第1話
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王都中央、王城正門から見て扇状に作られた城下町はざっくりわかりやすく居住区・娯楽区・工業区と分けられている。王城に近い場所には貴族の屋敷や貴族相手の商売店が立ち並び、王城から離れていけばいくほどに平民に親しまれる手頃な店が多いのが特徴だろう。
特に王城から一番近い居住区は王城で生活する騎士や魔術師、侍女達が小さな個人邸を建てるためだけに割り当てられており、形も様々な上に取り壊し頻度も早く、王都名物のひとつと化している。
王城で働く騎士達が城下に降りるとなれば大概は欲求の解消か自分の屋敷に寄るものだが、ガウェとフレイムローズは今の自分達の身なりを考慮した上で屋敷には立ち寄らなかった。
ただでさえ二人は上位貴族一位と二位の家に産まれた良家の子息だ。
こんな姿で屋敷に戻ったら、屋敷に住む使用人達に悲鳴を上げられた挙げ句親に連絡コースだ。
フレイムローズはまだしも、ガウェの屋敷にはガウェの幼少時から仕えてくれている優しくも口煩い教育係がいる。
馬鹿な格好を見せて老いた教育係の目玉をひん剥かせたい衝動はあるが、それで寿命まで縮まってしまっては大変だ。
「…あつくないの?」
王城を徒歩で出て数十分。金を蓄えた平民辺りが好んで住まう地区をぶらぶらと歩きながら、フレイムローズが汗を手の甲で拭いながら訊ねてきた。
夏の日差しが容赦なく露出した肌を焼くが、ガウェがニコルから借りた服は冬用の長袖にマフラーだ。
肌を焼きたくなかったので冬物を借りたのだが、安っぽい生地が肌をチクチクと刺すのが鬱陶しくて下に何か着ておけば良かったと後悔する。
だが暑いかと聞かれたら首を捻る以外になかった。
生地の不快指数は未知の領域まで達しているが、騎士の着用する鉄の装備を思い出すと随分ましだ。
「そっちはどうなんだ?」
「…直射日光でもう腕が痛い…」
うっすらと赤くなり始めている腕を前に付きだして、フレイムローズも恨み節だ。
「薄いのにゴワゴワするし…平民ってみんなこんな服来てるの?王都兵装の方がマシだよ」
フレイムローズの借りた夏服は薄手の長ズボンにランニングシャツだが、フレイムローズとニコルでは体格が異なるためにブカついている。
気を抜けば肩からずり落ちようとするシャツを掴んで、ついでにパタパタと煽り胸元に空気を送り込む。
「肌も露出しまくりでカッコ悪いなぁ…俺も暑いの我慢して冬服借りればよかった」
貴族といえば豪勢に使用した高価な布やレースの衣服だ。そして男は首元を詰めるべきと昔から言われている。理由は知らないが、だらしないとか何とか聞いたことがある。
「…今からでも戻って借りようかな?」
「冬服を二着も持ってないだろ」
「あははは!さすがにそれはないよー!!…って言えないのがニコルだったよねー…」
借りた身分でありながら本人の居ないところで言いたい放題だ。居たところで容赦無いが。
「あいつは基本が支給品の兵装だからな」
「王族付き騎士の給金って平民からすればけっこうな額だよね?服くらい買えばいいのに、ほぼ家に送ってるんでしょ?そんなにお金が必要なのかな?」
ニコルが自分の給金を全て家に届けているのは有名な話だ。わざわざそれを馬鹿にしに来る騎士もいるくらいなのだから。
「奴の故郷は王都から一番離れた僻地だからな。貧乏な村ごと養ってるみたいだ」
本人から聞いた話を教えれば、へえーと理解していないだろう相槌を打たれた。
「想像つかないや」
案の定か。
「みんな城下町に別宅建てたりしてるのにね。俺も前にお父様に言われて家を建て替えたよ。前のは子供っぽすぎるからって」
19歳のフレイムローズが初めて個人邸を建てたのはまだ12歳の七年前だ。
子供の感性が最大限生かされた邸宅はからくり屋敷としてもっぱら有名だったが、さすがに大人になった今の年齢を考えれば「そろそろ落ち着いてくれ」と願うのが親心だろう。
「気に入ってたのにー。まあ隠し部屋と隠し通路増やせたからいいけど」
親心子知らずだった。
そのうち見に来るであろうフレイムローズの父親が頭を抱える姿がありありと目に浮かんだところで、そういえば、とフレイムローズから話題を変えてきた。
「城下町なんてどれくらいぶりだろ?もうずっと王城から出てなかったよ」
ウキウキと楽しんでいる姿だけ見れば微笑ましいものだが。
「置き去り喰らってなきゃお前は数日前にここを通ってたんだけどな」
「言わないでよ!!」
やれやれと鼻で笑えばむきになって返される。
「それに置き去りじゃないし!!」
「何言ってるんだ。コウェルズ様が外交に向かう当日に風邪引いて同行できずにふて寝した奴が」
「…うぅ」
「王族付き失格だな」
黙るフレイムローズを見ながらニヤリとまた笑う。
フレイムローズはエル・フェアリア唯一の王子コウェルズの王族付き騎士であり、王子が外交に向かうとなれば騎士達も全員同行するものだが数か月前から決まっていた出発日当日に風邪を引くというミラクルをやってのけてくれたのだ。
しかも「絶対に付いていく」と鼻水を垂らしながら王子にすがった揚げ句に「待っててやるから風邪を治せ」と気を使わせ、うたた寝している間に出発してしまった王子達に気付いて大泣きしながら「ウソつき」呼ばわりしたことは、看病していた医師団から丸々聞かされている。
そこまで知っていることも全部話してやろうかと思ったが、残念ながら先に噛み付かれてしまった。
「そんなの!!ガウェだっていっつもエルザ様ほったらかしてる!!王族付き失格だよ!!」
あまりの大音量に周りの人間から注目を浴びていることに気付いていないのか。
「失格で結構」
あまり注目はされたくないので足早に進めば、子供のように袖を掴まれた。
「もー、何でガウェってそうやる気無いの?エルザ様美人なのに」
美貌と慈愛に満ちた第二姫エルザは騎士達に一番人気の姫だが、美人だからやる気を起こす程度なら王族付きになどなれないことを理解しているのだろうか。
自分のことは棚上げにして久しぶりに説教でもかましてやろうかと思った矢先に、またも騒がしいフレイムローズに先を越された。「あー!!」という大騒音と共に。
「見てガウェ!!あれ画廊だよ!!あったー!!」
ガウェ達が手始めに散策していた場所は居住区なのだが、そこに一軒の小さな画廊があると聞いて探していたのだ。
王城を出る前に王族付きの先輩騎士に捕まり、またも春画を頼まれたのだが代わりに良い画廊を教えてもらったのだ。
「民家の中に良い画廊があるって聞いたけど…ここだよね?」
家の一階部分を開放した程度の小さな画廊だったが、中を覗き込めば、何とも言えない穏やかな空間が二人を出迎える。
絵画の数は多くない。壁にオリジナルを展示し、その下に複写した販売用の絵を置いている大衆向けの画廊だ。
一歩足を踏み込めば、絵の具などの独特な匂いが優しく鼻腔をくすぐる。
確かに“良い”画廊だ。
無意識の警戒心が強いフレイムローズがすぐに中に入ってしまったところを見ても、ここはとても居心地がよかった。
「…春画は奥だって。仕切りの向こうと分けてるんだね」
室内は簡単な作りで二つに分かれており、奥に向かう通路に看板が立てられて注意書きが張られていた。
「わあ…王子と姫様がいっぱい…」
壁にかけられた絵画の大半はエル・フェアリアを象徴する王族の子供達が中心ではあったが、その多くが似ても似つかぬ人物ばかりだ。
当然といえば当然だろう。
王家が抱える画家でも無いかぎり名も知られていないような画家が目通り出来るはずがないのだから、必然的に想像上の姫達ばかりになる。
ガウェもそれをよく理解しているが、不思議なことにこの画廊に置かれた絵画の中の数点は、とても姫達に似ていた。
雰囲気は今の姫達より少し幼いが
「……」
画廊に入って最も目につく場所に展示された絵画は、最近では珍しく七姫が“全員”揃って描かれていた。
コウェルズ王子を中心に、虹の七姉妹と呼ばれた七人の姫達の集合場面が今にも動き出しそうに描かれている。
その中の一人、明るい絵画の中にあって場違いな雰囲気を伺わせる姫を、ガウェは誰よりも知っていた。
「--見てガウェ」
息を飲んだようなフレイムローズの声に、名残惜しむように彼女から視線を外し。
フレイムローズに指差された絵画に視線を移し、今度こそガウェは呼吸を忘れた。
『--ガウェ』
そう、呼ばれた気がした。
その絵のタイトルは『緑姫』
「…リーン様だよ」
壁にかけられたその姫は、両手いっぱいに七色の花を抱き、全てを愛するかのような優しい微笑みを浮かべて。
月明かりを背景にした薄暗い世界観が、彼女を苦しめた髪と瞳の色を柔らかく包み込んでいる。
ガウェが知っているリーン姫よりも、少し大人になった姿のようだった。
とてもよく似ている。
髪と瞳の色も、肌の色も、目鼻立ちも、何もかもが。
「--おや」
リーン姫の絵に目を奪われ動けなくなった二人を、店の奥から出てきた老人が驚きながら見付けるまでにどれくらいの時間が経っただろうか。
腰を曲げて杖をついた店主であろう老人は、ゆっくりとした歩調で二人に近付いてくる。
「お前さん達、リーン姫を知ってるのかい?」
近付いた老人に気付き、フレイムローズが照れながらガウェを隠れ蓑に体を隠した。
「えっと、あの…」
だが老人は気分を害した様子は見せなかった。
「この絵は最近人気の双子の画家の作品でな、緑の姫はもう死んじまってるんだが、その姫様が生きてたらこんな感じに育ったろうって、そんな絵だそうだ」
「…双子?」
老人の言葉に、ガウェは気付き声を発した。
「おうよ。綺麗な絵を描くだろう。特に王子と七姫様が多いか」
これほどまでに王家の子供達をそっくりに描き上げ、さらに緑姫を思い入れ強く描ける双子。
すぐに誰であるのか予想がついた。
「…それにしても深い髪と目の色だろう?この国じゃ珍しい色だよ」
リーン姫の絵を眺めながら、老人はまるで可愛い孫に声をかけるように呟く。
その声色の優しさが、当時のリーン姫に届くなら。
「…ああ、美しい色だ」
エル・フェアリアに産まれる人間は、王家も平民も関係なく鮮やかではあるのだが色素が薄い場合が多い。ガウェの黄の髪も、フレイムローズの赤い髪も、日の下では淡く輝くのだ。
だがリーン姫は、闇を垂らしたように深い緑を身に受けて生まれた。
その見た目のせいで、幼い姫がどれほど蔑まれたことか。
「ワシも噂じゃ酷い姫様って聞いてたんだがな…もしこの絵みたいな姫様なら、描いてみたかったねぇ」
老人の言葉が、耳を優しく苛む。
「綺麗な姫様じゃないか」
どうして、彼のような人物が姫の側にいてくれなかったのかと。
「おじいさんも描くの?」
言葉をつまらせたガウェの横から、フレイムローズがまだ体を隠しながら訊ねた。
「少しだけな」
「だからこの画廊には沢山の画材の匂いがするんだね」
画廊に足を踏み入れた瞬間に感じた居心地の良さ。その正体だった。
他の大きな営利用の画廊では有り得ない店内を包む優しさの正体は、この老人も絵を理解し愛しているからだ。
「ワシは残念ながら才能が無くてね…この絵を描いた双子は天才だよ。画家として売れようと思うならだいたい春画から始まるもんだが…この絵を描いた双子は春画など描かんでも売れてるんだからな」
どこか羨ましそうに、しかし誇らしげに語る老人は、どこまで双子の画家のことを知っているのだろうか。
「羨ましい限りだよ。今にも動き出しそうなもんを描きやがる」
「…この絵を売ってくれ」
絵の中のリーン姫から目をそらさずに、ガウェは呟くように告げた。
「複写じゃない。原画だ」
絵の下に置かれている複写された絵の量を見れば、この絵があまり売れていないことはすぐにわかった。
だがそんなことはガウェには関係無い。
この絵が欲しかった。
原画なら転写の数倍の値がかかるが、それでもガウェには買った内にすら入らないほどの金額だ。
「これでいいのか?あっちに一番人気のエルザ姫のもあるが」
「これだ」
老人が示す方には目もくれず、ガウェはただリーン姫だけを眺めていた。
「…わかったよ。用意するから待ってな。少し名残惜しいがね」
「待て…複写も買う。原画は指定した場所に届けてくれないか?」
壁にかけられた絵を外し始めた老人を見て、ガウェはようやくあることに気付き老人を止めた。
大衆店の画廊の場合、買った複写はくるりと巻かれて渡されるが、原画はどうなるのかガウェは知らない。
この絵を巻かれたくはなかった。
その雰囲気を感じ取ったのだろう、老人が面白そうに目を細めたのが、ガウェには少しこそばゆかった。
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「結局沢山買っちゃったね!」
画廊を出た後で、買った全ての絵を持たされたフレイムローズが満足げに鼻歌を歌っていた。
リーン姫の絵の用意をしてもらっている間にフレイムローズは春画の置かれたコーナーに立ち入り、お土産用に片っ端から複写絵を手に取り始めたのだ。
レイトルとセクトルに頼まれたクレア姫の春画の他にも二人が喜びそうな巨乳の女性を描いたもの、この画廊を教えてくれた先輩騎士に指定された舞台女優のヌードやら、体のラインが美しく芸術的に描かれているもの、ニコルの土産選びにはガウェも交じり、ゴワゴワの不愉快な服を貸してくれた“御礼”にとにかく卑猥なものを片っ端から揃えた。
ただ何を勘違いされたか会計をしている最中に老人から「春画も大好きか。男の子だなぁ…」とキラキラした目で言われた件については心外だ。
たかだか春画だけで満足してことを済ませる者などガウェの知る限り騎士の中にはいない。
「あ、ニコルの為にエルザ様の普通のも買ったらよかったね。おじいさんがおすすめしてた一番人気の絵」
それはガウェが断った物だったが、後で見たその絵も双子が描いたらしく、とても美しいエルザ姫が愛らしく笑っていた。今のエルザ姫より若い頃の姿で。
「…双子の画家ってさ」
「言わなくていい」
傷を隠すために作っていた前髪が崩れ始めたので髪留めを直していたガウェは、フレイムローズの言おうとしている言葉をぴしゃりと止めた。
言わなくていい。
言う必要などない。
何を言おうが、ガウェとフレイムローズの側から、あの兄貴分の双子騎士は去ってしまったのだから。
「…わかった」
隣でフレイムローズが目を擦るのが見えた。
騎士団から去る二人に「やめないで」とフレイムローズが泣きすがったのは、まだフレイムローズが成人する前の話だ。
五年前、不慮の事故でリーン姫が亡くなり、その責任を取る形で二人は王城を追放された。
二人に責任など無かったのに。
「……」
傷が隠れるよう前髪を綺麗に整えたガウェは、ふとある気配に体を警戒させた。隣ではフレイムローズの閉じられた瞼が小さく蠢き、同じように気配を感じ取ったのだと気付く。
ーー何が?
辺りを探る前に、バサリと紙が舞う騒がしい音が町中に響いた。
「号外号外!号外だよーっ!!」
男が一人、この暑い中を大量の紙を撒き散らしながら走り抜けていく。
「うわ、何!?」
ガウェ達の隣を通りすぎた時にちょうど前に落ちてきた紙を一枚、フレイムローズがタイミングよく手にした。
「なんだろ?」
ガウェも横から紙に書かれた内容を覗き見る。
「“ファントムの噂、確実か”…あ、そっか、この為に城下に来たんだったね」
--こいつ…
本来の目的を忘れていたらしく間抜け顔で言う馬鹿発言に頭をひっぱたきたくなったが、何とか堪えたのはフレイムローズが真剣に読み始めたからだ。
「“ついに我らが大国エル・フェアリアに目を付けた怪盗ファントム、その狙いはいったい…”」
文面はそれだけで、詳しくは書かれていない。
散らかった紙を拾い上げて読んでいた周りの者達も、それくらいもう知っていると失笑気味だ。
「その狙いが知りたいってのに」
言いながら、やれやれと肩をすくめる。
フレイムローズは一応紙を捨てずに土産の絵の入った袋に畳んで入れたが、これを騎士団長に渡したところで「捨ててこい」と一蹴されるだけだろう。
「うーん…狙いが何なのか探らないと団長に怒られるよね…でも噂任せの相手なんだし、無茶っぽいけど。これで怒られたらさすがに理不尽だよ」
「--エル・フェアリアは何千年も続く国だから、歴史的価値のある宝が多いのよ。…骨董品ばかり狙うファントムが何を欲しがっているかまでは、まあ“一般”にはまだ掴めてないわね」
当たり前のようにごく自然に話しかけられて、ガウェとフレイムローズはわずかに眉根を寄せた。
前を見れば、成人を迎えたばかりの年頃の娘が二人、ガウェとフレイムローズに笑いかけている。
「初めまして、私はアミ」
先ほど話しかけてきた声を持った娘が、気の強そうな目でガウェ達に笑いかけた。
「こっちは妹のマイルよ」
アミの隣に立つのは、おっとりとした娘だ。
貴族の中で育ったガウェ達からすればはしたないと思えるほど薄手の服を着た娘達に、人見知りのフレイムローズがガッチリとガウェの首に巻かれたマフラーを掴み上げてきた。
「ぉおぅお女の子だよおぉぉっ!!」
何をそこまで驚いているのか、肌触りの悪いマフラーをガシガシと揺すぶられては堪ったものじゃない。
「お兄さん達、ファントムに興味があるなら私達と話さない?」
「ちょうどヒマしてたの!号外よりかは色々と知ってると思うよ?」
美しい七姫達を見慣れたガウェにとって二人の娘はさほど可愛らしいとは思えなかったが、フレイムローズはそうではないらしい。
誘いの言葉にピタリと動きを止めて、やがて照れたようにマフラーを掴んでいた手を離してモジモジし始めた。
「ど、どうしようガウェ!?女の子に声かけられちゃってるよ!?」
照れまくっているフレイムローズを尻目に、ガウェは崩れたマフラーを簡単に直して短いため息をつく。
「…行くぞ」
「ぇえ~~っ!!」
ファントムの噂は少しずつ明るみに出てくるという不思議なもので、こんな若い娘二人が情報を掴んでいるとは到底思えなかった。
しかもそれを餌に盛りやすい年頃の男を誘っているのだ。何かあると考えない方がおかしいだろう。
新手の女郎か、美人局か。
「あらダメか…」
「残念。素敵な出会いだと思ったのにな…」
おかしな面倒事に巻き込まれる前に立ち去ろうとしたが、フレイムローズの我が儘の方が上手だった。
「ダメじゃない!!行く!!」
先ほどの初々しいときめきっぷりはどこへ行ったのか、ガウェの言葉は完全に無かったことにしてフレイムローズは叫んだ。
「…おい」
さすがに声に怒気を含めば、フレイムローズは娘達から少し離れた場所にガウェを引っ張っていく。
「ガウェはいいじゃん!モテるんだから!!俺だって女の子とお話したいの!!ファントムの話も聞けて一石二鳥でしょ!!」
コソコソと必死に説得してくるが、ガウェの気が変わるはずもなく。
「なら一人で行ってこい。巻き込むな」
「なんて話したらいいかわからないよ!!お願い!俺の出会いの為に!!」
「お前な…出会った所であの女達は平民だぞ?周りが許すと思っているのか?」
最近は貴族と平民間の結婚もちらほらと聞くようにはなったが、それでもフレイムローズは貴族第二位、赤都領主アイリス家の子息であるために相手にもそれなりの出自が求められてくる。
特にフレイムローズは三男とはいえ“訳有り”であり、跡継ぎの為にも伴侶となる相手は確実性を重視されているのだ。
それでもフレイムローズには今の出会いが大切らしい。
「そ、それはそれ!これはこれ!!」
フレイムローズという存在の重要性をガウェが最初から説明した所で、恐らく今は右から左だろう。
「お願い、ガウェ~…」
仕上げとばかりに胸にすがられれば、苛立ちと共に諦めがやってくる。
「…好きにしろ」
「やった!」
げんなりと呟けば、フレイムローズはガッツポーズで満面の笑みを浮かべた。
無邪気すぎて腹が立つ。
「お話終わった?」
「大丈夫?」
二人の会話が終わったことに気付いたのか、娘達が近付いてきた。
「大丈夫だよ!どこに行く?あんまりこの辺知らないけど“お金はあるから”どこでもいいよ!」
頭を本気で殴りたくなった。
彼女達が美人局だった場合を考えていないのか。
しかし二人はフレイムローズのお金発言を別の面から捕らえていた。
「えーほんと?」
「…すっごく貧乏そうなカッコなのに…無理しなくていいよ?」
忘れていたが、今の自分達は平民の中にいてもさらに貧しい分類に当たる服を着ていたのだ。
「これはえっと…世を忍ぶ仮の姿というか」
「ふーん?じゃああっちのお店行こ!奢ってくれるなら、安くて美味しいお店があるの!」
「やった!マイルもそこ好き!!」
服装に気を使ってくれたのか、娘達が指差す方向は、城下町で一番王城から離れた飲食地区だった。
「えへへへ…二人とも可愛いなぁ」
歩き始める娘達とフレイムローズの後をついて歩きながら、ガウェはため息しか出てこなかった。
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