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短編

 特務司書だとか関係なしに、気になる人ではあったのだ。どこに惹かれたか説明しろと言われても、性格だとか笑顔だとか考えて、最終的に「全部」と陳腐な答えしか用意できなくなってしまうのがもどかしい。のぼさんだったらもっと上手い言葉を使えるだろうにな。短い言葉で相手に伝えるという点において俳句は優れていると思っているので、もしかしたら俺は俳人としてまだまだなのかもしれない。きよには負ける気しないけど。
 だから、バレンタインデーにチョコレートを貰うだなんて特別な行為、本当に驚いた。果たして相手からの好意を受け取れる人間であるか考えて、どうにも自分ではそうだと判断ができなくて、「俺には勿体ない」なんて言ってしまったけど、嬉しかったという気持ちには何一つ嘘はないよ。本当に嬉しかったんだ。
 きよにも同じチョコレートを渡しているのを知ったとき、俺はとんでもない勘違いをしてたんだと分かったよ。いわゆる義理チョコというか、日頃の感謝を込めたものであるわけで、うん、もしかしたら本命かもとか考えていた自分が馬鹿みたいだ。でも、俺が勘違いしていただけで、日頃の感謝の気持ちを形にして司書さんから貰えたのはすっごく嬉しいことに変わりはない。いくら冬場とはいえ室内は暖房が効いていて暖かいんだし、あんまりゆっくり食べていてもチョコレートが溶けて大変なことになりそうだ。さっさと食べないと。
 
「あ、きよ」
「秉も司書から貰ったか」
「うん、きよと同じやつ」
 なんだかうじうじ考えてしまったけれど、正直きよと同じものでよかったかもしれない。もしも司書さんがきよへ露骨に豪華なチョコレートを渡していたら、絶対に今の比じゃないほど落ち込んだと思う。
 いくら司書から貰ったものとはいえ一度に全部食べるな、せめて2日に分けて食べろとか、いつものきよの説教が始まる。きよはいつもこうだ、なんだか顔を合わせるたび1回は説教されているか喧嘩している気がする。
「小さいチョコレートが5個入っているのだから、例えば今3個食べたのなら残りの2個は早くてもせめて夕食後とかに」
「……え?5個?本当?」
「こんなところで嘘をつく必要がないだろう。それよりもだな秉、升さんもそうだがお前は自分の身体を」
 きよの反応から察するに、本当に5個入っていたのだろう。というか、確かにきよの言うとおりここで嘘をついても何の得にもならない。
 でもおかしい。そうなると、なんで俺には6個チョコレートが入っていたんだろう。俺の数え間違いって可能性も、きよの数え間違いって可能性もあるし、チョコレートを分ける作業の時に司書さんが数え間違えたって可能性もある。ひとつ余ったから適当に入れた袋が俺のものだった可能性とか、考えたらキリがない。
 用事があるからときよの説教を強制的に切り上げて(きよは若干不満そうだった)、とりあえず手当たり次第他の人たちにも司書さんから貰ったチョコレートの個数を聞く。結論から言うと、俺が聞いて回った人は全員「5個」だと答えた。つまり、俺のものだけ1つチョコレートが多いのはほぼ確定で、それってなんというか、今度こそ自惚れてしまっていいのだろうか。特別な扱いを受けていると解釈してしまっていいのだろうか。
 司書さん本人に聞くのが一番最適なのはわかるけれど、答えを得るのはまだ少し怖かった。ああ、ずるい。意図的かそうでないかはさておき、こうしてチョコレート1つで俺の心を左右してくるのだから、司書さんはずるい人だ。
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