第4話:王の戯れ、龍の目覚め
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スピンオフ:王の暇つぶし、あるいは、運命の始まり【十朱SIDE】
退屈だった。
全てが思い通りに進みすぎている、この世界は。
東鞘会七代目という、玉座。
横浜流氓総帥という、仮面。
全てが、俺の描いたシナリオ通りに動いている。
そんな完璧で色のない日常に、一つの面白い「ノイズ」が混じり始めたのは、いつからだったか。
―――橘未華子。
その名前を俺が最初に意識したのは、ソンヒからの報告だった。
あの趙が。
婚約者を亡くして以来、十数年間、その隣に決して女の影を見せなかったあの趙天佑が。
「命に代えても守ってほしいカタギの女がいる」と、彼女に頭を下げた、と。
(……ほう。…あの修道士のようだった男を、そこまで夢中にさせるか)
そして、埠頭での爆発事件。
趙はその女を庇い、銃弾を受け、生死の境を彷徨った。
愚かな男だ。
だが、あいつに似合わない、人間臭い行動。
俺の心のどこか錆びついていた部分が、僅かに軋む音がした。
趙がそこまでして守ろうとした、その女。
一体、どんな人間なのか。
俺は、腹心の林にその女の全てを調べさせた。
―――そして、その調査報告書の中に一つの不穏な動きがあった。
趙が行方知れずになっている間に、横浜流氓の血気にはやる若い衆が数名。
「元総帥の仇!」と叫び、その女…橘未華子の故郷である、四国の田舎町へと向かっている、と。
馬鹿な奴らだ。
趙は生きているというのに。
万が一、助からなかったときの混乱を考慮して、絶対に情報が外に漏れないコミジュルで治療していたことが裏目に出たようだ。
本来なら、俺が介入するまでもない程度の話だ。
いまだに元総帥を崇める、彼のシンパが暴走しただけ。
だが。
(……少しだけ、見てみたくなった)
橘未華子、という女の顔を。
そしてその女を前にした時、俺のこの退屈な心がどう動くのかを。
ただの暇つぶし。
気まぐれだ。
俺は林に、一言だけ告げた。
「―――ヘリを用意しろ。…少し遠出する」
眼下に広がる、雲の海を見下ろしながら。
俺は、これから始まる新しい「ゲーム」の予感で、ほんの少しだけ胸が高鳴っているのを自覚していた。
*
三凪駅。
事前に、写真や監視カメラの映像で確認していた通りの女が、そこにいた。
どこにでもいる、ごく「普通」の女。
特別、美人というわけでもない。
スタイルだって凡庸だ。
俺の顔と完璧なスーツ姿を見て、彼女の心のガードが一瞬で緩んだのが、手に取るようにわかった。
他の掃いて捨てるほどいる、女たちと同じ反応。
(……この程度の女か)
趙も、杉浦とかいうあの若い犬も。
こんな、ありふれた女一人に振り回されていたとは。
少しだけ、失望すらした。
だが、まあ、せっかくの遠出だ。
もう少しだけ様子を見るか。
俺は、ビジネスマンとしての完璧な仮面を被り、スマートな笑顔で名刺を差し出した。
彼女が完全に油断しきったその顔を見て、俺は、心のどこかで小さく嘲笑していた。
*
翌日の夜。
指定された台湾料理屋。
場末の大衆食堂。
庶民的で、騒がしい空間。
こんな場所に呼び出すとは。
やはり、育ちが知れる。
――だが。
俺の前に座る彼女の顔は、昨日とは少しだけ違っていた。
俺に対して、明確な「警戒心」を抱いているのがわかった。
(……ほう。…ただの馬鹿ではないらしい)
彼女は「記者」として、俺を分析し探ろうとしている。
その、僅かな抵抗が面白い。
だが、そのゲームが、少しだけ様相を変え始めたのは。
食事の終盤。
俺の「橘さんはこのお店、よく来られるんですか?」という、ありふれた質問に。
彼女が一瞬だけ、その完璧な「武装」を解いた時だった。
「はい。…すごく好きなお店なんです。…兄夫婦と甥っ子たちとも、よく来ますよ」
無防備で、少しだけ寂しそうな素の笑顔。
それを見た瞬間。
俺の心の水面が、ほんの僅かにざわついたのを感じた。
そして、食事の後。
俺が差し出した弁償の金を、彼女は頑なに受け取ろうとはしなかった。
金では決して買収できない、気高さと誠実さ。
(……なるほどな)
「ありふれた、どこにでもいる馬鹿な女」。
その評価を、ほんの少しだけ上方修正する必要があるらしい。
その夜、ホテルに戻った俺は、林に二つの指示を出した。
一つは、この『味仙』という店を買収すること。
そしてもう一つは、未華子を追いかけてきて捕まえた、あの黒いジャージの馬鹿を、この店の厨房に叩き込むこと。
「……明日から、あいつをここで修行させる。…俺はその経営指導として、しばらくこの店に滞在する」と。
全ては、この興味深い「観察対象」を、もう少しだけ近くで見ていたくなったという、ただ、それだけの理由だった。
*
その翌日から。
奇妙な日常が始まった。
未華子は、毎日律儀に「味仙」に顔を出し、俺はそれに合わせるように店に足を運ぶ。
他愛のない会話。
彼女は、横浜という街がどれだけ好きか、ということばかりを話した。
正直言って、女の話など世界で一番退屈な代物だ。
自慢話か、愚痴か、嫉妬。
聞く価値などありはしない。
だが、どういうわけか。
彼女の話だけは、不思議と、相槌を打つのが苦ではなかった。
そしてその日、俺の心に、決定的な「亀裂」が入る、瞬間が訪れた。
彼女が、伊勢佐木異人町で出会った、大切な「仲間」たちのことを話し始めたのだ。
パワフルで美しくて、憧れているという年上の韓国人の女性。
飄々として何を考えているかわからないけれど、誰よりも街のことを考えている中華屋のマスター。
「マフィア」とは、一言も言わない。
だが、それが、ソンヒと趙のことであるのは明白だった。
俺が子供の頃から知る、どうしようもない腐れ縁の二人。
彼女は、そんな裏社会の厄介者たちを、一切の偏見のない真っ直ぐな瞳で語っていた。
ただ一人の「人間」として、尊敬し、愛している、と。
その、清廉で強い魂の形。
そして、その話をする時の、心を完全に許した屈託のない少女のような笑顔。
その全てが、俺がこれまで出会ってきた、どの女とも違っていて。
その全てが、俺のこの完璧にコントロールされているはずの、心を掴んで離さなかった。
―――あの趙が、命をかけて守ろうとした女。
それが一体、どんな人間なのか。
最初は、ただの好奇心だったはずだ。
だが、今目の前で笑っているこの女は。
俺の完璧だったはずの人生のシナリオに、存在するはずのなかった完全なる「イレギュラー」。
どうしようもなく興味深く、そして、恐らくは、危険な「バグ」。
(……面白い)
(……実に、面白い)
俺は、込み上げてくる未知の感情を押し殺すように、いつもの完璧な仮面を貼り付けた。
そして、無意識に口をついて出ていたのだ。
「……面白い街ですね。…あなたのような美しい女性 を、そこまで夢中にさせるくらいには」
その時、俺が抱いていた感情。
それは、「愛」などという陳腐なものではなかった。
ただ、純粋な「この面白い玩具 を俺だけのものにしてみたい」という、子供のような独占欲。
そう。
これはゲームだ。
退屈な俺の日常に現れた、最高の暇つぶし。
この時はまだ、そう思っていたのだ。
*
横浜に戻った数日後。
俺は、趙の店へと向かった。
林からの報告で、彼女がそこにいることはわかっていたからだ。
案の定、探偵事務所の面々とテーブル席に座り、美味そうにバンバンジーを頬張っているその姿。
俺の顔を見て、鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くしている。
その無防備で間抜けな顔が、どうしようもなく面白かった。
*
そして、あの夜。
慶錦飯店の最上階。
俺の城へと連れてこられた、彼女の瞳。
そこには、これまで見たことのないほどの、剥き出しの「警戒」と「恐怖」の色が浮かんでいた。
(……ほう。…ようやく、俺が誰なのか理解したか)
怯えた小動物のような眼差しが、俺のサディスティックな心をどうしようもなくくすぐる。
「―――だから、俺のそばにいろ。……俺の女になれ」
俺の完璧な「プロポーズ」に対する、彼女の答え。
それは予想通りであり、そして予想を遥かに超えていた。
「……あなたたちの世界の、その傲慢さが嫌いだと言っているんです!」
「お金や力で、人の心が買えるとでも思っているんですか?! 私の家族の苦労まで、あんたのゲームの駒みたいに扱わないで!」
「……そうやって、他人の人生の物語をリスペクトもせずに、自分の都合のいいように書き換えられるとでも思っている、その考え方が! 私は一番許せない」
真っ直ぐで、青臭い、正義の言葉。
これまでのどんな女も、俺に向けたことのない、剥き出しの「反逆」。
普通なら、不愉快なだけだ。
だが、なぜか。
俺は、その言葉の一つ一つに、心を揺さぶられている自分に気づいていた。
そして、とどめはこれだった。
「それに……。私は……好きな人がいるんです。だから、あなたの申し出は受けられません」
(……ああ、そうか)
その時、俺は初めて、理解したのだ。
この女は、俺の完璧な人生のシナリオに、存在するはずのなかった唯一の「イレギュラー」などではない。
この女こそが、俺のこの退屈な物語を、根底から覆してしまう、
本当の「主人公」なのかもしれない、と。
俺は、込み上げてくる笑いを、抑えることができなかった。
「……ははっ、面白い。…ますます、気に入った」
そうだ。
これは、もう、暇つぶしの「ゲーム」などではない。
俺が、初めて、本気で「欲しい」と願ってしまった、ただ一つの宝物を巡る、壮大な「戦い」の始まりなのだ。
そしてその戦いが、俺のこの乾ききっていた心を、どれほど満たしてくれることになるのか。
俺はまだ、その本当の意味を、知らなかった。
<了>
退屈だった。
全てが思い通りに進みすぎている、この世界は。
東鞘会七代目という、玉座。
横浜流氓総帥という、仮面。
全てが、俺の描いたシナリオ通りに動いている。
そんな完璧で色のない日常に、一つの面白い「ノイズ」が混じり始めたのは、いつからだったか。
―――橘未華子。
その名前を俺が最初に意識したのは、ソンヒからの報告だった。
あの趙が。
婚約者を亡くして以来、十数年間、その隣に決して女の影を見せなかったあの趙天佑が。
「命に代えても守ってほしいカタギの女がいる」と、彼女に頭を下げた、と。
(……ほう。…あの修道士のようだった男を、そこまで夢中にさせるか)
そして、埠頭での爆発事件。
趙はその女を庇い、銃弾を受け、生死の境を彷徨った。
愚かな男だ。
だが、あいつに似合わない、人間臭い行動。
俺の心のどこか錆びついていた部分が、僅かに軋む音がした。
趙がそこまでして守ろうとした、その女。
一体、どんな人間なのか。
俺は、腹心の林にその女の全てを調べさせた。
―――そして、その調査報告書の中に一つの不穏な動きがあった。
趙が行方知れずになっている間に、横浜流氓の血気にはやる若い衆が数名。
「元総帥の仇!」と叫び、その女…橘未華子の故郷である、四国の田舎町へと向かっている、と。
馬鹿な奴らだ。
趙は生きているというのに。
万が一、助からなかったときの混乱を考慮して、絶対に情報が外に漏れないコミジュルで治療していたことが裏目に出たようだ。
本来なら、俺が介入するまでもない程度の話だ。
いまだに元総帥を崇める、彼のシンパが暴走しただけ。
だが。
(……少しだけ、見てみたくなった)
橘未華子、という女の顔を。
そしてその女を前にした時、俺のこの退屈な心がどう動くのかを。
ただの暇つぶし。
気まぐれだ。
俺は林に、一言だけ告げた。
「―――ヘリを用意しろ。…少し遠出する」
眼下に広がる、雲の海を見下ろしながら。
俺は、これから始まる新しい「ゲーム」の予感で、ほんの少しだけ胸が高鳴っているのを自覚していた。
*
三凪駅。
事前に、写真や監視カメラの映像で確認していた通りの女が、そこにいた。
どこにでもいる、ごく「普通」の女。
特別、美人というわけでもない。
スタイルだって凡庸だ。
俺の顔と完璧なスーツ姿を見て、彼女の心のガードが一瞬で緩んだのが、手に取るようにわかった。
他の掃いて捨てるほどいる、女たちと同じ反応。
(……この程度の女か)
趙も、杉浦とかいうあの若い犬も。
こんな、ありふれた女一人に振り回されていたとは。
少しだけ、失望すらした。
だが、まあ、せっかくの遠出だ。
もう少しだけ様子を見るか。
俺は、ビジネスマンとしての完璧な仮面を被り、スマートな笑顔で名刺を差し出した。
彼女が完全に油断しきったその顔を見て、俺は、心のどこかで小さく嘲笑していた。
*
翌日の夜。
指定された台湾料理屋。
場末の大衆食堂。
庶民的で、騒がしい空間。
こんな場所に呼び出すとは。
やはり、育ちが知れる。
――だが。
俺の前に座る彼女の顔は、昨日とは少しだけ違っていた。
俺に対して、明確な「警戒心」を抱いているのがわかった。
(……ほう。…ただの馬鹿ではないらしい)
彼女は「記者」として、俺を分析し探ろうとしている。
その、僅かな抵抗が面白い。
だが、そのゲームが、少しだけ様相を変え始めたのは。
食事の終盤。
俺の「橘さんはこのお店、よく来られるんですか?」という、ありふれた質問に。
彼女が一瞬だけ、その完璧な「武装」を解いた時だった。
「はい。…すごく好きなお店なんです。…兄夫婦と甥っ子たちとも、よく来ますよ」
無防備で、少しだけ寂しそうな素の笑顔。
それを見た瞬間。
俺の心の水面が、ほんの僅かにざわついたのを感じた。
そして、食事の後。
俺が差し出した弁償の金を、彼女は頑なに受け取ろうとはしなかった。
金では決して買収できない、気高さと誠実さ。
(……なるほどな)
「ありふれた、どこにでもいる馬鹿な女」。
その評価を、ほんの少しだけ上方修正する必要があるらしい。
その夜、ホテルに戻った俺は、林に二つの指示を出した。
一つは、この『味仙』という店を買収すること。
そしてもう一つは、未華子を追いかけてきて捕まえた、あの黒いジャージの馬鹿を、この店の厨房に叩き込むこと。
「……明日から、あいつをここで修行させる。…俺はその経営指導として、しばらくこの店に滞在する」と。
全ては、この興味深い「観察対象」を、もう少しだけ近くで見ていたくなったという、ただ、それだけの理由だった。
*
その翌日から。
奇妙な日常が始まった。
未華子は、毎日律儀に「味仙」に顔を出し、俺はそれに合わせるように店に足を運ぶ。
他愛のない会話。
彼女は、横浜という街がどれだけ好きか、ということばかりを話した。
正直言って、女の話など世界で一番退屈な代物だ。
自慢話か、愚痴か、嫉妬。
聞く価値などありはしない。
だが、どういうわけか。
彼女の話だけは、不思議と、相槌を打つのが苦ではなかった。
そしてその日、俺の心に、決定的な「亀裂」が入る、瞬間が訪れた。
彼女が、伊勢佐木異人町で出会った、大切な「仲間」たちのことを話し始めたのだ。
パワフルで美しくて、憧れているという年上の韓国人の女性。
飄々として何を考えているかわからないけれど、誰よりも街のことを考えている中華屋のマスター。
「マフィア」とは、一言も言わない。
だが、それが、ソンヒと趙のことであるのは明白だった。
俺が子供の頃から知る、どうしようもない腐れ縁の二人。
彼女は、そんな裏社会の厄介者たちを、一切の偏見のない真っ直ぐな瞳で語っていた。
ただ一人の「人間」として、尊敬し、愛している、と。
その、清廉で強い魂の形。
そして、その話をする時の、心を完全に許した屈託のない少女のような笑顔。
その全てが、俺がこれまで出会ってきた、どの女とも違っていて。
その全てが、俺のこの完璧にコントロールされているはずの、心を掴んで離さなかった。
―――あの趙が、命をかけて守ろうとした女。
それが一体、どんな人間なのか。
最初は、ただの好奇心だったはずだ。
だが、今目の前で笑っているこの女は。
俺の完璧だったはずの人生のシナリオに、存在するはずのなかった完全なる「イレギュラー」。
どうしようもなく興味深く、そして、恐らくは、危険な「バグ」。
(……面白い)
(……実に、面白い)
俺は、込み上げてくる未知の感情を押し殺すように、いつもの完璧な仮面を貼り付けた。
そして、無意識に口をついて出ていたのだ。
「……面白い街ですね。…あなたのような美しい
その時、俺が抱いていた感情。
それは、「愛」などという陳腐なものではなかった。
ただ、純粋な「この面白い
そう。
これはゲームだ。
退屈な俺の日常に現れた、最高の暇つぶし。
この時はまだ、そう思っていたのだ。
*
横浜に戻った数日後。
俺は、趙の店へと向かった。
林からの報告で、彼女がそこにいることはわかっていたからだ。
案の定、探偵事務所の面々とテーブル席に座り、美味そうにバンバンジーを頬張っているその姿。
俺の顔を見て、鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くしている。
その無防備で間抜けな顔が、どうしようもなく面白かった。
*
そして、あの夜。
慶錦飯店の最上階。
俺の城へと連れてこられた、彼女の瞳。
そこには、これまで見たことのないほどの、剥き出しの「警戒」と「恐怖」の色が浮かんでいた。
(……ほう。…ようやく、俺が誰なのか理解したか)
怯えた小動物のような眼差しが、俺のサディスティックな心をどうしようもなくくすぐる。
「―――だから、俺のそばにいろ。……俺の女になれ」
俺の完璧な「プロポーズ」に対する、彼女の答え。
それは予想通りであり、そして予想を遥かに超えていた。
「……あなたたちの世界の、その傲慢さが嫌いだと言っているんです!」
「お金や力で、人の心が買えるとでも思っているんですか?! 私の家族の苦労まで、あんたのゲームの駒みたいに扱わないで!」
「……そうやって、他人の人生の物語をリスペクトもせずに、自分の都合のいいように書き換えられるとでも思っている、その考え方が! 私は一番許せない」
真っ直ぐで、青臭い、正義の言葉。
これまでのどんな女も、俺に向けたことのない、剥き出しの「反逆」。
普通なら、不愉快なだけだ。
だが、なぜか。
俺は、その言葉の一つ一つに、心を揺さぶられている自分に気づいていた。
そして、とどめはこれだった。
「それに……。私は……好きな人がいるんです。だから、あなたの申し出は受けられません」
(……ああ、そうか)
その時、俺は初めて、理解したのだ。
この女は、俺の完璧な人生のシナリオに、存在するはずのなかった唯一の「イレギュラー」などではない。
この女こそが、俺のこの退屈な物語を、根底から覆してしまう、
本当の「主人公」なのかもしれない、と。
俺は、込み上げてくる笑いを、抑えることができなかった。
「……ははっ、面白い。…ますます、気に入った」
そうだ。
これは、もう、暇つぶしの「ゲーム」などではない。
俺が、初めて、本気で「欲しい」と願ってしまった、ただ一つの宝物を巡る、壮大な「戦い」の始まりなのだ。
そしてその戦いが、俺のこの乾ききっていた心を、どれほど満たしてくれることになるのか。
俺はまだ、その本当の意味を、知らなかった。
<了>
