第6話
第6話
誰からも疎まれる闇色の烏が、囚われた姫を救い出すお伽話がある
そのお伽話を、彼女はとても愛していた
いつかその物語のように彼女と自由に空を飛びたくて
そんな子供の夢のような幻を現実にする為だけに生み出したものがある
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「どこもかしこも結界だらけ…」
黄の交じる闇色の髪を隠す為に目深に被ったフードを少しだけ摘まみ上げ、娘が王都中に張られた結界に息を飲んだ。
王城を中心に何重にも張られた結界は、そのひとつひとつに強力な力が備わっている。
エル・フェアリア魔術師団の結界。
騎士に比べて魔術師の数は少ないが、それでも一人一人の力が強いことを示すような結界だった。
「さすがは王都だな。広いだけじゃなかったか」
娘と共に王都に来ていた若者が、わずかに近すぎる距離で娘の隣に立つ。
その近さに少しだけ首を竦める様子を見せるが、娘は逃げはしなかった。
大柄な若者は娘と並ぶとさらに巨体に見えるが、歳はあまり変わらないだろう。
娘と同じように目深に被ったフードの中にあるのは、さらに同じく闇色の髪と瞳だ。
ただし若者に宿っているのは深い青だが。
「ここまで厳重な結界だなんて知らなかっ--」
娘の言葉の途中で突風が突然吹き荒れ、勢いの強さにフードが脱げそうになる。
「--ダーメじゃん。色変えないなら、ちゃんと被ってな」
そのフードを押さえたのは、ふらりと現れたパージャだった。
「ごめんなさい…」
「この時期は微妙に風きついから注意してないと」
エル・フェアリアで暗い色の髪と瞳は目立つので隠しているが、特殊な魔力を使えば色を変化させることは可能だ。二人がそれをしないのは、長くエル・フェアリアを離れていたからだろう。
「おい、いつまでエレッテに触ってんだよ」
「痛って…叩くことないだろ」
娘、エレッテのフードを押さえていたパージャの手を、不機嫌そうに苛立つ若者に強く弾かれる。
「ウインド…私がちゃんとしなかったから…だから」
喧嘩でも始まりそうな様子に慌てながら、エレッテは若者、ウインドにすがった。
「…ごめんね。ちゃんとするから」
本当に申し訳なさそうに、エレッテは自分の手でフードを押さえる。
不機嫌に眉根を寄せるウインドと、人の顔色ばかり窺うエレッテ。
このどこか歪な仲間との出会いは操作された運命の必然だった。
「…パージャの方は大丈夫?」
場の雰囲気を変えるために近況を訊ねてくれるが、エレッテが仲間であれ男の心配をするのはウインドには気に入らない様子で、ひくりと頬をひきつらせた後でそっぽをむかれる。
「こっち?大丈夫っちゃ大丈夫かな。騎士のお仕事楽しいわよ。そっちのが大変なんじゃね?俺いないと力仕事全部ウインドに行くだろ」
そんなウインドにいちいち合わせるのは面倒だが、無視してエレッテとだけ会話しようものなら後で彼女がひどい目に合うので、なるべくウインドを挟んで話す。
ああ、と曖昧な返事だけされたが、まあひと安心だろう。
「…こんなに結界だらけなんて思わなかった。ここまで厳重な国があるなんて…これじゃあ空中庭園は使えないかも」
王城にいるパージャはもう見慣れたが、エレッテとウインドはそうではないらしく、何度も結界を数えたりしている。
不安そうなのはエレッテだけで、ウインドは深くは考えていない様子だが。
「ティーの力を使えば何とかなるだろ」
「駄目だよ…そこまで負担かけられないよ…」
「さすがはエル・フェアリアってか」
会話は二人に任せていれば、彼らなりに攻略方法を考えている様子だ。だが攻略を考えるのは彼らの役目ではない。
「どうするつもりなのかな…ファントム」
ぽつりと呟かれたエレッテの不安は、再度吹き荒れた突風に流されて静かに消え去った。
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ファントムの狙いの姫がはっきりとしないまま、時間だけが一定の速度を保ったまま過ぎていく。
最初の頃と違うのは、新たに王族付き候補が四人増えたこと以外に何があるのだろうか。
どの姫が狙われているのかを無意味に話し合いながら、しかし姫の前ではその話題は口にしない。
誰が欠けてもいけないのだ。
すでに一色欠けてしまった七姫を、もう失うわけにはいかない。
それも怪盗などに奪われるなど、あってはならないのだ。
誰もが願うのは、その噂が悪戯であってほしいということだった。
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