第8話:30秒の恋人、爆炎の口づけ
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第四幕:エピローグ
羽瀬は展望台から逃亡を図った直後、ビルを取り囲んでいた警察に爆発物取締罰則違反の現行犯で逮捕された。
時を同じくして世に出た未華子の告発記事は、現職議員の逮捕という衝撃も相まって世論に火をつけ、各メディアも後追い報道を重ねる一大事件へと発展した。
そして、発端となった彼の息子・ナオトは、親族の元へと無事に保護された。
爆破未遂事件から、数日後。
横浜九十九課の事務所には、久しぶりに、穏やかな空気が流れていた。
松葉杖をついた杉浦がソファに座り、その隣では、未華子が少しだけ気まずそうに急須でお茶を淹れている。
あの後、二人は救急車で運ばれたのち、治療と警察による山のような事情聴取を終え、ようやく日常に戻ってきたのだ。
そこに、佐竹と共にひょっこり顔を出したのは、真島だった。
予期せぬ来客に、未華子はサポーターが巻かれた右足首を庇いながら、慌てて腰を浮かせる。
「あ、真島さん!」
杉浦も片足立ちになりかけながら、深々と頭を下げる。
「あの、その節は…。…本当にありがとうございました」
未華子も、それに続いて頭を下げた。
「ご心配をおかけしました。……真島さんがいなかったら、私たちは今頃……」
その殊勝な態度を、真島は心底どうでもよさそうに、鼻で笑ってあしらう。
「―――なんやぁ。二人とも、思ったより元気そうやないか」
そして、その背後から顔を出した佐竹が、これ以上ないほど意地の悪い、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「いやー真島さん。それにしてもすごかったっすよねぇ。タワーの上での、あのクライマックス。……真島さんも、インカムでバッチリ聞いてましたもんね?」
「おお。ワシの耳にも、そらもうはっきり聞こえたで」
真島が、わざとらしい咳払いを一つ挟むと、杉浦の声色を真似てみせる。
吐息たっぷりの、必死そうな声で。
「―――『僕、本当は、ずっと……。初めて、会った日から、ずっと、君のこと……』」
的確すぎる再現に、杉浦が「わー!! や、やめてよ!!」と悲鳴を上げて耳を塞ぐ。
真島は構わず続ける。
今度は少しトーンを落とし、未華子の震える声を演じる。
「―――『知ってる♡』『私もだよ♡』」
そして極めつけとばかりに、もう一度杉浦の方へ身を乗り出した。
「―――『だから大丈夫。杉浦くんと一緒なら、怖くないかな』、やったか?」
九十九製の高性能インカムと、彼がハッキングした展望台の監視カメラ。
その映像と音声が、一部始終を捉えていたのだ。
極限状態での愛の告白も、涙混じりの口づけも、その全てを。
「〜〜〜〜〜っ!!」
杉浦と未華子の顔が、真っ赤に染まる。
その初々しい反応を見て、佐竹と真島は腹を抱えて大笑いしたのだった。
▼
その夜。
事務所の屋上で真島が、気持ちよさそうに煙草をふかしていると、背後からリズムの悪い足音が近づいてきた。
杉浦だ。缶コーヒーを二本、片手で器用に持っている。
「……真島さん」
「……おう」
真島は彼の手から缶を受け取りつつ、痛々しい白いギプスに視線を落とした。
「その足、もう、ええんか?」
「うん。ヒビ入っただけだし、意外と動けるよ。……痛み止めも効いてるしね」
いつもと変わらない飄々とした口調。
だが、その言葉の裏に隠された激痛を、真島だけは正確に見抜いていた。
「……にしてもさ」
杉浦が隣のフェンスに背中を預け、夜空を見上げながら言う。
その声には、混じりっけなしの敬意が滲んでいた。
「最後のあれ、なんなの? どうやったの?」
「……ん?」
「爆弾解除だよ。……九十九くんもジュンギさんも、『神業すぎて意味がわからない』って、二人して頭抱えてたよ」
真島はプルトップをカシュッと開けてコーヒーを一口飲むと、片目だけでニヤリと笑ってみせる。
「―――ワシは、日頃の行いが、ええからのぉ」
ふざけた答えに、杉浦は呆れたように小さく吹き出した。
「……はいはい。……まあでも、本当に助かったよ。ありがとう、真島さん」
その素直な感謝の言葉を聞き、真島は横浜の夜景に目を細めた。
「……ようやったな。杉浦」
「え……?」
「あの子のこと、ちゃんと守りきったやないか。大したもんや」
まるで父親が息子を褒めるような、温かい労いの言葉。
杉浦は返す言葉が見つからず、ただ缶コーヒーの温かさが胸の奥に染み渡るのを感じていた。
その時、屋上のドアが静かに開いた。
未華子だった。
「真島さん、コミジュルのお迎えの車が、下に」
「おお、そうか。ほな、ワシはこれで帰るわ」
真島は、吸いかけの煙草をもみ消すと、ひらり、と軽く手を上げた。
「明日には大阪に戻る。……またな、若い衆」
そう言い残し、彼はあっさりと去っていった。
屋上に残されたのは、二人だけ。
気まずい沈黙が流れる。
遠くで響く車の走行音と、お互いの心音がやけに大きく聞こえる。
治療や事情聴取の慌ただしさに紛れ、二人はあの瞬間のことを一度も話せずにいた。
先に口を開いたのは、杉浦だった。
彼は努めて、いつものように、飄々とした軽い口調で言った。
「いやー、それにしても災難だったよね。まさかあんなことになるとは」
「……うん」
「でもまあ、結果オーライってことで。犯人も捕まったし、僕らも生きてるし。めでたしめでたしっと」
軽薄な口ぶりに、未華子の胸がチクリと痛む。
(……杉浦くんは、いつもそうだ)
本当に大事な感情は、全部笑顔の下に隠してしまう。
「……ねえ」
「……ん?」
未華子は一歩、彼の方へと歩み寄った。
そして、その瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……あの時、さ」
「……え?」
「『初めて会った日から、ずっと君のこと…』って言ってたけど。…その続きは、結局何だったのかなーって」
核心を突くどストレートな問いに、杉浦の顔からサッと血の気が引く。
「……いや、あれは、その……」
しどろもどろになる彼に、未華子は更に畳み掛ける。
「じゃあ、私が言ったこと覚えてる? 『私もだよ』って」
「……っ!」
「……あれも一体、何のことへの返事だったんだろうねぇ?」
意地悪で、全てをお見通しな質問攻め。
杉浦の顔は、夕焼けのように赤く染まっていた。
未華子は悪戯っぽく微笑むと、身を乗り出して彼の顔を覗き込んだ。
「……じゃあ、あのキスは?」
「―――っ!!」
彼の思考回路から、プツンと煙が出る音がした気がした。
「い、いや、あれは! あれは、その、不可抗力っていうか、最後だから、的な……!?」
「ふーん……」
未華子はわざとらしく眉を下げ、悲しげな表情を作ってみせた。
「…じゃあ、別にしたかったわけでもないのに。…しょうがなく、してくれたってこと?」
破壊力の高すぎる、上目遣いの問い。
杉浦は完全にパニックに陥った。
「ち、違う! そういう意味じゃなくて! したくなかったとか、そういうことじゃ、全然なくて! むしろ、したかったっていうか、もう、ずっとしてみたかったっていうか、あああああ、もう!」
一人で自爆し、頭を抱えてしゃがみ込みそうになる(が、松葉杖なのでできない)。
その狼狽ぶりがあまりに愛おしくて、未華子の胸は高鳴りで破裂しそうだった。
彼女は意を決し、そっとつま先立ちになった。
真っ赤になった彼の耳元で、吐息だけで伝えるように、囁いた。
「……………そっか」
「…………え?」
「……………じゃあ、次も」
「……………」
「……………楽しみにしてる、ね……?」
ほとんど懇願に近いような、甘い甘い問いかけ。
そして、彼の反応を見る前にくるりと踵を返し、屋上の出口へと向かう。
「ちょっ、未華子ちゃん!?」
残された杉浦は、松葉杖をついたまま立ち尽くしていた。
夜風が熱を持った頬を撫でていくが、熱は引くどころか増すばかり。
唇に残るあの柔らかい感触と、耳元に今もまだ、生々しく残る彼女の熱い吐息と約束の言葉。
胸の奥で暴れ回る、どうしようもないほどの愛しい気持ち。
横浜の夜空に、星が一つ、また一つと輝き始めた。
二人の、長くて焦れったくて、でもどうしようもなく幸せな夜は、まだ始まったばかりだった。
第八話:終
羽瀬は展望台から逃亡を図った直後、ビルを取り囲んでいた警察に爆発物取締罰則違反の現行犯で逮捕された。
時を同じくして世に出た未華子の告発記事は、現職議員の逮捕という衝撃も相まって世論に火をつけ、各メディアも後追い報道を重ねる一大事件へと発展した。
そして、発端となった彼の息子・ナオトは、親族の元へと無事に保護された。
爆破未遂事件から、数日後。
横浜九十九課の事務所には、久しぶりに、穏やかな空気が流れていた。
松葉杖をついた杉浦がソファに座り、その隣では、未華子が少しだけ気まずそうに急須でお茶を淹れている。
あの後、二人は救急車で運ばれたのち、治療と警察による山のような事情聴取を終え、ようやく日常に戻ってきたのだ。
そこに、佐竹と共にひょっこり顔を出したのは、真島だった。
予期せぬ来客に、未華子はサポーターが巻かれた右足首を庇いながら、慌てて腰を浮かせる。
「あ、真島さん!」
杉浦も片足立ちになりかけながら、深々と頭を下げる。
「あの、その節は…。…本当にありがとうございました」
未華子も、それに続いて頭を下げた。
「ご心配をおかけしました。……真島さんがいなかったら、私たちは今頃……」
その殊勝な態度を、真島は心底どうでもよさそうに、鼻で笑ってあしらう。
「―――なんやぁ。二人とも、思ったより元気そうやないか」
そして、その背後から顔を出した佐竹が、これ以上ないほど意地の悪い、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「いやー真島さん。それにしてもすごかったっすよねぇ。タワーの上での、あのクライマックス。……真島さんも、インカムでバッチリ聞いてましたもんね?」
「おお。ワシの耳にも、そらもうはっきり聞こえたで」
真島が、わざとらしい咳払いを一つ挟むと、杉浦の声色を真似てみせる。
吐息たっぷりの、必死そうな声で。
「―――『僕、本当は、ずっと……。初めて、会った日から、ずっと、君のこと……』」
的確すぎる再現に、杉浦が「わー!! や、やめてよ!!」と悲鳴を上げて耳を塞ぐ。
真島は構わず続ける。
今度は少しトーンを落とし、未華子の震える声を演じる。
「―――『知ってる♡』『私もだよ♡』」
そして極めつけとばかりに、もう一度杉浦の方へ身を乗り出した。
「―――『だから大丈夫。杉浦くんと一緒なら、怖くないかな』、やったか?」
九十九製の高性能インカムと、彼がハッキングした展望台の監視カメラ。
その映像と音声が、一部始終を捉えていたのだ。
極限状態での愛の告白も、涙混じりの口づけも、その全てを。
「〜〜〜〜〜っ!!」
杉浦と未華子の顔が、真っ赤に染まる。
その初々しい反応を見て、佐竹と真島は腹を抱えて大笑いしたのだった。
▼
その夜。
事務所の屋上で真島が、気持ちよさそうに煙草をふかしていると、背後からリズムの悪い足音が近づいてきた。
杉浦だ。缶コーヒーを二本、片手で器用に持っている。
「……真島さん」
「……おう」
真島は彼の手から缶を受け取りつつ、痛々しい白いギプスに視線を落とした。
「その足、もう、ええんか?」
「うん。ヒビ入っただけだし、意外と動けるよ。……痛み止めも効いてるしね」
いつもと変わらない飄々とした口調。
だが、その言葉の裏に隠された激痛を、真島だけは正確に見抜いていた。
「……にしてもさ」
杉浦が隣のフェンスに背中を預け、夜空を見上げながら言う。
その声には、混じりっけなしの敬意が滲んでいた。
「最後のあれ、なんなの? どうやったの?」
「……ん?」
「爆弾解除だよ。……九十九くんもジュンギさんも、『神業すぎて意味がわからない』って、二人して頭抱えてたよ」
真島はプルトップをカシュッと開けてコーヒーを一口飲むと、片目だけでニヤリと笑ってみせる。
「―――ワシは、日頃の行いが、ええからのぉ」
ふざけた答えに、杉浦は呆れたように小さく吹き出した。
「……はいはい。……まあでも、本当に助かったよ。ありがとう、真島さん」
その素直な感謝の言葉を聞き、真島は横浜の夜景に目を細めた。
「……ようやったな。杉浦」
「え……?」
「あの子のこと、ちゃんと守りきったやないか。大したもんや」
まるで父親が息子を褒めるような、温かい労いの言葉。
杉浦は返す言葉が見つからず、ただ缶コーヒーの温かさが胸の奥に染み渡るのを感じていた。
その時、屋上のドアが静かに開いた。
未華子だった。
「真島さん、コミジュルのお迎えの車が、下に」
「おお、そうか。ほな、ワシはこれで帰るわ」
真島は、吸いかけの煙草をもみ消すと、ひらり、と軽く手を上げた。
「明日には大阪に戻る。……またな、若い衆」
そう言い残し、彼はあっさりと去っていった。
屋上に残されたのは、二人だけ。
気まずい沈黙が流れる。
遠くで響く車の走行音と、お互いの心音がやけに大きく聞こえる。
治療や事情聴取の慌ただしさに紛れ、二人はあの瞬間のことを一度も話せずにいた。
先に口を開いたのは、杉浦だった。
彼は努めて、いつものように、飄々とした軽い口調で言った。
「いやー、それにしても災難だったよね。まさかあんなことになるとは」
「……うん」
「でもまあ、結果オーライってことで。犯人も捕まったし、僕らも生きてるし。めでたしめでたしっと」
軽薄な口ぶりに、未華子の胸がチクリと痛む。
(……杉浦くんは、いつもそうだ)
本当に大事な感情は、全部笑顔の下に隠してしまう。
「……ねえ」
「……ん?」
未華子は一歩、彼の方へと歩み寄った。
そして、その瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……あの時、さ」
「……え?」
「『初めて会った日から、ずっと君のこと…』って言ってたけど。…その続きは、結局何だったのかなーって」
核心を突くどストレートな問いに、杉浦の顔からサッと血の気が引く。
「……いや、あれは、その……」
しどろもどろになる彼に、未華子は更に畳み掛ける。
「じゃあ、私が言ったこと覚えてる? 『私もだよ』って」
「……っ!」
「……あれも一体、何のことへの返事だったんだろうねぇ?」
意地悪で、全てをお見通しな質問攻め。
杉浦の顔は、夕焼けのように赤く染まっていた。
未華子は悪戯っぽく微笑むと、身を乗り出して彼の顔を覗き込んだ。
「……じゃあ、あのキスは?」
「―――っ!!」
彼の思考回路から、プツンと煙が出る音がした気がした。
「い、いや、あれは! あれは、その、不可抗力っていうか、最後だから、的な……!?」
「ふーん……」
未華子はわざとらしく眉を下げ、悲しげな表情を作ってみせた。
「…じゃあ、別にしたかったわけでもないのに。…しょうがなく、してくれたってこと?」
破壊力の高すぎる、上目遣いの問い。
杉浦は完全にパニックに陥った。
「ち、違う! そういう意味じゃなくて! したくなかったとか、そういうことじゃ、全然なくて! むしろ、したかったっていうか、もう、ずっとしてみたかったっていうか、あああああ、もう!」
一人で自爆し、頭を抱えてしゃがみ込みそうになる(が、松葉杖なのでできない)。
その狼狽ぶりがあまりに愛おしくて、未華子の胸は高鳴りで破裂しそうだった。
彼女は意を決し、そっとつま先立ちになった。
真っ赤になった彼の耳元で、吐息だけで伝えるように、囁いた。
「……………そっか」
「…………え?」
「……………じゃあ、次も」
「……………」
「……………楽しみにしてる、ね……?」
ほとんど懇願に近いような、甘い甘い問いかけ。
そして、彼の反応を見る前にくるりと踵を返し、屋上の出口へと向かう。
「ちょっ、未華子ちゃん!?」
残された杉浦は、松葉杖をついたまま立ち尽くしていた。
夜風が熱を持った頬を撫でていくが、熱は引くどころか増すばかり。
唇に残るあの柔らかい感触と、耳元に今もまだ、生々しく残る彼女の熱い吐息と約束の言葉。
胸の奥で暴れ回る、どうしようもないほどの愛しい気持ち。
横浜の夜空に、星が一つ、また一つと輝き始めた。
二人の、長くて焦れったくて、でもどうしようもなく幸せな夜は、まだ始まったばかりだった。
第八話:終
