第17話
第17話
そこから眺める風景はいつだって不思議な気持ちにさせた。
どこよりも高い場所。
遥か彼方まで見渡せるから、もしかしたら祖国も見えるかもと手摺りから身を乗り出したとたんに蔓に体を支えられる。
ヴァルツが無理を言って朝早くから訪れたのは天空塔だった。
数年間訪れなかったが天空塔はヴァルツをしっかり覚えてくれていて、再開の抱擁とばかりに太い蔓にがんじがらめにされたのはつい先ほどの事だ。
「ぞろぞろぞろぞろ…列がありんこみたいだな」
蔓に体を支えられているので遠慮無く下界を見下ろせば、王城入りを果たす馬車の一団を見つける。
「慰霊祭の為に集まってくださるのです。そのような言い方は好ましくありませんわ」
手摺りから体の半分以上を出していたヴァルツの後ろで注意したのはミモザだ。
木材で作られた彫刻の細やかな長椅子に腰を下ろし、静かに朝の風と光を浴びている様子は大人としての余裕に包まれていて少し面白くない。
エル・フェアリアの法に倣うならヴァルツはもう大人なのに、五歳歳上の婚約者はいつだってヴァルツを子供扱いだ。
「…ミモザはカチカチだ」
「そのカチカチを緩めようと天空塔に連れてきたのでしょう?」
「…ここからの景色が気になったから来たのだ」
不貞腐れながら否定しても、何もかもお見通しだと言わんばかりにクスクスと笑われてしまう。
「そういうことにしておきましょう」
手摺りから出した体を戻しながら振り返れば、ミモザは連日の激務から解放されたかのように表情を緩めている。
いつもいつも難しい顔をして冷たい印象の強いミモザだが、心をほぐせば妹達と同じように素顔は優しい。
七姫の中で一番美しいと謳われるのはいつだって第二姫のエルザだが、ヴァルツにはミモザこそが最上の美姫だった。
来年になればようやく堂々とミモザに触れられるようになる。ヴァルツの年頃の男が頭の中でどんなことを考えているのか、知ったらきっとミモザは卒倒するだろう。
ミモザの中では自分はまだまだ子供のはずだ。だがヴァルツは、もう充分に男としての本能を備えている。
天空塔の蔓が完全に体から離れる頃合いを見計らって、ヴァルツはおもむろにマントを外してミモザの足元に広げた。
「…何ですか?」
「靴を脱いでここに立ってくれ」
首を傾げるミモザの手を引いて立ち上がらせ、裸足になってほしいと願う。
「…マントが汚れますわ」
困ったように身を引こうとするミモザの手を離さずに、真剣に見つめた。
「頼む。少しでいいのだ」
「…少しだけですよ?」
ヴァルツの意図を理解できないまま、ミモザはゆっくりとした動作で一歩前に歩み出る。
ドレスに隠れて見えないが、とたんにミモザの身長が拳ひとつ分下がり、ヴァルツと同じくらいだった目線がストンと下になった。
ミモザが踵の高い靴を履いていることを知ったのは最近だ。
立った状態のままミモザを見下ろすことが出来て、ミモザからは見上げられて、ヴァルツは嬉しくて頬を緩めるように笑ってしまった。
「…いったい何ですか?」
「何でもないぞ!」
強く手を引いて、見上げてくるミモザを抱き締める。
「きゃっ」
突然の抱擁に驚くミモザだが、護衛の騎士達は扉の向こうに下がらせているので見られる心配はないはずだ。
ヴァルツは見られても構わないのだが、ミモザが嫌がる。
今はその心配がないので思う存分ミモザを抱き締めて、細い首筋に頭を降ろした。
抱き締めた体は華奢で、ヴァルツの力の前ではどうすることも出来ないだろう。
エル・フェアリアに来ても子供扱いばかりだったが、自分はやはり成長していたのだ。その事実が嬉しい。まだ兄王の身長には全く届いていないが、きっと時間の問題だろう。
「…もしファントムがお前を選んだとしても、安心しろ。私が必ずお前を守ってやるからな」
最愛の女を守るのは男の勤めなのだ。強く宣言するヴァルツに、初めは身を強張らせていたミモザもやがて預けてくれて。
「…とても心強いですわ」
声色はまだまだ歳上の様子を匂わせるが、今はもう気にならなかった。
「…髪飾り、ずっと付けているのだぞ」
以前ヴァルツが作って贈った髪飾りを、ミモザは毎日欠かさず付けてくれているという。
「はい」
何の飾り気もないシンプルなそれは、兄王がリーンに贈った髪飾りとは根本的に作りが違う。
それは特殊な絡繰りで出来ており、万が一ヴァルツが傍にいられなくても、ヴァルツに代わりミモザを守ってくれるのだ。
絡繰り技術の国に生まれたヴァルツの最高傑作。
それがあるかぎり、ミモザは安全だ。何があろうともミモザは守ってみせる。
わずかに体を離して、少し朱に染まった頬に手を添えて。
いつもは外でなんてさせてくれないミモザも、今ばかりはヴァルツの口付けを素直に受け入れてくれた。
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