第23話
第23話
天空塔で起きた第六姫コレーの魔力の暴発により怪我をした者達を、アリアは治癒魔術で懸命に治し続けた。その後倒れるように眠りについてから、さらに半日。
目もくらむほど眩しかった朝日は夕暮れの物悲しさに変わり、騒がしかった王城は嘘のように静まり返っている。
誰もが疲れきったのか俯き加減に歩く中で、ニコルは任務を手伝ってくれたミシェルと共に王城内の通路を歩いていた。
「--では、今回のコレー様の魔力が暴発した理由は、幽棲の間に隔離される可能性を知ったからですか?」
会話の内容は魔力暴発の件についてで、全ての治療が終わりニコル達と離れたミシェルはミモザから真相を聞かされたらしく、その件を話して聞かせてくれた。
「そうなる。リナト団長も孫のトリック殿が酷い目にあったからか考え直してくれた様子で、とりあえずは天空塔にてコレー様を御守りするようだ。他国からも助力を頂ける事になったそうだから、それもプラスに働いたんだろう」
「そうですか。教えて下さりありがとうございます」
当のコレーは未だに心を閉ざして姉姫のクレアから離れないのだが。
クレアの心身も疲れきったことだろう。魔力暴発に気付いて咄嗟に結界を張っただけでなく、その後のコレーの防御結界を破いたのだから。
守り続けてきた美しい姫の折れ曲がった腕は見るに耐えないほどだった。
アリアの治癒を受けて手の傷は治りはしたが、アリアと同じように今は深い眠りについている。心を閉ざしたコレーを抱いたまま。
「我々の仕事も助けて頂いて、感謝しています」
「私の手伝えた事など君達に比べたら。…それで、アリア嬢は?」
手伝ってくれたミシェルに改めて頭を下げれば、謙遜するように手を振られる。そして気にしている様子で、アリアの容態を訊ねてくれた。
「わずかの休みも取らずに集中していましたから、今も医務室で眠っています」
「以前の保護施設での治療後も終わってすぐに気絶するように眠ったとか。随分仕事熱心な眠り姫だな」
眠り姫という例えに、思わず笑ってしまう。
「物凄く静かに眠るので、たまに呼吸しているか確認していますよ」
ベッドに眠らせたアリアはまるで死んでしまったように静かで。何度も胸の位置に目をやって、ゆっくりと上下する様子を確認しては安堵した。
そのまま息が止まってしまうのではないかという恐怖は、治癒魔術で母を失ったニコルのトラウマの影響が高い。
「君は休まなくて大丈夫か?」
アリアの次は自分を案じられて、ニコルは苦笑する。
「疲れも睡魔も一周回って今は意識がはっきりしていますよ。他の護衛部隊の者も休みはしていますが、私と同じ様子です。…レイトル殿は別ですが」
疲れてはいる。だがまだ身体が興奮状態なのか、眠たくはなかった。
「レイトル殿は?」
「アリアのサポートを適切にこなしてくれました。彼がいなければまだ治療は終わっていなかったでしょうね」
ニコル達と違い、レイトルは唯一アリアの側で治癒魔術そのもののサポートに当たった。
散りそうになるアリアの治癒魔術を魔力でカバーして散らないようにしていたのだ。
それは繊細な技術を要する為に、魔力量が多く大雑把に魔力を操ってきたニコル達には向かない技だった。
「…魔力量だけで考えるなら騎士としても危うい立場だというのに。素晴らしい素質だ」
「訓練の賜物ですね。アリアの護衛にいてくれてよかった。今ごろアリアの隣の部屋でゆっくり眠っているはずですよ」
レイトルがいなければ治癒の時間はもっと長引き、アリアの消耗も激しかったことだろう。
治癒が終わりアリアが眠りについた後、レイトルもふらふらで一人で立つこともままならなかった。
ニコル達がまだ働くと知ってレイトルも動こうとしたが疲れには敵わなかった様子で、ベッドに寝かしつければすぐに睡魔に襲われ眠りについた。
魔力を消耗しすぎたのだ。
普段は魔力を消耗した後は酷く腹が減るものだが、それを越えたということだ。
「…ニコル殿」
「はい?」
ふと足を止めるミシェルに、ニコルもつられて歩みを止めた。
ミシェルは何かを思い詰めるように真剣な様子で、言いにくそうに何度か視線をさ迷わせる。
「アリア嬢の…治癒魔術の力を後世に残す為に夫探しが始まっている事は知っているか?」
ようやく開いた口は、ニコルを固まらせるには充分な内容を聞かせてくれた。
アリアの夫探し。以前トリッシュから聞かされた話だ。
「私も最近耳にした話なんだが…」
「…その可能性については知らされています」
アリアだけでなく、ニコルの嫁すらも探す可能性もあると。自分の事などどうでもいいが、アリアを巻き込むなど腹が立つ。
「その候補の中に大臣の名が上がっているとか」
「…は?」
有り得ない話に、ミシェルの方が階級が高いというのに思わず素で返してしまった。
「魔力暴発の件でトリッシュ殿を大臣から引き剥がしに向かったガウェ殿が聞いたらしい。大臣が自らそう言ったと」
「…なんで」
「恐らく強引に候補に名を上げただけで誰も相手にはしないだろうが」
まあ、勿論そうだろう。というか、誰も相手にしないと思いたい。
候補と言うなら魔力の高い者達が数名上げられているはずだが、騎士や魔術師ならともかく、貴族というだけのたかが政務官に魔力云々がわかるとも思えない。大臣はその点を理解していないのだろう。
百万が一大臣がアリアとなんてことになるなら、光の早さでアリアを連れて逃げてやる。
なんて大臣だと苛立ってみれば、ミシェルはまだ言いにくそうに何かを語ろうとしていた。
この上まだ何かあるのかと身構えつつミシェルの言葉を待てば、彼は観念するかのように改まる。
「…ニコル殿、私はアリア嬢に婚約を申し込もうと思っているんだが」
そして口にされた突然の申し出に、ニコルは頭の中を白く染め上げた。
何を言われたのか最初はわからなかった。
わからないというより、頭が本能的に理解することを拒んだのだろう。
目に入れても痛くない妹の事を。まさかアリアへの告白の前に聞かされるなど。
「私の魔力量ならば魔術師団も申し分ないだろう。それに地位もある」
ミシェルがかつて魔術師団入りを望まれていたことは聞かされている。そして虹の七都を司る藍都ガードナーロッドの出自だ。
侍女達からすれば、これほどの好物件は少ないだろう。だがなぜニコルに言うのだ。
そう考えてから、上位貴族は相手に結婚を申し込む際に先に親から固める場合があるという話を思い出した。
ガウェやフレイムローズから聞かされた話だ。
上位の側が告白する際、相手が断れないように親から攻略する場合があるのだと。
現にガウェの父親はそうして妻を娶ったらしい。
アリアに両親はいない。形だけの父親ならニコルの父がいるのだろうが、どこで何をして暮らしているのかわからない父だ。数には入らない。だからミシェルはニコルに告げたのだろう。
「…私なら」
「相手を決めるのは私ではありません。勿論魔術師団長達でもない。アリアの夫を決めるのはアリア自身です」
ニコルを味方に付けようとするミシェルをはね除けるように、冷たい声色で言葉を遮った。
「…そうだな。…申し訳ない」
ミシェルは形骸化してしまった慣習に寄りかかってしまっただけなのだろう。
「いえ。アリアを思ってくれる男が側にいてくれるなら…きっとアリアにもそれが一番幸せな事でしょう」
誰もアリアに近付くなと言うわけではない。だがアリアはかつての婚約者に深く傷つけられたのだ。
この件に関しては、ニコルの声もぴりついてしまう。
「…行きましょう」
「ああ」
話を強引に終わらせるように、ニコルは先に歩みを再開した。
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コレーの魔力暴発の事件から数日が経ち、城内は落ち着きを取り戻しつつあった。
アリアは五日間眠り続け、ようやく目覚めた時は起き上がるのもやっとの状態ではあったが、すぐに食事を取っていつもの調子を取り戻した。
小さな怪我を負った騎士や魔術師達の元に向かい、治癒を施していく。
静かな変化は、アリアが目覚める前から起きていた。
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