる様子もなく、まるで小鳥を留まらせるように差し出された彼の指に長剣が触れた途端に、魔具が霧散する。
 ニコルの魔具の完成度は騎士団内でトップレベルだ。だというのに軽々と消された様子に、騎士達全員が目を見開いた。
 魔具を消されてバランスを崩したニコルの首にかけていた首飾りが、衣服の中から飛び出してさらけ出された。
 倒れる。
 そう頭によぎったが、ニコルが地に伏すことは無かった。彼が片腕だけで軽々とニコルの腕を掴み止めたのだ。
「…つけたのか」
 体制をすぐに立て直して、掴まれた腕を強く引いて彼から剥がす。
「…あんたの為じゃない…アリアの為だ!!」
 まだニコルが幼い時に、ニコルとアリアに初めて彼がくれた贈り物。
 共鳴石をつけることにしたのは、彼がくれたからではない。
 アリアを守るためだ。
 それ以外に有り得ない。
「…お前の居場所は王城内にある。だがアリアの居場所は違う」
「親父の側でもない!」
 なおもアリアを王城から離そうとする彼に、強く言い放つ。
 ただ血の繋がりがあるというだけの彼に、好き勝手などさせるものか。
 アリアの家族はもう自分だけなのだと。
 こんな、アリアの危機を知っていながらも動かないような血も涙も無い男にアリアを任せていいはずがない。
 強く睨んで、彼を拒絶する。
 静まり返る空間に彼の味方などいないはずなのに、中心にあるのは彼の存在感だった。
 きっと無言の時間はごくわずかだったはずだ。
「…これを譲ろう」
「--」
 突如二つの革のケースを投げ渡されて、ニコルは驚いた。
 彼は何も持ってはいなかったはずだ。なのに、どこから?
「…何だよ、これ」
「ひとまずはお前達に必要なものだ」
 ずしりとわずかに重いが、持てないほどでもない。
 赤子でも入っていそうな大きさの二つのケースに目を奪われて。
「…おやじ--」
 すぐに顔を上げたのに、目の前にはもう彼の姿はどこにも存在しなかった。
「…なんで」
 この情景を覚えている。
 首飾りを渡された時も、ニコルは首飾りに気を取られたわずかな隙に彼を見失ったのだから。
「どこに?」
「…ととさん」
 騎士達がざわつき、アリアが悲しげに声を落とす。
 いつだって彼は突然で。
 いつだって勝手に現れては勝手に去っていってしまうのだ。

-----
 
6/7ページ
応援・感想