第1話:最悪で、最高の一日
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[シャルル店内に移動した一行]
薄暗い店内の隅、ソファにを下ろした未華子に、東が悪態をつきながらも救急箱を持ってきた。
絡まれた際に少し擦りむいた腕に、消毒液の冷たい刺激が走る。
海藤が口を開く。
「俺は海藤正治だ。この神室町にある『八神探偵事務所』で探偵やってる」
「ボクは九十九誠一と申しますぞ! こちらのイケメンは杉浦文也氏! 我々は横浜で探偵事務所を営んでおります!」
九十九がハイテンションで紹介する横で、杉浦は壁に寄りかかったまま、視線を合わせようともしない。
「助けていただいて、ありがとうございました。私、橘未華子と申します。今は転職活動中で、面接のために東京に滞在しているんです。今日、たまたま神室町に来ていたところを……」
毅然とした態度でお礼を言う未華子を、杉浦はチラリと盗み見た。
亡き姉・絵美を彷彿とさせる、意思の強そうな目と、ショートカットヘア。
――苦手なタイプだ。
どう接していいか分からず、彼はますます心を閉ざすように腕を組んだ。
その時、シャルルのドアが乱暴に蹴破られ、先ほどのチンピラたちが倍以上の人数を引き連れて雪崩れ込んできた。
「てめぇら! 俺らのシマで好き勝手してくれたな、コラァ!」
「……チッ、しつけぇ野郎だな」
東が忌々しげに舌打ちをする。
店内は一瞬で戦場と化した。
海藤が重い拳で、杉浦が軽やかな蹴りで、そして東が鋭いドロップキックで次々と敵をなぎ倒していく。
なんとか全員を追い払った後、海藤が伸びているチンピラの一人の胸ぐらを掴み上げた。
「なんで、あのお嬢さんを、ここまで執拗に狙うんだ? ただの因縁じゃねぇな?」
観念したチンピラが、苦し紛れに白状する。
「そ、そいつは、橘毅 の、孫娘だ! 俺たち墨影 組の、長谷部の若頭の花嫁として、差し出すことになってんだよ!」
「―――橘、毅、だと……!?」
その名前に、海藤と東が、同時に目を見開いた。
その表情は、驚愕と懐疑が入り混じった、複雑な色を浮かべている。
チンピラが続ける。
「知らねえのか!? 四国の、あの、伝説の…!」
「……知ってるさ」
海藤が低い声で、チンピラの言葉を遮った。
「……ヤクザじゃねえ。盃も交わさず、誰にも組しなかった、一匹狼の大侠客だ。…だが、その仁義と腕っぷしは、西日本のどのヤクザよりも筋が通ってると、俺たちですら、噂で聞いたことがある」
彼は信じられない、という顔で、未華子を見つめた。
「……風の噂じゃ、昔、東城会のとある大物を、たった一人で敵対組織から救い出したことがある、とかな」
一方、未華子は、自分の祖父の名前が出たことに、ただ、混乱していた。
「……え、待って。……祖父のこと? なんで、皆が知ってるんですか…?」
未華子がそう言うと、今度は全員の視線が、未華子に集中した。
「……いや、私は何も……。祖父は、私が1歳の時に亡くなってて記憶もほとんどないですし。……あ、『喧嘩が強くて地元では有名だった』とは、おばあちゃんから聞いたことがあるけど……。でも、うちは父も母も普通の家庭ですし、ヤクザとか、そういうのとは、全く、関係ない、はず……」
必死の訴えに、今度は、東が呆れたようにため息をついた。
「……ったく。つまりは、こういうことだろ」
彼は、捕まえたチンピラと未華子の顔を、交互に見ながら続けた。
「墨影組の長谷部とかいう馬鹿が、その大昔の『伝説』をどこかで聞きかじった。そして『あの橘毅さんの孫娘を手に入れれば、今でも裏社会で影響力を持つ元・東城会の幹部たちにも恩を売れるかもしれない』なんて、浅はかな計算をしやがった。…典型的な、虎の威を借る、三下の発想だな」
初めて聞く、自分の出自。
そして、そのせいで、自分が狙われていたという理不尽な事実。
頭が、まだ追いつかない。
だが、確かなことは一つだけ。
自分がここにいたせいで、無関係な人たちを、面倒なことに巻き込んでしまった、ということだ。
「……………ご迷惑を、おかけして…」
未華子は、消え入りそうな声で頭を下げた。
指先が微かに震えている。
「…変なことに巻き込んでしまって、本当に、すみません…」
面接は落ち続け、おまけにヤクザにまで絡まれる。
今日は本当に、人生で最悪の日だ。
その沈んだ空気を、追い打ちをかけるように突き破ったのは、杉浦の冷たい声だった。
「ほらね、やっぱりとんでもなく面倒な話じゃん」
彼は、誰に言うでもなく、吐き捨てるように言った。
その視線は、未華子とは決して合おうとしない。
「海藤さん。もうこいつらは警察に突き出しちゃえばいいでしょ。僕たちは横浜に帰らないとだし」
「おい、杉浦!」
海藤が咎めるように名を呼ぶが、杉浦は止まらない。
「だって、僕らには関係ない話じゃない? これ以上関わると、九十九くんまで危ない目に遭うかもしれないし」
九十九は「ボ、ボクは、大丈夫ですぞ!」と、慌ててフォローする。
だが、杉浦のその言葉は、まるで硬い壁のように、未華子と彼らの間を隔てていた。
彼の言っていることは、正論だ。
全くその通り。
だからこそ、その、一切の感情を排したような冷たい響きが、ナイフのように心を抉っていく。
(……そうだよね。…そりゃ、迷惑だよな)
(……っていうか、めっちゃストレートに言うじゃんこの人……)
見かねた海藤が、ついに怒声を上げた。
「杉浦、てめぇ、いい加減にしろ!」
「……!」
「このお嬢さんが、一番、不安に思ってんだ! 少しは、言葉を選べねぇのか!」
「……別に、事実を言っただけじゃん」
彼が正しいのだ。
自分はただの厄介者で、部外者。
この人たちの温かい世界を、乱すべきではない。
未華子は、深く深く、頭を下げた。
「…………もう、ご迷惑は、おかけしません」
その絞り出すような声に、海藤が「お嬢さん…」と、何かを言いかけた。
だが、それを遮るように、未華子は続けた。
「今日は、本当にありがとうございました。…この御恩は、いつか、必ず」
彼女は踵を返し、その場からそそくさと逃げ出そうとした。
今日泊まる予定のビジネスホテルへ、戻らなければ。
地元・A県の新聞社を辞め、上京してきて数週間。
もう、貯金も底をつきそうだというのに。
自分は一体、何をやっているんだろう。
知らない人たちに多大な迷惑をかけ、挙句の果てに、最初に「格好いいな」なんて、少しだけ心をときめかせてしまった男性に、こんなにもあからさまな拒絶を示される。
面接の不採用通知よりも、ずっと、ずっと、胸が痛かった。
「―――待ちな」
背後から、海藤の低い声。
振り返ると、彼は呆れたようにため息をついていた。
「こんな夜中に、お嬢さん一人で帰せるわけねぇだろ。…どこだ、ホテルは。…送ってやる」
「……いえ! 大丈夫です! 本当に!」
「いいから」
その有無を言わぬ優しさに、結局、未華子は甘えるしかなかった。
海藤と、そして不承不承といった顔の杉浦に、ホテルまで送ってもらうことになった。
その道中。
会話はなかった。
ただ、気まずい沈黙だけが、神室町のネオンに照らされている。
ホテルに着き、「じゃあ」と、別れようとした、その時だった。
それまで、ずっと黙りこくっていた杉浦が、ぶっきらぼうに、自分のスマートフォンを、差し出してきた。
「……念のため」
「…え?」
有無を言わさない、短い言葉。
未華子は、半ば無理やり、彼と、連絡先を交換させられた。
「……なんかあったら」
「…………」
「…………すぐに、連絡してよ」
ぶっきらぼうな言葉の奥に、ほんの少しだけ、違う感情が、滲んでいるような気がしたのは。
きっと、未華子の、都合のいい勘違いなのだろう。
彼と連絡を取ることもなければ、会うこともきっとないのだから。
薄暗い店内の隅、ソファにを下ろした未華子に、東が悪態をつきながらも救急箱を持ってきた。
絡まれた際に少し擦りむいた腕に、消毒液の冷たい刺激が走る。
海藤が口を開く。
「俺は海藤正治だ。この神室町にある『八神探偵事務所』で探偵やってる」
「ボクは九十九誠一と申しますぞ! こちらのイケメンは杉浦文也氏! 我々は横浜で探偵事務所を営んでおります!」
九十九がハイテンションで紹介する横で、杉浦は壁に寄りかかったまま、視線を合わせようともしない。
「助けていただいて、ありがとうございました。私、橘未華子と申します。今は転職活動中で、面接のために東京に滞在しているんです。今日、たまたま神室町に来ていたところを……」
毅然とした態度でお礼を言う未華子を、杉浦はチラリと盗み見た。
亡き姉・絵美を彷彿とさせる、意思の強そうな目と、ショートカットヘア。
――苦手なタイプだ。
どう接していいか分からず、彼はますます心を閉ざすように腕を組んだ。
その時、シャルルのドアが乱暴に蹴破られ、先ほどのチンピラたちが倍以上の人数を引き連れて雪崩れ込んできた。
「てめぇら! 俺らのシマで好き勝手してくれたな、コラァ!」
「……チッ、しつけぇ野郎だな」
東が忌々しげに舌打ちをする。
店内は一瞬で戦場と化した。
海藤が重い拳で、杉浦が軽やかな蹴りで、そして東が鋭いドロップキックで次々と敵をなぎ倒していく。
なんとか全員を追い払った後、海藤が伸びているチンピラの一人の胸ぐらを掴み上げた。
「なんで、あのお嬢さんを、ここまで執拗に狙うんだ? ただの因縁じゃねぇな?」
観念したチンピラが、苦し紛れに白状する。
「そ、そいつは、橘
「―――橘、毅、だと……!?」
その名前に、海藤と東が、同時に目を見開いた。
その表情は、驚愕と懐疑が入り混じった、複雑な色を浮かべている。
チンピラが続ける。
「知らねえのか!? 四国の、あの、伝説の…!」
「……知ってるさ」
海藤が低い声で、チンピラの言葉を遮った。
「……ヤクザじゃねえ。盃も交わさず、誰にも組しなかった、一匹狼の大侠客だ。…だが、その仁義と腕っぷしは、西日本のどのヤクザよりも筋が通ってると、俺たちですら、噂で聞いたことがある」
彼は信じられない、という顔で、未華子を見つめた。
「……風の噂じゃ、昔、東城会のとある大物を、たった一人で敵対組織から救い出したことがある、とかな」
一方、未華子は、自分の祖父の名前が出たことに、ただ、混乱していた。
「……え、待って。……祖父のこと? なんで、皆が知ってるんですか…?」
未華子がそう言うと、今度は全員の視線が、未華子に集中した。
「……いや、私は何も……。祖父は、私が1歳の時に亡くなってて記憶もほとんどないですし。……あ、『喧嘩が強くて地元では有名だった』とは、おばあちゃんから聞いたことがあるけど……。でも、うちは父も母も普通の家庭ですし、ヤクザとか、そういうのとは、全く、関係ない、はず……」
必死の訴えに、今度は、東が呆れたようにため息をついた。
「……ったく。つまりは、こういうことだろ」
彼は、捕まえたチンピラと未華子の顔を、交互に見ながら続けた。
「墨影組の長谷部とかいう馬鹿が、その大昔の『伝説』をどこかで聞きかじった。そして『あの橘毅さんの孫娘を手に入れれば、今でも裏社会で影響力を持つ元・東城会の幹部たちにも恩を売れるかもしれない』なんて、浅はかな計算をしやがった。…典型的な、虎の威を借る、三下の発想だな」
初めて聞く、自分の出自。
そして、そのせいで、自分が狙われていたという理不尽な事実。
頭が、まだ追いつかない。
だが、確かなことは一つだけ。
自分がここにいたせいで、無関係な人たちを、面倒なことに巻き込んでしまった、ということだ。
「……………ご迷惑を、おかけして…」
未華子は、消え入りそうな声で頭を下げた。
指先が微かに震えている。
「…変なことに巻き込んでしまって、本当に、すみません…」
面接は落ち続け、おまけにヤクザにまで絡まれる。
今日は本当に、人生で最悪の日だ。
その沈んだ空気を、追い打ちをかけるように突き破ったのは、杉浦の冷たい声だった。
「ほらね、やっぱりとんでもなく面倒な話じゃん」
彼は、誰に言うでもなく、吐き捨てるように言った。
その視線は、未華子とは決して合おうとしない。
「海藤さん。もうこいつらは警察に突き出しちゃえばいいでしょ。僕たちは横浜に帰らないとだし」
「おい、杉浦!」
海藤が咎めるように名を呼ぶが、杉浦は止まらない。
「だって、僕らには関係ない話じゃない? これ以上関わると、九十九くんまで危ない目に遭うかもしれないし」
九十九は「ボ、ボクは、大丈夫ですぞ!」と、慌ててフォローする。
だが、杉浦のその言葉は、まるで硬い壁のように、未華子と彼らの間を隔てていた。
彼の言っていることは、正論だ。
全くその通り。
だからこそ、その、一切の感情を排したような冷たい響きが、ナイフのように心を抉っていく。
(……そうだよね。…そりゃ、迷惑だよな)
(……っていうか、めっちゃストレートに言うじゃんこの人……)
見かねた海藤が、ついに怒声を上げた。
「杉浦、てめぇ、いい加減にしろ!」
「……!」
「このお嬢さんが、一番、不安に思ってんだ! 少しは、言葉を選べねぇのか!」
「……別に、事実を言っただけじゃん」
彼が正しいのだ。
自分はただの厄介者で、部外者。
この人たちの温かい世界を、乱すべきではない。
未華子は、深く深く、頭を下げた。
「…………もう、ご迷惑は、おかけしません」
その絞り出すような声に、海藤が「お嬢さん…」と、何かを言いかけた。
だが、それを遮るように、未華子は続けた。
「今日は、本当にありがとうございました。…この御恩は、いつか、必ず」
彼女は踵を返し、その場からそそくさと逃げ出そうとした。
今日泊まる予定のビジネスホテルへ、戻らなければ。
地元・A県の新聞社を辞め、上京してきて数週間。
もう、貯金も底をつきそうだというのに。
自分は一体、何をやっているんだろう。
知らない人たちに多大な迷惑をかけ、挙句の果てに、最初に「格好いいな」なんて、少しだけ心をときめかせてしまった男性に、こんなにもあからさまな拒絶を示される。
面接の不採用通知よりも、ずっと、ずっと、胸が痛かった。
「―――待ちな」
背後から、海藤の低い声。
振り返ると、彼は呆れたようにため息をついていた。
「こんな夜中に、お嬢さん一人で帰せるわけねぇだろ。…どこだ、ホテルは。…送ってやる」
「……いえ! 大丈夫です! 本当に!」
「いいから」
その有無を言わぬ優しさに、結局、未華子は甘えるしかなかった。
海藤と、そして不承不承といった顔の杉浦に、ホテルまで送ってもらうことになった。
その道中。
会話はなかった。
ただ、気まずい沈黙だけが、神室町のネオンに照らされている。
ホテルに着き、「じゃあ」と、別れようとした、その時だった。
それまで、ずっと黙りこくっていた杉浦が、ぶっきらぼうに、自分のスマートフォンを、差し出してきた。
「……念のため」
「…え?」
有無を言わさない、短い言葉。
未華子は、半ば無理やり、彼と、連絡先を交換させられた。
「……なんかあったら」
「…………」
「…………すぐに、連絡してよ」
ぶっきらぼうな言葉の奥に、ほんの少しだけ、違う感情が、滲んでいるような気がしたのは。
きっと、未華子の、都合のいい勘違いなのだろう。
彼と連絡を取ることもなければ、会うこともきっとないのだから。
