第17話


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 王家の子供達が揃って朝食を取る時間帯、今日は普段とは違う様子に幼い姫達が楽しそうに騒いでいた。
「朝からガウェがいますわ!!」
「ガウェが真面目ですの」
 エルザの護衛についたガウェの姿を見つけて、第六姫のコレーが元気に、第七姫のオデットがすこし眠たそうに駆け寄る。
 幼い姫に両手にすがられるが、ガウェは嫌な顔ひとつせずに無言で二人のぶら下がる腕を高く上げ、足が宙に浮いてコレーとオデットがキャアキャアと嬉しそうに騒ぎ出した。
 そのまま微笑みを浮かべながら二人をテーブルまでつれていく様子を物珍しそうに眺めるのはパージャだ。
 ガウェが姫達に甘い様子をまだ見慣れていないらしく、あれでいいのかと他の騎士達に目配せしていた。
 自分の行為行動は完全に棚上げである。
「ガウェ、私にも髪の編み込みをしてくださいな!オデットばかり可愛くてずるいです!」
「お姉さまとお揃いがしたいです」
「ね!」
 最近のオデットは亡くなったリーン姫の髪型を真似しなくなり、手先の器用なガウェに愛らしい髪型にセットしてもらっていたのを知ったコレーが自分もと強くねだった。
 後から入ってきた第五姫のフェントがその様子を何やら羨ましそうに眺め、さらに後ろにいた第三姫クレアがフェントの肩に手を置いて一気にガウェの元に連れていく。
「ガウェ、フェントにもしてあげて。いつも羨ましそうに見てるから」
「お姉様!」
 いつもは髪型に気を使わないフェントだが、気を使わないように見せかけているだけであることは皆の知るところだ。
 内向的な性格が災いしてお洒落と上手く向き合えないフェントはクレアの言葉に顔を真っ赤にして慌て、目線を合わせるように片膝をついたガウェから逃れるように俯いて。
「私でよければいつでも」
「…お願いします」
 俯いているので表情の全ては読み取れなかったが、素直に願うフェントはどこか嬉しそうだ。
「私は編み方を教えてもらおうかな?」
 最後に入ってきたコウェルズが一連の会話にさらりと加わるが。
「不器用なのですから無理はなさらないでください。姫様方の髪がちぎれます」
 光の早さでガウェに却下を喰らい、不貞腐れるように目を瞑る。
 エルザは最初に入室しており既に席についていたので、妹姫達も席についた所でガウェは壁際に戻り、他の護衛達と同様に静観の姿勢に入った。
「朝からお姫様にモテモテの気分はいかがかしら?」
 冷やかすようなパージャの言葉を無視したところで、侍女達が朝食の用意を始める。
 侍女達はこの数日は慰霊祭に備えて激務だというのに顔色にすら出さない。
 侍女長ビアンカの指示でかけら程度の隙も無く迅速に動く侍女達を眺めていると、クレアがあることに気付いて声を上げた。
「ミモザ姉様は?」
「ヴァルツと天空塔で朝食だよ」
 七姫の長女の不在に、コウェルズが皿に盛られたトマトを退けながら笑顔で答えてやる。
 その退けられたトマトを遠慮無く皿に戻したのはビアンカだ。王子と侍女長の無言のバトルは、すぐに侍女長に軍配が上がった。
 普段はミモザが好き嫌いを許さないのだが、ミモザの不在にここぞとばかりに嫌いなトマトから逃れようとする様を、真面目な侍女長は許してはくれなかった。
「朝日を浴びながら天空塔で食事なんてロマンチック!いいなぁ…ね、エルザ姉様」
 愛し合う婚約者二人が天空塔で誰にも邪魔されずにゆっくりと朝食を楽しむというシチュエーションに、クレアが羨ましそうに身をよじらせる。
 だが同意を求めた相手からは返事が来ず、クレアはエルザの目の前に手をかざしてふるふると振ってみた。
「…寝ちゃってる」
 静かだとは皆が思っていた事だが、まさか眠っていたとは。
「昨夜も遅くまで訓練に没頭していたらしい。ほどほどにさせないと体を壊すかもね。ガウェ、パージャ、今朝は訓練をさせないように見ていてくれ」
「かしこまりました」
「了解でーす」
 コウェルズの指示にガウェとパージャが頷く。
 その隣で、コレー姫付きであるトリックの胸に止まった魔眼蝶だけが、まるでトリックに何かを語りかけるようにひらりと動いた。
「--…ガウェ、いいか?」
 食事を始める王族達には見えない位置で、トリックはガウェを呼ぶ。
「御父上が到着されたようだ。気を付けてくれ」
「…わかりました」
 とたんに騎士達に緊張が走り、反応するように魔眼蝶達が次々に震える。
 その様子を、コウェルズは静かに見据えてから思案するように目を閉じた。

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 慰霊祭を三日後に控えて各地の領主や代理が続々と王城入りを果たす中、想像していた通り治癒魔術師への謁見申し込みの知らせはいくつも届いた。
 エル・フェアリア全土は王都を除き十四の都市があり、上位貴族を名乗れるのも同じく十四家のみ。
 さらに言うなら平民騎士に穏やかに接してくれるのは第二位の赤都アイリスと第三位の紫都ラシェルスコットのみで、他の平民嫌い領主達がアリアに会いたいなど嫌がらせ以外の何者でもなかった。
 しかも突然の謁見申込みだわ上位貴族だから無下に出来ないわで、ここぞとばかりに苦しめてくれる。
 せめてアイリス氏とラシェルスコット氏のように数日前から前もって伝えてくれればよいものを、嫌がらせなのだからそんな気を回してくれるはずもなく。
 その中で最も驚かされたのは黄都領主バルナ・ヴェルドゥーラの謁見だった。
 まさか会おうとするなど。
 黄都領主は本気でニコルを嫌っているので会わないようにしていることは知っていたが、わざわざ呼び出すなど思いもしなかった。やむなく会えば情け容赦無く蔑んでくれるが。

 バルナ・ヴェルドゥーラの使いが姿を見せたのは、ニコル達がフレイムローズのいる王城上階の露台で治癒を施している最中だった。
 貴族であることを示すかのような、はっきりとした鮮やかな藍色の髪。嫌味な笑みを浮かべた、蛇のような男。
 騎士団の副団長オーマも蛇のようだと揶揄されるが、副隊長が良い意味で言われているとすれば、この男は完全に悪い意味での蛇だった。
 バルナの使いであることはニコルも知っていた。それ以上でも以下でもない存在だと思っていた。
 だが彼がアリアを目に映した瞬間に、ニコルにとって彼は完全に気持ちの悪い敵になった。
 フレイムローズの足元にしゃがんで治癒を施すアリアを見下ろし、客だと思い手を止めて立ち上がったアリアの顔や胸元、腰のラインを遠慮もなく舐めるように見つめたのだ。
 露台にいたのはニコルの他にモーティシアと数名の魔術師達だ。全員がその男の無遠慮な視線に怒りを覚えた。
 魔術師団のローブはゆったりとして体のラインを隠してくれてはいるが、それでもアリアの魅力的な肢体を完全に隠してはくれない。
 一応下心を隠そうとしてはいる大臣の方がまだマシだった。この男の視線はあからさまで、異変を感じてアリアも身構える。
 その後すぐに逃げるようにアリアはフレイムローズの治癒に専念し、男の応対はニコルが行った。
 最初はモーティシアが出てくれようとしたが、ニコルが止めたのだ。
 アリアを隠すように立ち、睨み付けるように険しい表情を見せる。
 向こうは黄都領主の元にすぐに来いと言う。だがそういうわけにはいかない。
 アリアの一日の予定は今日も分刻みなのだから。
「御領主様は大変お忙しい方です。今すぐに用意なさってください」
 丁寧ではあるが高圧的な態度の中に、時間の経過と共に苛立ちも含ませていく。
 ワスドラートと名乗った男は一向に動こうとしないアリアにわざとらしく舌打ちを聞かせた。
「今は重要な治癒の時間なので後で向かうと伝えておいて頂きたい」
 それを遮るように言葉を挟めば、鼻で笑いながらワスドラートはフレイムローズの背中を眺める。
「もはや悪戯と確定されつつあるファントム対策の赤都アイリスの化け物の方が、黄都領主ヴェルドゥーラ様より重要だとでも?」
 化け物。
 フレイムローズをそう呼んだワスドラートに一斉に非難の視線が飛ぶ。
 フレイムローズは大事な魔眼の持ち主である以上に大切な仲間なのだ。それをまるで人外だと告げるように蔑まれて怒りを覚えない者はいない。
 魔術師達の殺意すら発せられていそうな視線に、しかしワスドラートは涼しげに笑うだけだった。相当腕に自信がある様子なのは、ワスドラートの振る舞いを見ていればわかる。
 この場合はフレイムローズを庇う発言が好ましいのだろう。しかしニコルはワスドラートの発言を否定しなかった。
「まさしくそう言っているのです。どうかお引き取りを」
 化け物であると認めた上で、優先順位を改めて知らしめる。
 ニコルとフレイムローズの友情は、たかが蔑みの言葉を否定しない程度で崩れはしない。互いを理解しているのだから。
「…なんと傲慢な」
「御託は結構。昼過ぎに伺いますとお伝えください」
 否定しないとは思ってもいなかったのだろう。面食らったように押し黙り、申し訳程度の反論に毅然とした態度で返す。
「…そのような態度でいられると--」
「--ニコル、アリア。俺なら全然平気だから、行ってあげて」
 なおも食い下がるワスドラートの言葉を次に遮ったのはフレイムローズだった。
 集中するためにただ前だけを見ているが、しゃがんだアリアと背後のニコルに親しげに声をかけて笑う。
「…でも」
「平気だよ。先に済ませてあげて」
 困惑するニコルとアリアに、フレイムローズは騎士としてではなく赤都アイリスの子息として語る。
 赤都アイリスの三男という肩書きは、この場において最も地位の高い存在なのだから。
 その意図に気付きワスドラートも忌々しげに眉根を寄せた。言葉遣いも何もかもが、フレイムローズよりわずかに身分の低いワスドラートに放たれたものであったからだ。
「…賢明な判断ですが、そのような上からの物言いは」
「じゃないと俺、その人に何するかわからないから」
 そして首だけを動かし、閉じられた瞳をワスドラートに向けてクスクスと笑う。今度は魔眼を唯一持つ者としての言葉遣いだった。
「っ…化け物が」
 苦し紛れに呟くワスドラートがそれでも逃げなかったのは、バルナ・ヴェルドゥーラに対する忠誠心ただそれだけなのだろう。
 もはやここまでだろう。
「…すまない。時間を見つけてまた来る」
 折れたのはニコルだった。
 アリアの肩を叩いて、立ち上がるよう促す。
 どのみち最後まで治癒を施せるとは思っていなかった。ニコルがワスドラートとやり合った理由は、フレイムローズとアリアの為に時間を稼ぎたかったというそれだけだ。
「…アリア」
 治癒をやめようとしないアリアに呼びかける。アリアも悔しいのだろうと、触れた肩から伝わってきた。
「もう大丈夫だよ。いつもしてもらってるし」
「…うん」
 フレイムローズに止められて、アリアはようやくかざしていた腕を下ろした。
 ゆっくりと立ち上がり、ワスドラートの方は見ずに俯く。見たくないという仕草は、アリアの女としての拒絶反応の占める割合が強そうだ。
 その肩をモーティシアがポンポンと叩き、その後ニコルに向かい合った。
「私は他の方々に時間がずれることを伝えて参ります。伝え終わったらここに戻ってきますので、お二人も謁見が終わりましたら戻ってきてください」
「わかった」
 少しの擦れがどこまで響くのかはわからない。
 願わくは、バルナ・ヴェルドゥーラとの対話がすぐに済むことを祈るばかりだ。
 ようやく勝ち誇るような笑みを浮かべたワスドラートの後に続きながら、ニコルとアリアは彼と目を合わさないようにしつつ、しかし俯くことなく堂々と歩き続けた。

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