第13話


第13話

 約七年前。
 新団員を迎えた騎士団内の注目は、18歳の平民が入団したことに集中していた。
 誰も彼もが好奇の目を向け、そして大半が情け容赦のない侮蔑を隠そうともせずぶつける。たかが貧しい平民ごときが、魔力を持つというだけで勘違いをして、と。
 気に入らないのは、王族付き達が貧民騎士を良い意味で注目している事実だ。そして、あらゆる面で馬鹿にできる対象であるはずの卑しい貧民騎士ごときに、訓練では手も足も出ないということがひどく腹立たしかった。
 どんな嫌がらせをしても文句ひとつ言わないのに、ただ訓練の最中では人が変わる。なんて下品で、品位ある騎士団に相応しくない人間だろうか。
 王城騎士は大半が彼を嫌い、訓練以外のあらゆる場所で彼を貶めようとしていた。
 そうでない者も、嫌がらせに振り落とされるならその程度だとわざわざ関わろうとはせず、唯一好意的に接点を持とうとしていたのはそれぞれが敬遠される特徴のある四人の若者達だけだった。
 魔眼を持つ未成年のフレイムローズと、魔力皆無のレイトルは積極的に話しかけてていた。黄都領主嫡子であるガウェと、本来魔術師団入りするはずだった口の悪いセクトルは話したいなら拒まないというスタンスで。

「--でね、すっごいバッシューンって飛んだ後にすっごいドーンってなったんだ!!」
 弱冠12歳でコウェルズ王子の護衛として王族付きに名を連ねるフレイムローズは、先ほどの訓練で目の当たりにしたニコルと騎士との戦闘を、興奮しながら身振り手振りを加えて説明をしていた。座っている三人の前でぴょんぴょん飛び跳ねて元気が有り余っているらしい。
 興奮の度合いからどれほど目に焼き付く光景だったかが知れるが、フレイムローズの説明では見ていない者に要領を掴めというほうが無理な話だった。
「それは凄いね」
「凄い凄い」
 レイトルとセクトルはさらりと流し去るような応対しか見せず、フレイムローズが不満を感じて頬を膨らませる。
「ガウェも見てたんだから!すっごかったよね!あんなの見たことないよ!ね!」
 賛同を求めるようにすがれば、同じく訓練を見ていたガウェは感心したようにニコルに高評価を与える。
「ああ。魔力をあんな風に使うなんて考えた事が無かったから、見るだけでも良い勉強になる。兵士時代に実戦でかなり鍛えたんじゃないか?」
「へえ、君がそこまで言うなんて珍しいね。私も近々訓練に付き合ってもらおうかな」
「剣術もトップクラスなんだよな…お前やガウェとどっちが上か気になるな」
 ガウェの説明には興味をそそられた様子を見せる二人に、フレイムローズはさらに頬を膨らませて。
「…俺が説明した時となんか違ーう」
「擬音説明じゃねー」
「うー…」
 悔しそうに唸るが、ふと何かに気付いたらしく、フレイムローズはくるりと三人に背中を向けた。
 魔眼の効果で視野が広い為に誰かが近付けば真っ先に気付けるのだ。
「あ!ニコル殿だ!ねえねえ、今君の話をしてたんだ!あの飛ぶのとドーンのやつ教えて!俺もあれやりたいんだ!」
 まるで仲の良い友達に話しかけるように屈託無く笑いかけるが、ニコルはちらりと一瞬目を向けてくるだけで無言で背中を見せた。
「あぅ…」
 警戒した様子を見せながら去っていくニコルの背中を全員で眺めながら、今日もフラれたとレイトルがため息をつく。
「バカにされたと勘違いしたかな」
「…バカになんかしてないもん」
 仲良くしたいのに、まるで雪解けを見せてくれない。
 同い年のガウェや同期入団のレイトル、セクトルならともかく、幼さばかりが目立つフレイムローズにも警戒心を見せるのだからニコルの心に出来た氷山は相当の厚みだ。
「あいつの同室、えげつないのが揃ってるからな」
 王城騎士は兵舎外周で六人部屋が基本で、噂ではニコルの使用する部屋の同室は凝り固まった典型的な貴族主義ばかりらしい。せめて実力主義がいるならまだ救いがあったものを。
 それに気付いたニコルは先手を打って荷物をどこかへ隠しているとも聞く。
「まあ時間の問題だよ。既に王族付きに任命されてるって話しだし」
 レイトルにその話を教えてくれたのは、レイトルの親戚であるニコラだ。
 セクトルとガウェも頷いている辺り、有名な噂ではあるらしい。
「えー。誰?いつ?空き的にリーン様かなぁ?三人しかいないし…うーん…でもリーン様がニコル殿に心を開くかどうかだよね」
「さあ。でも羨ましいよ。騎士団入りしてすぐに王族付きに名が上がるんだから」
「俺とガウェもだよ!」
「黙れ特殊要員」
「ぇえー!?」
 無邪気なフレイムローズを一刀両断して、拗ねる姿にガウェが笑う。
 王族付きは騎士の誇りだ。
 その地位が与えられることがどれほど自分に自信を持たせるか。
「私達も励まないとね」
「ああ」
 遅れはとるまいと、レイトルとセクトルはより一層の努力を決心して頷き合った。

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