第6話
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未だ何の確実な対策も打てないままいた王城内で、ファントムの狙いの核心に最も近く踏み込めたのは第五姫フェントだった。
騎士団、魔術師団の各隊長クラスも呼び出された政務棟で何が話し合われたのか。
「--…」
ニコル達が知ったのは話し合いの翌日の朝だった。
フェントが書物庫の膨大な文献全てに目を通している事は城内では有名な話なのだが、その内容をほとんど覚えているなど、誰も思わなかった。
七姫が狙われていると噂が経ってから約ひと月半。わずか13歳の姫は見つけ出したのだ。
ファントムとエル・フェアリアの繋がりの一部を。
集会に使われた場所は、王城前の中庭だった。
王城警護任務がある騎士以外全員と魔術師団も顔を揃えれば人数は凄まじいことになるので、全体が集まる場合はいつも中庭を使用するのだ。
“炎の矢”と呼ばれる緊急招集手段もあるが、騎士達が集まるよう伝えられたのは昨日だった。
七姫と王族付き騎士の各隊長と団長二人は王城の広い露台に立ち、ニコル達は露台の後ろに控えて静かに成り行きを見守る。
候補達の姿も露台にあり、その中で眠そうに欠伸をしたパージャをニコルは強く睨み付けた。
ざわつく中庭を前に、まず前に出たのはミモザだ。エル・フェアリアの王は姿を見せない。しかも兄の王子は外交に出ているので、取りまとめるのは第一姫の仕事だ。
ミモザの凛とした姿が現れるだけで、ざわついていた中庭の騎士や魔術師達が一瞬にして静まり返る。
王城内の窓からは手隙の侍女達が顔を覗かせるが、こちらも静かなものだった。
「--ファントムの件について、昨日判明した内容をお伝えいたします。今から伝える事が全てではありませんが、心して聞くように」
声を張り上げているわけではなく普段通りに話しているだけだが、ミモザの声は中庭によく通った。
おそらく自身の声に魔力を込めたのだろうが、堂々たる姿と相俟って風格は女王のようだ。
ミモザに促されて前に進むフェントは場慣れしていない様子が背中越しでも窺える。強張った肩をミモザは優しく抱いて、その後一歩下がった。
「…40年前に初めて現れたファントムが奪った各国の宝具は七つあります。そしてそれらの宝具は全て、かつてはエル・フェアリアに存在しました」
フェントはミモザと同じように声に魔力を込めるが、慣れていないのか緊張したせいか、わずかにノイズがかるように震えている。
それでもフェントは懸命に自分の見つけ出したファントムとエル・フェアリアの繋がりを集まった者達に告げた。
「最も古い文献では、それらの宝具によってエル・フェアリアの争乱が静まったとされ、エル・フェアリアが国土を広げ、あるいは他国と同盟を結んだ際に相手国、またはその土地に平和の象徴として差し上げたものとされています。いずれも大昔…創始の話で、エル・フェアリアも宝具を託された国もその事を忘れ去っていた様子ですが…」
そこでわずかに声がくぐもり、フェントは自分の胸をトントンと軽く叩いた。そわそわとフェントの王族付き達が落ち着きを無くしたのは、内気なフェントをよく知るがゆえだろう。
「宝具についてですが…エル・フェアリアに通じる魔力を持つ者が扱うと、宝具が持つ本来の力が発揮されるという…太古の兵器と考えて間違いありません」
ピリッと、団長や隊長達の間に緊張した空気が張り詰めたのを、ニコル達は見逃さなかった。
太古の兵器。
ファントムが今まで奪っていった宝具はどれもがらくただと言われていなかったか。
「…つまり私達エル・フェアリア王家の血を引く者が扱うことで、それらは復活する…兵器にどれほどの力があるかはわかりませんが、その力が古代文献通りなら…場合によっては国が滅びます」
静まり返る中で、どれだけの人数がその脅威に気付いただろう。
国が滅びるほどの兵器など、聞いたことがない。
まして平和に満たされた場所では尚更。
「文献を全て信じるならば、ファントムの狙いの姫は、七姫全員に当てはまります。…コウェルズ王子も例外ではありません」
フェントが下がり、次に騎士団長のクルーガーと魔術師団長のリナトが前に立つ。
国が滅ぶとまで言わせたその重大さを最も理解しているのはこの二人だろう。
大戦を生き延び、本当に滅んだ国々を見てきたのだから。
「…以上を踏まえ、我々騎士団と魔術師団は狙われた姫を探すのではなく、七姫様全員が狙われていると考えて行動することになった。これより先はコレー様のみでなく七姫様全員の護衛部隊にも魔術師団が加わることになる」
ファントムに狙われるたった一人を探すのではなく、姫全員が狙われているものとして。
昨日から各姫達に魔術師が共に行動していることに疑問を感じていた王族付き達が、ようやく状況を理解して頷き合う。
騎士団と魔術師団は今まであまり接点が無かったが、姫の護衛に関して互いに歩み寄る形になったのだろう。
そしてリナト団長が隣にフレイムローズを手まねいた。
神妙な面持ちのフレイムローズは、今から何が始まるのか理解している。
「コウェルズ王子付きであるフレイムローズの魔眼の力で、姫と全騎士、全魔術師達には王城内にいるかぎり常時魔眼蝶を取り付ける義務を課す」
リナトが宣言するやすぐに、フレイムローズは閉じられた瞳を開ける。
その様に、大多数の騎士達が恐怖に顔を歪めた。
フレイムローズの魔眼は恐れの対象であり、訓練で魔眼が発する強力な魔力にあてられた者も多い。
ニコル達からはフレイムローズの背中しか見えなかったが、中庭に集まった騎士達がどれほど緊張しているかは手に取るようにわかった。
フレイムローズの目から、ひらりひらりと黒い魔力の蝶が現れる。最初はゆっくりと、しかしすぐにペースを上げて、空の一角を男の手の平ほどの大きさをした蝶達が埋め尽くした。
今まで見たこともない光景に皆が息を飲む。
数日前にパージャが出現させた薄桃色の花弁の舞と同じ要領のはずなのに、闇色の蝶というだけでこれほどまでに禍々しいとは。
蝶達はひらひらと浮いていたが、全員分の数が出揃った所でフレイムローズが静かに両手を天に掲げ、そしてゆっくりと下ろした。
その合図を待っていたかのように、蝶達が一斉に地上に向かう。うちの百匹ほどは王城バルコニーに訪れ、姫達と騎士達の肩にそっと止まった。
指先で触れればひらりと羽を動かし、見た目にはただの大きめの黒い蝶だ。ただしその胴体部分はいくつもの目玉の姿をしているが。
「魔眼蝶にはお前達が今現在どこにいるのかがわかると同時に、フレイムローズの視界とも精通し、万が一不審人物が“目に見えぬ”形で現れたとしても、フレイムローズを媒介に気付くことが出来るようになる」
クルーガーの肩にも蝶が止まり、声を出す度にひらひらと羽を動かしてバランスを取るかのような姿が妙に可愛らしい。
「ただし際限が無いわけではない。先ほども言ったように、兵舎外周を含む王城敷地内のみだ。それ以上は、フレイムローズに負担がかかりすぎる。城外に出れば魔眼蝶は自然と離れて消えるが、城に戻った際に他の者の魔眼蝶に告げれば再び魔眼蝶は現れるから、面倒にはなるがそのように動いてほしい」
範囲を定められたとしても、その規模は広すぎた。兵舎外周までの敷地内で、数千の魔眼蝶達をフレイムローズが操るのだ。その魔力量にはただ戦慄することしか出来ない。
フレイムローズと近しい王族付き達ですら、じわりと浮かぶ冷や汗を拭うほどに。
「それともうひとつ」
再びミモザが前に立ち、魔眼蝶に困惑してざわつく騎士達を見据えた。
「…今回の件では、魔術兵団の力は存在しないものと思っておいて下さい」
一瞬、辺りが全て静まり返った。そして止まった時が動き始めるように今までで一番、騎士や魔術師達がざわめく。
何故。
その言葉が最も多く聞かれた。
七姫が狙われていながら、なぜ魔術兵団が、“国王”が動かない。
「…エル・フェアリア王はファントムの噂には否定的である為、国王直属の魔術兵団も動くことは無いでしょう」
だが静かに語るミモザの言葉は、微塵の不安も感じさせなかった。
「ですが貴殿方が魔術兵団に劣るとは考えていません。精鋭揃いの騎士団と魔術師団。そして王都の兵士達。虹と鉄、つわものの揃うエル・フェアリアにおいて、ファントムなどという姿の見えぬ存在など恐れるに足りぬということを、証明するのです」
その演説は短く、だが士気を高めるには充分な言葉だった。
力強く宣言するミモザに三千人近くの視線が集中する。それを全て受け止めて、ミモザは自分達がファントムなどに負けるはずがないと確信してくれたのだ。
--集会を開いた理由はこれか
目の色を変えた王城騎士を見やりながら、ニコルは今回の集会の本当の理由に気付いた。
ファントムの狙いを見定めて知らせることも大切だろう。だがそれ以上に大切なことを。
平和に甘んじた騎士達の意識を高める為に。
最初の王族付き“候補”が発表されて数日。わざと若騎士ばかりが選ばれたというのは王族付き達の間では真しやかに噂されている。
王城騎士達に危機感を持たせるために、わざとルードヴィッヒ達若い衆が最初に選ばれた。だというのに…
この数日で新たに候補に加わった王城騎士はたったの四人だ。
フェントがファントムとエル・フェアリアの繋がりを見つけたことは事実だが、団長達はそこから騎士達の士気を高める手段に出たのだ。
怠惰な騎士ばかりではない。
あと一歩で王族付きに選ばれるであろう者も多い。
そのあと一歩にさえ気付けたら、すぐなのだ。
ルードヴィッヒはおそらく本能的に気付いた。がむしゃらな努力がそれを物語っている。
それらを見て、気付け、と。
今の王族付きの数は、歴代に比べて圧倒的に少ないのだ。
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リーン姫と王子や他の七姫達の仲はとても良かった。
和やかな兄妹達のふれあいは、彼らが王族の子供達ということを除いても輝いて見えた。
ふわりと浮かぶ羽のように遊ぶ純真無垢な子供達に、誰もが心を癒される。
しかし何気なく呟かれる心無い言葉が、いつも彼らに突き刺さるのだ。
「美しい子供達」
「だが緑の醜さの目立つこと」
エル・フェアリアで生まれた者は皆等しく光をまとう髪の色を持つはずなのに、第四姫のリーンだけは墨を濃く混ぜたかのような闇色の緑の髪と瞳だった。
光輝くような子供達の中で、その色はあまりにも悪く目立ちすぎた。
兄姉妹達は気にはしない。
だが周りはそうはいかない。
深緑の髪を、穢れと嫌った。
暗緑の瞳を、異端と蔑んだ。
そう言われ続けて人前で笑わずに顔色を覗うようになってしまった幼い姫を、王家の恥晒しと罵った。
姫の小さな白い手のひらは、心無い言葉のせいで酷く汚されて。
汚されたその手で顔を隠そうと触れるから、顔にまで汚れがついて。
姫を思う者達がその汚れを取り去ろうと拭っても。
その何倍もいる心無い者達が更に汚れをぶちまけていくのだ。
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集会が終った後、王族付きと候補達は別の場所に移動し、ファントムの奪ったこれまでの宝具について詳しい説明をされた。
ユナディクス国から赤の宝具の首飾り。
アークエズメル国から緋の宝具の双剣。
バオル国から黄の宝具の腕輪。
レイノール国から緑の宝具の長剣。
スアタニラ国から青の宝具の籠手。
セヴィラニータ国から藍の宝具の弓。
カオス国から紫の宝具の杖。
これらの宝具は全て他国に渡っていたもので、しかし他国王家も長く存在を忘れていた、宝物庫のがらくただった。
フェントが宝具とエル・フェアリアの繋がりを見つけたのは、過去40年を遡り、ファントムが奪った宝具を書き出した時に、いつだったか読んだエル・フェアリアの古文書に記された古代兵器と合わさると気付いたかららしい。
国を滅ぼすほどの兵器をなぜ他国に渡らせたのか。
それは恐らく兵器が七つ揃うことで力を発揮するのであろうという見解が有力だ。
エル・フェアリア創始の争乱を治めたとされる宝具。しかしあまりに強すぎるがゆえに、七つを遠く隔てた。
そして今は、まだそれ以外に何もわかっていないのだ。
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