長編
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終焉
「名前……頼む、無事でいてくれ……っ!」
遠くに見える城郭が、紅蓮の炎に包まれて夜空を赤く染め上げていた。
一足早く敵陣を抜け出し、待ち合わせ場所である深い森の木立へと辿り着いたものの、彼女の姿はまだどこにもない。
――『すべてが終わったら、城から離れた森で落ち合いましょう』
留三郎にまで火の粉が及ぶのを嫌い、一人で決着をつけたいと彼女は何度も俺を制した。
その強い眼差しに押され、背中を預け合いながらも最後は彼女の覚悟に道を譲ってしまったが……今となっては、それが激しい悔恨となって胸を苛んでいた。
(……こんなことになるなら、もっと強く腕を掴んでいれば良かった。自分の想いごと、すべてを叩きつけて引き止めれば良かったのかもしれん……)
だが、長年彼女の心を縛り続けてきた激しい憎悪と悲願に、自分の個人的な情で水を差すことなどできなかった。
――いつの間にか、俺の心はもう、彼女の存在で塗りつぶされていた。
鈴を転がすように笑う素顔も、過去を思って切なさに揺れる冷ややかな瞳も、そのすべてが愛おしくてたまらない。
あいつが目の前にいないというだけで、胸の奥が張り裂けそうなほどの寂しさと恐怖が突き上げてくる。
無事でいてくれ。ただ、生きてこの腕の中に帰ってきてくれ。
姿を見せた瞬間に、あいつが嫌がるほどの力で狂おしく抱きしめてやりたい――。
木々の隙間から城の燃える音だけが虚しく響く中、俺は拳を固く握り締め、暗闇の先を必死に睨み続けていた。
首を跳ねた直後、城のあちこちから火の手が上がり、凄まじい黒煙が回廊を巻き込んでいった。
パチパチと柱が弾ける爆音の中、私は弾んだ石のように激しく城内を駆け巡る。
立ち塞がる残党はもうどこにもいない。あとは、火の粉を振り払って城の外へと脱出し、待っている留三郎と合流するだけだ。
(早く……! 一刻も早く行かないと……!)
頭上から崩れ落ちてくる燃えさかる建物の残骸を間一髪でかわし、私はさらに速度を上げた。
己の復讐に過ぎなかったこの戦いに、彼は危険も顧みず飛び込み、命を賭して背中を預けてくれた。
彼は無事に脱出できただろうか。怪我はないだろうか。
黒煙に視界を奪われそうになりながら、胸の奥で熱い痛みが跳ねる。
――ああ、分かっている。
私の中で彼はもはやただの同級生でも、ただの仲間でもない。それ以上のかけがえのない大切な存在なのだと。
自分の宿命に終止符を打ったいま、私の全身を満たしているのは「生きて彼の元へ帰りたい」という切ないほどの衝動だけだった。
煙を突き抜け、夜の森へ通じる抜け道へと、私は一筋の風となって飛び出していった。
『……留三郎。』
静まり返った夜の森に、矢羽根の音がかすかに響き渡る。
息を殺して潜んでいた木の影から思わず跳び出すと、視線の先には忍装束の所々が焦げつき、痛々しい擦り傷を負った姿で立つ彼女がいた。
「名前……っ!」
駆け寄ろうとしたその瞬間、俺の姿を認めた彼女の肩からふっと力が抜け、安堵の深い吐息が漏れ出た。
張り詰めていた糸がプツリと切れたように、彼女の膝ががくりと折れ、その身体が宙へと崩れ落ちていく。
地面に倒れ込む寸前、地を蹴って必死に手を伸ばし、崩れゆく華奢な体をがむしゃらに腕の中へと抱き留めた。
そのまま勢い余って二人で木草の上に倒れ込む。
腕の中に確かに伝わってくる小さく波打つ呼吸と、生きている確かな体温。さっきまでの冷たい恐怖が瞬時に消え去り、壊れものを慈しむように、決して離さないように強く力を込めた。
『ははっ……駄目ね、貴方の顔を見たら急に気が抜けちゃった……。』
「名前……ああ、良かった……本当に、無事で良かった……っ」
『留三郎、やり遂げたわ……すべて、終わったの。』
倒れ込んだ腕の中で、彼女は疲弊しながらも心底晴れやかな、愛おしい満足感に満ちた笑みを浮かべていた。その素顔があまりにも美しくて、俺の口元からも自然と笑みが零れ落ちる。
「……馬鹿野郎。本当に無茶ばかりしやがって。」
『ふふ、だって約束したでしょう? 生きて貴方の元へ戻るって。』
「ああ……ああ、そうだな。」
ギュッと力任せに抱き締め返すと、私の頬が留三郎の厚い胸板に押し当てられた。
服越しに伝わってくる彼の高い体温と、早鐘のように打ち鳴らされる力強い鼓動。それが「私は生きて彼のもとへ帰ってきたのだ」という実感を、何よりも深く教えてくれる。
「……名前。」
『ん……なに?』
「……このまま、口吸いをしていいか?」
『ふふっ……何を今更聞いてくるの?』
「……もう二度と、お前を俺の手から離したくないんだ。」
あの日、背中を突き放された夜の苦い記憶が脳裏をよぎる。だがもう二度とあんな思いはさせないし、させるつもりもなかった。
「名前、好きだ。お前が好きだ……俺の側にいてくれ。」
『……私もよ、留三郎。ずっと前から……貴方のことが好きだった。』
その愛おしい返答を合図にするように、どちらからともなく唇を引き寄せ合い、深く重ね合わせた。
互いの頭が重なり合い、呼吸すらも交じり合う。
もう二度と解けない絆を確かめ合うように、互いの身体を貪り合うような濃厚な口吸いを重ねていく二人を、青白い月夜の光が静かに、そして温かく照らし続けていた。
「名前……頼む、無事でいてくれ……っ!」
遠くに見える城郭が、紅蓮の炎に包まれて夜空を赤く染め上げていた。
一足早く敵陣を抜け出し、待ち合わせ場所である深い森の木立へと辿り着いたものの、彼女の姿はまだどこにもない。
――『すべてが終わったら、城から離れた森で落ち合いましょう』
留三郎にまで火の粉が及ぶのを嫌い、一人で決着をつけたいと彼女は何度も俺を制した。
その強い眼差しに押され、背中を預け合いながらも最後は彼女の覚悟に道を譲ってしまったが……今となっては、それが激しい悔恨となって胸を苛んでいた。
(……こんなことになるなら、もっと強く腕を掴んでいれば良かった。自分の想いごと、すべてを叩きつけて引き止めれば良かったのかもしれん……)
だが、長年彼女の心を縛り続けてきた激しい憎悪と悲願に、自分の個人的な情で水を差すことなどできなかった。
――いつの間にか、俺の心はもう、彼女の存在で塗りつぶされていた。
鈴を転がすように笑う素顔も、過去を思って切なさに揺れる冷ややかな瞳も、そのすべてが愛おしくてたまらない。
あいつが目の前にいないというだけで、胸の奥が張り裂けそうなほどの寂しさと恐怖が突き上げてくる。
無事でいてくれ。ただ、生きてこの腕の中に帰ってきてくれ。
姿を見せた瞬間に、あいつが嫌がるほどの力で狂おしく抱きしめてやりたい――。
木々の隙間から城の燃える音だけが虚しく響く中、俺は拳を固く握り締め、暗闇の先を必死に睨み続けていた。
首を跳ねた直後、城のあちこちから火の手が上がり、凄まじい黒煙が回廊を巻き込んでいった。
パチパチと柱が弾ける爆音の中、私は弾んだ石のように激しく城内を駆け巡る。
立ち塞がる残党はもうどこにもいない。あとは、火の粉を振り払って城の外へと脱出し、待っている留三郎と合流するだけだ。
(早く……! 一刻も早く行かないと……!)
頭上から崩れ落ちてくる燃えさかる建物の残骸を間一髪でかわし、私はさらに速度を上げた。
己の復讐に過ぎなかったこの戦いに、彼は危険も顧みず飛び込み、命を賭して背中を預けてくれた。
彼は無事に脱出できただろうか。怪我はないだろうか。
黒煙に視界を奪われそうになりながら、胸の奥で熱い痛みが跳ねる。
――ああ、分かっている。
私の中で彼はもはやただの同級生でも、ただの仲間でもない。それ以上のかけがえのない大切な存在なのだと。
自分の宿命に終止符を打ったいま、私の全身を満たしているのは「生きて彼の元へ帰りたい」という切ないほどの衝動だけだった。
煙を突き抜け、夜の森へ通じる抜け道へと、私は一筋の風となって飛び出していった。
『……留三郎。』
静まり返った夜の森に、矢羽根の音がかすかに響き渡る。
息を殺して潜んでいた木の影から思わず跳び出すと、視線の先には忍装束の所々が焦げつき、痛々しい擦り傷を負った姿で立つ彼女がいた。
「名前……っ!」
駆け寄ろうとしたその瞬間、俺の姿を認めた彼女の肩からふっと力が抜け、安堵の深い吐息が漏れ出た。
張り詰めていた糸がプツリと切れたように、彼女の膝ががくりと折れ、その身体が宙へと崩れ落ちていく。
地面に倒れ込む寸前、地を蹴って必死に手を伸ばし、崩れゆく華奢な体をがむしゃらに腕の中へと抱き留めた。
そのまま勢い余って二人で木草の上に倒れ込む。
腕の中に確かに伝わってくる小さく波打つ呼吸と、生きている確かな体温。さっきまでの冷たい恐怖が瞬時に消え去り、壊れものを慈しむように、決して離さないように強く力を込めた。
『ははっ……駄目ね、貴方の顔を見たら急に気が抜けちゃった……。』
「名前……ああ、良かった……本当に、無事で良かった……っ」
『留三郎、やり遂げたわ……すべて、終わったの。』
倒れ込んだ腕の中で、彼女は疲弊しながらも心底晴れやかな、愛おしい満足感に満ちた笑みを浮かべていた。その素顔があまりにも美しくて、俺の口元からも自然と笑みが零れ落ちる。
「……馬鹿野郎。本当に無茶ばかりしやがって。」
『ふふ、だって約束したでしょう? 生きて貴方の元へ戻るって。』
「ああ……ああ、そうだな。」
ギュッと力任せに抱き締め返すと、私の頬が留三郎の厚い胸板に押し当てられた。
服越しに伝わってくる彼の高い体温と、早鐘のように打ち鳴らされる力強い鼓動。それが「私は生きて彼のもとへ帰ってきたのだ」という実感を、何よりも深く教えてくれる。
「……名前。」
『ん……なに?』
「……このまま、口吸いをしていいか?」
『ふふっ……何を今更聞いてくるの?』
「……もう二度と、お前を俺の手から離したくないんだ。」
あの日、背中を突き放された夜の苦い記憶が脳裏をよぎる。だがもう二度とあんな思いはさせないし、させるつもりもなかった。
「名前、好きだ。お前が好きだ……俺の側にいてくれ。」
『……私もよ、留三郎。ずっと前から……貴方のことが好きだった。』
その愛おしい返答を合図にするように、どちらからともなく唇を引き寄せ合い、深く重ね合わせた。
互いの頭が重なり合い、呼吸すらも交じり合う。
もう二度と解けない絆を確かめ合うように、互いの身体を貪り合うような濃厚な口吸いを重ねていく二人を、青白い月夜の光が静かに、そして温かく照らし続けていた。
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