第27話


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 天空塔を襲った凄まじい爆発は、天空塔の三分の一を吹き飛ばすほど強力な力によるものだった。
 コレーという途方もない力を持つ姫の魔力の暴発ですらここまでの規模の破壊には到らなかったというのに。
 爆音の中心となったのはガウェだ。
 ガウェ・ヴェルドゥーラ・ロワイエット
 エル・フェアリア王家に匹敵するほどの権力を持った、黄都の若き領主。
 顔の右側に酷い刀傷を受けて右目を潰されている彼の表情は、まるで果てのない恨みを抱いて絶命した幽鬼のようだった。
 残された左目に生気は感じられない。だが静かな怒りは燻ることなく再度爆発しそうなほどに危うい。
「…やっぱあんたすげーよ…完全に“こっち側”じゃん」
 その怒りの一撃をもろに受けたパージャは、全身から吹き出す血を黒い霧と変えて体内に戻しながら、ガウェを見つめていた。
 潰れた骨や肉を再生しながらパージャが元の姿に巻き戻っていく。
 王族達は全員が天空塔に守られて無傷だった。
 繭のように絡まる蔓がほどけて、中から守られていたコウェルズや姫達が現れる。
 そして騎士や魔術師達も、天空塔が出来る限り保護していた。無傷とはいかないが、黒百合に押さえつけられていたことが幸いした。
 パージャと魔術兵団以外は守られた。
 その魔術兵団も、各々の力で自身を守り無傷に近い。パージャは端から死なない。
「緑姫の騎士…だったな」
 だがさすがにガウェの力は魔術兵団にとっても思わぬ力だった様子で、ナイナーダが忌々しそうに小さく呟いた。
 緑姫。
 虹の緑の第四姫。
 五年前に命を落とした、ガウェの唯一である愛しい姫君。
「リーン様を…助けるだと…?」
 リーンを語るなど。
 ガウェにとっては神への冒涜にも通じる背信行為だ。
 リーンこそがガウェの神と言っても過言ではないのだから。
 そのリーンを?
「聞いてガウェ!!」
「ふざけるなぁっ!!」
 フレイムローズの涙ながらの訴えも、ガウェに届くはずがなかった。
 リーンを救う?
 パージャが?
 ガウェでなく、こんな男が?
 ガウェ以外の男が?
 ふざけるな----
「リーン様は!…あの方は私の目の前で!!」
「--クルーガー団長に殺された?」
 さらりと真実を口にするパージャに、大破した広間は静まり返った。
 視線のいくつかはクルーガーに向かい、その全てを受け入れるようにクルーガーは無言で俯く。
 ガウェの中の五年前の記憶が鮮明に甦る。
 あの日。
 幼いリーンとオデットと共に、内緒で新緑宮に忍び込んだ。
 それが初めてだったわけではない。
 新緑宮はいつだってガウェやリーンを受け入れて、優しい居場所を提供してくれたのだ。
 そこで。その場所で。
 クルーガーは。
「クルーガー団長は、あんたの右目を裂き潰して、リーン姫の命を奪った。…エル・フェアリア国王の命令で」
 パージャの言葉に、コウェルズと姫達が固まる。
 あの日、リーンを守ろうとしたガウェの右目を潰し、クルーガーはガウェの目の前でリーンを貫いた。
 リーンの背後から。
 胸元を貫通した刀の形を覚えている。
 リーンの心臓をひと突きにしたそれを。
 軽やかな羽が舞うように、リーンはガウェの目の前に倒れた。
 やめてくれと、リーンを殺さないでくれと伸ばされた腕は、当たり前のように聞き入れられなかった。
 リーンは殺されたのだ。
 ガウェの目の前で。
 何の庇護も無いままに。
「…父上が?」
 コウェルズがパージャの説明に反応を示したのは、王の命令によりリーンが殺されたという事実だ。
 なぜ父がリーンを。
 それはコウェルズだけでなく、姫達の心にも芽生えた疑問だったろう。
 信じたくないと思うのが普通だ。
 だが全て事実だ。
「お喋りはそこまでにしてもらおう。…捕らえよ」
 ナイナーダの命令に、魔術兵団が動く。だがパージャの動きの方が早かった。
 魔術兵団達の表情が驚愕に歪むよりも早く、パージャの魔力の花が咲き乱れる。闇色の花びら達は細やかなガラスの破片のように、流れる星のように、凄まじいスピードで兵団達を四方八方から押し潰した。
「--…」
 ナイナーダを残して、魔術兵団であったはずの人間達がいとも簡単に肉塊と化して床に落ちる。
 今度は再生などしない。彼らはパージャではないのだから。
 一気に血肉の匂いが充満して、あまりの光景に姫達が腰を抜かした。
 言葉など出るはずもない。一方的な虐殺。
「…もう、あの頃の俺じゃないんだよね。あんた達に皮を剥がれるだけの餓鬼じゃ」
「貴様…」
 しかし虐殺の犯人であるパージャの声は、どこまでも悲しくて。
「…ねえ、こう考えてみなよ、ガウェさん」
 その血溜まりの中に立ち肉片を踏みにじりながら、パージャはガウェに向き直った。
「リーン姫がさぁ」
 聞き手を髪にそえて、パージャは高く結わえた髪紐をほどく。
 ニコルよりもわずかに長い、薄茶色の、どこでも見かける髪の色。
「…俺と同じ存在だったら」
 その髪の色が、闇に染まる。
「色が…」
「…お姉さまと同じ?」
「--」
 リーンとよく似た闇色の。
 だがパージャの闇色は、リーンのように緑を交ぜた色ではなく、緋色に近い。それはかつて、初めてフレイムローズがパージャと出会ったときに告げた色だった。
 闇色の緋の髪と瞳。それが目の前に現れる。
 エル・フェアリアでは見慣れない色だった。だが、なんてパージャには似合うのだろうか。それこそがパージャの本来の姿であると示すように。
「たとえバラバラにされても…死ねないんだよ?」
 優しく諭すような口調で、ガウェを説得するように。
 何をされても何をしても、パージャは死なない。なら、パージャと同じ存在であるリーンも…死なない。
「--だが切り離されたまま体を隠されれば、どうかな?」
 そのパージャの真後ろから、ナイナーダは風に揺らされる闇色の髪を掴んでパージャの首を切り離した。
「--馬鹿かよ」
 しかしすぐに、ナイナーダのさらに後ろに人影が現れてその心臓をひと突きにする。
 血を吐くナイナーダが倒れ込み、離された生首がパージャに舞い戻って。
「仲間が助けに来るに決まってんだろ」
 もはや動かないナイナーダに向かって、新たに現れた若者は小馬鹿にするように告げた。
 パージャと同じく闇色の、青を交ぜた髪と瞳の若者だった。頭の半分を守るようにバンダナを巻いてはいるが、その闇色は隠されてはいない。
「…ウインド」
「早いが仕方ねぇ。始めるぞ」
 訪れた若者の名前を、パージャは何の感情も見せずに呼ぶ。
「…そいつは俺が殺したかったのに」
「言ってる場合かよ」
 そいつは俺が。
 パージャとナイナーダの間には何かあったのだろう。パージャが自分の手で殺したいと思うほどの。しかし時間は流れていく。
 ウインドと呼ばれた若者は、パージャに合図を送ると先に天空塔を飛び降りてしまった。本当にパージャを助けに来たのか。ならどこに行くと言うのだ。
「…フレイムローズ」
 そしてパージャもフレイムローズに命じる。
 フレイムローズは従順だった。静かに頷いて、パージャの命令を聞く。
 騎士達を押さえつける黒百合が魔眼蝶に形を変えて、黒百合に変わるように皆を押さえつけた。
「っ…フレイムローズ…」
 その力はダイレクトに全てを潰そうとするかのように強い力だった。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
 フレイムローズは何度も謝罪の言葉を口にする。口にはするが、魔眼蝶を消すつもりはないらしい。
 誰もがパージャを見上げて、フレイムローズの力に苦悶の表情になる。
 そうしてでも、フレイムローズがパージャの味方をするのだ。
「俺達の狙いはリーン姫だよ」
 パージャも改めて、ファントムが狙う姫の名前を口にした。
 虹の七姉妹。最も強力な魔力を持った姫を。
 コレーでも、他の姫達でもなく、死んだとされるリーンを。
「リーン姫を 救いに来た」
「--ふざけるなっ!!お前がっ!お前ごときがリーン様を語るな!!」
 先ほどガウェの怒りを身に受けたばかりだというのになおも宣うパージャに、ガウェは目を見開いて激昂する。
 ガウェの唯一をパージャごときが語るなど、汚らわしくてならないと。
「喚かないでよ煩いなぁ…五年間もリーン姫を救い出せなかったくせにさぁ。あんたこそリーン姫を語るなよ」
 しかしパージャも負けてはいなかった。この五年間、ガウェはリーンを見殺しにし続けたくせに、と。
「黙れぇ!!」
「あれ?黙っていいわけ?あんた達には吉報のはずだけど?」
 怒りに震える今のガウェでは、言葉は平行線を辿るだけで交わらない。リーンは生きていたと告げてくれるパージャをなぜそこまで頑なに拒絶するのかと、首をかしげたくなるほどに。
「貴様--」
「--ガウェ…リーン様は生きておられる…」
 パージャの言葉を信用出来ない理由。それはパージャが敵だとわかったからだけにすぎない。だというのに、クルーガーがパージャの言葉を肯定した。
 息を飲んだのは全員だ。
「五年間…我々の知らぬ場所で、生きておられたのだ…」
 魔眼蝶に潰されて身動きできないはずのガウェが、強く腕を突っ張って身を起こす。
「…ふ……な」
 最初の言葉は怒りに消えた。
「--ふざけるなぁ!!」
 そして、全ての怒りを吐き出すように。
 怒りだけではない。クルーガーに向けられた憎しみが、深い殺意が、全てがガウェを奮い立たせる。
「貴様がリーン様を殺したのではないか!!私の目の前でっ!!リーン様を!!!」
 ガウェの目の前で、ガウェの唯一を。
 奪っておいて、今更、いまさら…
「だから死ねないんだって」
 全身が叫びを上げるように震え上がる。その悪寒じみた感覚に苛まれるガウェを見下ろしながら、パージャはため息混じりに呟いた。
 死ねない。
「それが俺達」
 パージャと、リーンと。他にも?
「ある男の“絶対に死なない”という強い意志が生み出した呪いさ」
 その不死は、クレアが口にした通りの呪いだと言うのか。ならいつ身に受けた?
 パージャは、リーンは。
 リーンが呪われるような理由が、その過程がどこにあった?
「そしてそれは、エル・フェアリアの贄に使われた」
 パージャの言葉が、いよいよガウェ達の理解を越えた場所まで行ってしまう。
 贄。
 それはいったい。
「--この国に…こいつらに」
 ふと、パージャの声に憎しみが宿る。
 動かないナイナーダの遺体を強く踏みつけて、異様な光景を見せつけて。
 地上から、爆発音が響き渡った。
「--ほら、姫が見つかった--」
 ニヤリと微笑む様子は自嘲を帯びるようで、パージャはリーンが見つかった事を全員に告げる。
 そして、壊れた人形のようにカクンと首を動かして、ニコルを見つめて。
「…また会えるよ。インフィニートリベルタ」
 インフィニートリベルタ
 その名は以前、パージャがニコルに告げたものだ。
 それをなぜここで?
 ニコルが口を開くよりも先に、パージャはふわりと天空塔から身を投げた。
 誰も動けない。
 フレイムローズの魔眼蝶の力を差し引いても、動こうと思うには、あまりにも事態を飲み込めなかった。
 パージャが敵で、フレイムローズとクルーガーが敵の味方をしていて、リーン姫が生きていて…
「--ガウェ!!」
 だがその中で唯一、ガウェだけは全身に力を込めて立ち上がろうとしていた。
 利き手を掲げて、出現させるのは巨大な烏の姿をした生態魔具だ。
「やめてガウェ!俺の魔力に潰されちゃうから動かないで!!」
「黙れ!!」
 フレイムローズの魔眼蝶に潰されながら、それでもガウェは魔具の烏で体を支えながら懸命に立ち上がる。
 全てはリーンの為に。
 リーンだけの為に作り出した烏で。
「…っ」
 そしてニコルも、ガウェに続くように巨大な鷹の魔具を懸命に発動させた。
「ニコル!やめてよぉ!!」
 フレイムローズの声がさらに悲痛に変わる。
 当然だ。魔眼の力の下敷きになりながら魔具を発動させるなど自殺行為にもほどがある。だがそれでも、知らなければならない。
 ガウェはリーンの生存を確認する為に、ニコルはパージャの言葉の意味を知る為に。
 今動かなければならないと。
「無理だ!」
 やめろとセクトルが叫ぶ。そんなことわかっている。だが。
 魔眼の重圧を抜けて、先に飛び出したのはガウェだった。そしてニコルも、後に続くように鷹に乗り飛び立つ。
「ガウェ!」
「ニコル!!」
 天空塔を脱出すれば、嘘のように体が軽くなるのがわかった。
 フレイムローズの力から抜け出せたのだ。ニコルは鷹を操作しながら、ガウェの後を追う。
 ガウェは一直線に、炎の上がる方向へと向かっていた。
 そこはリーンが亡くなったとされる新緑宮で。
 すぐ近くではいくつもの戦闘が見られた。
 パージャを助けたウインドという若者がヴァルツの操る絡繰りと戦い、多くの騎士達が少女と子供を相手に苦戦している。
 なんて光景だ。
 かつて大戦を勝ち進んだエル・フェアリアの、これが現在の力だというのか。いくら精鋭の王族付き達がいないとはいえ、これではあまりにも--
 その中を、一際動きの素早い騎士達が馬と共に駆け抜けて、敵の力を押し退けていく。
 重量級の魔具を軽やかにいくつも操り、まるで楽しむかのように。
 地上に残ったフェントとオデット、そしてコウェルズの騎士達だった。
 全員がまとめてこの場にいるわけではない。だが彼らは確実に敵達を追い詰めていく。
 敵の数はわずかだ。そのわずかに押されていた騎士達を立て直し、共に押し返して。
「--ガウェ!待て!!」
 今ここでガウェが降りても、仲間達の邪魔になる。
 リーンを救う為にも動くな。
 たったひと言にそれだけの意味を含めて、ニコルはガウェの前にはだかる。
「どけ!!」
「よく見ろ!!リーン様を救いたいなら!!」
「煩いっ!!」
 ガウェが得意とする投げナイフを発動して、遠慮の欠片もなくニコルに投げつけた。
「お前!!」
 間一髪でニコルは避けるが、その間にガウェはさらに新緑宮へと近付く。
 新緑宮は完全に炎に飲まれている。
 騎士達は敵を押し、しかしパージャが現れて、力は均衡する。
 そして、近付けば気付けた。
 パージャを含めた敵達が手にする、古びた武具。
 それらは以前、フェントが告げた
「…エル・フェアリアの…宝具?」
 なぜそれがここにある?
 そして宝具とは、エル・フェアリア王家の魔力に反応する代物ではなかったのか。
 何もかもが理解しがたく、ニコルは必死にガウェの後を追うことしか出来なかった。
 ガウェは完全に正気を失っている。あれではそのうち、魔具の烏が消えてしまいかねない。
 炎に近付けば、その熱さに体が焼かれてしまいそうなほどの熱波を受け始めた。近付いたといってもまだ距離があるはずなのに。その熱波を生み出す炎の柱が、突然二股に分かれた。
「なんだ!?」
 炎は新緑宮から上がっている。その新緑宮のアーチの屋根には、闇色の赤を宿した長い髪をなびかせる仮面の男が優雅に立っていて。
 割れた炎が蛇のようにのたうち、新緑宮を破壊する。そうして割れた地面から、何かがふわりと浮き上がり、仮面の男の腕におさまった。
「--!?」
 それは、人と宣言するには悲しすぎる姿に変わり果てた少女で。
 闇色の緑の髪が身体中にまとわりつくほどに長い、骨と皮だけの少女。
 裸のリーン姫を、仮面の男は静かに横抱きにして。

「  」

 ガウェは言葉を失っていた。
 だがすぐに。
「貴様ああぁぁぁぁっっ!!」
 魔具の烏をさらに巨大に作り替え、ガウェは猛烈なスピードで仮面の男へと向かう。恐らくは彼がファントムなのだろう。
 その男の抱く姫を取り返す為に、正気を失ったまま。
 ファントムとガウェの間に咄嗟に躍り出たのは、闇色の髪と瞳に黄を交ぜた娘だった。
 エル・フェアリアの宝具を使い結界を張るが、ガウェは娘ごと結界を弾き飛ばす。
 娘はウインドに抱き止められたが、気絶したのかくたりと力を無くして。
 ガウェをぎりぎりで止めたのはパージャだった。
 睨み合うガウェとパージャのすぐ近くで、ファントムに抱かれたリーンがピクリと動いた気がした。
 有り得ない--
 ニコルがそう思ってしまったのは、リーンが生者としてはあまりにも悲しすぎる体になってしまっていたからだ。
 ニコルだって覚えている。リーンは怯えながらも可愛らしく微笑む、子供らしい柔らかな身体をした姫だった。
 あんな、骨と皮では。
 だがそれは紛れもなくリーンで。
 闇色の緑の髪。そして開かれた瞳も同じく。
「ぅ、ぁ、ああぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」
 死者であってくれた方が、まだ救いがあった。そう思えるほどに変貌したリーンの悲痛な絶叫が響き渡る。
 ファントムに抱かれながら、宙を掻くリーンの両手の爪は全て剥がれてしまっている。
 足掻くように、激痛を訴えるように。
 そこに、もう一人の女がファントムの隣に現れる。
 見事な肉体を持った女。
 ニコルより数歳だけ歳上だろう彼女は、ニコルのよく知る者と似ている気がして。
 女の合図に、闇色の幼い子供がふわりと宙を舞う。
 それと同時に、有り得ないほどの巨大な質量の船が突如として空中に現れた。
 本来なら海に浮かぶはずの形を成した巨大な船が、バリバリと空間を切り裂くように現れてファントム達を回収して。
 逃げられる。
 そう感じたと同時に、ガウェが勢いよくパージャを蹴り飛ばした。
「リーン様を離せぇっ!!」
 腹を蹴られて苦痛に体を曲げるパージャを捨て置いて、ガウェは膨大な量の魔具を出現させる。
 そしてそれらを全てファントムめがけて放ち、しかしそのほとんどが目覚めた黄の娘の防御結界を前に弾き飛ばされた。
 だがたった一つだけが娘の結界をすり抜けた。
 それはファントムの仮面にぶち当たり、
 割れて現れる、ファントムの素顔。

「----親父」

 ニコルにとって切り離せない、憎くても憎みきれない“彼”が--
 仮面を壊された事に怒りを覚えたのか、表情のまるで存在しない瞳をガウェに向けて、彼は大量の細い長剣の魔具を発動した。
 発動したと思った時には、すでにガウェの体を貫いていた。
 全て急所は外されている。だが。
 ぐらりとガウェの体が傾ぎ、バランスを失って魔具の烏から落ちる。
「ガウェ!!」
 何とか意識はあるのか受け身をとろうとしていたが、無駄だった。
 騎士達の攻撃の手はいつの間にか止んでいた。
 理由なら、ニコルだって味わった。
 死んだはずのリーン姫。彼女が、なぜ生きている?
 あんな悲しすぎる体で。
 呆然とする騎士達を置き去りにして、ファントムの一団が全員、空中に浮かぶ船に乗り込む。
 そして船はふわりと舞い上がり。
「----」
 ファントムであろう彼が、天空塔を見上げてわずかに固まった。
 ニコルが彼と同じく天空塔に目を向ければ、そこには体の拘束を解かれたエルザがいて--
 エルザと彼の視線がかち合ったのは、船が消え去る一瞬の出来事だった。

 ファントムの一団が狙いの姫を拐って逃れ、炎に飲まれた新緑宮が、騎士達を襲うように崩れ始める。
 轟音を響かせるその空間で、
「--リーン様ぁぁぁぁ!!」
 ガウェの苦痛を帯びた絶叫だけは誰の耳にもはっきりと聞こえて耳を苛み、長く頭から離れなかった。

第27話 終
 
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