日常編シリーズ その①
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日常編:真夏のビーチと、最強の日焼け止め
「―――というわけで! たまには、バカンスも必要ですぞ!」
九十九の唐突すぎる鶴の一声で、横浜九十九課はその日、臨時休業となった。
四人を乗せた佐竹のSUVが向かう先は、夏の太陽がギラギラと照りつける、湘南のビーチ。
パラソルを立て、シートを広げると、男たちはまるで子供のようにはしゃぎ始めた。
「見よ、杉浦氏! 我が最新鋭の防水ドローン『マリン・ホーク』の実力を!」
「うわっ、九十九くんやめてよ! 人の顔のギリギリを飛ばすな!」
「……やれやれ。子供かあいつらは」
サングラス姿の佐竹は呆れたようにため息をつくと、パラソルの下で静かにハードカバーの本を開き始めた。
そんな平和な光景を、未華子は少しだけ眩しそうに見つめていた。
彼女が着ていたのは、ネイビーのホルターネックのビキニ(学生時代に買ったもの)。
首元で結ばれたリボンが、あの痛々しい銃創の痕を絶妙に隠してくれている。
水着を着るのを躊躇していたが、佐竹が「全然気にならないぞ」と、さらっと言ってくれたおかげで勇気が出たのだ。
さりげない気遣いが嬉しくて、少しだけくすぐったかった。
「……はい、二人とも、ちょっとじっとして!」
未華子は、日焼け止めのチューブを手に取ると、ドローンを追いかけ回している九十九と杉浦の背中にクリームを塗りたくった。
「うわっ、つめたっ!」
「日焼けしたくないでしょ。ほら、杉浦くんも、ちゃんと塗らないと真っ赤になるよ」
「……う、うん」
お母さんのように甲斐甲斐しく自分の背中に日焼け止めを塗ってくれる、彼女のその柔らかな指の感触に。
杉浦は、顔を真っ赤にして、固まることしかできなかった。
*
「―――うーし、じゃあ俺、ちょっと泳いでくるわ」
佐竹が、それまで読んでいた本をパタンと閉じると、静かに立ち上がった。
そして、羽織っていたTシャツを無造作に脱ぎ捨てる。
―――その瞬間、ビーチの空気が変わった。
白い砂浜に晒された、その身体。
無駄な脂肪が一切ない、しなやかに引き締まった筋肉。
公安時代に刻まれたであろう、いくつかの古い傷跡が、逆にそのストイックな色気を際立たせる。
それは、見せつけるための筋肉ではない。
ただひたすらに、実用性だけを追求した究極の機能美だった。
ビーチにいた、ビキニ姿の女性たちの視線が、一斉に彼に突き刺さった。
「……行くぞ、杉浦」
「……え、僕も?」
佐竹に促され、杉浦も渋々といった様子でTシャツを脱ぐ。
佐竹の、彫刻のような肉体美とはまた違う。
杉浦の身体は、まるで野生の獣のようにしなやかで、躍動感に満ちていた。
パルクールで鍛え上げられた、美しい筋肉のライン。
二人のイケメンが、並んで海へと歩いていく。
あまりに破壊力の高すぎる光景。
「……きゃー!」
「……ねえ、あの人たちモデルじゃない?」
ビーチのあちこちから、黄色い歓声が上がる。
何人かの積極的な女性が、二人に声をかけようと駆け寄っていく。
その一部始終を。
パラソルの下で、未華子と九十九は冷ややかに眺めていた。
「……ふむ」
九十九は、サングラスの奥で腕を組み、何やら真剣な顔で分析を始めている。
「……なるほど。佐竹殿の、計算され尽くした静的な肉体美と。杉浦氏の、野生的な動的な肉体美。対照的な二つの魅力が相乗効果を生み、周囲の女性たちのアドレナリンとドーパミンの分泌を、爆発的に促進させている、と。……実に興味深いデータですな!」
その隣で。
未華子は、ストローを噛み締めながらチッ、と小さく舌打ちをした。
(……まあ、確かに格好いいけど)
(……ていうか、格好良すぎるんだけど)
(……でもあの二人は、私の、なんだけどな)
その心の声は、もちろん誰にも聞かれることはない。
彼女は、そんな独占欲に満ちた自分の醜い心に、気づかないふりをしながら。
ジュースの氷を、ガリガリと音を立てて噛み砕くのだった。
「……未華子氏? なんだか、目が据わってますぞ……?」
九十九の心配そうな声も、今の彼女の耳には届いていなかった。
*
その空気を破壊したのは、海の家から聞こえてきた怒声だった。
「てめぇ! イカサマしてんじゃねえぞコラァ!」
見れば、海の家の隅で、タトゥーを入れたチンピラたちが若者たちを取り囲んでいる。
どうやら、トランプを使ったいかさま賭博で金を巻き上げているらしい。
「……ったく。どいつもこいつも、夏に浮かれてやがる」
浜辺から帰ってきて休憩していた佐竹が、静かに立ち上がった。
「……まあ、退屈しないのはいいけどね」
杉浦が、ニヤリと笑う。
―――四人の探偵の顔に、スイッチが入った。
作戦はこうだ。
まず未華子が、何も知らない観光客を装いその賭博に参加する。
「わあ面白そう! 私も混ぜてくださーい!」
完璧なぶりっ子演技に、チンピラたちは完全に油断していた。
その隙に、杉浦が超望遠レンズでイカサマの決定的瞬間を撮影する。
そして、九十九がドローンを使い、上空からチンピラたちの顔を一人残らず記録していく。
「―――はい、そこまで」
全ての証拠が揃った、その時。
未華子の、声のトーンが、一変した。
「お兄さんたち。詐欺と恐喝。どっちの罪でしょっ引かれたい?」
その豹変ぶりに、チンピラたちが呆気に取られているその隙を。
佐竹が見逃すはずもなかった。
彼はいつの間にか、チンピラたちの背後に回り込むと、リーダー格の男の耳元で悪魔のように、囁いた。
「……ちなみに、俺の連れは元・ヤクザ(大嘘)と、元・窃盗団(本当)だ。……あんたら、どうなっても知らないぜ?」
その後、チンピラたちが泣きながら巻き上げた金を全て返し、海の藻屑と消えていったのは言うまでもない。
夕暮れのビーチ。
四人は、海の家で焼きそばを頬張りながら、今日の武勇伝を語り合っていた。
「いやーしかし、未華子氏の、あのぶりっ子演技はアカデミー賞ものですな!」
「……うるさいな九十九氏」
「……まあ、可愛かったけどね」
杉浦がぼそりと呟いた、その一言に。
未華子の顔が、夕日よりも真っ赤に染まったのは、ここだけの秘密だ。
最高の仲間たちと過ごす、最高の一日。
横浜九十九課の、短くて、騒がしくて、そして忘れられない夏が、今始まったばかりだった。
<終>
