第9話


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 深夜帯、入浴を終えたニコルは濡れた髪をきちんと拭かずに滴を溢しながら、王城敷地内を当て処なく歩いていた。
 妹の件での団長との話し合いが終わったのは夕方で、ニコルのたったひとつの願いを叶えるか否かで対話は平行線のまま終わった。
 苛立ちが募りすぎて、その後は食事も取らずに訓練場に向かって。
 装備を纏った状態のまま現れたニコルを見て、訓練中の騎士達は息を飲んでいた。取り合えず誰でもいいから手合わせしたかったのだ。
 今日は王族付き候補達も一日休暇をもらって訓練場にはいない。王族付き達も候補がいないならと軒並み姿を見せない。
 ただでさえ相手を容赦なくぶち負かすニコルが今日はとくに機嫌も悪く現れて、相手になりたい騎士が現れるわけもなく。
 剣術、武術、魔具の総合訓練場となっている場で、ニコルはとにかく目についた騎士に訓練をふっかけた。だがニコルの異様な雰囲気に誰も彼もが断ってくる。苛立ちがピークを向かえたところで、ようやく一人が相手になってくれた。
 エルザ姫付きの護衛部隊長、イストワール。
 ニコルの直属の上官だった。
「俺いま、手加減無理っすよ?」
 普段の礼儀も忘れた地方兵時代の軽い口調にイストワールは苦笑いを浮かべていた。だがニコルの事情は知っている様子で、遠慮なく戦わせてくれた。
 体力も剣術武術も魔力も、イストワールはニコルには敵わない。加えて地方兵時代に実戦で培った反則技もニコルは容赦なく取り入れた。
 それでもイストワールが倒れなかったのは、ニコルの頭に血が上りすぎた為に動きが大立ち回りになってしまった為と、イストワールの長年の経験と騎士としての誇りがあったからだ。
 訓練を終えて、その足でイストワールの部屋に迎えられて酒を飲んで愚痴を聞いてもらって。
 ニコルがクルーガー団長に求めた、妹を迎えるなら叶えてほしい唯一の願いも、イストワールは静かに聞いてくれた。
 否定も肯定もしなかった。だがクルーガーに聞き入れられたなら、そうすればいいと言ってくれた。
 ニコルがエルザ付きに任命されてから約七年。直属の上官としてニコルを育ててくれた人は、終始落ち着いた様子で、酒に綻んだニコルの胸の内を全て聞いてくれた。
 妹が治癒魔術師かもしれないと伝えても、顔色一つ変えずにいてくれたのだ。それが今のニコルにどれほど安心感を与えたか。
 そうやって落ち着いた頃に、イストワールは今日起きた遊郭街での大量殺人の話を聞かせてくれた。
 被害者も加害者も身元がわからない。だが王城に近いということで騎士団の一部隊が少し介入すると。
 そしてガウェとパージャもその中に加わると。
 ガウェとパージャが加わった理由に漠然と気付きながら、ニコルは酔った体を冷ます為にイストワールの部屋を出たのだ。
 深夜に冷水を浴びれば、いくらか頭は冴え渡る。
 夏も終わり深夜帯は冷え込むようになったが、今のニコルにはちょうどよい温度だ。
 イストワールの振る舞ってくれた酒は貴族特有の上品な果実酒で、口当たりが良すぎてあまりニコルの口には合わない。それでも饒舌になるくらい飲んでしまったのだから、今の自分がどれほど自棄になっているかが知れた。
 夜風が水で冷えた頭をさらに冷やしてくれる。まだ湿気の残る風だったが、酒で熱くなった体と相俟って心地いい。
 もうここで寝てやろうかなどと酔っぱらいの頭になりそうな意識を取り戻したのは、後ろにふわりと広がる気配を察したからだ。
 一気に酔いが覚めて意識がはっきりとする。
 すぐに振り返って、なぜここに彼女がいるのかと固まった。
「…ニコル」
 真夜中だというのに、護衛もつけずにエルザが立っていたのだ。
「こんな時間になぜここに!」
 すぐに騎士としての顔が表に出る。
 本来なら姫達はもう夢の世界にいるはずなのに。
「露台からあなたを見かけたもので…内緒で来てしまいました」
「この時期に護衛も付けずに…危険です!現状を理解して行動してください!!何のための王族付き騎士だとお考えですか!!」
 寝間着用の薄手のドレスを纏って、ニコルの叱責にびくりと肩をすくませる。
 それでもエルザは自分の行為を改めるつもりにはならない様子だった。
「あなたが守ってくださると確信がありましたので」
 エルザの根拠のない確信にがくりと項垂れそうになる。いったいどこからくる確信だというのか。
 昼間に拒絶するように別れて、今度は二人きりで会うなど気まずくてならないのに。
「…送ります」
「嫌です」
 取り合えず部屋に戻さねばと促そうとするが、エルザはニコルに背を向けて走り出してしまった。
「エルザ様…って、裸足じゃないですか!!」
 軽やかに駆ける後ろ姿。寝間着のドレスがわずかに捲れ、その足先が白くぼやけながらも裸足であることを伝えていた。
 慌てて本気で走り寄り、エルザの腕を引いて止める。
「何を考えているのですか!!」
「あなたのことですわ!」
 振り返ったエルザの瞳が強くニコルを見つめて、いたたまれずに目をそらした。
 エルザの優しさに気付きながら、同時に与えられた残酷さに拒絶したばかりなのに。
「…昼間のことは申し訳無く思っています。…ひとまずは部屋まで送りますので」
 どちらにせよ今のままエルザをここに長居させる訳にはいかない。
 だがエルザも素直に言うことを聞くくらいなら最初から一人でニコルに会いに来はしなかった。
「…天空塔に連れていってくださいな」
「エルザ様」
「お昼に私を置き去りにした罰です」
 ニコルがエルザの華奢な腕を引いて、エルザは掴まれた腕を引き返して。
「いけません」
「お願いします…何があったかは話してくださらないのでしょう?なら私を安心させてください」
 わずかに近付くエルザの呼気から少しだけ酒の匂いが溢れて、ニコルほどではないにしろ彼女も昼間の件を不味い肴にして飲んでいたことが知れた。
 それならエルザが裸足でニコルに会いにきたことにも合点がいく。
 エルザは護衛の目を欺いて城内を放浪する時がたまにあったが、ファントムの件で騎士達の神経が尖っている時にまで迷惑をかけるような性格ではない。
「…だめです」
 宥めるように、たしなめるように、嫌々と駄々をこねるエルザの肩をつかんで動きを止めて。
 それでも肩を前に後ろに振って逃げようとするので、酒には弱い方なのかも知れない。
「エルザ様…我が儘を言わないでください」
 唇を尖らせるエルザにあきれ半分に強めに注意すれば、ようやく逃れようともがくのを止めるが、
「…なら」
 両手を申し訳なさそうにニコルの方に付き出してきた。
「寝室まで…甘やかしてくださいな」
 手を繋いでと暗に言われたニコルがとった行動は、エルザに小さな悲鳴を上げさせた。裸足のエルザを気遣って横抱きにしたのだ。
 エルザの体は程よい重みしかなく、鍛えているニコルには何の苦にもならない。それでもエルザは突然のことに驚き、体が落ちないようにニコルの首にすがりついた。
 近い、と互いが思った。
 昼間にも抱き締めた体を。だが今のニコルは装備を着けていないので、密着の度合いが昼間の比ではない。
「お…下ろしてください…重いでしょう?」
 緊張に震える声が近さを物語るが、ニコルは下ろしはしなかった。
「裸足でなければ抱き上げませんでした。怪我をされたらどうするおつもりですか?」
 今回の行為自体に、ニコルに他意はない。エルザの体に触れることへの罪悪感も、酒の力と昼間の件で薄れていた。

 しかしエルザにはそうはいかない。
 昼間とは違う密着に、心臓は今にも弾けてしまいそうだった。
 胸がドキドキと激しく脈打ってつらいのに歩き出したニコルは涼しげで、エルザに何も感じていないのだと気付いて胸が軋む。エルザの身を守る騎士としてのニコルしかここにはいないのだ。
 それが悲しくて、もうどうにでもなれとエルザは抱き上げられるままにニコルに身を任せた。
 本で読んで憧れていた“お姫さま抱っこ”は、愛し合う二人のものなのに。
 胸に秘めた思いを告げるとどうなるのだろうか。
 母からは愛は素晴らしいものと聞いていた。
 母の生前は、とても父と仲が良かった。愛し合っていた両親のように、思いを告げればニコルとも愛し合えるのだろうか。
 そこまで考えて、ふと昔の初恋をエルザは思い出した。
「…私…ガウェが好きでしたの」
「--…」
 わずかにニコルの体が強張るが、それに気付けるほど今のエルザは過敏ではなかった。
「…ずっと」
「…そうですか」
 少し悲しげな声。見上げてみても、ニコルは目を合わせてはくれなかった。
「ガウェは最初から私の姫付きになる手筈だったのですよ」
「聞いております。当時の騎士達がそれを聞いて不満を告げたと」
「そうなのです!」
 思い出して、クスクスと笑ってしまう。
 当時はガウェが13歳で、エルザはまだ7歳だった。
 王城警護も知らない子供に姫が守れるのか。騎士達は猛反発し、揉めている間にガウェはリーンと出会った。
「でもそれで良かったのです。だってガウェがリーンの傍にいてくれるようになってから…リーンはとても笑うようになっていきましたもの」
 当時のリーンは3歳で、家族以外では生まれた頃からの護衛である双子騎士以外に心を許さなかったのに、ガウェには心に入る隙間を与えたのだ。
「私やクレア、お姉様やお兄様でも癒せなかったリーンの心の傷を、ガウェは癒してくださいました」
 生まれつき暗かったリーンの髪と瞳を、多くの心無い者達が蔑んだ。見た目の違いだけで、リーンの心まで醜いと決め付けた。そうしてわずか3歳にして人に怯え警戒することを覚えたリーンの心に、ガウェは優しく入り込んだのだ。
「ガウェったら、当時は今のパージャのように慇懃無礼でやりたい放題でよく笑っていて、リーンを連れ出しては城内で遊び回っていたのですよ」
「…想像できませんが…とりあえずパージャが無礼であることは確実ですが慇懃さは無いですからね」
「あら」
 パージャは昔のガウェに少し似ている気がするのに、ニコルには想像が出来ない様子だ。
「…当時の話は隊長達やフレイムローズ殿からよく聞きます。たまにコウェルズ様も一緒になって遊んでいたそうですね」
「そうなのです!…私は少し羨ましかったですわ。勉強を放り出して教師から逃げ回る皆が」
 厳しい勉強漬けの毎日の中で、教師の罵声を浴びながら逃げる兄とガウェとリーンの姿を覚えている。兄が逃げる時の教師はいつもリーンをひどく貶しめる者だった。
「私は怒られるのが怖くて、いつも良い子でいましたの…でも一度だけ怒られたことがあるのですよ」
「…エルザ様がですか?」
「ええ!私でも!!」
 意外そうなニコルの声がおかしくて、同時に自分の過去の行為が誇らしくて、またクスクスと笑ってしまった。
「当時は私がラムタル国のバインド王…その当時は王子だったのですが、バインド様の婚約者だったのです」
「…伺っております」
「…ラムタル国の文化を勉強中に、窓の外で楽しそうに遊んでいるリーンとガウェを見かけて、おそらく魅入っていたのでしょうね。教師に注意されましたの」
 当時はガウェに惹かれていて、屈託なく笑うガウェの笑顔に魅了されて。
 注意されて教師の叱責に肩を縮こまらせたところで、拳骨を落とすようにその言葉を浴びせられた。

『勉強に集中せねば、あの汚物姫のように醜くなりますよ』

 汚物姫。教師はエルザの目の前で、リーンを貶めた。
 ニコルが息を飲むのがわかる。
 それが少し嬉しかった。リーンの為に思ってくれる優しい人がここにもいる。
「リーンが…陰でそう呼ばれていることは知っていました。でも目の前で言われて…」
 生まれて始めて激昂した。
「…気付いたらテーブルの上の物を全て教師に投げつけていましたわ」
 我に返った時にはすでに教師も怒り狂っており。
「物凄い剣幕で教師に怒られましたわ。鞭で手のひらをぶたれたのもその時が初めて…」
 ぶたれた手のひらの痛みを未だに覚えている。だがそれ以上の痛みが胸を苦しめた。
 どうしてこんな人が教師なのか。どうして可愛い妹を無意味に貶す人間から学ばねばならないのか。
 言いたいことは山ほどあったのに、当時の幼いエルザには最初の激昂以外に何もできなかった。
「私は泣いてしまったし、教師はとても怒っているし、騎士達は教師には手を出せませんから騒ぎが大きくなってしまって…」
 悔しくて悔しくて、教師の罵声が掻き消えるほど見境なく泣きじゃくった。喉がつっかえようが鳩尾が痛もうが、それがエルザにできる唯一の反発だったのだ。
「そんな時に、騒ぎを聞き付けたガウェが窓から入ってきて、教師を蹴り飛ばしてしまいましたの!」
 エルザの泣き声はいったいどれほど響いていたのか。最初に見入ってから時間は経ってガウェとリーンは遠くに行ってしまったはずなのに、エルザに気付いて戻ってきてくれて。
「その後は私の手を引いて、また窓から脱走。リーンと三人で王城の裏の泉に逃げましたわ」
 窓を抜け出した時に、教師は騎士達に追いかけて捕まえるよう命令していた。だがエルザ付きの騎士達はそのそぶりだけ見せて、追いかけてはこなかった。
「初めて怒られて、初めて勉強を投げ出しました。…その一度きりですけどね。…今でも覚えているのです。私の手を引いてくださるガウェの強い手のひらを」
 鞭でぶたれ赤く腫れた手のひらは、ガウェの力強い手に包まれて痛みを無くした。それまで眺めることしか出来なかったガウェに、涙を拭かれて慰められた。
「……リーンが亡くなって…ガウェが日に日に窶れていって…私はガウェを励ましたかった」
 五年前、突然この世を去った可愛い妹。エルザ達はとても悲しんだ。だがガウェはそれ以上に悲しみ、精神に異常を来した。無気力となり、廃人と化していたのだ。
「……でも…」
 ニコルも知っているはずだ。当時はもう、ニコルはガウェ達と仲が良かったのだから。
「…なぜガウェが私を避けるのか、知っていますか?」
「…いえ」
 ふと訊ねた質問に、ニコルは首を傾げた。
 ガウェがエルザの姫付きになって現在に至るまで、ガウェはよく護衛をニコル一人に任せて行方をくらませていた。
 ニコルも何度か注意していたのをエルザは知っている。
 しかしそれにも、理由はある。
「バルナ・ヴェルドゥーラ氏です」
「…え?」
 理由として上げた黄都領主の名を、そのわけをニコルは理解できないように眉をひそめて。
「エル・フェアリア王家すら一目置くヴェルドゥーラ家なら、姫が他の小国王家に嫁ぐより地位も名誉も下がりません」
「…それは」
「ヴェルドゥーラ氏は私とガウェの婚姻を望んでいます」
 ニコルが息を飲むのがわかった。
「……そんな馬鹿な…」
「事実ですわ。現にヴェルドゥーラ氏はリーンが亡くなってすぐにガウェを私の姫付きにし、私にもガウェと懇意になるよう話されましたから」
 五年前ならすでに、エルザの心はガウェには無かった。それでも噂は残り、バルナはその噂を頼りにエルザにガウェを託そうとした。
 息子の為ではなく、黄都の為に。
「ヴェルドゥーラ氏には幸いなことに、私には19歳になった今でも婚約者が決まらないまま。…おそらくそれもヴェルドゥーラ氏が関わっているのでしょうが」
 成人を向かえた時点で、求婚者の情報はエルザにも開示されるようになった。エルザも最初は兄達と真剣に話し合った。だがどこからともなく潰れていくのだ。
 裏でバルナが動いていると気付いたのはすぐだった。
「その件についてガウェと話し合った事もあります。やはりガウェにも同じような事が命令されていました。ヴェルドゥーラ氏の狙いは単に一族の栄光と繁栄。でもそんな事に私達が振り回される筋合いはありませんわ。わずかでも噂を広げられたなら、私とガウェは囲い込まれるように婚約が決まるでしょう。そうならない為にも、私とガウェは極力共に行動しないようにしているのです」
 恋仲になど見えないように。単純な思考かもしれないが、単純なぶん上手く働いた。
「…しかし…エルザ様はガウェの事が…」
 ニコルのどもるような声に、未だにガウェへの恋心が語られているのかとおかしくなった。
 私がいま好きなのはあなたなのに。
「…好きでしたわ。でもその時には恋心はもうありませんでした。ガウェは黄都領主嫡子として幼い頃からお兄様や姉妹達と仲良くしていましたもの。…憧れだったのです。気付いたのはまだリーンが生きていた頃。私にとってガウェは“恋慕う相手”ではなく“そうなりたい人”でした」
 自由奔放でいたずら好きだったガウェ。予想もつかない行動で大人達を困らせて、よくエルザ達を笑わせてくれた。大人になった今では懐かしいかぎりだ。
 いろんな話をして、頭が冴えてきて。エルザは一瞬迷ったが、自分の意志をニコルに伝える決意をした。
 恋慕う思いではなくて、もう一つの強い決意を。
「ニコル…私はイリュエノッドにて治癒魔術師となる修行を行うつもりです」
「え!?」
 今のニコルに治癒魔術師という言葉を出していいものか憚られたが、この決意はずっと固めていたのだ。
「…リーンが亡くなり、バインド様が再び私を婚約者になさるかとも思いましたが、バインド様はリーンを偲んだまま妻は娶らないと仰られました。そのお話を伺った時に決めたのです。20歳までに婚約が決まらない場合は、治癒魔術師を目指し王位継承権を返上しようと。その為の訓練も既に行っています」
 20歳までに結婚相手が決まらないなら結婚などしてやるものか。代わりに治癒魔術を会得して、この国を守ってみせる、と。
「それは…その話を知っているのは?」
 ニコルが動揺するのも無理はないだろう。治癒魔術師という存在を知らないにしても、王位継承第三位のエルザが継承権を返すなど。
「数名知っていますわ。今日からあなたも。…お父様は知りませんが」
「なぜ…それを私に告げられたのですか?」
 なぜ。そんなの、決まってる。
「……あなたに知っておいてほしかった…」
 寂しげに笑うエルザを、ニコルはどう思っただろう。このまま二人でいられたらという思いが幻想であることくらい、エルザは充分理解している。
「…もうおしまいですのね…」
 自室近くになってしまった。
 ニコルとの時間が終わってしまう。
「ニコル殿…どうかされましたか--」
「--エルザ様!?なぜ!?」
 エルザの部屋の扉の前に立っていた護衛がニコルに気付き、ニコルに抱かれたエルザにも気付いて。
「部屋を抜け出されていました。今後は露台にも護衛が必要だと団長に伝えておきます」
「露台から!?ここが何階だと思ってるんですか!!」
「大冒険でしたわ!」
「また気配を残す魔術を使いましたね!?笑い事ではございません!!あなたはいつも!!」
 床に下ろされて、夢のような時間が終わる。
 冷たい床は今までエルザを包んでいたニコルの温もりを奪い取るかのようだった。
「あ、ニコル!」
 頭を下げて去ろうとするニコルを呼び止めて、
「…送ってくださって…ありがとうございます。おやすみなさい」
 精一杯の笑顔は、ニコルに届くだろうか。
 優しく笑い返してまた頭を下げたニコルは、静かな足取りで来た道を帰っていってしまった。

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