第2話
第2話
コツリ、
ふと耳に響いてきた小さな音が、その日ニコルが耳にした最初の音だった。
目が覚めた瞬間は何のことだかわからない。だが普段通り目が覚めたにしては、瞼が少し重いのは珍しい。
ベッドの中でトロトロといつものように今日の予定をさらっていると、またコツリ、と部屋中に小さな音が響いた。
静かな早朝にその音はよく響き、ニコルもようやく窓を見る。有事の際は足場として使えるよう設計された室内唯一の大きな出窓の外に、見慣れた小鳥がちょこんと留まっていた。
灰色の小鳥は、朝日を浴びてニコルと同じ銀髪に輝いているようだ。
伝達鳥。
遠くにいる人間とやり取りする為に訓練された伝達鳥は大きく三種類に分けられ、手紙を渡しに来る鳥、言葉を覚えて相手に伝える鳥、一対で生まれた珍しい鳥は遠く離れた相手と、まるでその場にいるかのように会話できるという。
ニコルの元に来たこの小さな伝達鳥は故郷の村長が数羽育てているうちの一羽で、よくニコルと村を繋いでくれていた。
「珍しいな…こんな朝早くに」
窓を少し開ければ、慣れた様子で小鳥は室内に入り、パタパタと軽く部屋を一周してからニコルの頭に留まる。手紙を運ぶため小鳥とはいえニコルの頭より少し小さいくらいの伝達鳥だ。頭に降りてきた瞬間にしっかりとした重みを感じた。
同室のガウェはまだ眠っているが、起きないことはわかっているのでそのままにしておいて。
ニコルに手紙を送ってくる人物は限られている。
小鳥の持ち主の村長か、村に残した妹か。
大半は妹からではあるが、妹の手紙が届くのはいつも夕方だったので村長かと思ったが、頭から小鳥を下ろして足にくくりつけている筒から取り出した手紙を広げれば、文字は妹のものだった。
売られている紙を買う余裕すら無い村だが、落ち葉やら木の枝やらをすり潰してから混ぜ物を加えてペースト状にし、それを乾かして何とか紙を造る程度の技術はある。
接着用の草も割合が少ないので下手に触ればすぐに崩れそうなモロモロとした手紙は、いつも妹が書くような長い文章ではなく、現状を報告する数行の文が書かれているだけだった。
第二姫エルザと同じ年に産まれた妹には十年以上会えてはいないが、手紙のやり取りは欠かさなかった。今まで送られてきた手紙は、今も大切に全て保管している。
「……」
今回は何が書かれているのか。
読んでいくうちに、ニコルの眉間にシワが寄っていった。
突然の連絡は朗報などではなく。
「…どうした?」
聞こえてきた声は普段なら叩かないと起きないガウェのもので、無意識に自分が怒気を露にしていたことに気付いた。
この同室は普段はやる気など見せないくせに、真髄には騎士の性分が染み付いているのだ。
何者かが発する異様な雰囲気に敏感に気付くのだから。
「…妹からだ」
手紙を掲げて軽く説明すれば、まだ眠い様子であくび姿を見せられた。
「ああ、ようやく結婚の日取りでも決まったか」
大事ではないと理解してそう訊ねてくるのは、何度か妹の話をしたことがあるからだ。
ニコルが村を出た後に出会ったらしい男は、妹曰く誠実で優しい人物。男の方の理由で結婚は遅れていて、ニコルはそれを懸念していたが。
「いや…」
--何が誠実で優しいだ
「…婚約解消の知らせだ」
吐き捨てるように言いながら、ニコルは己の魔力で生まれて初めて妹からの手紙を灰すら残さず焼き消した。
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