第13話
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アリア達が到着した兵舎は、街の外れに位置した場所に建てられた三階建ての小さなものだった。
兵団の規模は街の規模や安全度に比例している。なのでさほど小さい街というわけではないので、これまで宿泊に使った場所の中でも安全なのだろう。それにしても兵の数が少ないと感じるが、口にはしなかった。
アリアにはどうなっているのかはわからないが、領兵が何やら兵団の団長と話をして、アリアに部屋をひとつ設けてくれているらしい。
小さな宿でもよいのではないかと思ったが、安全面からいちいち兵団と接触するのだ。
男ばかりの中に入るのは恐怖があったが考慮してくれている様子で、兵団の一室を借りれば後はそこから出る必要は無かった。
何かあれば来てくれるのが兵達の奥さんというのも有り難い。どういう説明なのかはわからないが、とにかくアリアはまるで賓客のような扱いだった。
二度ほど都市にも寄っているが、そこでも領兵団の団長がわざわざ挨拶にくる始末なのだから。
「…ふぅ」
用意されたベッドに腰掛けながら浅いため息をつく。馬車には慣れ始めたが、毎回変わる宿泊場所にはさすがに気が滅入っていた。
食事のレシピや量も王城に近付くにつれて豊かになり、今では村で食べていたパサパサの固い干し肉が恋しい。
都市で出された柔らかな肉には驚いたが、美味であることと慣れ親しんだ味はやはり違う。
見た目などでも気後れすることが増えたので、正直なところ移動に使っている馬車の中の方が用意される宿泊場所よりゆっくりと落ち着けるのだが。
そんな我が儘な注文など出来るわけも無いが。
「--アリアさん」
夕食が終わればいつもなら朝まで放っておいてくれるのだが、今晩は珍しく隊長がアリアの元に訪問してきた。扉にノックをして、アリアを呼んで。
治癒魔術師様と呼ばないでほしいとは、アリアが「ととさん」と呼ぶニコルの父と再会を果たし、自分の置かれている状況を教えてもらった後に領兵達に告げていた。
自分は様付けで呼ばれるような立場の人間ではない。治癒魔術師という名前でもない。
父と母が“女神エル・フェアリアの加護がありますように”と願って女神から少し分けて頂いた名前があるのだと。
最初こそ領兵達は困惑していたが、アリアが負けずに繰り返し願えば、ようやく「アリアさん」に妥協してくれたのだ。
「…どうぞ?」
姿勢を正して呼び掛ければ、部屋の扉が静かに開いた。隊長一人で来たらしく、他の領兵達の姿は見当たらない。
「あ、中にどうぞ?気にしませんから」
入室に戸惑う様子を見せたので促せば、申し訳なさそうに部屋に入り、扉の前に立つ。
「どうしたんですか?」
首をかしげれば、隊長は言いにくそうに表情を歪めたが、やがてアリアに視線をあわせてきた。
「本日の子供の件ですが…」
何だろうと思っていれば昼間の件で、アリアは平気なのに、と両手をふって次に来るだろう謝罪の言葉を止めた。
「気にしないでください。あたしの出来ることってあれくらいですから」
「…いえ」
だが隊長はアリアが思っていた内容とは別の対話で来たらしい。
「…子供の傷を癒していただいて大変感謝しておりますが、今後は絶対に馬車から出ないでほしいのです」
それは、予想していなかった言葉だった。
何かあれば馬車から出るなとは言われていたことだが、暴漢や賊ではなく子供の危機だったのに。
「…どうしてですか?」
不満はアリアの眉根を寄せるが、隊長も負けてはいない。
「アリアさんの治癒魔術は大変貴重な力なのです。おいそれと晒していれば、大変な事態になりかねません」
そんなことを言われても、村ではよく怪我を癒していたのに。
「私も詳しくは知りませんが、治癒魔術の力は特殊なのです。エル・フェアリアでは現在アリアさん以外に操れる方は見つかっていません。もし民が、アリアさんが誰彼構わず傷を癒してくれるとわかれば我先にと殺到するでしょう」
そうなれば混乱が生じます。
はっきりと告げられて、アリアは言葉をつまらせた。
治癒魔術が希少であることは聞いた。だがその力を持つのはアリアなのだ。誰にどう使おうがアリアの勝手ではないのだろうか。
それに今日は不慮の事故だったはずだ。あれくらい。
「宜しいですね?我々にはアリアさんを安全に王都に送り届ける責務がありますので、こればかりは誓っていただきます」
父の年齢に近い人に言われると、まるで父に怒られている気分になる。「わかりました」と小さく告げれば、隊長は頭を下げて静かに部屋を退出した。
安全を考慮してだとはわかった。だが完全に頷けるほど納得は出来ない。自分の行動は迷惑だったのだろうか。
アリアと歳の近い若い母親は、何度もアリアに感謝してくれたのに。
お礼がほしいわけではない。だがアリアが出来ることなのに、それを行わないなど。
気分がもやついて、八つ当たりするようにベッドに強く体を倒した。軋む音が不愉快を訴えるように大きく響くが、もうどうにでもなれだ。
拗ねるように体を丸めて、アリアは疲れに任せてそのまま強引に眠りについた。
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