第4話


-----

 魔力によって明かりが灯されただけの薄暗い室内で、彼女はキョロキョロと誰かを探していた。
 室内は暗いが、彼女の髪と瞳はその暗さを凌駕するほどの闇色をしている。
 歩き回っているうちに、明るい場所が見えてきて、光に誘われる蝶のように薄暗い室内から抜け出した。
 日の光を浴びて、彼女の闇色の髪が仄かに黄色く染まる。そのまま歩み続ければ、親しい女性を見かけたので駆け寄った。
「あら、エレッテ。どうしたの?」
 その女性も同じように闇色の髪と瞳を持つが、エレッテの黄色とは違い、光に彩られて藍の闇色であることがわかる。
「ガイア…ミュズは?」
 エレッテは探していた少女の名前をガイアに訊ねた。そうすれば、すぐに苦笑いを返された。
「まだご機嫌斜めよ」
 女性にしては背の高いガイアは抜群のプロポーションを隠さないマーメイドラインのドレスを着ており、エレッテは強調されているガイアの胸の谷間に眉根を寄せて俯く。
 エレッテの服は夏場だというのに肌を一切露出させない、大きく地味なものだ。
「…ごめんね、あの人の好みだから」
 エレッテの俯いた理由を知っているガイアは申し訳なさそうに静かに謝り、とたんに弾かれたようにエレッテも顔を上げて強く首を横にふった。
「ごめんなさいっ!そういうわけじゃ…」
 何かに取りつかれたように謝罪するエレッテを、ガイアは優しく止める。
「ミュズに用があるんでしょ?」
「用っていうか…食事取ってないから心配で…」
「ミュズには何の連絡もないままだったからね」
 ミュズが昨日王城に乗り込んだことは知っている。迎えに呼ばれた仲間のウインドがブツブツと文句を言っていたからだ。
「…騎士か…すごい出世だね。でも大丈夫かな?…バレたりとか」
 エレッテが心配しているのはミュズともう一人、単身王城に行ってしまったパージャの事だ。
 エレッテの知るパージャは達者な口で気に入らない相手にすぐに喧嘩を売って喧嘩そのものはウインドに任せるというさらりと酷い男だが、ミュズにとっては唯一の家族なのだ。
 エレッテとウインドがパージャと出会った頃には、いつもミュズがパージャについてまわっていた。
 パージャはそんなミュズをいつも可愛がって、互いに離れられない存在なのだとずっと思っていた。
 だがパージャはたった一人で王城に向かい、残されたミュズには何の連絡もしなかったらしい。
「ミュズ、このままご飯食べなかったらどうしよう…」
「考えすぎよ。あの子だってお腹が空けば食べ始めるわ。いつも少食だったでしょ?」
「…うん」
 それでも心配な事には代わりない。大丈夫だと自分に言い聞かせるように頷いたエレッテは、近付いてくる小さな影に気付いて顔を上げた。
「…お母様」
「あら、どうしたの?ルクレスティード」
 ガイアを母と呼んだ少年もまた、闇色の髪をしている。瞳は前髪に隠れて見えないが、その髪は闇色に紫を混ぜた色をしていた。
「お城って…あの人がいるんだよね?」
 ガイアに甘えるように抱きついて、ルクレスティードはおねだりをするように見上げる。
「ぼくも行きたい」
 あの人のいるお城へ。
 息子の切ない願い事に、ガイアはその肩を抱いて。
「…危ないからダメだよ」
 ガイアの代わりに首を横にふるエレッテに、ルクレスティードは納得いかない様子を見せる。
「だって」
「ルクレスティード、駄目よ」
 今度はガイアがきちんと止めた。
「このお話はもう終わり。さあ、言われていた訓練は済んだの?まだでしょう?」
「お母様だって会いたいでしょ?お城にいるんだよ?」
 それでもすがるルクレスティードに、ガイアは唇を少しだけ噛んだ。
 そうしないと泣いてしまいそうになるガイアに気付き、エレッテはガイアの腕の中からルクレスティードを離す。
「ティー、訓練に戻ろう」
 愛称で呼びながら手を引けば、しぶしぶながらも付いてきてくれる。
 パージャが王城に向かってから様子がおかしいのは、ミュズだけではないのだ。

「忘れた事なんてないわ…一日だって…」
 エレッテの善意から一人残されたガイアは小さく呟くと、こぼれそうになった涙を、悲しみを誤魔化すように強く拭い去った。

第4話 終
 
4/4ページ
応援・感想