短編
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傷痕と口付け
『留三郎、次の修補は?』
「ああ、次は倉庫の備品整理を頼む。」
『分かった。』
「すまんな、名前。」
「大丈夫だよ、気にしないで。」
今日は用具委員会の学園内修補の手伝いをしている。
用具委員会は委員長の留三郎をはじめ、四年の浜守一郎、三年の富松作兵衛、一年の下坂部平太、福富しんべえ、山村喜三太の六人で編成されている。
忍術学園内の武器や武具、備品の全てを管理・整備しているため仕事量も多く、常に多忙を極める委員会だ。だからこそ、こうしてくのたまが助っ人として駆り出されるのも珍しいことではない。
任された通り用具倉庫へ向かおうと足を向けた、その時――。
「待て、名前。」
背後から留三郎に呼び止められた。
「倉庫の備品整理は、作兵衛と一緒にやってくれ。」
「分かりました! 食満委員長!」
『作兵衛、よろしくね。』
「はい! 名前先輩!」
作兵衛と一緒に必要な道具を手に取り、用具倉庫へと向かう。
薄暗い用具倉庫の棚には、忍術学園中の武器や武具が整然と並べられている。私たちはそれらをひとつずつ手に取り、刃こぼれや破損がないか慎重に点検を進めた。
『作兵衛、破損しているものはどうしたらいいかな?』
「見せてください。……うわぁ、これはもう修補できるかどうか……」
用具委員会は備品の修理も自分たちで行っているが、いかんせん予算が少ないため、満足な修理ができないことも多い。新しい道具を簡単に買い足すことも叶わず、ボロボロになった備品を手入れし、継ぎ接ぎで修補しながらなんとかやりくりしているのが現状だ。
そんな用具委員である作兵衛の目をもってしても「修補不可能」と言わしめるとは、相当な痛みに違いない。
その後も点検を続けていくと、使い込まれてガタがきたものや壊れた道具が次々と出てきた。
全ての点検を終えると、私たちは修補が必要な品を一箇所に集め、委員長である留三郎に確認してもらうことにした。
「食満委員長、怒りますかね……?」
『まあ、これだけ壊れているものが多かったらね。』
「はぁー……」
『大丈夫よ、私も一緒に居るから。』
「作兵衛、名前。作業は順調か?」
『留三郎! ちょうど良かったわ。』
「ひっ! 食満委員長……!」
背後から突然現れた留三郎の姿に、作兵衛は大きく肩を跳ねさせて怯えてしまった。私はその小さな肩にそっと手を置き、大丈夫だよとなだめるように落ち着かせる。
壊れた備品を一箇所にまとめ、これまでの経緯と点検結果をかいつまんで説明した。
「そうか……」
集められたボロボロの道具類を目にし、留三郎は深く重い溜め息を吐き出す。
作兵衛は留三郎の背後にサッと隠れ、その肩越しにひょっこりと顔を出して、恐る恐る委員長の様子を伺っていた。
『修補、限界そう?』
「まだなんとかなりそうだが……あと一回が限界な気がする。文次郎がもう少し予算を上げてくれたらな……」
『……それまで、なんとか修補を頑張ろうか。』
「あぁ……」
留三郎が一年生と四年生のところへ事情を話しに行き、戻ってきてからは、作兵衛と三人で修補作業に取りかかった。
底にぽっかりと穴の空いた桶に板をあてがい、刃の欠けた手裏剣を研石で黙々と研いでいく。限られた道具と材料を工夫しながら、私たちはひとつひとつ丁寧に手を動かし続けた。
ひとつずつ研ぎ終えた手裏剣や苦無を、所定の場所へ綺麗に並べていく。普段から使い慣れている武具たちだからこそ、こうして丁寧に手入れや修補をしていると、より愛着が湧いてくるものだ。
『案外、こういう地道な作業って好きなのよね。』
「もうこんなに終わったんですか、名前先輩!」
『えっ、あ、うん。コツを掴んだら案外早く進んで。作兵衛、こんな感じで大丈夫そう?』
「まったく問題ないかと! さすがです。」
『留三郎の方はどう?』
「俺もあと少しで終わる。」
そう言って留三郎が向き合っているのは、一際修補が難しそうな複雑な造りの武器だった。私も一度手に取って確認してみたものの、どこから手を付ければいいのか見当もつかず、結局留三郎が「これは俺がやる」と引き受けてくれた代物だ。
手際よく刃や絡みを仕立て直していくその横顔を見つめながらさすがは留三郎、手先が本当に器用だなと感心してしまう。
『はぁー、ようやく終わったね。』
「物が多くて大変でしたね。名前先輩、本当にありがとうございました!」
「名前、お前のおかげで一日かかるはずだった修補がこんなに早く終わった。ありがとうな。」
『喜んでもらえて何より。』
「よし、あとは片付けるぞ。」
「「はーい!」」
「これはそこへ。あれはあそこへ運んでくれ。」
「はい! ………わっ!?」
『えっ、作兵衛!?』
修補の終わった武器や武具を木箱に入れ、手分けして抱え直すと、元の場所へ戻そうとした時のことだ。
立ち上がった拍子に、作兵衛が足をとられて派手につまずいてしまった。その反動で木箱からこぼれ落ちた複数の手裏剣が、刃を上にして床に突き刺さる。そして最悪なことに、作兵衛はその手裏剣の刃の上へ、顔から真っ直ぐ倒れ込もうとしていた。
『――作兵衛!!』
頭で考えるより先に、咄嗟に身体が動いていた。
抱えていた木箱を床へ放り投げ、作兵衛の身体を抱き寄せるようにして滑り込む。そのまま自分の身体の上に作兵衛を覆いかぶせる形で倒れ込んだ。
「作兵衛! 名前!」
『作兵衛! 大丈夫!?』
「あ……あっ…… 名前先輩……せ、背中……っ!」
作兵衛の顔に傷ひとつ付いていないことを確認して胸を撫でおろした瞬間、遅れて背中に鋭い激痛が走った。
どうやら破れた忍び装束の上から、床に刺さっていた手裏剣が背中に深々と刺さってしまったらしい。
すぐに留三郎が駆け寄り、背中の状態を確認する。と同時に、生暖かい液体がツーッと背中を伝っていくのが分かった。それを見た作兵衛の顔からは、すっかり血の気が引いている。……これは、少し嫌な傷になり方をしたのかもしれない。
『留三郎、どう……?』
「伊作に診てもらう! 作兵衛、後片付けは頼んだぞ!」
「っは、はいっ!」
『ひゃっ……!? 留三郎、ちょっと! 歩けるってば!』
「手裏剣が深く刺さってるんだぞ! じっとしてろ、急いで医務室へ行く!」
留三郎に力任せに横抱きにされ、そのまま急ぎ足で医務室へと向かう。
いくらなんでも、ちょっと大袈裟すぎないか。
そう思って文句のひとつでも言おうとしたが、横顔から覗く留三郎の表情があまりにも真剣で必死だったため、喉まで出かかった言葉をそっと呑み込み、おとなしくその腕の中で揺られることにした。
医務室に入るなり、中にいた伊作に驚いた顔をされた。けれど、留三郎のただならぬ表情と雰囲気を察し、すぐに顔つきを真剣なものに変える。
伊作の前にそっとゆっくりと降ろされ、事の経緯を説明しながら背中の傷口を確認してもらった。
「名前、まったく君という人は……」
『いや……頭で考える前に、身体が咄嗟に動いちゃって。』
「それでも馬鹿だ、お前は!」
『えーん……そんなに怒らないでよ、留三郎。』
「……留三郎、とりあえず君は医務室から出て行ってくれるかい?」
「はっ……! す、すまない!」
身だしなみを整えて手当てをするため、伊作は半ば呆れたように留三郎を室外へと促す。留三郎はハッと我に返ったように顔を赤くし、慌てて戸の外へと出て行った。
医務室に伊作と二人きりになったところで、手当てのために上半身の忍び装束をそっと脱ぎ、肩衣を前に当てて胸元を隠す。
「じゃあ、傷口を消毒するよ。少し染みるからね。」
「……くっ……っ!」
染み渡る消毒液の痛みに、思わずぎゅっと目を瞑って顔を歪めた。
『痛たたっ! 伊作、もっと優しく!』
「充分優しくしています。まったく君は、自分の傷の酷さが分かっていないんだから。」
『……だって、ちょっと刺さっただけでしょ?』
「もし実習や外の忍務で同じ傷を作っても、君はそんな呑気なことが言える?」
『あー……。言えません。』
「でしょ。」
傷を軽んじているわけではないのだが、伊作に正論を突かれてしまってはぐうの音も出ない。
でも、作兵衛に怪我がなくて本当に良かった。
治療を受けながら、ふと後輩の顔が思い浮かぶ。
作兵衛は人一倍責任感が強い性格だ。自分が原因で先輩に怪我をさせてしまったと、今頃きっと自分を責めて考え込んでいるに違いない。
「……作兵衛には、後できちんと説明しておくんだよ。」
『そうだよね……随分と心配させちゃった。』
「自分の不注意で他者を巻き込んでしまうこともあるんだから。作兵衛にとっても、今回のことは良い教訓になったと思うよ。」
『それはそうだけど……』
「それに、特に名前は女の子なんだからね。」
『背中の傷なんて、よっぽどのことがない限り誰にも見えないよ。』
「女の子だからこそ、余計に傷を作っちゃ駄目なんだってば!」
『はい……滅相もございません……』
「伊作、そろそろいいか?」
「ああ、留三郎。いいよ、入っておいで。」
一通りの処置を終えて肩衣を着直すと、ちょうど良いタイミングで外から留三郎の声が掛かり、障子が開いて中へと入ってきた。
その顔はすっかり意気消沈しており、普段の豪快な覇気が全く感じられない。
「それじゃあ僕は、新野先生に報告に行ってくるからね。」
伊作は察したようにそう告げると、静かに医務室を後にした。
途端にパタリと戸が閉まり、静まり返った室内には、私と留三郎の二人きりになる。
「名前……すまなかった。」
『留三郎、謝りすぎよ。私が勝手にやったことなんだから、そんなに気にしないで。』
「……だけどお前、その背中の傷……本当に動けるのか?」
『今はちょっと痛みがあるから動きづらいけど、数日経ったら平気平気! ほらっ!』
「馬鹿! 今は動かすな!」
『は、はいっ……!』
動けるということを証明しようと、留三郎の目の前で軽く肩を回してみせた瞬間、ガシッと強く腕を掴まれて動きを止められた。
掴まれた腕から伝わってくるのは、少しだけ震えている留三郎の手の熱だ。見上げれば、眉間に深くシワを寄せて自分を見つめる、本気で必死な瞳があった。
どうやら思っている以上に、留三郎を心配させたみたいだ。
その迫力に呑み込まれ、思わず勢いよく返事をしておとなしく姿勢を正した。
『留三郎から作兵衛にも伝えておいて。私は平気だから心配いらないって。』
「それはそうだが……」
『私が気にするなって言ってるんだから、この件はこれでおしまい! いいでしょ?』
これ以上自分を責めさせないよう、口を挟もうとする留三郎の言葉をきっぱりと制する。
それよりも、作兵衛を庇う際に自分が放り投げたあの木箱の中身がどうなったかが気になっていた。その詳細を留三郎に確認してみることにする。
『ねえ、留三郎……私が投げた木箱の中身って、どうなった?』
「ああ、あれは無事だ。……まあ、俺に刺さりそうだったけどな。」
『うっ……面目ないです。』
「ったく……。おい、背中見せてみろ。」
『……うん。』
留三郎に言われるまま大人しく背中を向け、上衣の裾をゆっくりと捲り上げる。
傷口はまだカッカと熱を持っていて痛むけれど、それ以上に、巻かれた包帯の上から留三郎の大きな指先でそっと撫で上げられ、息が止まりそうになった。
痛みとは違う、甘くゾワゾワとした痺れるような感覚が背中から全身へと巡っていくのを感じる。
『んっ……ね、ほら。思ったより酷くないでしょ?』
「そんなのは関係ない。」
『留三郎……あっ!』
傷口のすぐ横に、しっとりと柔らかなものが触れた。それが留三郎の唇なのだと理解した瞬間、カッと顔中が火照るように熱くなる。
動揺する私を置き去りにするように、背中へ降るような口付けは止まることを知らない。
『っあ……んっ……留、三郎……っ。』
「綺麗だ……」
『やぁっ……! 恥ずかしいよぉ……っ!』
触れるだけの優しい口付けだというのに、あまりの刺激にびくりと細い肩を跳ねさせてしまう。肌を撫でる息の熱さと、何度も何度も繰り返される唇の感触に、背中がぞくぞくと甘く痺れるように跳ねていた。
本来守るべき行動を取るべきだったのは、委員長である俺だった。それなのに名前は咄嗟に身を投げ出して作兵衛を守った。俺の後輩が招いた事態のせいで名前の背中に傷を作り、血が流れたのを見たときは、目の前が真っ暗になった。
背中に傷を負って痛むはずなのに、それでも誰の非も咎めず、真っ先に後輩の心配をする名前の姿に激しい愛おしさが胸を突き上げる。
白く透き通ったきめ細かい肌に刻まれたこの傷が、悲しくも愛おしい。愛おしくて、切ない思いに駆られてしまう。
『と、め……っ、もう、大丈夫だから……んっ。』
「……あぁ、そうか……。」
名前の顔は羞恥と困惑で真っ赤に染まっている。俺の胸には衝動的な欲求がぐっと込み上げたが、傷ついた彼女を気遣い、ぐっと堪えてそっと身体を放した。
身を引いた気配に固く閉じていた目を開くと、目の前で留三郎と視線がぶつかる。互いに見つめ合う静寂の中、留三郎が静かに口を開いた。
「……頼むから、もう二度と無茶はしないでくれ。」
『んっ……ごめんなさい。』
「分かればいい。……なら先に戻るな。」
『はい……。』
ぽんと優しく頭に手を置かれ、乱れた上衣をそっと整えてもらうと、留三郎はそのまま静かに医務室を後を出て行った。
一人残された途端、緊張の糸が切れたように腰が抜け、その場にへたりと座り込んでしまう。
ドクドクと鼓膜に響くほど胸の高鳴りが止まらない。頬に熱が集まってカッと火照り、先ほど背中で起きた出来事が何度も何度も頭の中を巡る。
『はぁぁ……びっくりした……心臓がもたないよ……。』
一方、医務室を出た留三郎は、溢れ出る笑みを抑えきれずにいた。
衝動を抑えきれず、あんな風に困惑した顔をさせたかったわけではない。だが――それでも、あの熱と反応が忘れられなかった。
手応えは悪くなかったはずだ。
これをきっかけに、嫌でも俺のことを男として意識させてやる。
そしてゆくゆくは「傷の責任を取る」という口実でも作って、二度と俺の手から逃げ出せないように繋ぎ止めてやる。
_______________________
(名前先輩〜〜〜!ご、ごめんなざい〜!)
(作兵衛、顔から出る物全部出てるじゃない)
(だって!俺のぜいで怪我を〜〜!)
(可愛い後輩ね)
(俺の後輩だからな(少し妬くな))
『留三郎、次の修補は?』
「ああ、次は倉庫の備品整理を頼む。」
『分かった。』
「すまんな、名前。」
「大丈夫だよ、気にしないで。」
今日は用具委員会の学園内修補の手伝いをしている。
用具委員会は委員長の留三郎をはじめ、四年の浜守一郎、三年の富松作兵衛、一年の下坂部平太、福富しんべえ、山村喜三太の六人で編成されている。
忍術学園内の武器や武具、備品の全てを管理・整備しているため仕事量も多く、常に多忙を極める委員会だ。だからこそ、こうしてくのたまが助っ人として駆り出されるのも珍しいことではない。
任された通り用具倉庫へ向かおうと足を向けた、その時――。
「待て、名前。」
背後から留三郎に呼び止められた。
「倉庫の備品整理は、作兵衛と一緒にやってくれ。」
「分かりました! 食満委員長!」
『作兵衛、よろしくね。』
「はい! 名前先輩!」
作兵衛と一緒に必要な道具を手に取り、用具倉庫へと向かう。
薄暗い用具倉庫の棚には、忍術学園中の武器や武具が整然と並べられている。私たちはそれらをひとつずつ手に取り、刃こぼれや破損がないか慎重に点検を進めた。
『作兵衛、破損しているものはどうしたらいいかな?』
「見せてください。……うわぁ、これはもう修補できるかどうか……」
用具委員会は備品の修理も自分たちで行っているが、いかんせん予算が少ないため、満足な修理ができないことも多い。新しい道具を簡単に買い足すことも叶わず、ボロボロになった備品を手入れし、継ぎ接ぎで修補しながらなんとかやりくりしているのが現状だ。
そんな用具委員である作兵衛の目をもってしても「修補不可能」と言わしめるとは、相当な痛みに違いない。
その後も点検を続けていくと、使い込まれてガタがきたものや壊れた道具が次々と出てきた。
全ての点検を終えると、私たちは修補が必要な品を一箇所に集め、委員長である留三郎に確認してもらうことにした。
「食満委員長、怒りますかね……?」
『まあ、これだけ壊れているものが多かったらね。』
「はぁー……」
『大丈夫よ、私も一緒に居るから。』
「作兵衛、名前。作業は順調か?」
『留三郎! ちょうど良かったわ。』
「ひっ! 食満委員長……!」
背後から突然現れた留三郎の姿に、作兵衛は大きく肩を跳ねさせて怯えてしまった。私はその小さな肩にそっと手を置き、大丈夫だよとなだめるように落ち着かせる。
壊れた備品を一箇所にまとめ、これまでの経緯と点検結果をかいつまんで説明した。
「そうか……」
集められたボロボロの道具類を目にし、留三郎は深く重い溜め息を吐き出す。
作兵衛は留三郎の背後にサッと隠れ、その肩越しにひょっこりと顔を出して、恐る恐る委員長の様子を伺っていた。
『修補、限界そう?』
「まだなんとかなりそうだが……あと一回が限界な気がする。文次郎がもう少し予算を上げてくれたらな……」
『……それまで、なんとか修補を頑張ろうか。』
「あぁ……」
留三郎が一年生と四年生のところへ事情を話しに行き、戻ってきてからは、作兵衛と三人で修補作業に取りかかった。
底にぽっかりと穴の空いた桶に板をあてがい、刃の欠けた手裏剣を研石で黙々と研いでいく。限られた道具と材料を工夫しながら、私たちはひとつひとつ丁寧に手を動かし続けた。
ひとつずつ研ぎ終えた手裏剣や苦無を、所定の場所へ綺麗に並べていく。普段から使い慣れている武具たちだからこそ、こうして丁寧に手入れや修補をしていると、より愛着が湧いてくるものだ。
『案外、こういう地道な作業って好きなのよね。』
「もうこんなに終わったんですか、名前先輩!」
『えっ、あ、うん。コツを掴んだら案外早く進んで。作兵衛、こんな感じで大丈夫そう?』
「まったく問題ないかと! さすがです。」
『留三郎の方はどう?』
「俺もあと少しで終わる。」
そう言って留三郎が向き合っているのは、一際修補が難しそうな複雑な造りの武器だった。私も一度手に取って確認してみたものの、どこから手を付ければいいのか見当もつかず、結局留三郎が「これは俺がやる」と引き受けてくれた代物だ。
手際よく刃や絡みを仕立て直していくその横顔を見つめながらさすがは留三郎、手先が本当に器用だなと感心してしまう。
『はぁー、ようやく終わったね。』
「物が多くて大変でしたね。名前先輩、本当にありがとうございました!」
「名前、お前のおかげで一日かかるはずだった修補がこんなに早く終わった。ありがとうな。」
『喜んでもらえて何より。』
「よし、あとは片付けるぞ。」
「「はーい!」」
「これはそこへ。あれはあそこへ運んでくれ。」
「はい! ………わっ!?」
『えっ、作兵衛!?』
修補の終わった武器や武具を木箱に入れ、手分けして抱え直すと、元の場所へ戻そうとした時のことだ。
立ち上がった拍子に、作兵衛が足をとられて派手につまずいてしまった。その反動で木箱からこぼれ落ちた複数の手裏剣が、刃を上にして床に突き刺さる。そして最悪なことに、作兵衛はその手裏剣の刃の上へ、顔から真っ直ぐ倒れ込もうとしていた。
『――作兵衛!!』
頭で考えるより先に、咄嗟に身体が動いていた。
抱えていた木箱を床へ放り投げ、作兵衛の身体を抱き寄せるようにして滑り込む。そのまま自分の身体の上に作兵衛を覆いかぶせる形で倒れ込んだ。
「作兵衛! 名前!」
『作兵衛! 大丈夫!?』
「あ……あっ…… 名前先輩……せ、背中……っ!」
作兵衛の顔に傷ひとつ付いていないことを確認して胸を撫でおろした瞬間、遅れて背中に鋭い激痛が走った。
どうやら破れた忍び装束の上から、床に刺さっていた手裏剣が背中に深々と刺さってしまったらしい。
すぐに留三郎が駆け寄り、背中の状態を確認する。と同時に、生暖かい液体がツーッと背中を伝っていくのが分かった。それを見た作兵衛の顔からは、すっかり血の気が引いている。……これは、少し嫌な傷になり方をしたのかもしれない。
『留三郎、どう……?』
「伊作に診てもらう! 作兵衛、後片付けは頼んだぞ!」
「っは、はいっ!」
『ひゃっ……!? 留三郎、ちょっと! 歩けるってば!』
「手裏剣が深く刺さってるんだぞ! じっとしてろ、急いで医務室へ行く!」
留三郎に力任せに横抱きにされ、そのまま急ぎ足で医務室へと向かう。
いくらなんでも、ちょっと大袈裟すぎないか。
そう思って文句のひとつでも言おうとしたが、横顔から覗く留三郎の表情があまりにも真剣で必死だったため、喉まで出かかった言葉をそっと呑み込み、おとなしくその腕の中で揺られることにした。
医務室に入るなり、中にいた伊作に驚いた顔をされた。けれど、留三郎のただならぬ表情と雰囲気を察し、すぐに顔つきを真剣なものに変える。
伊作の前にそっとゆっくりと降ろされ、事の経緯を説明しながら背中の傷口を確認してもらった。
「名前、まったく君という人は……」
『いや……頭で考える前に、身体が咄嗟に動いちゃって。』
「それでも馬鹿だ、お前は!」
『えーん……そんなに怒らないでよ、留三郎。』
「……留三郎、とりあえず君は医務室から出て行ってくれるかい?」
「はっ……! す、すまない!」
身だしなみを整えて手当てをするため、伊作は半ば呆れたように留三郎を室外へと促す。留三郎はハッと我に返ったように顔を赤くし、慌てて戸の外へと出て行った。
医務室に伊作と二人きりになったところで、手当てのために上半身の忍び装束をそっと脱ぎ、肩衣を前に当てて胸元を隠す。
「じゃあ、傷口を消毒するよ。少し染みるからね。」
「……くっ……っ!」
染み渡る消毒液の痛みに、思わずぎゅっと目を瞑って顔を歪めた。
『痛たたっ! 伊作、もっと優しく!』
「充分優しくしています。まったく君は、自分の傷の酷さが分かっていないんだから。」
『……だって、ちょっと刺さっただけでしょ?』
「もし実習や外の忍務で同じ傷を作っても、君はそんな呑気なことが言える?」
『あー……。言えません。』
「でしょ。」
傷を軽んじているわけではないのだが、伊作に正論を突かれてしまってはぐうの音も出ない。
でも、作兵衛に怪我がなくて本当に良かった。
治療を受けながら、ふと後輩の顔が思い浮かぶ。
作兵衛は人一倍責任感が強い性格だ。自分が原因で先輩に怪我をさせてしまったと、今頃きっと自分を責めて考え込んでいるに違いない。
「……作兵衛には、後できちんと説明しておくんだよ。」
『そうだよね……随分と心配させちゃった。』
「自分の不注意で他者を巻き込んでしまうこともあるんだから。作兵衛にとっても、今回のことは良い教訓になったと思うよ。」
『それはそうだけど……』
「それに、特に名前は女の子なんだからね。」
『背中の傷なんて、よっぽどのことがない限り誰にも見えないよ。』
「女の子だからこそ、余計に傷を作っちゃ駄目なんだってば!」
『はい……滅相もございません……』
「伊作、そろそろいいか?」
「ああ、留三郎。いいよ、入っておいで。」
一通りの処置を終えて肩衣を着直すと、ちょうど良いタイミングで外から留三郎の声が掛かり、障子が開いて中へと入ってきた。
その顔はすっかり意気消沈しており、普段の豪快な覇気が全く感じられない。
「それじゃあ僕は、新野先生に報告に行ってくるからね。」
伊作は察したようにそう告げると、静かに医務室を後にした。
途端にパタリと戸が閉まり、静まり返った室内には、私と留三郎の二人きりになる。
「名前……すまなかった。」
『留三郎、謝りすぎよ。私が勝手にやったことなんだから、そんなに気にしないで。』
「……だけどお前、その背中の傷……本当に動けるのか?」
『今はちょっと痛みがあるから動きづらいけど、数日経ったら平気平気! ほらっ!』
「馬鹿! 今は動かすな!」
『は、はいっ……!』
動けるということを証明しようと、留三郎の目の前で軽く肩を回してみせた瞬間、ガシッと強く腕を掴まれて動きを止められた。
掴まれた腕から伝わってくるのは、少しだけ震えている留三郎の手の熱だ。見上げれば、眉間に深くシワを寄せて自分を見つめる、本気で必死な瞳があった。
どうやら思っている以上に、留三郎を心配させたみたいだ。
その迫力に呑み込まれ、思わず勢いよく返事をしておとなしく姿勢を正した。
『留三郎から作兵衛にも伝えておいて。私は平気だから心配いらないって。』
「それはそうだが……」
『私が気にするなって言ってるんだから、この件はこれでおしまい! いいでしょ?』
これ以上自分を責めさせないよう、口を挟もうとする留三郎の言葉をきっぱりと制する。
それよりも、作兵衛を庇う際に自分が放り投げたあの木箱の中身がどうなったかが気になっていた。その詳細を留三郎に確認してみることにする。
『ねえ、留三郎……私が投げた木箱の中身って、どうなった?』
「ああ、あれは無事だ。……まあ、俺に刺さりそうだったけどな。」
『うっ……面目ないです。』
「ったく……。おい、背中見せてみろ。」
『……うん。』
留三郎に言われるまま大人しく背中を向け、上衣の裾をゆっくりと捲り上げる。
傷口はまだカッカと熱を持っていて痛むけれど、それ以上に、巻かれた包帯の上から留三郎の大きな指先でそっと撫で上げられ、息が止まりそうになった。
痛みとは違う、甘くゾワゾワとした痺れるような感覚が背中から全身へと巡っていくのを感じる。
『んっ……ね、ほら。思ったより酷くないでしょ?』
「そんなのは関係ない。」
『留三郎……あっ!』
傷口のすぐ横に、しっとりと柔らかなものが触れた。それが留三郎の唇なのだと理解した瞬間、カッと顔中が火照るように熱くなる。
動揺する私を置き去りにするように、背中へ降るような口付けは止まることを知らない。
『っあ……んっ……留、三郎……っ。』
「綺麗だ……」
『やぁっ……! 恥ずかしいよぉ……っ!』
触れるだけの優しい口付けだというのに、あまりの刺激にびくりと細い肩を跳ねさせてしまう。肌を撫でる息の熱さと、何度も何度も繰り返される唇の感触に、背中がぞくぞくと甘く痺れるように跳ねていた。
本来守るべき行動を取るべきだったのは、委員長である俺だった。それなのに名前は咄嗟に身を投げ出して作兵衛を守った。俺の後輩が招いた事態のせいで名前の背中に傷を作り、血が流れたのを見たときは、目の前が真っ暗になった。
背中に傷を負って痛むはずなのに、それでも誰の非も咎めず、真っ先に後輩の心配をする名前の姿に激しい愛おしさが胸を突き上げる。
白く透き通ったきめ細かい肌に刻まれたこの傷が、悲しくも愛おしい。愛おしくて、切ない思いに駆られてしまう。
『と、め……っ、もう、大丈夫だから……んっ。』
「……あぁ、そうか……。」
名前の顔は羞恥と困惑で真っ赤に染まっている。俺の胸には衝動的な欲求がぐっと込み上げたが、傷ついた彼女を気遣い、ぐっと堪えてそっと身体を放した。
身を引いた気配に固く閉じていた目を開くと、目の前で留三郎と視線がぶつかる。互いに見つめ合う静寂の中、留三郎が静かに口を開いた。
「……頼むから、もう二度と無茶はしないでくれ。」
『んっ……ごめんなさい。』
「分かればいい。……なら先に戻るな。」
『はい……。』
ぽんと優しく頭に手を置かれ、乱れた上衣をそっと整えてもらうと、留三郎はそのまま静かに医務室を後を出て行った。
一人残された途端、緊張の糸が切れたように腰が抜け、その場にへたりと座り込んでしまう。
ドクドクと鼓膜に響くほど胸の高鳴りが止まらない。頬に熱が集まってカッと火照り、先ほど背中で起きた出来事が何度も何度も頭の中を巡る。
『はぁぁ……びっくりした……心臓がもたないよ……。』
一方、医務室を出た留三郎は、溢れ出る笑みを抑えきれずにいた。
衝動を抑えきれず、あんな風に困惑した顔をさせたかったわけではない。だが――それでも、あの熱と反応が忘れられなかった。
手応えは悪くなかったはずだ。
これをきっかけに、嫌でも俺のことを男として意識させてやる。
そしてゆくゆくは「傷の責任を取る」という口実でも作って、二度と俺の手から逃げ出せないように繋ぎ止めてやる。
_______________________
(名前先輩〜〜〜!ご、ごめんなざい〜!)
(作兵衛、顔から出る物全部出てるじゃない)
(だって!俺のぜいで怪我を〜〜!)
(可愛い後輩ね)
(俺の後輩だからな(少し妬くな))