第6話


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 兵舎の内周と外周の間に備えられた訓練場でルードヴィッヒが教官のスカイから猛訓練を受けているのを眺めながら、レイトルはガウェ、パージャと共に建物内での戦闘について話し合っていた。
 以前の必須訓練で行った兵舎外周内での戦闘訓練は、限られた空間での戦闘という戦いにくさに直面して驚かされた。
 その時パージャはまだ騎士団入りしてはいなかったが、訊ねる限り彼も外での戦闘経験はあっても建物内での経験はあまり無いらしく、面倒臭がって逃げるかと思ったが話し合いには積極的だった。
 狭い空間でいかに無駄なく動くか。良質な魔力を多く持つガウェやパージャはやはり魔具に頼るところが多いが、レイトルはできる限り備え付けの剣で戦いたい。
 エル・フェアリアの騎士に支給されるドレスソードは他国と違い、細身ながら威力がある。それは上質な鉄の採掘が可能な土地だからだ。しかし魔具に自信のある騎士はわざわざ帯刀しない者の方が多い。
 ニコルは真面目な性格の為に帯刀しているが、ガウェやフレイムローズ、セクトルにパージャまで、邪魔だと端から捨てている。ならもし魔具を発動出来ない状況下だったら?
 訊ねたレイトルに、ガウェとパージャはただ首をかしげていた。
 どうしよう、というわけではなく「何の為に武術も習得したのか」と。
「--パージャ殿、少しいいか」
 どこか場所を見繕ってまた建物内で訓練をしてみようか。そう話し合っていた所で、スカイからの扱きにひと段落ついたらしいルードヴィッヒが駆け寄ってきて、睨み付けるようにパージャを呼んだ。
「うわ何また手合わせ?いい加減疲れたんだけど」
「煩い!さっさと、用意しろ!!」
 すでに息は上がって全身汗だくのルードヴィッヒだが、休むという選択肢は無いらしい。
 尊敬するガウェのいる手前、格好をつけたいという思いもあるのだろうが。
「知らない間に仲良くなったみたいですね」
「…ルードヴィッヒがパージャに変な懐き方してるようにしか見えないがな」
 無理矢理パージャを訓練に付き合わせるルードヴィッヒと代わるように、スカイがレイトルとガウェの隣に腰を下ろした。
「どっこいしょ」とオヤジ騎士の名に恥じぬひと言を忘れずにいてくれる辺り妙に好感か持てる。
 ルードヴィッヒに激しく訓練を課して自分も結構動いていたはずだが、スカイは息切れひとつ起こさず涼しげだ。
 これが一般人ならルードヴィッヒの方が若く体力もあっただろうが、長年かけて培った騎士の体はそう簡単に悲鳴を上げはしない。
「喧嘩を売っているようにも見えますし、仲良しにも見えますね」
 ルードヴィッヒが一方的に攻撃を繰り出してパージャはのらりくらり躱している様子を眺めながら、この数日をざっと思い返す。
 変化があったのはルードヴィッヒの方だ。
 最初はパージャの一挙一動に唖然とするばかりで同室とはいえどこか一定の距離感を保っていたルードヴィッヒが、この数日ずっと、パージャを見かける度にところ構わず手合わせを申し込む姿が見られた。
 パージャだけに限らず、時間の許す限り四ヵ所ある訓練場にほぼ滞在して、ルードヴィッヒは教官のスカイやトリックがいない場合は他の王族付きに訓練を申し込みまくっているのだ。
 嫌がるかと思っていたレイトルとの魔具訓練も、どうやらトリックに何か言われたらしく積極的だった。王族付き“候補”に選ばれた中で最も進歩を見せているのもルードヴィッヒだろう。しかもそんなルードヴィッヒに触発されて他の候補達の士気も上がっている。
 何より若騎士であるが故に他の先輩王城騎士に遠慮していた部分がすとんと抜け落ちた。
 遠慮などしていたら自分が強くなれないと自覚したのだ。
 候補に選ばれた者達は意識的な面を先頭に確実に王族付きに近付いている。
 ルードヴィッヒが積極的に動くようになった本当の理由をレイトルは知らないが、終わりよければというものなのだろう。
「従兄弟としてはどう思いますか?」
 スカイのいる手前ガウェにも敬語になってしまったレイトルの言葉に、だがガウェは反応を見せなかった。
 ルードヴィッヒとパージャの手合わせを見守っているように見えるが、恐らく何も見てはいない。
「…ガウェ?」
 顔の前で手を降って意識確認してみると、ガウェはようやく我に返ったようにレイトルに顔を向けた。
「…悪い…聞いてなかった」
「…もう今日は休んだら?ガウェには珍しく連日訓練してるし…慣れないことして疲れたんだろ」
 ガウェが素直に謝罪するなど珍しい。そしてガウェがそうなっている理由が恐ろしい。
 ガウェもこの数日よく訓練場に顔を出していたのでそれを理由にしてみれば、素直に従いふらりと去っていった。
「ガウェ殿!?」
「お前なぁ!手合わせ中に逃げんな!」
 とたんにルードヴィッヒが駆け寄ってくるあたり、やはり空元気を出してガウェにいいところを見せようとしていたらしい。
 無理矢理付き合わせておいて途中で勝手に抜けたルードヴィッヒの後ろから、パージャも軽く不機嫌そうについてくる。
「…もう“そんな”時期か」
 呟いたスカイに、ルードヴィッヒはハッと表情を強ばらせた。
 レイトルも同じように表情を曇らせ、パージャだけは話しについていけずに首をかしげる。
 毎年この時期は。
「ったくあいつはいつまで引きずるつもりだ!?いい加減立ち直れってんだよ!!」
「ナニゴトですか~?」
 頭をガリガリと掻きながら吐き捨てるスカイに質問するパージャに、答えてやったのはレイトルだ。
「もうじきね、リーン様の忌日なんだよ」
 苦笑を浮かべたのは、どうしようもない事実をただ受け入れることしか出来ないからだ。
「ガウェさんって前はリーン姫付きだったんすよね。他の元リーン姫付きの人達は?」
「…辞めちまったよ。ほら、もうこの話は終いだ!こっちまで辛気臭くなる。ルードヴィッヒ、お前短剣の魔具の種類増やせ。特殊形状のナイフはまだ早いから今は諦めろ。武器庫で種類見せてもらってこい!」
「は、はい!」
 パージャの質問から逃れるように、スカイは八つ当たりじみた調子でルードヴィッヒに注意を飛ばす。
 パージャとの剣術訓練だというのに途中途中で魔具を出して戦おうとするルードヴィッヒをしっかり見ていたのだ。
 武器庫に走り去るルードヴィッヒを見送りながら、発動しやすい単純な短剣ではなく難しい投げナイフを魔具として発動しようとしていたその若気の至りに思わず笑ってしまう。
「新しい魔具に投げナイフですか…完全にガウェの影響ですね」
「ったく…あいつの教官は俺とトリックだってのに、ガウェガウェガウェガウェ」
 特殊形状のナイフの魔具はガウェの得意とする武器だ。だがバランスが難しく、さらに手から離して使用する場合を基本としたナイフは、初心者向きとはいえない。
「あいつガウェ信者ですもんね。おかげで俺は目の敵にされてますけど」
「おう。何だったら交代するか?こっち来いパージャ」
「いえ遠慮します。スカイさん汗臭そうなんで」
「なんだとーっ!!」
 教官の取り替えなど一番喜びそうなのはルードヴィッヒだが、パージャは心底嫌そうに首を横にふった。
「あっはは!!」
「笑ってんじゃねーぞ!」
 その心からの拒絶はレイトルのツボにはまってしまい、高笑いが訓練場に響き渡る。その為に予期せぬ視線を三人で浴びるはめになってしまった。

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