日常編シリーズ その①
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日常編:廃墟の心霊スポットと、本当の幽霊
「―――というわけで! この夏最大のミステリーに挑みますぞ!」
九十九が事務所の大型モニターに映し出したのは、見るからに不気味な廃墟のホテルと、顔を青ざめさせた三人組の若者たちの映像だった。
心霊系Youtuber「オカルト・ブラザーズ」。
彼らからの依頼だった。
「伊勢佐木異人町の外れにある、この廃墟ホテル『ロイヤル・シーサイド』。ここで本物のポルターガイスト現象に遭遇した、と」
映像の中では、物が勝手に宙を舞い、壁からは血のような液体が滴り落ちている。
「……ばっかじゃないの」
ソファで寝転んでいた杉浦が、呆れたように呟いた。
「幽霊なんているわけないでしょ」
「……ああ。大方ヤラセか何かだろうな」
佐竹も、興味なさそうに腕を組んでいる。
だが、未華子の目は少しだけ違っていた。
(……何か引っかかる)
*
その夜。
横浜九十九課の四人は、懐中電灯だけを頼りに、その不気味な廃墟ホテルへと足を踏み入れていた。
「……うわ、カビ臭っ」
「……おい杉浦、あんまり俺の背中にくっつくなって」
「……佐竹くんだって、さっきから僕の腕掴んでるじゃん!」
普段はあれだけクールなイケメン二人が、腰が引けた子供のように怖がっている。
そのダサ可愛い姿に、未華子は思わず笑ってしまいそうになるのを、必死で堪えた。
その時だった。
ガタンッ!
ホテルのロビーのテーブルの上の花瓶が、突然床に落ちて砕け散った。
「「ひいいいーーーーっ!」」
杉浦と佐竹が同時に悲鳴を上げ、未華子の背後に隠れる。
「……ったく。二人とも情けないな」
だが、怪奇現象は続いた。
誰もいないはずの廊下の奥から、女の子のすすり泣く声が聞こえたり。
壁にスプレーで殴り書きされたような、『出ていけ』という血文字が現れたり。
「……ももももももう無理! 帰りましょうぞ、みみみみ皆さん!」
一番怖がっていたのは、意外にも九十九だった。
だが、未華子は冷静だった。
彼女は、床に落ちた花瓶の破片を拾い上げると、その断面をじっと見つめている。
「……ねえ、みんな」
彼女の静かな声に、三人の男たちがびくりと肩を震わせた。
「……この事件、幽霊の仕業じゃないよ」
「……え?」
「これは、人間がやってる」
未華子は、壁の血文字を指さした。
「この文字。よく見て。不自然にインクが垂れてる。……これは特殊なインクを使ったトリック。光に反応して、数分で消えるようになってる」
そして、彼女は花瓶の破片を見せた。
「この花瓶もそう。底に細いテグスがついてる。これを遠くから引っ張れば、誰でもポルターガイストは起こせる」
的確な推理。
これこそが、元新聞記者の観察眼。
「……じゃあ一体、誰が、何のために……」
佐竹の問いに、未華子は静かに答えた。
「―――そこにいるんでしょ?」
彼女が視線を向けた、その先。
ロビーのフロントデスクの影から、ゆっくりと一人の小さな女の子が姿を現した。
手には、おもちゃのトランシーバーを握りしめている。
「……どうしてわかったの?」
「……声だよ。さっき廊下で聞こえた泣き声。……小さい子が泣き真似してるときの声だなって思ったの」
話を聞けば、全てはこの家出少女・ミサちゃんの仕業だった。
両親の仲が悪く家庭内の空気が険悪で、家に帰りたくなくて、この廃墟で過ごしていた。
そして、オカルト・ブラザーズがここを荒らすのをやめさせるために、父親のマジック道具を使って幽霊のフリをしていたのだ。
「……ごめんなさい」
俯くミサちゃんの頭を、未華子は優しく撫でた。
「……そっか。……寂しかったんだね」
優しい、聖母のような微笑みに。
杉浦と佐竹は、ただ見とれることしかできなかった。
幽霊よりも、何よりも。
目の前のこの女神の方が、ずっと心を奪われてしまう、と。
*
その夜。
ミサキちゃんを、無事に家に送り届けた後。
四人は事務所で反省会(という名の飲み会)を開いていた。
「……いやーそれにしても、未華子氏はすごかったですな!」
「……まあな。……杉浦が一番腰抜かしてたけどな」
「……うるさい。佐竹くんだって、僕の腕離さなかったくせに」
どうしようもない男たちの言い争い。
それを見て、未華子は心の底から笑った。
この最高にダサくて、最高に愛おしい仲間たちと共に。
横浜九十九課の少しだけひんやりとして、でも最高に温かい夏の夜が、更けていくのだった。
<終>
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