第27話
第27話
数日ぶりだろうか。その矢が王城の上空を飛んだのは。
炎の矢。
王家の危機を知らせる、耳障りな鳴き声を響かせる矢。
本来なら緊急招集に使われるはずだというのに、何かがおかしい。
それは普段以上の炎を纏いながら天空塔よりもさらに高い位置にまで飛び上がり、天空塔正門にいたコウェルズを驚かせた。
何があった?
目を見開いて、何本も射ち上がる炎の矢を見上げる。
魔術兵団長ヨーシュカが去ってから数分しか経っていない。
まだコウェルズの頭の中は整理しきれていないというのに、何が起きた?
「--これは…?」
「コウェルズ様!王城全体に緊急伝達が!ファントムの仲間が侵入しました!パージャです!!」
「何!?」
騎士団の伝達が届いたのだろう。コウェルズの元に走ってきたアドルフは息切れすることもせずひと呼吸で話しきり、コウェルズを固まらせた。
パージャ?
なぜ彼が?
出身の知れぬ男だとは気付いていた。だが平民なら仕方無いと流していたのだ。
おかしな行動なども見せなかった。むしろニコル同様に、その魔力の質をエル・フェアリアに生かしたいと考えていたのに…
「現在パージャは一人でこちらに向かっています!やはり狙いはコレー様かと!!」
アドルフが言い終わるより先に、コウェルズはコレー達がいる広間へと戻る為に踵を返していた。
「全魔術師に通達しなさい。全ての魔力を以て天空塔と王城敷地全土に防御結界を張れ!騎士団は姫の守護とパージャ捕獲に分かれろと!」
「は!」
迅速に動け。
全てを無駄なく生かす為にも。
だというのに--
「--残念だけど、ちょっと遅いよ」
突然聞こえた声は、コウェルズの真後ろから響いてきた。
それもわずかに高い位置から。
無意識に振り返り、見上げる。
時刻はまだ夕暮れ前のはずだ。なのに、コウェルズの視界が闇に染まる。
正確には、パージャの魔具の闇色の花びらに一面を被われていた。
ふわりと浮かぶパージャは花びらを足場に立っている。
心臓が強く跳ねた。
親しみ始めた軽い性格の男が、今まで見せたこともないような意志強い眼差しでコウェルズを見据える。
コウェルズ達からすれば、七姫を狙うファントムは、その仲間もすべからく“悪”だ。
そのはずなのに、なんて誠実な目をするのだ。
「…パージャ」
「パージャ!お前!!」
コウェルズとアドルフは同時に言葉を発した。
コウェルズはその意思強さに驚くように。アドルフは怒りを露に。
「ごめんね。こっちも事情が変わって必死なわけ」
言葉を置き去りに、パージャが闇色の花びらと共に天空塔内に侵入した。
「クソ!何て早さだ!!」
「早く中に!コレーを奪われるな!!」
慌ててコウェルズ達も中に走り戻る。
だがコウェルズの頭の中は今までにないほど、さきほどよりさらに混乱していた。
何故だ?
なぜ?
天空塔は何故パージャの侵入を許した?
王家を愛し、王家に忠誠を誓う、王家の可愛い愛玩生命体。
その天空塔が、なぜ姫を狙うパージャの侵入をわずかも拒まない?
蔓で攻撃してもいいはずだ。コウェルズごとだったとしても、パージャを侵入させないよう閉め出してよかったはずだ。
なのに。
何故?
それに、パージャが纏う闇色の花びら。
その魔力の質は、何故これほどまでに…似ているのだ?
混乱し続ける頭は、広間に近付いた瞬間に響き渡るコレーの悲鳴に一瞬で弾け飛んだ。
「きゃあああっ!!」
「コレー!!」
開かれていた広間の扉に手をかけて、崖の下に身を投げ落とすように入り込む。
その中央で、パージャはコレーを担ぎ上げ、そして結界を張って何者からも攻撃できないように身を守っていた。
「パージャ!!」
最初に叫んだのは、パージャと同じ平民のニコルだ。彼もまた信じられないものを目の当たりにしたように瞳を動揺させている。
「コレー様を離せ!!」
代わってスカイは、長剣の魔具を生み出して結界に斬りかかった。しかしスカイの魔力ではパージャに歯が立たず、いとも簡単に弾き飛ばされてしまう。
「いやぁ!離して!お兄さま、お姉さまぁ!!」
「コレー!!」
コレーはパージャの腕の中で涙を流しながら足掻き、クレアとコウェルズに必死に手を伸ばしていた。
クレアはコレーに近付こうとするが天空塔の蔓に体を掴まれて広間の隅に追いやられている。クレアを守るためだろう。やはり天空塔は王家に従う生命体として機能している。ならなぜパージャを拒まない。
騎士達はスカイの他にも次々にパージャの結界に斬りかかるが、スカイ同様意味がなかった。
魔術師団も連携して魔力を集めてパージャを狙うが、まったく効果はない。
「…あの結界は…」
全員、特に騎士達の頭に血が上っている。その中でコウェルズはなぜか冷静でいられた。
パージャが纏う結界。
あれは。
頭の中でゆっくりと、疑問が解決していく。
「無駄だって…」
「はなして!!いや!!はなしてー!!」
ポツリと呟いたパージャが、そっとコレーの頭を撫でる。
「--…」
そこにニコルがようやく動こうとしたが。
「やめなさいニコル!貴方の魔力ではコレー様も傷つける恐れがある!!」
「…っく」
ニコルを止めたのは、コレーの護衛部隊長であるトリックだった。
エル・フェアリア唯一の魔術騎士である彼は、パートナーであるスカイも止める為に前に進む。
その様子を見ながら、パージャが悲しげに微笑んだ。まるで別れを受け入れるように、名残惜しむように。
「パージャさん…どうして…」
「下がってアリア!」
アリアはありえないものを見るかのようにふらりと身をゆらし、レイトルが慌ててアリアを広間の隅へと離す。
何もかもが混乱の只中にある中で、コウェルズの他にも冷静さを取り戻し始める者が現れだした。
「…あやつ、なぜ動かん…それにあの結界は」
コウェルズのわずかに前にいた魔術師団長リナトが、パージャの結界の魔力に交じるものに気付いて目を見開く。
「…リナトも感じたか」
「はい…あれは」
「何なんですか!?」
リナトは気付いた。だがアドルフは訳もわからずに困惑したままだ。
何なのだと訊ねられても、答えられるはずもない。信じられないからだ。
パージャの魔力に交じる、他者の、彼の魔力に。そしてパージャの魔力そのものが“似ている”事に。
「パージャ…お前、本当に…」
「えーなになに、こんな姿見ておいて、まだ俺を信じたいの?あんた本当にいい人だねー?誰かさんとは大違いだ」
ニコルの声は揺らぎ、同様にパージャも悲しげにおどける。
なんてシーンだ。
いっそパージャが嘲るように笑っていたなら誰もが易々と剣を向けられた。だが冷静になればなるほど、時間が経ち気持ちが落ち着けば落ち着くほど、パージャの悲しげな誠実さが胸を刺す。
敵のはずだ。全員で敵と認識したファントムの仲間のはず。だがなぜ--
--なぜ彼がファントムでなく、その仲間だとわかった?
…誰が?
コウェルズがその疑問を深く考えるより先に、モーティシアが思考を潰すように叫んでしまった。
「レイトル、あなたはアリアを地上に!」
アリアを。エル・フェアリア唯一の治癒魔術師を。
ああ、なんて重要なものばかりが怒号として飛び交うのだ。
「あたしここにいます!」
「駄目だ!地上に送ってくれ!」
「兄さん!!」
ここにいると頑なになるアリアの腕を掴んで、ニコルはレイトルの腕の中へアリアを突き飛ばす。
「安全な場所で待機を!」
モーティシアの命令に、レイトルはすぐにアリアの手首を掴んで広間を抜けていく。
アリアの遣るせない眼差しがニコルに、モーティシアに、そしてコウェルズに突き刺さった。
アリアは治癒魔術師としてこの場にいたいはずだ。だが治癒魔術師として、この場に留まらせる訳にはいかない。
いつ酷い戦闘になるかもしれないのに、唯一の治癒魔術師を。
「そんな顔で見るなよ…こっちが悪者みたいだろ」
「っ…ふざけるな!なんで!」
そしてパージャがまたも悲しげにおどけ、話しかけられたルードヴィッヒが泣き声のような罵声を浴びせる。
彼らは同室だった。最初はあまり上手くいかなかっただろうが、共に行動する様子は騎士達の誰もが目にしている。
誰に言わせても、友人関係だと宣言しただろう。それすらもパージャは、その正体は蔑ろにするというのか。
「パージャお願い!コレーを離して!!」
広間の隅で、天空塔の蔓に守られたクレアが懇願する。ファントムの狙いの姫だと言われ続けたコレー。幼い妹はようやく目覚めたばかりなのに。
「無理無理、今はまだね」
「すぐに騎士団の精鋭達がここに来るわ!!あなた一人でどうする気よ!!」
いくらパージャでも、多くの騎士を前にどうするつもりだ。今のように結界を張り続けるにも限界があることは、魔力を持つ者なら充分に理解している。それでもパージャは、まるでとるに足らない事であるかのように微笑んだ。
全てを理解しているかのような微笑み。
それこそが目的であるかのような。
--目的?
「--いけない!」
叫んだのはコウェルズだった。
パージャの目的。
パージャはファントムの“仲間”だ。
「コウェルズ様!?」
「パージャの狙いはここに主力を集める事だ!コレーを奪う為ではない!!」
確信して宣言するコウェルズに、しかしパージャはどこまでも微笑んだままだ。
「だから遅いって」
コウェルズは気付いた。気付けたことは奇跡に近いだろう。しかし遅すぎた。
「--コレー!!」
「クレア、お兄様!!」
突如扉から響くのは、この場に居てはならないはずのミモザとエルザの声だ。
コウェルズを含めた広間内の全員が一斉に扉に目をやる。
そこにはガウェを含めた第一、二姫の騎士達が続々と集まって。
「なぜミモザ様とエルザ様をお連れした!!」
「私達が無理を言ったのです!!」
リナトの激昂を遮ったのはミモザだった。
王族付き騎士達は、万が一の場合は護衛対象を優先させることになる。
いくらコレーがファントムの手中に入ってしまったとしても、正式な命令が無い場合は護衛対象の側を離れられない。
だからミモザとエルザは天空塔に訪れた。コレーを守る為に、護衛騎士達を引き連れて。
それこそがパージャの狙いとも知らずに。
「パージャ…お願いです、コレーを離して…」
エルザが瞳に涙を浮かべて両の手を握り締め訴える。
誰もが叶えてしまうであろう美貌の姫の願い。しかしそれも、目的があるパージャには通じない。
「天空塔組は打ち止めか…」
通じはしない。
それでも、パージャの狙いがここで打ち止めとわかれば、コレーをいつまでも拘束しておく必要はなかった。
パージャは彼の出来る範囲で優秀な騎士達を天空塔に集めた。
幼い姫を危険に晒すのは、ここまでだ。皆の睨む中で、パージャはコレーをスカイに向けて離した。
「コレー様!!」
投げ捨てられたコレーを、スカイはすぐに抱き寄せて隅へと移動して。
「----」
ニコルとセクトルが動いたのは同時だった。
ニコルは片刃の長剣、セクトルは鎖付きの両刃の剣。互いに手に馴染んだ魔具を生み出し、同時にパージャへ。
それは二人のコンビネーションだった。
セクトルの鎖がパージャの首を絡め取り、ニコルの剣が肩を刺し貫く。
「ぐっ…」
苦痛に歪むパージャの太股をさらにセクトルが貫いて。
大量の血がこぼれ、パージャは悲鳴を押し殺すように唇を噛みながら両腕を横に開く。とたんにパージャやニコル達を含めた全員の肩に留まっていたフレイムローズの魔眼蝶が形を変えて大量の黒い百合の花となり、騎士と魔術師達を押さえ込んだ。
「なっ」
「うわぁ!」
攻撃を繰り出したニコルとセクトルも例外ではなく、ひとつひとつが鉛のように重い黒百合に押し潰される苦痛に呼吸が疎かになる。
「皆!!」
黒百合の下敷きになったのはコウェルズも同じで、唯一の難を逃れたのは天空塔の蔓に守られるように拘束された姫達だけだった。
辺りに呻き声が響き渡り、誰もが立ち上がろうと歯を食い縛る。
「いったー…」
その中で唯一まともに立ち上がれたのはパージャだけだ。
ふらりと立ち上がる彼の貫かれた傷口から溢れる血液が黒い霧となって浮かび上がり、パージャに吸収されていく。同じく傷もみるみるうちに塞がり消えた。
「バカな…」
あまりの光景に、誰もが唖然と口を広げる。
傷が治るなど。だがどう見ても、治癒魔術師のような清らかな力ではない。
まるでパージャが死ぬことを許さないと告げるような、憎しみじみた力。
「…あー俺さ、死ねないの」
癒えていく傷に驚く者達への説明は、簡単なものだった。
「やーでもしくじったわ。まさかこんなけしか集まらないとか。優秀な奴らにはここに集まって大人しくしててほしかったんだけど…いくら俺とあいつの魔力でも、王城全域の人間を押さえ込むなんて出来ないし」
「…誰が狙いだ!!」
コウェルズの叫びに、パージャはゆっくりと首を傾いだ。
「んー…ここにはいないかなぁ」
答えはどこまでも隠して。だが天空塔にはいないという事実に、エルザとクレアが息を飲む。
「…フェントか、オデットを…?」
ミモザの言葉は涙ぐむようにかすれていて。
危険だからと、フェントとオデットは騎士達ごと有事の際の防護室に隠されていた。
だがパージャの力だけでこれだけの騎士や魔術師が追い詰められているというのに。
「…ここにいない王族付き達は、皆二人の護衛にいますわ!」
「--やっぱそうなるよねえ?」
せめて強がるように、ミモザはパージャを睨み付ける。防護室の場所は、パージャは知らないはずだ。そんな場所があることも。知らない場所を、探し出せるのかと。
大切な妹達は絶対に奪わせない。だがなぜ、パージャはまだ余裕でいるのだ。
「…事情が変わったと言っていたな…ファントムは訪れるのか?」
そしてコウェルズは、パージャが先ほど口にした言葉を問うた。
事情が変わった。パージャは確かにそう言った。
事情が変わったなら、パージャのこの状況をファントムは知っているのか。
暗に訊ねれば、パージャの瞳からスッと表情が消え失せた。しかしそれは何もコウェルズの言葉が的を射ていたわけではなく。
突如、天空塔の窓ガラスが内側へと割れた。
天空塔の蔓が騎士達に降り注ごうとするガラスの破片を受けて、傷付いた箇所から血のように透明の液体を流す。
割れた窓の向こうから現れたのは、ナイナーダと数名の魔術兵団だった。
「捕らえに来たぞ、肉だるま」
微笑みを浮かべて、肉だるまなどと訳のわからない名でパージャを呼んで。
パージャが表情を無くした理由だった。
「…ひっどー。そんなトコから入って王子や姫が怪我してもいいわけ?」
「我々は“王”の命でのみ動く」
冷やかすような言葉にナイナーダは主君こそがと返す。
王がそう命じたというのか。パージャを捕らえる為なら、コウェルズや七姫達が傷付いても構わないと。
「魔術兵団!今すぐフェントとオデットを守りに向かえ!!」
コウェルズはすぐにナイナーダ達に命じるが、彼らは微動だにしなかった。
「何をしている!?」
「残念ですがコウェルズ様、あなたが我々に命を下すには少し早いようです」
まるで小バカにするように、ナイナーダを含めた魔術兵団達がクスクスとこの場にそぐわない微笑みを浮かべる。
「っく…」
いくら政権を握る王子であろうが、王でない限り魔術兵団は操れない。その事実にコウェルズは強く苛立ちを覚えた。
役に立たない父王。まさかこんな所で邪魔をするのか。
「それに、騎士団や魔術師団がこの有り様では…ねえ?」
そしてざっと周りを見渡して、無様に潰れるニコル達を嘲る。
「勝手ぬかしやがって…」
スカイは吐き捨てるように呟くが、ナイナーダ達に届くはずもない。
「ま、俺は出来る限り頑張ったし、もういいけど--」
そう呟いて突如、パージャの体がバラバラに崩れ落ちた。
小間切れという言葉がこれほど似つかわしい状態も他に無いだろうほどボトボトと地に落ちた肉片に、辺りが一瞬音を無くしたように静まり返る。
「--きゃああああっ!」
エルザが悲鳴を上げて、ミモザは強く目を背けた。クレアは呆然としたまま動けないコレーを庇いながら、目を伏せる。
「…これでも死なないか?」
呟いたのはガウェだ。
ガウェの体も他の者達と同様に大量の黒百合によって押し潰されている。しかしその手のひらからは、細長い糸が地を這い、パージャの体の存在した場所の床にぐるぐると絡まるように伸びていた。
ガウェの魔具の糸が、パージャの体を小間切れに変えたのだ。
ガウェの勝手な行動にナイナーダがわずかに苛立ったように頬をひくつかせた。
「…ガウェ!!」
「…っ」
だがその後の様子に、コウェルズもガウェも唖然とした。
ナイナーダは先ほど目の当たりにしている。
「…無駄だよ、黄都領主」
嬉しそうに微笑みを浮かべるナイナーダの目の前で、パージャの体はパズルのように元通りに治っていく。
逆再生。そんな言葉があるのなら、まさしくそう見えた事だろう。
誰もが声を無くした状態で。
「--残念だけど、これでも死ねない」
パージャは寂しげに呟いた。
「…何ですの…」
腰を抜かすエルザを、天空塔の蔓は大切に庇う。
「…不死身…呪い?」
そして婚約者の為に呪術を勉強し続けたクレアは、覚えがあるかのようにポツリと呟いた。
「…呪い?」
クレアの言葉をコウェルズは聞き漏らさなかった。死ねないあの体が、呪いの影響だというのか。
だとしたらパージャは、あの悲しげな様子は。
張り積める空気の中を、二つの足音が響いて意識を他方に逸らしてしまう。
誰もが見守るなかで、現れた新たな人影。
神妙な面持ちは一人にはとても似合うが、もう一人にはあまりにも似合わない。
「クルーガー!!」
「…フレイムローズ…」
リナトは長く肩を並べてきた騎士団長の名を呼び、コウェルズは大切に育て上げた魔眼の名を呼ぶ。
なんて申し訳なさそうに俯くのだ。
フレイムローズ。
せめて見て見ぬふりをしたままこの場に現れなければ、皆の前で吊し上げる事にはならなかったのに--
「フレイムローズ!!お前の魔眼であいつの動きを封じろ!!」
フレイムローズの“存在”を理解したコウェルズとは逆に、アドルフは強い口調で命じる。
アドルフはフレイムローズの直属の上官だ。同じコウェルズ王子付きの騎士と隊長として、共にコウェルズの側にあった。
だが。
「フレイムローズ!!」
なおも叫ぶアドルフは、フレイムローズという可愛い部下を信じて疑わない。それを止めるのは酷く胸が痛んだ。
「…無駄だよ…」
それでもコウェルズは口にする。
アドルフに、言うだけ無駄だと。
「…フレイムローズ?」
ニコルも仲間として、友として、弟を心配するかのようにフレイムローズを呼ぶ。
様子がおかしいぞ?どうした?そんなふうに、フレイムローズを慰めるように。
誰も彼もがフレイムローズを疑わない。その中でコウェルズは気付いていた。
フレイムローズの魔眼は特殊だ。そしてその特殊な力は、他の者達とは全く異なる気配を醸す。
「…あの結界の魔力には君の力もあった…彼の味方なんだね?」
優しく訊ねるのは、せめてフレイムローズを苦しめたくなかったから。
パージャがコレーを人質にしながら張っていた結界には、フレイムローズの魔眼の力が備わっていた。そしてパージャの指示にしたがった魔眼蝶も。
「…ごめんなさい…おれ…でも…」
コウェルズのどこまでも思いやりのある声に、フレイムローズが強く目元を押さえる。
「…クルーガー、まさか君も?」
「申し訳ございません」
フレイムローズの隣に立つクルーガーにも目を向ければ、彼も同じく謝罪と共に頭を下げる。
「何言ってんだよ!!フレイムローズ!!早くパージャを止めろよ!!」
普段の無口無表情の自分を壊すように、セクトルも叫ぶ。友を信じたい。だからこそパージャを止めろと。
無駄だと理解しているコウェルズには、あまりにも滑稽でつらい。
「ごめんっ…ごめん!!…無理なんだ…」
頭を振って、フレイムローズは仲間達の、友の言葉を拒絶する。涙をにじませながら、大切な者達の力になれない理由は、フレイムローズが絶対の忠誠を王家に誓うからだ。天空塔と同じように、王家こそ全てだと。
エル・フェアリア王家を守るためならば、フレイムローズは悲しみに絶叫しながらも仲間を殺す。
そう躾けたのはコウェルズだ。
そしてパージャの魔力には…
何もかもが、コウェルズの中で繋がる。だが最後の答えだけはわからない。
パージャの、ファントムの狙いの姫は誰だ?
「だってその人は…」
それをフレイムローズは知っている。
知っているからこそパージャの味方をしたのだ。
パージャの味方をしてでも、守るべき王家の為に。
「…言ってごらん。聞いてあげるから」
抱き締めるように、慰めるように。
コウェルズは言葉だけでフレイムローズの頭を撫でた。
王家の、コウェルズの可愛い兵器。
コウェルズがそう躾けた。
従順な可愛い魔眼となるように。
さあ、教えて。ファントムの狙いは?
「…パージャ達は…リーン様を助けてくれる人だから」
そうして告げられた名前に、彼の心が爆発した。
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