第11話


-----

 今だ悪戯のようなファントムの噂に頭を悩ませながらも、エル・フェアリアが考えなければならない事は治癒魔術師の他に、亡くなったリーンと王妃の慰霊祭をどうするかだった。
 例年通り行うのか、それとも今年は中止にするのか。
 慰霊祭といっても上位十四家の貴族当主や代理が王城に集い、王族、王族付き騎士、魔術師団と共に幻泉宮にて祈りを捧げるささやかなものだ。
 それでも貴族の来訪に乗じてファントムが入り込む事が考えられるので今年は中止されるだろうと誰もが思っていたが。
「…決行?」
 護衛時間ではないらしく、ニコルとフレイムローズの様子を見に来たレイトルから慰霊祭は例年通り行われると伝えられて、ニコルは少し驚いた。
「ああ。コウェルズ様から通達があった。ファントムの狙いがはっきりと定まろうが慰霊祭は行われる」
 多少強引な気もしたが、慰霊祭を望む妹姫達の願いをコウェルズは聞き入れたのだろう。それにしてもファントムの狙いが定まろうが決行となれば、王城警護と王族の護衛を任されている騎士団は心中穏やかでないはずだ。
 慰霊祭は王族付き騎士も全員参加である為、一ヶ所に集まることを考えれば幻泉宮を砦に護衛の力も高まるのだろうが、その分王城騎士達だけに城内の警護を任せることになる。
 王城騎士達の力を否定するわけではないが、不安も拭えなかった。
「おそらく治癒魔術師の紹介も含まれていると思うよ。慰霊祭はひと月半後。妹君の到着予定はあとひと月無いだろ」
 それはニコルが考えもしない理由の一つだった。
「…コウェルズ様にしては強引な決断だな」
「いや、ある意味ではコウェルズ様らしいよ」
 いったいどれほど妹が期待されているのかは知らない。他国の治癒魔術師の力などニコルは知らないし、妹の今の実力もわからないのに。
 兵士として働き始めたばかりの頃は、身体中の傷を幼い妹は泣きながら治してくれたが、それもニコルが完全に村を出るまでの短い期間だけだ。治癒魔術を操るのは妹だけではなかったが。
「…フレイムローズ、ニコルを少し借りてもいいか?」
 過去を思い出していたニコルの耳に聞こえてきたのは、レイトルのいつになく真剣な声だった。
 セクトルはニコルに遠慮してか一緒にはいないが、この場にいたとしてもどう顔を向き合わせればいいかわからなかっただろう。
 治癒魔術師確保を優先したはずのセクトルが、この城内で一番ニコルと妹を気にしてくれているなど。
「…フレイムローズ?」
 返事のないフレイムローズに、レイトルはわずかに首をかしげた。レイトルが来たときにはフラフラながらまだ返事をくれていたが。
「丸一日が過ぎると集中力を欠かさない為に魔眼に全神経を注がれます。我々がおりますので、どうぞ」
 フレイムローズの無言の理由を魔術師から聞かされて、レイトルはすぐに理解して頭を下げた。
「ありがとうございます。すぐに済みますので」
「…何だよ?」
 許可を得たならとすぐに少しだけ離れた場所に連れられて、何だと思えば至極申し訳なさそうに俯かれる。
「おい、どうしたんだよ…」
 レイトルらしくない、と肩に手を置けば、
「妹君の事でセクトルが気にやんでる」
 出された名前に、わずかに動揺してしまった。
 セクトルさえ黙っていてくれていたら。未だにそう思うのは確かで。
 それでも、フレイムローズの知らせてくれたことも頭を苛む。
「…知っている。フレイムローズが教えてくれた」
「そう…」
 レイトルとセクトルは互いの家が家族付き合いをするので、生まれた時からの幼なじみだ。
 セクトルの事をよく理解しているのはレイトルで、無口で無愛想なセクトルと他人との間を取り持つのもいつだってレイトルだった。
「それでね、セクトルとも話したんだが…私を妹君の護衛候補に挙げてくれないか?」
 提案された意味を理解するのに数秒かけて、なぜレイトルがそれを知っているのかと眉をひそめる。
 レイトルはニコルの表情に苦笑で返して、昨日からずっとフレイムローズと共にいた為にニコルが知らされていない通達事項を教えてくれた。
「団長達が治癒魔術師の護衛を選んでいることは皆知っているよ。そして選ばれるなら確実に王城騎士からだ」
 王城騎士から。
 朝にコウェルズ達が来た時にも言われたことだ。治癒魔術師の護衛は、王族付き騎士からすれば降格だと。
 ニコルはそれでいい。降格など気にならない。だが王城騎士に実力と内面共に信頼出来るものなどいない。
「それじゃ不安だろ?」
 ニコルの胸の内を言い当てるレイトル。もしレイトルが共に妹を守ってくれるならとても心強くはあるが、それを頼むわけにはいなかいだろう。
「治癒魔術師の護衛になれば王族付きからすれば降格と同じだと聞いた。選ばれるはずがないだろ」
「友達は助け合うものだろ?」
 朝に言われた言葉で伝えても、レイトルはいつも通りの穏やかな笑顔を浮かべるだけだ。
「セクトルが言い出したことなんだけどね、セクトルは絶対にクレア様からは外せない。あいつは騎士団には勿体ないくらい魔力の質が良いからね。私なら魔力も少ないし、第四部隊長の強いごり押しで王族付きになれたまぐれ当たりだから、まだ可能性がある」
 さらさらと並べ立てられた言葉に頷きそうになるが、レイトルが王族付きに任命されるまでにどれほどの努力を積んできたか、知らないわけではない。
 同じ年度に騎士団入りしたこの年下の仲間は、ニコルの知る限り一番魔具訓練での努力を惜しまなかった。
 魔力の少なさを馬鹿にされていたことも知っている。ニコルとつるむのを、弱者同士の傷の舐め合いだと。
 穏やかな笑顔の裏にあるのは苦労を苦労とも思わず、選んだ道を突き進む為に必要な努力を実行し続ける不屈の精神だ。
「お前が王族付きになれたのはまぐれなんかじゃないだろ」
 フォローするわけではなかったが結果的にそう聞こえる言葉にまた苦笑されて。
「君だけじゃ君の不安は拭えない。君が心を許せる仲間が妹君の護衛についた方が、安心も増すんじゃないかな」
 確かにニコルだけで妹を守るなど不可能だろう。
「それとも、そう思っているのは私だけ?」
「そんなことない。…大事な仲間だ」
「なら頼むよ。私だけで立候補するより君が話してくれた方が早いだろうから」
 照れたように頭を少し掻いて見せて。
 もし罪悪感から言っているなら断れたのに。
 レイトルの言葉は本心からなのだろう。清々しいほどの饒舌さがそれを伝えている。
「……いいのか?…クレア様は」
「クレア様にも相談済み。今すぐ言いに行けってお尻を蹴られて来たんだから」
 その展開にはさすがに思わず吹き出してしまった。
 クレアなら遠慮なくレイトルの尻を蹴り飛ばした事だろう。
「…ありがとう。心強い。魔術師団長に話させてもらう」
「できれば、とか下手に出ちゃ駄目だよ!絶対レイトル!って強く言うこと!…わかったね」
「ああ」
 胸に引っ掛かっていたわだかまりがほどけるようだった。
 自分一人だけで背負おうとすることがどれほどの重圧をかけてくるのか、今更知らなかったわけでもないのに。
「それとセクトルの事だけど…」
 言いにくそうにセクトルの名を出されても、もう強張ることもなくて。
「気にするなと言っておいてくれよ。遅かれ早かれこうなっただろうし。…アリアを王都に呼ぶことは考えていたからな」
「…ありがとう。あいつあれで物凄く気にするタイプだから」
 仲の良い幼なじみというのも羨ましい。いつでも二人でセットとして扱われてきたなら、どこかで反発心が出てもおかしくないだろうに。
 勿論二人の喧嘩は王城内の名物の一つだが、それも互いを熟知しているが故だ。
 そして同じくらいに、仲良くなったニコルのことも気遣うのだ。
「エルザ様を置き去りにしてまで団長に話を付けに行ったんだよね」
「…もう噂になってるか」
 互いに少し気が和らいだところで、レイトルが体勢を崩しつつそう訊ねてきた。
 訊ねるといっても、もう全て知っているような様子だが。
 あまり誇れる事ではなかった行いに無意識に口元は引きつるが、嫌だというわけではなくて。
「ヴァルツ殿下が王族付き達に言いふらしてたよ。“ニコルの以外な一面だ”とか言いながら」
 知りたがりのラムタル王弟は、同時にお喋りでもあるらしい。
「あとコウェルズ様も、ニコルがエルザ様を泣かしたって笑ってたよ」
 ヴァルツの件についてコウェルズからあまり言いふらさないよう注意してもらおうと考えていた矢先に聞かされた事実に、ニコルは雷を撃たれたように固まってしまった。
 王族付きはただでさえ七姫贔屓なのだ。昨夜のエルザとの全容は口に出来ないとはいえそんなはしょり方をされたら、王族付き達から殺意と愛情の籠った嫌がらせを受けることは明白だった。
「私が言うのも何だけど、当分は背後に気を付けた方がいいよ」
「…そうする」
 姫達が女の子である以上、何かしらの注意などで叱り、泣かせてしまう時もある。
 そんな時に不条理だろうが行われる泣かせた騎士への制裁には、必ずといっていいほど容赦の無い膝裏蹴りが採用されていた。

-----
 
3/5ページ
応援・感想