第24話
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朝早くからコウェルズがヴァルツと集まったのは、王城二階にある宝物庫だった。
集まった理由は単純に気晴らしだ。
連日連夜の激務で頭がショートしそうだったので逃げてみたのだ。どうせ昨日でひと区切りはついたのだし、朝の少しくらいは平気だろうと。
宝物庫は面白いものが沢山ある。歴史的文献から何だよこれと言うような宝具まで。
豊穣のシンボルだか何だか知らないが太ってだらしない裸体の女性像に何の需要があるというのか。
落書きしたら面白そうだけど、ミモザ達に怒られたくはないので我慢する。その代わりに運び出してどこかの広間のど真ん中に放置してやろうか。
そんなくだらない事を考えてみても、思考は最終的に真面目な道に舞い戻るのだ。
「いったい何をしているんだか…」
運ばせた朝食を口にしながら、しこりのように残る一団を思う。
「魔術兵団か?」
「ああ」
向かいに座るヴァルツはコウェルズの呟きの先にいる存在を言い当てた。
エル・フェアリアの歴史文献を広げながら、朝食を取りつつ。
「こちらもアドルフ達を動かしているんだけどね、一向に動きを掴ませない」
「…優秀なのだな?」
「優秀すぎて困るよ。七姫の護衛に力を貸してほしい時期なのに」
半ば愚痴のようにぼやけば、ちらりと視線だけを向けられた。何を冷静ぶっているのだ。年下のくせに腹の立つ。
「魔術師団は全てコレーの護衛に回ったと聞いたぞ」
「まだファントムの噂は全て出尽くしていないはずなんだけどね…」
ファントムの噂はいつも最終的に狙いの物の名が上がる。
現在流れている噂はまだ名指しまではされていないのだ。
「“エル・フェアリア虹の七姉妹、最も強大な魔力を持つ姫を私は手に入れる”これだけ聞けばコレーだろうがな」
「…私だってコレーが狙いだと考えているが…万が一フェイクだった場合が恐ろしい…」
七姫達の中で最も魔力が高いのはコレーだ。それは周知の事実で、誰もがファントムの狙いはコレーだと宣言する。
だが一抹の不安も残るのだ。コレーにだけ注視して、他の妹が狙いだったら?
ファントムが今まで狙ってきたのはガラクタのような宝具ばかりだった。それがエル・フェアリアにかぎって姫を狙うのだ。それにファントムの奪い去った宝具達は、全てエル・フェアリアと繋がりがある。
フェントの見つけ出した繋がり。
七つの宝具は元々エル・フェアリアに存在した兵器だと。それを集め、それを扱えるエル・フェアリア王家の血を引く娘を捕まえて。
エル・フェアリア王家の血を引く者の魔力は特別だ。他の者達とは何かが違う。ファントムはそれを知っているという事だろう。
ファントムの狙いの全てがわかればいいのに。
世界征服などという単純な思考ではないと思いたいが、宝具はひとつの国を滅ぼせるほどの力を持つ古代兵器だという。なぜそんなものを集めたのだ。
「コレーはコレーで、魔力暴発以来クレアから離れんとか」
思考の渦に飲まれそうになったコウェルズを引き上げたのは、ヴァルツが口にしたコレーとクレアの名前だった。
「…魂を奥深くに沈ませたみたいでね。寂しさと、幽棲の間の件で」
コレーは未だに意識を取り戻さない。
帰ってくる為に岸に手をかけるようにクレアにすがったまま、静かに意識を心の奥深くに落としてしまった。
クレアは何とか目覚めたが、コレーの為に天空塔に留まってくれている。
コレーの為に無茶をした妹。コレーの強力な結界を破る為に腕の骨を折り、血を浴びた。アリアがいなければどうなっていたことか。
「コレーの寂しがり…昔はそうでもなかった…気がするが」
「リーンが亡くなってからだよ」
コレーが極度の寂しがり屋である事は魔力の高さと同じほど知れ渡っているものだが。
昔からというわけではないのだ。そしてそれらは、コレー以外にも当てはまる。
「リーンが亡くなって、七姫は全体的に形を少し変えた」
「…どういうことだ?」
「相当ショックだったって話だよ。ミモザは妹達に対して必要以上に心配性になったし、エルザは治癒魔術を望んだ。クレアは物理的な力を求めるようになったし、フェントの知識欲が増えたのもその頃だ。コレーは君が言った通りの寂しがり、オデットは…」
「…自身をリーンに似せ始めた」
コウェルズが妹達の変化にはっきりと気付いたのは、母が亡くなった頃だった。
リーンに続き一年後に亡くなった病弱な母親。彼女の死によって、妹達の変化はより顕著になった。
「…最近ようやく正常になりつつあったんだけどね。エルザやクレア、ガウェも将来を考えて動き始めたから」
時の流れがゆるやかに皆を癒した。癒してくれたはずだったのに。
「ガウェが黄都領主となった事には驚いたがな。リーンの呪縛からは一生逃れられないとばかり思っていたのに」
「呪縛なんて言い方はしてほしくないな…でも確かに、リーンはガウェの忠誠心を手放さずに逝ってしまったからね」
「時間とは偉大だな」
「良いことだよ。オデットがリーンの真似を止める踏ん切りがついたのも、ガウェの影響が強いから」
リーンの数少ない騎士だったガウェ。
他の二人はリーンの事故死の責任を取らされて騎士の称号を剥奪され、王城を追放された。
エル・フェアリアの騎士に相応しい力を持った優秀な双子だったのに、父は双子騎士を追い出した。双子もそれを受け入れて。あれほどの実力者はそういないのに。
コウェルズも、ガウェと共に彼らによく叱り飛ばされていたものだ。
リーンを思い、健やかに育つ様子を見守ってくれながら。
「まぁそれでも、まだガウェはリーンを思っているがな。…兄上も未だにリーンを思っているが」
変わらない存在なら我が国にもいるぞと、ヴァルツはリーンと結婚するはずだった兄を引き合いに出す。
リーンが生きていれば今年で成人を向かえ、ラムタルに嫁ぐはずだった。
亡くなった婚約者を思い、バインド王は今も独り身だ。
「妻を持たない大国の王か。そのうち純愛物語として語り継がれるんだろうね」
「…エル・フェアリアの初代国王のようにか?」
「そ」
甘ったるいミルクを口にしながら、甘ったるい恋物語を思い浮かべる。
エル・フェアリアの女の子達を夢中にさせる、美しい話だ。
「なら良いがな。初代国王ロードと、虹の女神エル・フェアリアの恋物語。耳にタコができるほど聞かされたぞ。ラムタルの侍女からな」
「女の子は恋物語好きだからねぇ。私もサリアによく話をせがまれたよ」
婚約者のサリアからも、エル・フェアリアの恋物語を聞かせてほしいと言われて喉が掠れるほど話したものだ。
エル・フェアリアでは妹達にせがまれ、婚約者にもせがまれ。
今ではそこいらの吟遊詩人より上手く語れる自信がある。
「サリア姫か。今日イリュエノッドから魔力増幅装置が届くのだろう?」
「予定は昼過ぎだよ」
コウェルズの婚約者の名前に、ヴァルツも興味深そうに身を乗り出してくる。
ラムタルとイリュエノッドはエル・フェアリアを間に挟んでいる為に外交はほとんど無く、同盟も結ばれていない。
ヴァルツがミモザと結婚した暁には、同じくエル・フェアリアに嫁いでくるサリアと近しくなるので同盟が結ばれるだろう。
「魔力増幅装置とはどういった物なのだ?」
そのイリュエノッドの宝具が気になるのか、ヴァルツは真剣な眼差しでコウェルズを見上げてきた。
エル・フェアリアが鉄を操るように、ラムタルが絡繰りを操るように、イリュエノッドの魔力増幅装置もなかなか有名な代物だ。だが目にした者はあまりいないだろう。
「危険な指輪、だよ」
「指輪?」
「使いすぎると命を削るんだ」
さらりと簡単な説明に、ヴァルツが小さく息を飲んだ。
イリュエノッドの民はあまり魔力を持たない。その魔力を増やす為の装置というわけだ。
「…よくそのような物騒なものを譲ってもらえたな。誰に使わせるのだ?魔術師団長か?」
イリュエノッドから譲られる指輪は一つだけ。それを譲ってもらう為に、どれほど時間を割いたことか。
魅力的で危険で大切な装置だ。使える者は限られる。
「私だよ」
先ほどの説明のようにさらりと使用者を教えれば、またもヴァルツは口を開けて固まって。
「……冗談か?」
「そんなわけないでしょ」
使用者の命を削る危険な装置。
しかし使い用なのだ。そしてその装置を一番上手く使いこなせるのは、エル・フェアリアではコウェルズ以外には存在しない。
「コレーの魂を呼び戻す時に、どの程度のものか使わせてもらうよ」
静かに微笑みながら呟けば、向かいでヴァルツが身震いをさせた気がした。
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