第13話


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 世の中が信じられなくなるような暴露大会と化した検査結果の話から逃れたニコルを次に待ち受けていたのは、魔術師団長のリナトだった。
 時間があるなら共に来てほしいと請われ、アリアの件ならとついていった先で会わされたのは、ニコルよりわずかに歳上だろう魔術師で。温厚そうな雰囲気はレイトルとよく似ているが、歳が上な分、彼の方が落ち着いた雰囲気が強い。
「初めまして。モーティシア・ダルウィッカーと申します」
 人当たりの良さそうな笑みを浮かべて手を差し出され、ニコルも同じように自己紹介をして握手を交わした。紫都出身だというモーティシアの長い髪は確かに紫の系統で、緩やかな海のように波打つ様子はどこか異国の血も匂わせる。
 アリアの護衛には騎士団から三人、魔術師団からも三人と聞いていたので、ここで会わされたということは彼も護衛の一人なのだろう。
 見た目は完全に魔術師の体型だ。
 魔術師団もたまの身体訓練はあるとはいえ騎士達のように鍛えているわけではないので弱々しく見えるが、大丈夫なのだろうかと少し心配になる。
「モーティシアは魔術師団の中でも防御結界に特に秀でている。防御だけなら魔具程度では傷つけられんほどだ」
 ニコルの不安に気付いたらしいリナトが能力の説明をすれば、モーティシアは困ったように苦笑いを浮かべた。
「あまり誇張しないで下さい。胃が痛くなりますから」
 ゆっくりとした話し方は独特のペースがあり、パージャとは別の意味で主導権を握るタイプかもしれない。
「ということはやはり、モーティシア殿もアリア…治癒魔術師の護衛の一人なのですね?」
 アリアが到着するまであと半月弱だというのに一人しか決まっていないのだろうかと不安になるが、それは杞憂だった。
「そうだ。後の二人はフレイムローズの休憩中の魔眼蝶操作に従事している」
 それだけで充分だ。
 一瞬でそう思えたのは、フレイムローズの代わりをこなす魔術師達の有能性を間近で見たからだ。
 フレイムローズがたった一人で二日間魔眼蝶を操り、その後半日を休憩時間としているのはニコルも同じだが、その休憩時間中の魔眼蝶をフレイムローズが操作するのと何ら変わりなく維持している二十人の魔術師達がいる。
 フレイムローズの魔眼が規格外としても、この二十人はとても有能だった。
 いずれもエル・フェアリアの国土全体に掛けられた結界を維持する者達で、一人一人の力だけでも都市一つ任せられるほどだ。
「私などよりも、後の二人の方が有能ですよ」
「まだ若いのがたまに傷だがな」
「…リナト団長」
 どうやら口が滑ったらしいリナトに、モーティシアが軽く注意するように名を呼ぶ。
 まだ若いということは、ニコル達と同じくらいかそれより下なのか。
「気になさらないで下さい。実力は確かの二人ですから」
「はあ…」
 どうやら魔術師団は騎士団とは違い、団長に対する団員達の態度は気さくらしい。今まで何度か見てきて思ったことだが、モーティシアの態度で改めて実感した。
 緩いというわけではなく、リナトがそういう性格なのだろう。騎士団員相手ならば礼儀正しすぎるほどに改まっていたが、部下である魔術師団員に対しては気楽な祖父という印象が強い。
「後の説明は任せるぞ」
「わかりました」
 そしてリナトは、モーティシアとニコルを引き合わせたら後は我関せずと去ってしまって。
「申し訳ございません。長く治癒魔術師が不在だった為に、今後の展開を含めて準備が慌ただしいのです」
「あ、いえ。それより説明とは?」
 顔合わせだけかと思ったが、聞くべき話があるなら早めに耳にいれておきたい。
 急かすように訊ねるニコルに、モーティシアは掴み所のない笑顔を浮かべて「とりあえず座りましょう」と提案してきた。
 ニコルが案内された場所は魔術師団が使用する兵舎外周の中間棟の一室で、促されるままに備え付けの椅子に座って。普段からあまり関わりのない魔術師団達の居住棟は、騎士団の棟と作りは同じはずなのにどこか落ち着けない雰囲気がある。
「治癒魔術師のこれまでの生活環境を調べさせて頂きました」
 そして、着席してすぐに口を開いたモーティシアはニコルの頬がひきつるような話を臆する様子もなく告げた。
「…それは…どうして?」
「治癒魔術師が国を挙げての保護対象であることは聞いていますよね?」
 訊ねる風ではあるが、モーティシアの口調は知っていて当然だろう断言するような雰囲気を持っている。
 小さく頷いたニコルに、人好きのする笑みを浮かべているのに。
「こちらで掴んでいる情報は、現在の治癒魔術師に夫、並びに婚約者はおらず、そうなる可能性のある男性もいないという事です。これは国にとって非常に有り難い事です」
 さらさらと流すような口調だが、その内容はまるでアリアを人でなく物として扱うようだった。
 大切な国宝。守るべき対象ではあるが、それに感情は無いとでも言いたげな。
「…何が有り難いのか、お聞かせ願いますか」
 ニコルにとって大切な妹を、傷つけられた過去を有り難いなど。不愉快だという思いを隠すことなくぶつければ、モーティシアは苦笑いを浮かべて。
「国を挙げての保護対象だと言いましたでしょう。それはいずれ妹君が産む子供にも言える事です」
「--…子供?」
「治癒魔術師に関するエル・フェアリアの当面の目標は数を増やす事です。それが魔力も持たない平民との間に子供を儲けたとなると、治癒魔術を持って産まれたとしても魔力量は少ない可能性が高い。魔力を持たずに産まれてしまう可能性もありますからね」
「いい加減にしろよ。アリアを何だと思って」
「尊き治癒魔術師と思っていますが?」
 あまりに勝手な言い種に怒りを露にしたニコルを、モーティシアは軽々と流した。
「それにしても、なかなか酷い村にお住みでしたね?発覚が遅ければ目も当てられない状況になっていましたよ」
「…何?」
「妹君は村で強姦未遂に合っていました」
「--…は?」
 言われた意味が理解できずに、思考回路が吹き飛んだ。
 今何と言った?
 強姦?
「…なんでアリアが…」
「恐らく妹君の力を村で独占したかったのでしょう。村ぐるみで治癒魔術師の存在を隠していたことも掴みました。唯一の救いは村長と夫人がまだまともな分類であったくらいでしょうね」
 強姦を止めたのは村長夫婦であり、その後アリアは匿われていたと。
「婚約者がいなくなり、これ幸いと思ったのでしょう」
 そんな。
 自身の膝に置いた拳を強く握り締めながら、ニコルはあまりの出来事に呆然とする。
 そんな話は聞かされていない。アリアからも何も。
 どうして言わなかった?どうして助けを求めなかった?
「妹君に現在恋仲の者がいるのかどうか確認している段階で発覚しました。強姦未遂については村の年配の男達の犯行でしたから、なるべく当時を思い出さないよう護衛の選出は若者から選んでいます」
 この件について詳しく知っているのは、魔術師団では自分とリナト団長だけです。そう付け足して、モーティシアは静かにニコルを見据えた。
 穏やかな様子から一変して鋭くなる眼差しに、わずかに背筋が凍る。
「団長からは、あなたが治癒魔術師という存在を知らなかったと聞かされましたが?」
「…ああ」
 取り繕わず返せば、小さな溜め息を漏らされた。
「あなたが受けてきた悪辣な行為を思えば妹君を王城に招きたくないのは理解できますが…治癒魔術師を今まで知らなかった事については見過ごせませんね」
 強い口調で、まるで子供を怒るように。
「あなたが治癒魔術師の存在を理解した上で妹君の存在を隠していたなら、私は何も思いませんでした。ですがあなたは騎士として七年もの間、王城にいたはずです。なのに知らなかった。…誰も教えなかったと言ったそうですね」
 責め立てられて唇を噛む。確かにニコルが口にした言葉だったからだ。誰も言わなかったと。貴族の常識だからと知らせなかったと。
「七年ですよ?その間、書物庫で知識書を読む機会はいくらでもあったはずです。未成年の子供でもあるまいに、自分から知ろうとしなかったことを他人のせいにして恥ずかしくはありませんか?」
「…だが」
「平民が貴族の中に入ってくるのです。右も左もわからないことばかりで当然でしょう。騎士なら体を鍛えていればそれだけで構わないと本当に思っていたのですか?貴族になれとは言いませんが、その中に交じるのですから合わせようとも思わなかったのですか?」
 知る義務を怠ったと告げられて、ニコルは完全に動揺し、俯いた。
 七年もの間王城に勤めて、自分が知らない常識を知ろうともしなかったのは確かだ。
 もし知っていれば、自分で調べて気付いていれば、こんな形でアリアを呼ぶことにはならなかった。
 気付く為の鍵はそこら中に散らばっていたのだから。恥じる気持ちが今更溢れかえった。
 ニコルは自分が知ろうとしなかった事実を棚に上げてクルーガーやガウェを責めたのだ。それがどれほど馬鹿な行いだったか。
「…悔いる気持ちがあるならこれ以上は言いません」
 魔術師団は弁が立つとは聞いているが、ここまでとは。
 言い負かされたわけではない。今の今まで自分が正しいと思っていたニコルの思考を変えさせたのだ。
「治癒魔術師の護衛部隊長には私かあなたで考えられていますが、あなたが選ばれることはまず無いでしょう。あまりにも無知すぎる。私が選ばれたなら妹君とあなたには相応の義務を課しますが、宜しいですね」
 無知に隊長の責任を負えるはずがないと。歯に衣着せぬ物言いに、ひと言「頼む」としか返せなかった。
 およそ素直とは言い難い態度だが、モーティシアは最初の頃のような穏やかな様子に戻っている。そしてクスクスと笑われた。
「最初にあなたの話を聞いた時はただの意固地者だと思っていましたが、まだまだ柔らかい様子で安心しました。まさか三歳上の者にこんな注意を受けるとは思わなかったでしょう」
 ということは、モーティシアは28歳か。
 騎士団の28歳といえば王族付きでも若い分類で、まだまだ上から叱責ばかり喰らう年齢だった。しかも脳内筋肉が多いので、馬鹿騒ぎにも充分参加する。
 充分大人のつもりでいたのに。
「--モーティシア、ニコル、いるかい!?」
 慌ただしい声に呼ばれたのは、そんな時だった。扉が開かれると同時に入室してきたのはコウェルズとその護衛達だ。
 コウェルズは緊急時の顔つきで、ニコルとモーティシアはすぐに立ち上がり眉根を寄せる。
「どうされましたか?」
 先ほどまでニコルの検査結果についてあれこれ弄ってくれていた様子は一切見当たらない。
「…落ち着いて聞いてほしい」
 その言葉は、完全にニコルにだけ向けられていた。
「今朝の出来事のようだが…妹君が暴徒に襲われた可能性がある」
 護衛共々連絡が取れないと、最後の言葉までニコルの耳に入ることはなかった。

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