第4話:王の戯れ、龍の目覚め
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第二幕:新しい玩具(おもちゃ)
[場所:横浜九十九課]
「――未華子ちゃんが、攫われた……!?」
転がり込んできた鉄爪の報告に、九十九課の空気が一瞬で凍りついた。
杉浦の血の気がさっと引いていく。
まただ。
またあの子が、自分の知らないところで危険な目に遭っている。
「相手は!? どこのどいつだよ!」
杉浦が、鉄爪の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで問い詰める。
鉄爪は、壁に拳を叩きつけ苦々しく吐き捨てた。
「……東鞘会の会長直属の連中だ。……そして、俺たちの総帥でもある」
その言葉に杉浦は息を呑んだ。
東鞘会のトップであり、横浜流氓のトップでもある男、十朱雅。
その圧倒的な権力の前に、鉄爪ですら手出しができないという絶望的な事実。
「九十九くん!」
「わかってますぞ!」
杉浦が叫ぶより早く、九十九の指が凄まじい速さでキーボードを乱れ打つ。
「伊勢佐木異人町の防犯カメラネットワークに侵入! 敵車両の割り出しを急ぎますぞ!」
杉浦はいてもたってもいられず、事務所の中を苛立たしげに歩き回る。
テーブルの上に置きっぱなしになっていた、未華子が使っていたマグカップが目に入った。
カップの底には、少しだけ残ったコーヒーが乾いた跡が残っていた。
その、温もりを感じさせる日常の残骸に奥歯を強く噛み締めた。
(なんであの男が…! 目的は一体何なんだ!?)
理由がわからないからこそ、腹の底から得体の知れない怒りが込み上げてくる。
「見つけましたぞ!」
九十九が叫んだ。
「黒塗りのセダン、ナンバーは偽装されていますが、この動き……間違いなく、横浜流氓のアジト『慶錦飯店』に向かっています!」
「慶錦飯店……!」
鉄爪が、悔しそうに顔を歪める。
「……あそこは俺たち流氓のアジトだ。だが、今の総帥がいる場所に、俺ごときの立場でお前らを連れてどうこうできるわけがねえ。…正面から乗り込んだって勝ち目は……」
「だとしても、行くしかないだろ!」
杉浦は、ジャケットを掴むと、事務所を飛び出そうとした。
その腕を、九十九が静かに制した。
「待ってください、杉浦氏。一人で乗り込むのは無謀です。……今、趙殿とソンヒ殿にも連絡を取りました。すぐにこちらへ向かう、と」
「待ってらんないよ!」
その制止を振り払い杉浦は叫んだ。
一刻も早く、彼女を助け出さなければ。
その想いだけが、彼の全身を支配していた。
杉浦は一人、慶錦飯店へと走り出した。
横浜の冷たい夜風が、彼の火照った顔を撫でていく。
*
慶錦飯店は、不気味なほど静まり返っていた。
正面玄関に、いつもはいるはずであろう門番や護衛の姿が一人もいない。
まるで、この日のために、全ての人間が払い除けられたかのようだ。
杉浦は、警戒心を最大レベルに引き上げながら、建物の中へと侵入する。
やはり、人の気配はない。
彼は、エレベーターには乗らず、非常階段を使い、一気に最上階へと駆け上がった。
会長室へと続く重厚な扉。
息を一つ整え、彼はその扉を勢いよく蹴破った。
だが、そこに、想像していたような修羅場はなかった。
部屋は静まり返っていた。
広い空間の中央。
大きな窓を背にして、二つの影が、ただ、静かに立っている。
無傷の未華子。
そしてその隣に寄り添うように立つ、王者のごとき風格の男、十朱雅。
「……早かったな」
十朱は、ゆっくりとこちらを振り返ると、値踏みするような目で杉浦を見つめた。
それが、二人が初めて直接交わす言葉だった。
「杉浦くん!」
未華子の声が静寂を破った。
「……未華子ちゃんを、離せ」
杉浦は、低く、威嚇するように言った。
今にも飛びかかりたいその衝動を、必死で理性で抑えつける。
十朱は肩をすくめた。
「離すも何も、俺は何もしていない。…彼女と、少し話をしていただけだ」
「……ふざけるな」
その剥き出しの敵意を、十朱は心底楽しむように受け流した。
そして彼は未華子の方へと向き直ると、こう尋ねたのだ。
「……君が言っていた好きな男、とは」
彼の視線がゆっくりと、杉浦へと向けられる。
「……あいつのことか?」
そして十朱は、まるで面白い玩具を見つけた子供のように無邪気に、そして残酷に笑った。
その余裕綽々の態度が、杉浦の神経をギリギリと逆撫でしていく。
「……あんたの目的はなんだ」
杉浦の低い声が、静かな部屋に響いた。
「目的? ……そうだな」
十朱は、少し考える素振りを見せると、隣に立つ未華子の肩にそっと手を置いた。
びくり、と震える彼女の反応を楽しむように。
「この女は面白い。趙も、そして、お前も、夢中にさせる。―――だから、俺も欲しくなった。…それじゃダメか?」
自分勝手で、傲慢な物言い。
そして、未華子をまるで「物」のように扱うその態度に、杉浦の中で何かが切れた。
「…………ふざけんじゃねぇぞ」
次の瞬間、杉浦の身体は地を蹴っていた。
十朱の顔面めがけて放たれた、カミソリのように鋭い蹴り。
―――だが、それは。
いとも容易く、十朱の差し出された片腕によって受け止められていた。
「……なるほど。…噂通りの腕前だな、ジェスター」
体勢を崩された杉浦の身体が、床に叩きつけられる。
圧倒的な力の差。
「杉浦くん!!」
未華子の悲痛な声が響く。
十朱は、床に蹲る杉浦を冷たい目で見下ろしながら、静かに告げた。
「……今日のところは、興が醒めた」
「……っ!」
「だが勘違いするな。…これはゲームだ。…そして、ルールを決めるのは、常に、俺だ。…せいぜい二人で仲良く、俺を楽しませてくれよ」
その言葉を最後に。
部屋の重厚な扉が、勢いよく外側から開かれた。
駆け込んできたのは、息を切らした趙と、そして氷のような表情を浮かべたソンヒだった。
十朱は、それを見るとつまらなそうに肩をすくめた。
「……やれやれ。…野次馬のご登場、か」
「未華子ちゃん!」
杉浦は、痛む身体を引きずるようにして立ち上がると、すぐに彼女の元へと駆け寄り、その震える腕を掴み自分の背中へと庇った。
十朱の前に立ちはだかるように、杉浦と未華子の前に進み出た趙。
その顔からは、いつもの飄々とした笑みは完全に消えていた。
瞳の奥に宿っているのは、かつて彼が裏社会を支配していた頃の、底知れない怒りの炎。
「―――てめぇ、俺の“常連さん”に、何、手ぇ出してくれてんだ、ああ?」
地を這うような低い声。
隣に立つソンヒもまた、冷たく言い放った。
「……十朱。…一体何を考えている? …お前ほどの男が、こんな子供じみた手荒な真似をするとはな」
二人の王と女王の剥き出しの敵意を、一身に受けてもなお。
十朱は楽しそうに笑うだけだった。
「……ははっ。…そう、いきり立つなよ二人とも」
彼はまるで、拗ねた子供をあやすかのように言った。
「―――ただ、少しだけ、俺の新しい『おもちゃ』に挨拶しただけだ」
そう言い残し、十朱は悠然と部屋を去っていく。
残されたのは、絶対的な王が残した深い爪痕と、これから始まるであろう終わりの見えないゲームの不吉な予感だけだった。
杉浦は、背後で小さく震える未華子の腕を、強く強く抱きしめることしかできなかった。
第四話・終
