第6話:仮面の告白、裸の真心
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幕間:元公安のプロファイリング
佐竹が九十九課のメンバーになって、一週間が経った。
事務所の隅に新設されたデスクで、彼は黙々と経理ソフトと格闘している。
時折、九十九と専門用語だらけの議論を交わしている以外は、驚くほど静かだった。
「――というわけで、ウチのピーちゃんを探してほしいんです!」
その日、依頼に訪れたのは、制服姿が眩しい女子高生だった。
手には、黄色いセキセイインコのイラストが描かれたケージを持っている。
「昨日、ちょっと目を離した隙に窓から……」
涙ながらに語る少女に、未華子は「大丈夫、私たちが必ず見つけるからね」と優しく微笑んだ。
「よし! では、杉浦氏と佐竹殿、二名で聞き込み調査をお願いしますぞ!」
九十九の鶴の一声に、杉浦は、あからさまに顔をしかめた。
「……え~。なんで、僕がこいつと」
「まあまあ、新人教育も兼ねて、だ。よろしくな、杉浦」
飄々と笑う佐竹に、杉浦は唇を尖らせながら渋々ジャケットを羽織った。
――依頼者の住むマンション内での聞き込みを始めて、数軒目。
杉浦がいつものように目撃情報を集めている横で、佐竹は玄関先で対応した住人の「何気ない一言」に、わずかに眉を動かした。
「あら、またインコ? 一ヶ月前にも、下の階の子が逃がしたインコがうちのベランダに来て、息子が保護したことがあったのよ。……ああ、息子は部活の遠征で留守ですけど」
対応した女性の背後、玄関の棚には依頼人の少女と同じ高校の校章が入ったサッカー部の優勝カップが飾られ、足元には泥のついたスパイクが転がっていた。
マンションのエントランスを抜けたところで、杉浦が溜息まじりに口を開く。
「なかなか見つからないね。……ねえ、佐竹くんは、さっきから何してんの」
「プロファイリングだよ。今回のクライアントのな」
「はあ? プロファイリング?」
杉浦の苛立ちを、佐竹は冷静にいなした。
「杉浦。今回の依頼人……彼女は『狂言に失敗して、パニックに陥っている』だけだ」
佐竹は、少女が書いた失踪状況のメモを指で弾いた。
「彼女は『部屋の窓を閉め忘れて、目を離した隙に逃げた』と言っていたが、あり得ない。彼女の部屋の窓の横には強力な換気扇が回っている。鳥は本能的に風の通り道を嫌うし、そもそも室内から窓の外へ一気に飛び出すには、今日の気圧配置では気流の抵抗が強すぎる。インコが自らあの窓を選ぶ可能性は、ゼロだ」
「じゃあ、どうやって……」
「わざわざ、ケージをベランダまで持ち出して、自らの手で逃がしたんだよ。……さっきの三階上の部屋を思い出せ」
佐竹は、今しがた聞き込みを終えたばかりの部屋を、顎で指し示した。
「あの家には、彼女と同じ高校のサッカー部エース、A君が住んでいる。一ヶ月前、本当に逃げたインコが幸運にも彼のベランダに迷い込み、彼が保護した。……それが彼女にとっての忘れられない『成功体験』になったわけだ。もう一度ベランダで逃がせば、インコはまた三階上の彼の元へ飛んでいく。そう信じて、彼女は『窓から逃げた』という嘘をつき、実際にはベランダから放鳥した」
佐竹はスマホで現在の気象データを表示し、上空の強い等圧線を杉浦に見せる。
「だが、計算違いが起きた。一ヶ月前は無風だったが、今日は上昇気流が強い。ベランダから放たれたインコは、三階上のバルコニーに辿り着く前に突風に掠め取られ、流されてしまった。……意中の彼に会うための『道具』が、本当に死ぬかもしれない。その恐怖が、彼女が必死に隠している『嘘』の正体だよ」
的確で淀みない分析に、杉浦は言葉を失う。
「つまり、彼女の目的はピーちゃんの捜索を口実に、意中の彼に近づくことだった。……まあ、高校生らしい可愛い嘘のつもりだったんだろうが、自然を甘く見すぎたな」
事務所に戻り、佐竹が淡々とその分析を報告すると、九十九は「なるほど!」と膝を打った。
「合点がいきましたぞ! インコの平均飛行速度と、失踪時刻の風速データを同期させれば……。よし、佐竹殿が導き出した気流のルートを、ドローンの予測航路にプロットしますぞ!」
九十九がキーボードを叩くと、モニター上には等圧線と上昇気流のシミュレーションが重なり、隣町にある「異人町中央公園」の周辺エリアが赤く強調された。
――数時間後。
ドローンは、案の定、予測エリアの端にある街路樹の枝で、寒さに震えながらうずくまるピーちゃんを発見した。
マンションのベランダからは、直線距離で一キロ以上――到底、女子高生の想定通りにはいかない「大誤算」の終着点だった。
九十九課の手によって無事保護され、依頼人に引き渡されたインコを見て、少女は言葉を失っていた。
「ピーちゃん! よかった……! 本当にごめんね……!」
涙ながらにインコを抱きしめる少女に、佐竹は静かに、しかし全てを見透かしたような目で言った。
「……今度は、もっと素直な方法で、彼に想いを伝えてみたらどうだ? 君なら、きっと大丈夫だから」
その言葉に、少女は顔を真っ赤にして俯いた。
事務所への帰り道。
杉浦は、少しだけバツが悪そうに、前を歩く佐竹の背中に声をかけた。
「……悪かったよ。疑うようなこと言って」
「気にしてない。それが、お前の誠実さだろ」
振り返った佐竹は、初めて、少しだけやんちゃな兄ちゃんのようにニヤリと笑った。
「でも、これで少しは信用してくれたか? 先輩」
事務所の扉を開けると、そこには、湯気の立つ鍋を囲んで未華子と九十九が待っていた。
「おっかえりー! 二人ともお疲れ様! 歓迎会、第二弾だよ!」
「はい、新人! そこにあるビール全部運んできて!」
未華子に顎で使われ、佐竹は「へいへい、わかってますよっと」と、軽口を叩きながらビールのケースを運ぶ。
その自然な光景を見て、杉浦の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
―――まあ、こういうのも、悪くないか。
新しい仲間と、新しい日常。
横浜九十九課の、温かくて少しだけ騒がしい夜が、また一つ更けていった。
〈了〉
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